再起
「何という有様だ」
全身、包帯に巻かれたガンテツは辛うじて見える左目で眼下に広がる惨状を見回す。
かつて皆と衣食住を共にした宿舎、切磋琢磨し合った修練場も全て瓦礫の山。
修復が可能な建物程度なら何も思わなかった。
しかし、瓦礫の傍らで治療される門下生と袋に包まれた門下生の遺体を見て、流石に精神に堪えるものがあり、ガンテツは歯を食いしばっていた。
そんなガンテツの隣にロウはいた。
「全て、あの怪物のせいだ」
ロウは拳を握り締める。
どうして転生者はここまで残酷になれるのだろう。元は同じ感情を持った人間だったはずがたかが力を手に入れただけで当然のように命を奪えることが到底理解できなかった。
「貴様は我々の命の恩人だ」
「そんなことはない。俺を全員を救えず、弟子を食った。憎みたければ憎んでくれて構わない。ただ、死ぬつもりはない。あいつらの為にも……犠牲になった人の為にも」
「誰が貴様を責めよう。貴様がいなければ全て失っていたものだ」
「……全員を救えなかったんだぞ」
「それでもだ」
「……そうか」
この世界に来た直後に寄ったエマの村を思い出す。
攫われた子供を全て救ったがその代償にエマを失わざるえなかった。
確かに数十名の子供の命を一人の少女の命で救えたことを言いたくはないが安いことだ。
命に値段はない。命は代えが聞かない唯一無二の宝。
できることなら命を犠牲に命を救うことはするべきではない。テレビに出る特撮ヒーローや御伽話の英雄のように犠牲を出さずに人を救うことが最も好ましい。特異な力を持つロウを人々はそれらと重ね合わせ、望んでしまう。
しかし、ロウの力は犠牲なくして発揮されない。代償なき力は使用者の気を狂わせる。現に先程戦ったマガツのように殺戮を平気で行い、人間を見下す醜悪な怪物だった。
そうは言っても事情を知らない人々にとって重い裏切り。怒りが生まれるのも仕方がない。
ガンテツは乾いた笑みを浮かべる。
少なくとも戦いながらも何一つ守れなかったガンテツにロウを非難する資格はない。
寧ろ、感謝しなくてはならない。皆殺しというありえた最悪の未来を回避できたのはロウがいたからだ。
「貴様からタウシェンの匂いがする。あいつは……貴様の中で生きているのか」
「……あいつの犠牲のおかげでこの窮地を脱せた」
空を見上げる。まるで涙が零れないように見えた。
見上げた先に果てまで広がる青空には雲一つなかった。
一つ深呼吸をし、肺一杯に酸素を取り込む。呼吸ができるのもタウシェンの犠牲があったからだ。
「俺は藍衛流の極意は肌に合わない。誰かを守るだけの戦い方よりも……直接殺して守る方が馴染む」
「そうか」
ガンテツはただ肯定することしかできない。
「でも、ここにきたこと無駄じゃなかった」
この世界に来てからロウは自らの意志で生きたいと願ったことはなかった。
自分がいなくなれば転生者を狩る者が誰もいなくなり、多数の犠牲が生んでしまう。犠牲になった人達を食ってしまった人達の命を無駄にしない為にという使命感から今日まで生きていた。
だが、リーンドイラの惨劇を引き起こしたことでアイデンティティも危うく崩れかけた。所詮はロウ自身も人間を脅かす害--転生者であることに変わりないことを知った。
心の底から死を望んだ。人間によって殺され、悪人として二度目の生涯を閉じたいと願った。
今は違う。生きたいと心の底から願う。
人々を守るという使命感と犠牲になった人達の贖罪は相変わらずだ。
今までただ人を死なせない為に、悲しませない為に戦ってきた。確かに人を思う故の正義感だが、同時に惨劇を見たくないという自分勝手な感情でもあった。
あくまでこの世界の人々は守る対象。それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、タウシェンやガク達と交流し、人の温もりと絆を再確認した。この世界には当然、日常がある。その日常にはきっと幸せがあり、幸せを噛み締めながら人々は生きている。
