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列車

 列車が走り出す。

 線路の上を走る故に起きるガタンゴトンという上下の振動は一切ない。代わりに離陸直後飛行機のような押し上げられるような感覚で違和感の塊であった。

 そんな不可思議な感覚とは真逆に車内は至って普通の作りであった。

 ほんのりと暖かな明かりを灯す蛍光灯が並んだ天井。

 左右の窓際に進行方向に向けられた二名がけの椅子が並べられていた。

 そして、その席に疎らに座る人々。

 家族だったり、肌の黒い男性と様々な人種や立場の人間。それらに共通して言えることは皆、死んだような目をしていることだった。


「あなたも楽園に目指しているのですか?」


 背後から声をかけられ、ロウはゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは頬が酷く痩せこけ、目の下に大きなクマを作った男性。

 見るからに限界を迎えたボロボロの姿はまるで理科室に置かれている骨格標本のようで、思わずロウは驚いてしまう。


「まぁ……」


「私は貿易会社で勤務していたのですが、激務と上司からのイジメに耐えられなくなった! もうあんな糞みたいなするくらいなら一層死んだ方がマシだ!」


「そ、そうか」


 以前の世界でも過重労働やイジメを含めたパワーハラスメントで体や心をすり潰し、自ら命を絶つ人は悲しいことにたくさんいた。

 やはり、異世界だろうと人間が社会というコミュニティを築く限り、そういった問題は必ず生まれるものだった。

 知りたくもなかった人間の業の深さを知り、ロウは何とも言えない苦しみに襲われる。


「あなたは?」


「少し私の話を聞いてくださいますか」


 すると、ピンク髪の十代らしき少女は席から立ち上がり、涙ながらに語りだす。


「私の家は非常に貧しくて……。だから、少しでもお金をと両親が私を風俗に売って……。あんな汚い男に抱かれるのが嫌で……」


「あなたも苦労したのね」


 反対側に席に座っていた細身……というより骨と皮しかない主婦らしき女性が立ち上がり、少女の元に歩み寄ると、そっと抱き締める。


「私達は盗賊に財産を奪われて、家を……旦那を焼き払われたの……」


 少女を抱きながら、主婦は席でスヤスヤと眠る二人の男女の子供を愛おしそうに見つめる。

 子供達も頬が痩せこけ、髪も乱れていて、目の下には大きなクマができている。明らかに健康とは言い難い状態だ。


「俺は友人に借金を押し付けられて!」


「僕はただ肌の色が違うからと迫害され!」


「あたしは……同性を好きになって……。それが原因でイジメられて……」


 男性の告白がスイッチとなり、周りの乗客達も続々と苦しい現実に置かれていたことを語りだす。

 彼らがこうも人様に話すべきではないことを語り始めたのはきっと同じ痛みと苦しみを共有できる仲間意識と苦しい現実から逃げられたという安心があるからだ。


「そう……なのか……」


 ロウは這い上がることすらできない不幸な境遇を送っている人達を見て、衝撃を受けた。

 これは誰もが苦しむことのない幸福しかないとされる「楽園」に向かう列車。崖っぷちまで追い詰められ、最早「死」という最悪の選択肢を選ばざる得なかった者達が乗車する、言わば「最後の希望」。

 ロウは悩んだ。もし、楽園を統べる存在が転生者なら殺さなくてはいけない。

 統治する者がいなくなれば、恐らく楽園は崩壊するこ戸になる。そうなればこの救いを求める人達と楽園に逃げ込んだ人達の行き場はなくなる。

 希望を砕き、誰も救いの手を差し伸べず、また苦難の道を歩ませることになる。

 それは崖から突き落とすように残酷なことなのではないか?

 確かにロウも彼ら以上の地獄を生き抜いてきた。だが、それはロウが異常であって、誰しもロウのように強くはいられない。普通の人間ならたちまち潰れてしまうのがオチだ。

 ならば、必要悪と割り切り、見逃すべきなのか?


「皆さん! 何はともあれ、私達は救われたも同然! くだらなかった現実のことなど忘れて、これからの幸福な生活を謳歌しましょう!」


 スーツの男性が車両の中心で声高々に叫ぶと、ロウ以外の人間は狂喜する。

 ますます、楽園に手を出すのが億劫になる。

 本当に人々を救う為に転生者が楽園を作ったのか? 

 そうだとしても、転生者はこの世界の癌であり、外来種。存在するだけでこの世界に悪影響を及ぼす。

 現にロウが存在したせいでリーンドイラは火の海に沈んだ。

 だからといって、この列車に乗った人々を身捨てていいのか?


「本当、ろくな事がない」


 ロウはゆっくりと席に座り、窓の外に目を向ける。

 窓の外はただただ真っ黒に染まっており、凡そ楽園に向かう道筋とは到底思えない。

 窓に映るロウの表情は眉間に皺がよっていて非常に疲れを感じさせる。

 ただ、楽園に転生者が関わっていないことを祈る他なかった。

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