無力
衝撃の一言であった。
この場において最強であったはずのガンテツはマガツに一方的に蹂躙され、もうマガツに対抗できる者は残されていないと誰もが思い込んでいた。そして、このまま死を受け入れなければならないと各々が覚悟した時だ。
新参者であるロウが果敢にマガツに立ち向かい、一矢報いたのだ。
「貴様、違うな。匂いも感覚も。そうか、俺と同じか」
マガツは破裂した部位から新しい腕を生やす。
新しい腕を凝視し、ロウに視線を移す。
普通の人間では転生者に傷を与えることは難しい。転生者に対して容易に傷を与えられる存在は同種である転生者のみ。
たかが蹴り一つでマガツの腕を破壊したという事実はロウを転生者と断定するには十分な材料であった。
そして、本来ならば転生者同士争う必要がないにも関わらず、ロウは牙を向いてきた。
マガツは「そうか」と頷く。
「あぁ。そういえば噂で耳にしたぜ。転生者を獲物とする狼がいるってな」
「噂になっているのか」
「そりゃあ、何人も殺せば噂の一つも立つだろうし、警戒だってする」
先程までのどこか軟派さは何処へと消え、マガツはまるで鬼のような表情でロウを睨んでいた。
「お前は人間達みたく甘くには見ない」
そう宣言した瞬間、マガツは能力で下半身の筋肉を増強させ、さらにバッタのようなバネのある脚へと変化させる。そして、間髪入れずに驚異的な脚力でロウに襲い掛かる。
「速い!」
目にも止まらぬ速さの突撃にロウは紙一重で左側に回避する。
「そうか。そういう癖か」
ロウの回避を確認したマガツは肩から脚を生やし、急ブレーキをかけ、背中を向けた状態で地面に着地する。そのまま背中から腕を四本生やし、拳の雨を浴びせる。
回避直後でまだ重心のバランスが取れていないロウは拳を避けることができない。しかし、まともに受ければ致命傷になるのは明白。
腕を盾代わりにし、マガツを猛攻を防ぐも、まるで砲弾のような威力を拳を完全には無力化できず、骨が粉々に砕けるのを感じる。
「させるか!」
これ以上は耐えられないとロウが危機に瀕した時、タウシェンが無防備なマガツに飛び蹴りをかます。
「くっ! 奴に気を取られていた!」
タウシェンの不意打ちによって、マガツは体制を崩す。
しかし、丸太のような足で踏ん張り、タウシェンに無数の拳で反撃をする。
だが、藍衛流の極地に脚を踏みかけているタウシェンの回避能力はかなり高く、マガツの攻撃は一切当たらない。
「なんだ……風を殴っているみたいだな……」
一切手応えを感じないままマガツはタウシェンな懐に忍び込まれ、脇腹に強烈な蹴りをくらう。そして、そのまま倒れ、ゴロゴロと地面を転がる。
ダウンを取ったことを確認し、タウシェンはロウの傍に駆け寄る。
「大丈夫か!」
「あぁ……」
ロウは骨が砕け、力なくだらりと垂れている己の腕を眺める。
タウシェン含め、周囲で固唾を飲んで見守る誰もが使い物にならなくなった腕を見て、絶望する。
もう無理だと。
しかし、粉々に折れた骨はたちまち回復。ものの数秒で腕はピンと伸び、元通りになる。
「お前……マジかよ……」
「俺は人じゃないからな」
ロウにとって砕けた骨が瞬時に治ることなど所詮はかさぶた程度のこと。しかし、いくらロウが人外と知っているタウシェンでもその驚異的な再生能力を目の当たりにし、流石に青ざめる。
「お前も俺と同じタイプの能力か」
冷静にロウを分析しながらマガツはゆっくりと起き上がる。
「おかしいな。肉体強化ならもう少し強くていいはずだが。何故、本気を出さない?」
「お前らと違って、自由に力を使えない出せないだけだ」
「そうか。その方が俺にとっては都合がいい!」
