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蹂躙

 深い森に僅かに差し込む朝焼けに背中を照らされながら、ロウとタウシェンは来た道を引き返していた。


「朝になったな」


「そうだな」


「怒られらやしないか?」


「個人で特訓していた。そう言えば許すだろ」


「そうか?」


 他愛もない会話をしていると、やがて宿舎に到着する。


「何だよ……これは」


 これから朝ご飯を食べ、修行に励もうと息巻いていた二人の心は急降下する。

 そして、眼下に広がる惨状に呆然と立ち尽くす。

 ほんの数時間前まではガク達と共同生活していた宿舎が瓦礫の山と化していた。中から人の気配は一切感じられない。


「何が……あったんだよ」


 タウシェンにとっては家であった宿舎が突然なくなり、流石に動揺を隠せない。

 ロウには既視感があった。当たり前だった日常が突然、音を立てて崩れ去る。いつの間にか建造物は朽ち、崩壊し、忽然と人が消える。

 そう。核戦争が始まったあの時のよく似ていた。人々に突然襲い掛かる理不尽な悪意。


「……もしや!」


「何だあれは!」


 トラウマが蘇るロウを嘲笑うかのように茸のような形の煙が舞い上がる。天高く上る煙と同時に建物の一部と瓦礫、人間も舞い上がり、引かれるように地面に落ちていく。

 およそ、ただの人間が起こせるものではない。ならば、答えは一つと辿り着いた瞬間、ロウは煙の方向に馬車馬のように駆け出す。


「待て! ロウ!」


 まるで悪魔のような恐ろしい目つきと獣ような速さで駆け出す様。周囲を凍らせる程の殺気を全身を受け、タウシェンは圧倒される。そして、身体能力的にも精神的に見てもロウが本当に普通の人間ではないことを思い知らされることになった。


♢ ♢ ♢


「攻撃……全然、当たらねぇ……」


 男――マガツは苛立ちを募らせていた。


「見たか! これが藍衛流の力だ!」


 マガツの前には白い胴着姿の男女十人が涼しい顔で対面していた。

 一方でマガツは大きな溜息を吐き、頭を掻き毟る。まさかここまで抵抗されると思っていなかった。能力の一つである腕の増殖による文字通り圧倒的手数の攻撃でここにいる人間を皆殺しにしようとしていた。しかし、普通の人間であるにもかかわらず、マガツ攻撃を全て回避したのだ。

 どんなに攻撃しても、紙一重で避けられる。無視して敷地内に侵攻しようとすればちょこまかと攻撃してくるため、足止めされてしまう。そんな攻防の結果、マガツは一切に門周辺から移動することができずにいた。

 まるで針の穴に糸が通りそうで通らないようなむず痒い苛立ちがマガツにあった。

 マガツは邪神エーテルの命により、生贄を集めていた。

 行く先々で殺されないよう、人間から抵抗を受けていたが最早人間とは別次元の存在であるマガツにとって気にすることではない。しかし、人間が蚊に血を吸われることを鬱陶しいと思うように男も人間の抵抗を鬱陶しく感じ、着々とストレスを溜めていた。

 加えて、生贄を集める為に遠方まで戦き、回収に成功すれば、わざわざ生贄を神殿まで運ぶ大変な労力を使わされていた。そして、今回は長く険しい階段まで登らされ、その苦労に見合わず生贄達は回避という抵抗をひたすら行われ、募り募ったストレスが最早爆発寸前であった。


「あぁ、もう。お前ら下等な人間に出したくないだよ……。だから早く死ねよ!」


 怒りに任せ、無数の拳を我武者羅に振るうも全て避けられる。


「当たらねぇよ!」


「さっさとここから去りなさい!」


「……もういい。後悔しろよ! 下等種族が!」


 回避され、挙句に煽られたマガツは怒りが爆発する。

 筋肉が膨張し、まるでゴリラや空想生物であるオークのような筋肉隆々の屈強な肉体へと進化する。

 