その幸せを守りたいという願いがここを訪ねたことで生まれた。
「あんたには大して世話にならなかったけど……一応、礼を言うよ」
ロウはガンテツの方を向き、軽く頭を下げる。
すると、ガンテツは「頭を上げろ」と言い、ロウは言う通り頭を上げる。
そして、何も言わずロウの瞳を凝視する。
「よく見えんが、いい目になったのはわかる」
ガンテツはそう評価して、満足そうに笑う。
二人の間に交わす言葉がなくなるとロウは荷物を背負い、歩き出す。
もうここはロウの居場所ではない。人々を世界を救う使命を持つロウが一つの場所に留まってはいけない。
ガンテツもそれを理解し、引き留めることはしなかった。
瓦礫を片付ける門下生の傍を通り、門があった場所まで移動した。
そして、階段を降りようとしたその時。背後から
「ロウさん」
と名を呼ぶ
振り返るとそこには目を赤く腫らしたチカゲがいた。
「どうした?」
「みんなを……私達を助けてくれて……」
「礼を言える相手か?」
礼を言おうとするチカゲに憎まれ役を買う為にあえて厳しい言葉をかける。
チカゲはビクリと体を震わせ、ロウから目を逸らす。
それでいい。想い人を食われた悲劇の少女と食った外道という図式になればいい。
正直、あまり会いたくなかった。
想い人であるタウシェンを守れず、致し方ないとは言え、食ったロウをチカゲにとっては憎むべき仇と認識してもおかしくない。
例え、許されたとして逆に負い目を感じるだけだ。
「言え……ます!」
ロウの思いとは裏腹にチカゲは強くたくましかった。チカゲの涙が溜まった瞳と決意に満ちた表情を目の当たりにし、ロウは敗北を悟った。
ゆっくりとチカゲの元に歩み寄ると頭を撫でる。
「君は強いな」
柔らかな髪は心地よい感触だった。
何故だろうか。チカゲの頭おろか、触れたことすらなかったにも関わらずロウに懐かしさを感じていた。
「……おかしいなぁ。タウシェンさんに撫でられているような気がする……」
「……そうか」
チカゲの強張った表情がゆっくり溶けていく。
そうかとロウは納得する。タウシェンはまだ死んでいない。ロウの中で生きている。
この手の感触もきっとタウシェンが感じたものかもしれない。
「俺が言えることはこれだけだ」
そっとチカゲの頭から手を離すとチカゲのは名残惜しそうにロウの大きな手を見つめる。
「生きろ。あいつに生かして貰った命。無駄にするな」
チカゲは大きな傷を負ってしまった。軽率な行動で想い人を死なせる要因を作ってしまった後悔と苦しみ。決して癒えることはない傷だろう。癒えない傷を生涯に渡って味わう苦しみは計り知れないことをロウは知っている。時には命を絶ちたくなるほど。
でも、タウシェンのことを思うのならば苦しみを耐えて、生きねばならない。
あの時、タウシェンはチカゲを生かすために身を張った。チカゲが命を絶つことになってしまえばタウシェンの犠牲が無駄になってしまうから。
「……わかった。私は……生きる。タウシェンさんの為にも」
そう言ってチカゲはいつものあどけない笑みを見せた。
その笑みを見て、ロウは安心する。ここには心配事も何もない。
ロウは振り返り、軽い足取りで階段を降り、再び放浪を始めるのであった。
◇ ◇ ◇
「失礼します」
人の背丈をゆうに超える巨大な扉を開け、紳士服の男性が王宮に入る。
まるで御伽話に出てくる城のような絢爛豪華な王宮。その奥に圧倒的存在感を放つ王座に座る一人の少女。
「何よ? 今、本を読んでいたんだけど」
頬杖を付きながら、本を読む少女は男に一切に興味を示さない。
「それは申し訳ありません。しかし、例の男の動向に関して……」
「……詳しく聞かせなさい!」
例の男という単語を耳入れた瞬間、少女は読んでいた本を投げ捨て、目の色を変えて、男に釘付けになる。
そして、笑みを浮かべる。
「ふふ……そろそろ会えるかな?」
「お兄ちゃん」




