覚醒
「よくもぉぉぉ!」
瓦礫の山が噴火し、中から埋もれていたマガツは目覚める。
宙に舞った瓦礫が雨粒のように降り注ぐなか、自分をコケにした男――ロウを探す。
だが、周りを見回してもロウの姿は確認できない。散々殺気を見せ、抵抗したくせにこの期に及んで逃げるとは思えなかった。
ロウの代わりに言わんばかりにマガツの視野の中に青い鎧に覆われた異形の怪物が赤い瞳を光らせ、睨んでいた。
「少し見ないうちに随分化け物らしくなったなぁ」
匂いと形容する殺気によってマガツは気づいた。
あの青い異形――狼鬼こそがロウであると。
「やっと、お前を殺せる」
狼鬼は腕を組み、仁王のような威風堂々とした佇まいでマガツの前に立ちはだかる。
「口と見掛け倒しで終わるかぁ!」
マガツは拳を振るう。
如何にも頑丈そうな生態鎧を纏った姿になったロウは人間時よりも強化されているのは明白であった。
しかし、攻撃は一切当たらない。
ただ回避された。それだけならことならまだ対応のしようがあっただろう。
「この感覚! さっきの人間と同じ!」
マガツは青ざめる。
狼鬼はまるでタウシェンの回避と同じく風のようで捉えることができない。
「そうか。あいつはただ避けていたんじゃなかったのか。相手の動きを……筋肉を、表情を見て……どう攻撃するのか予測していたのか」
初めての感覚だった。自分でない何かが体の中にいて、一緒になって戦っている気がしていた。
体も誰かが支えているかのように軽く、思った通りに動く。
感覚が研ぎ澄まされていた。いや、タウシェンの感覚を手に入れたという方が正しいか。そして、狼鬼はタウシェンの強さに気づいた。
タウシェンの回避能力はただ反射によるものではなく予知に近いものだ。相手の筋肉の動きや息遣いに加えて、ありとあらゆる状況と相手の心理状態を考慮した上で相手の一手を予測し、最善の回避行動を取っていた。
ただ技術を極めただけではこの境地に至れない。一つも見落とすことのない観察眼と判断力に身体能力。そして、命を懸けた状況であってもそれらを鈍らせることない精神力があって初めて成り立つ。
「凄いな……あいつは」
マガツの拳の嵐を悠々と回避しながら、狼鬼はポツリと呟く。
「こいつは……化け物か」
「俺はあいつを食って、一緒になった。今は……一人で二人」
タウシェンの雄風のような回避とロウの猛火のような攻めが合わせれば最早無敵だ。
「今の俺達は……負けない!」
マガツが腕を引く際に生まれる僅かな隙を狼鬼は見逃さない。
隙間風のように懐に忍び込み、マガツの腹部に鉄すらも粉砕する鉄拳を浴びせる。
「ぐうおっ!」
狼鬼の拳はマガツの岩盤のような腹部を貫く。
極めし一撃を受けたマガツは口から多量の血を吐き出し、衝撃によって後方に突風の如く飛ばされ、敷地を囲う壁に叩きつけられる。
「お前……!」
マガツは肩に乗った瓦礫を落としながらゆっくりと立ち上がり、血眼でロウを睨む。
「この……死ね! 負けろよ!」
鉄骨のような腕へと変化させると、マガツは大きく右腕を後ろに引き、前に突き出す。
すると、腕がメキメキと耳障りな音を立て、マガツから離れ、ロウへと迫る。
生々しく、グロテスクなロケットパンチだが通り抜ける周囲の瓦礫や木を紙ように切り裂く突風を引き起こしていた。
反射での回避は不可能。しかし、予知に近い予測か立てられる狼鬼なら回避は可能。マガツが狙いを定める時の体の向き、筋肉を扱われようや視線から着弾ルートを予測。直撃ではなく、若干左にずらし、偏差撃ちを行おうとしていると判断すると、全力で駆け出す。
進行ルートと腕の射線が交差点に入ると狼鬼は前傾姿勢になり、飛んでくる腕の下に潜り込む。
腕が通り過ぎた直後、飛んできた腕と同等の勢いでマガツに飛びかかる。
マガツは咄嗟に蹴り飛ばそうとするが、蹴りよりも早く狼鬼は鋭い爪で脚を根元から切断する。
片足となったマガツは切断面から新たな脚を生やす。
だが、元の脚に戻るまで多少の時間がかかる。その隙に狼鬼は神速ともいえる手刀でマガツの心臓を貫く。そして、手を抜くと同時に心臓を奪い取る。
いくら転生者が化け物とは言え、不死ではなく所詮は生命体。血液や酸素を送る心臓が無くなれば当然、死に至る。
「残念だな! 俺は心臓すらも作り出せる!」
しかし、マガツは例外であった。
肉体改造の能力はただ腕や脚を生やすだけでなく、臓器すらも作り出せる。
ほぼ不死に近い能力。だが、必然という理はない。
「そうか。じゃあ、心臓を生成している間はどうする?」
「何?」
「心臓がなければ全身に血液も酸素を送ることもできず、二酸化炭素の排出もできない。それでどう生命活動する?」
マガツは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。
「恐らくお前は失血死を抑える為に筋肉を引き締め、血管を潰して、血液の循環を抑えているはずだ。その間、自由には動けない。これは好機だ。それも絶好のな」
狼鬼はまるで活け造りにされてもなお死んだことに気づかない魚のように動く心臓を握り潰す。
足元に心臓だった肉片と血がベチャリとグロテスクな音と共に地面に落ちる。
一方でマガツは心臓を奪われ、左胸に風穴が空いているにもの関わらず、傷口からは少量の血が流れ出ていない。
「だが、心臓はもうすぐ復活する! うだうだ無駄口を叩いている間にな!」
「それなら……」
その刹那。再び狼鬼はマガツの左胸の穴に手を突っ込み、生成したての心臓を奪い取る。
「恐らくの腕を生やすくらいの肉体改造なら戦闘中に行えるほど容易なことなんだろう。ただ血管と骨と筋肉を作り出せばいいだけ。だが、内臓違うはず。一つでもなくなれば生命活動に支障きたす。だから、安易に位置だって変えられない。変えるのなら、全ての臓器をどうにかしなくちゃならない。だから、今は絶好のチャンスなんだ」
例えるならブロックだ。
駒を一つや二つ積み重ねるのは簡単なこと。しかし、内部にあるブロックを取り出し、位置を変えるものなら一度ブロックの山を崩す必要がある。崩れたブロックを再度積み重ねるのはどうしても手間がかかる。
マガツはそれと同じだ。いくら体の部位や失われた臓器を自由に生成することは容易だが、体内にある臓器の位置を変えるのは他の臓器に加えて人体にも影響を加えるため容易いことではない。
「だから、心臓の生成は無駄だ」
今まで傲慢と尊大で満ちていたマガツの顔が青ざめ、急激に老けていく。
死を悟ったのだ。自分は蛇に巻き付かれ、逃げることもできず、ただ丸呑みにされるのを待つ蛙だ。
情けない表情を浮かべるマガツの首を狼鬼は鋭い爪で切り裂き、胴体から切り離す。
「無駄話をしている間に首から下を生成されたら終わりだ。だから……」
狼鬼はマガツの頭を地面に置き、思い切り踏み潰した。