「そんなコケ脅し!」


 腹部から二本の腕が生え、男の両腕を掴む。そして、腕を胴体から引きちぎる。


「俺の能力は腕を増やすだけじゃねぇ。肉体を改造する力だ!」


 腰から馬のような胴体を生やし、その胴体から四本の足を増やす。

 昆虫と同じ六本脚となったマガツは増えた脚力で疾走する。圧倒的馬力で立ちふさがる人間をまるでボーリングのピンのように跳ね飛ばす。

 跳ね飛ばされた人間達は地面や建物に叩きつけられ、ぐちゃぐちゃの肉塊になる。


「何だ、この騒ぎは!」


 外の騒動を聞きつけ、宿舎からぞろぞろと人間達が現れる。その様子はまるで巣に爆竹を入れ、我先にと逃げる蟻のよう。


「おいおい。生贄がわんさか湧いてきたなぁ!」


 人間がたくさん現れたことに喜ぶマガツは全員を殺そうと体の至る部位か腕を生やし、獣の如く襲い掛かる。


「ば、化け物がぁ!」


「この、仲間の仇!」


 人間の中ではマガツを恐れ、逃げようとする者もいれば勇敢に立ち向かう者がいる。

 マガツは蔑むことも称えることもせず、平等に殺しまわる。

 人間を握り潰そうとするも回避した人間には掌から脚を生やし、踏み潰す。

 密集しているなら手を鎌にし、範囲攻撃を行い、一気に人間達の胴体を二つに割く。

 向かってくるものなら爪を槍のように鋭利にし、突き刺す。

 一瞬の内にして、周囲は無惨な死体と肉片が転がり、鮮血によって真っ赤に染まる。まるで地獄のような惨状の中心でマガツは高々に笑う。

 殺人に対する快感とストレス発散による解放感による清々しい笑いだ。


「貴様! 何をしに来た!」


 気を良くするマガツに横から巨漢の男が食って掛かってくる。


「ガンテツ師匠!」


「師匠ならあんな化け物倒せる」


 藍衛流開祖であるガンテツはおよそ人とは思えない巨大な図体を揺らし、鬼神の如き殺気をマガツに向ける。


「お前、本当に人間か。俺と同じ化け物みてぇだな。強そうだな」


 マガツは臆することはなく、寧ろ煽る。


「我が弟子達を……よくも!」


「あぁ。よくもまぁ鬱陶しかったぜ。糞に群がる蠅みたいでさ」


「死者を愚弄するとは!」


 愛弟子達の命を奪うだけでなく、蠅と愚弄するマガツにガンテツの堪忍袋の緒が切れる。

 ガンテツはマガツに向け走り出す。その屈強な肉体で大地を踏み締め、駆ける様は鋼鉄のロボットのよう。

 そして、丸太のような太い腕を目一杯後ろに引き、拳を振るう。

 その拳をマガツは同じく拳で相殺する。

 拳と拳がぶつかり合った時、空気が震え、衝撃波が起きる。

 最早、人型同士のぶつかり合いではない。怪獣同士のぶつかり合いであった。


「なんだ、こいつ!」


 拳を合わせ、マガツは度肝を抜いた。

 ガンテツの拳は名前に恥じない鋼鉄のように固い。さらに鍛え抜かれた剛腕により威力は砲弾かと錯覚するほど。

 そもそも身体能力が異常に高い転生者と互角に渡り合うとはおよそ普通の人間ではないかと痛感する。 


「貴様のような小童が! この数十年、鍛えに鍛えたこの儂に勝てるかぁぁ!」


 獣ような雄叫びを上げガンテツはマガツの腕を力一杯引っ張る。そして、異形の図体を一本背負いしようとする。

 しかし、マガツは地面に叩きつけられる瞬間、背中から二本の足を生やし、ありえない形で地面に足をつける。


「俺を投げるとは恐れ入った。だがぁ!」


 マガツは逆さになった顔面を百八十度を回転させ、不気味な笑みを浮かべる。


「ぐお!」


「こう密着してしまえばお得意の回避術もぉ、使えんなぁ!」


 マガツは自身を掴むガンテツの手をがっしりと掴む。そして、増やした胴体を戻し、昆虫のような形態から人型形態に戻るとわき腹から左右一本ずつ脚を生やし、ガンテツの体を挟む。


「ぬぐうぉぉぉぉ!」


 力づくで拘束を解こうと藻掻くガンテツだが、マガツの足はクワガタのようにがっちり挟んで抵抗することも許さない。

 完全にガンテツの動きを止めることに成功したマガツは上半身を上げ、背中から計十本の腕を生やし、拳を固く握り締める。


「死ねよやぁぁぁぁぁ!」


 そして、圧倒的数と尋常ではない速さによる豪雨のようなパンチをガンテツの顔面に浴びせる。

 並みの人間ならば一発で死に至るパンチを最低でも二桁は食らっているガンテツの顔は段々と歪んでいく。

 鼻は折れ、血が流れ、頬の骨も砕け、眼球は水風船のように潰れる。


「師匠!」


「そんな!」


 この場で最強の男がなす術もなく、ただ蹂躙され、無様に朽ちていく姿を見て、弟子達は絶望を覚えるしかなかった。

 ガンテツですら手にも負えない相手を自分達で相手にできるわけがない。まるで蛇に睨まれた蛙のように他の人間達は怯え、竦み、そして諦めた。

 

「はは。所詮、こんなものか」


 無数の拳を受け、顔面が粘土のように崩れたガンテツはだらりと力が抜け、もはや虫の息。

 ふうと一つ息を吐き、マガツは軽々とガンテツを持ち上げ、宿舎へと放り投げる。巨体によって宿舎はたちまち倒壊し、瓦礫の山と化した。


「さて、一番の障害がいなくなったな」


 マガツは清々しい表情を浮かべながら、周囲の人間を舐めまわすように見る。


「人間狩りの再開だぁ!」


「させるか!」


 人間達に再度牙を向けたその時、飛び蹴りが炸裂する。

 マガツは軽々と腕で受け止める。しかし、その蹴りはガンテツの拳とは比べ物にならないほどの威力であり、マガツの腕が破裂する。


「何!?」


 腕など簡単に生やせるマガツにとって腕一本を失うことなど大したことではない。

 そもそもに腕を奪える程の実力と人間離れした相手がいないと思っていた。

 だが、常識を覆す男が一人だけいた。その男と相まみえることに何よりも驚きがあった。


「真打……登場か!」


「転生者は……俺が殺す」


 マガツの前には狼のような鋭い目で睨む、ロウがいた。

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