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疾走

「手合わせ、ありがとうございました」


「あぁ。中々強かったよ。あんたも」


 修練所に響く、戦士達の声。老若男女なく己の肉体、技術を磨く、為に稽古相手と拳を合わせる。

 ロウもリーゼントの男との手合が終わり、互いに頭を下げる。

 互いに良き友として、好敵手として切磋琢磨し合う。そして、相手に稽古後は互いの強さと修練に付き合ってくれたことに敬意を払う。

 他者を敬うことも認めることもできない無礼者には他者を守ることなどできない。よって、藍衛流を会得することなど不可能。

 ロウもその本質を理解し始め、当初よりかは礼儀を重んじるようにはなった。


「動きが柔らかくなったし、アドリブが効くようになったな。何か余裕ってのができた感じだな」


「それはどうも」


「お前も変わったな。初めて組み合った時は獣みたいだったけど、大分飼い慣らされたな」


「余計なお世話だ」


「良かった。まだまだ冷たい人間で。一気に慣れ合われたら砂糖を入れすぎたお菓子を食べた時みたく吐くぜ」


 ロウは付き合いきれんと溜息を吐いて、修練所を後にし、修行をする為に森へと向かう。

 向かう最中、リーゼントの男の言葉を思い返す。

 確かに男の言葉は的を得ていた。数日前からのガク達との馴れ合いからロウの心境は大きく一変した。

 他愛もないくだらない話から、修行についてのこと。人生を左右するような大事な話をするようになり、信頼関係が生まれた。

 今までは裏切りや失うことにより傷を味わない為に孤独に生きてきたロウだが、幾ら地獄ような前世を生きてきたとは所詮は齢十七の子供。孤独という苦しみ流石に耐え切れる程強くはなく、次第に心を蝕んでいった。

 しかし、頼れる仲間を得て、精神への負担が減り、それどころか苦しみや喜びを共有することができるようになり、心にゆとりができた。

 そのゆとりがロウの動きや考えの変化を及ぼしたのだ。


「あぁ。ロウさん」


「ん? チカゲじゃないか」


 前方からチカゲが手を振って、こちらに向かってくる。

 チカゲとはタウシェンのことや恋愛に関して、出来る限りのアドバイスをしてから、ある程度、距離が縮まった。

 いつもの太陽のような眩しい笑顔のチカゲ。だが、今は額に汗を流し、どこか慌てた様子。


「どうした?」


「いえ……あのヒナタを見かけませんでした?」


「いや、見かけてないが」


 すると、チカゲは「そうですか」と不安そうな表情を浮かべる。


「何かあったのか?」


「その、ヒナタって可愛いじゃないですか。だから、結構男の人に狙われやすくて。それにヒナタも無口で臆病な子だから……」


 確かにヒナタは美人だ。まるで人形のような可愛いらしさがあるいや、その例えは彼女にとっては皮肉か。

 先日、聞いた話ではヒナタは何処かの国の貴族の三人娘の末っ子らしい。ここに来るまでは花よ蝶よと大層愛でられ、正に箱入り娘と言える。

 しかし、ヒナタは真実を知ることになる。自分は家を継ぐことができず、家の繁栄の為、他の貴族の家に嫁ぐことが生まれた時から決まっていたこと。さらの嫁ぐ男の容姿はまるで豚のようで醜かった。

 女性としても、人間としても自由がないこと。自分が家にとってただの「人形」だったことにショックを受けた。

 そして、そんな現実を、人形というひ弱な自分を変えたいという為にヒナタは家を出て、藍衛流の門を叩いたのだ。


「今もゲーハっていうブ男に狙われていて……。特にあいつ、女性を見下していて、結構強引なんですよ」


「それは……気に食わないな」


 ロウは眉を顰める。

 妹が強姦された挙げ句に殺された事が一種のトラウマとなり、女性を蔑視する男をロウは軽蔑している。


「チカゲ君!」


 修練所の方角から冴えなそうな男が慌てた様子でこちらに向かってきた。


「どうしたんですか!? 先輩!?」


「君のルームメイトのヒナタ君とガク君が……ゲーハに!」


 ここまで走ってきた後ということで、男は激しい呼吸を整えながら、切羽詰まった状況をチカゲに伝える。

 チカゲの顔が一気に青褪める。


「おい……何処にいる?」


 しかし、チカゲが動く前にロウが真っ先に反応する。


「え? 君は新入りの……」


「与太話はいい! 早く!」


 焦りから生まれた気迫に男は思わず気圧される。


「滝だ! 滝の麓!」


 男から場所を把握した途端、ロウは目にも止まらない速さで走り出す。

 その様は正に獲物を狩りに行く狼のようだ。


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