マガツは騎士ではない。相手が万全な状態でなくても殺しにいくごく普通の化け物だ。
卑怯でなければ外道でもない。命という唯一無二の宝を懸けた殺し合いにルールなんて存在しない。どんな手を使ってでも相手を殺し、自らの命を守る。それが殺し合いで最も重要なこと。
無駄な美学を優先して、命を捨てるなど愚者だろう。
「来るぞ!」
「わかってる!」
腕を生やしたマガツを前にロウとタウシェンは身構える。
マガツは腕を伸ばし、地面に落ちている拳ほどの大きさの瓦礫を拾い、我武者羅に投げる。だいりー大リーガーも真っ青な球速と球威の瓦礫を二人に迫る。
「くっ!」
二人は紙一重で避ける。しかし、マガツの猛攻はまだ終わらない。
瓦礫を投げ終えた直後、四足形態になり、肩と腰から生やした丸太のような太く固い腕を左右に広げ、ラリアットを決めようと猪突猛進で二人に迫る。
凄まじい勢いと力のラリアットをまともに受ければ、電車に轢かれたように体が細切れに破裂するだろう。左右に避けようとすれば得意の伸縮で狩られる。伏せようものなら大きな隙を見せることになり、恐らくは踏みつぶされてミンチになる。
そうとなれば上の回避が最善であるとロウは判断した。しかし、上に回避するならば目視で凡そ三メートル近くの巨体を飛び越えるほどの跳躍力がなければならない。
人外な身体能力を持つロウなら心配ないが、問題は修行を積んでいるとは言え、ただの人間であるタウシェンがそこまでの跳躍力があるかだ。
いや、ないだろう。このままではタウシェンは死ぬのは明白。
ロウと共にたた戦っているということは死ぬ覚悟はできているはず。見捨てても恨むほどタウシェンは弱い人ではない。
だからと言って救える命見捨てることなどロウにはもうできない。ましてやほんの数時間前に兄弟の盃を交わした大事な人間なら尚更だ。
「……なら!」
「おい!」
ロウは迫るマガツと軸を合わせるように移動する。
そして、巨体のマガツを正面から押さえる。
「早く……回避しろ!」
「あぁ!」
まるでブルドーザーを相手にしているような馬力であり、不完全なロウでも押し勝つことはできず、段々と押されていく。
タウシェンは咄嗟にマガツの攻撃範囲から逃れ、不意を突こうと背後に回り込もうとする。
しかし、その時だ。
「タウシェンさん! ロウさん!」
「チカゲ!」
建物の陰からチカゲが現れた。その後ろにはガクとヒナタも付いてきていた。
恐らく、今までは何処かに隠れていたのだろうか騒ぎの中で恋い慕うタウシェンとルームメイトであるロウが化け物相手に戦っていることを耳にしてしまい、心配に来てしまったのだろう。
「ほう、あの娘が気になるか!」
たった一瞬、ロウがチカゲに注意を引いた隙をマガツは見逃さなかった。
マガツはロウは三本の手で押さえながら、残った拳を固く握り締め、チカゲに向かって腕を伸ばす。
「チカゲ!」
あまりの唐突なことに、自分は蚊帳の外にいると勘違いしていたチカゲはマガツの攻撃に一切反応できず、棒立ちでいた。
ロウを含め誰もが諦めた。チカゲの命を。
しかし、最後まで諦めなかった男、タウシェンは全力でチカゲの元に向かい、拳を食らわぬように突き飛ばした。
その瞬間だ。チカゲを目標とし一直線に伸びた拳がタウシェンの腹を貫いた。
「タウシェン!」
ロウは絶叫した。兄弟が傷つく様を見て。
拳が引き抜かれ、まるで糸の切れた操り人形のように力なく地面に伏せるタウシェン。
タウシェンの血で赤く染まったマガツの拳。
タウシェンを中心に円状に広がる赤い血。
「運がいい。あの強敵をここで殺せたのは至極だ!」
「よくも……お前は!」
怒りと悲しみの衝撃によって一時的にロウの体が活性化する。
両手でマガツの巨体を持ち上げると、瓦礫の山となった建物に思い切り投げ飛ばす。
マガツは瓦礫の山に埋もれる。
その隙にロウは無我夢中で瀕死のたうタウシェンの元へ駆け出す。
「タウシェンさん! 起きてください!」
「揺するな! 離れろ!」
気が動転しているとは言え、重体であるタウシェンの体を激しく揺するという寧ろ、状態を悪化させているチカゲをロウは突き飛ばす。
そして、ロウはタウシェンの容態を確認する。
「……クソ」
一目で気づいてしまった。
タウシェンも助からない。
腹には大きな穴が空き、血で赤黒く染まった地面が確認できる。
この状態で生還できるのは驚異的な回復能力を持つロウのような人外のみだろう。
「はぁ……呆気ない。ドジをかましたな」
「……本当だな」
「お前の師として……兄としてもう少し格好いい姿を見せたかったな……」
瀕死の状態でも関わらず、二人は互いに他愛も会話を交え、笑い合う。
「……笑う状況じゃないでしょ!」
その奇妙な光景にガクは怒る。
彼にとって死とは笑い飛ばすものではない。ましてや、同性でありながら思いを寄せた相手が瀕死に状態なら尚更。
しかし、ロウとタウシェンにとって笑い事なのだ。いや、笑い事にしなくてはいけないのだ。そう遅くないタウシェンの死という現実を受け入れる為に。
「笑えないです……」
ヒナタも震える瞳を浮かべる。
「何、死んだら星になってお前達を見守るからさ」
「そんなこと」
「ガク。もう黙れ」
「何でロウさんはそんなに冷静なんですか!」
「……どうせ。俺の命は幾何ない。だから……」
タウシェンはロウの胸倉を掴むと
「ロウ……俺を食え!」
と力強く言う。
「何を言ってるんですか!」
ロウの事情を知らないガクとヒナタはタウシェンの言葉に唖然とする。
「お前の使命を果たせ! 例え、屍の山を築き上げようが!食われればお前の力となって……血と肉になって一緒に生きることになる! だから……お前が死ぬまでは死なねぇからさ!」
タウシェンは覚悟を決めていた。
そして、無意味に死ぬことを拒んだ。せめて、死ぬならロウの血肉に、力の一部になり、仇を取りつつ、万人を救って欲しい。
それがタウシェンの最期の願いであった。
「戸惑っているわけがないだろ」
ロウは笑って見せる。
心の中でタウシェンを食らうことに躊躇いはあった。
どうしてこうも、自分と心の通った人間はすぐに命を落としてしまうのだろう。心の通った人間だからこそ、食らうことが苦しい。
しかし、逆に考えれば見ず知らずの人間に命を弄ばれるよりかはマシだろう。それにタウシェンの言う通り、血肉となれるのならその死は決して無駄ではない。
心の通った仲間だからこそ、無駄死にはさせたくなかった。だから、ロウは選択した。
「ヒナタ、ガク。チカゲを連れてここから逃げてくれ」
「ロウさん……私は……」
「早く。俺とタウシェンの決意が鈍る前に!」
ロウの悲痛の叫びと第三者にはわからない二人の確かな絆のあるやり取りを目の当たりにして、ガクとヒナタは従うしかなかった
「わかりました……」
ガクはタウシェンとの最期の別れに涙を必死にこらえる。
そして、ショックで取り乱すチカゲを背負い、ヒナタの手を引っ張って、ロウ達の前から去っていく。
「理解されなかったな」
「それが化け物の宿命だ」
「可哀そうに……」
「覚悟したことだ」
辺りは静寂に包まれる。
木よりも高く上った太陽の光がぐったりと横たわるタウシェンに照らす。
「じゃあ、後は頼んだぜ。ここのこと……世界のことを!」
「あぁ、任された」
己の存在が世界の命運を握っていること噛み締め、ロウはタウシェンの肩に噛み付いた。




