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心覚

 外からは獣の遠吠えが響く。

 風呂から浴衣姿のロウは火照った体を冷ますため、縁側で夜風に当たっている。

 今宵の月は下弦。欠けてはいるものの黄金に輝く姿は美しい。カメラがあれば撮っておきたいくらいの絶景だ。


「ロウさん、少しいいですか?」


 月を眺めていると、後ろからチカゲでニコニコと無垢な笑みを浮かべ、立っていた。


「何だ?」


「一緒にお話ししませんか?」


 そう言うと、チカゲは後ろで二人仲良く並んでいるガクとヒナタに指さす。


「どうして?」


「折角、一緒に部屋で過ごす仲間なんですから、仲良くしたいじゃないですか」


「……俺はそのつもりはないんだが」


 ロウはチカゲの誘いをぶっきらぼうに掃う。

 誘いを断り、一匹狼のように振る舞うロウ。だが、それは強がっているだけで、内心は子犬のように弱気になっていた。

 ここまでの道中、エマやキャシーと出会い、親交を深めた。キャシーに至っては望まぬ経緯だとは言え、体も交えた。しかし、その結果、二人は亡き者となり、ロウの血と肉になった。

 ロウはいつしか、自分に近づく者は同時に死にも近づいているのではないかと考えてしまっていた。それに、心が通い合った者を失う、悲しみと苦しみを味わいたくなかった。

 だから、もう二度と傷つかないように距離を置こうとしているのだ。


「そうですか。ロウさんってそういう人だったんですね」


「はぁ?」


 チカゲは溜息を吐く。


「いるじゃないですか。他人に交わらない自分が好きとかっこいいって言う人」


「俺のこと、煽ってるのか?」


 ロウの眉がピクリと動く。


「煽っていると思うのは、ロウさんにそういう『痛い人』って自覚があるんですね」


 反論すると「食いついた」と言わんばかりにチカゲは口元を手で抑え、悪戯な笑みを浮かべる。

 正直なことを言えば、孤独な人間と振る舞う自分がつまらない人間とは理解していた。だが、本能がその事実を受け入れることを拒んでいた。逆に受け入れることはロウの脆弱な

 退路は絶たれた。ここでやけになって否定すれば、「本当のことかと」勘違いを産ませるきっかけになり、そして隙が出来た言わんばかりにチカゲはさらに詰めてくる。かと言って、逃げようとすれば小心者や卑怯者ときつく煽られるだろう。


「わかった。混ざればいいんだろう」


 もう負けたとロウは大きな溜息を吐き、渋々チカゲ達の輪に入る。

 隣に座るチカゲは満足げな笑みを浮かべていることが、ロウにより一層の敗北感を植え付ける。


「それで、何をするんだ?」


「そうだねぇ。こういう時の定番は……恋バナでしょ!」


「……くだらねぇ……」


 ロウはもう一度溜息を吐き、頭を抱える。

 どんな世界でも年頃の少年少女が好きなトレンドというのは同じなのかと、この世界に来て初めて知った。


「くだらなくないですよ。人を好きになるっていいことだと思います」


 そうチカゲは反論する。

 確かに人を愛するというのはくだらないことではない。

 子孫を残す為に必要な感情であり、寧ろ、持ち合わせていない方が異常だ。

 

「……まるで修学旅行だな」


 ロウは呟く。

 この状況はまるで中学生時代に行った、修学旅行に似ている。

 実際、ロウも修学旅行の夜、今と同じように親友三人とこうして輪になって、好きな女子生徒の話やプレイ内容を妄想して、盛り上がったのは懐かしい思い出。

 そして、その後、口の軽い一人の親友がロウ達の好きな女子生徒をバラして、関係が険悪になったことも含めてだ。

 

「ガッくんは、タウシェンさんとは……?」


「全然だめ。チカゲは?」


「私も同じ。どうすれば振り向いてくれるかなー」


 すると、チカゲは露骨な棒読みをしてから、ガクと一緒に


「ロウさんはよくタウシェンさんと一緒にいますよね?」


 ガクとチカゲから期待の眼差しを向けられ、ロウは全てを理解した。

 二人はタウシェンに好意を抱いている。そして、さらに踏み込んだ関係になるために、常にと言えるほど、共に修行しているロウに白羽の矢が立ったのだ。


「もしかして、タウシェンの話を聞きたいだけか?」


「違うよ! それもあるけど、普通にロウさんの話も聞きたいの?」


「ここに来るまでの話とか気になりますし」


「お前ら……」


 調子のいい二人に呆れてロウは言葉を紡ぐことができなかった。

 しかし、不思議と退屈さなどはなく、寧ろ、このくだらない時間を過ごすことに懐かしさと安らぎを感じていた。

 生前、世界が滅びる前に親友達と過ごしたあのかけがえのない時間を思い出した。

 ほんの些細な出来事や、来るはずだった未来への期待、甘酸っぱい恋愛の相談と数えきれないことを語り合ったあの時代は色あせることのない思い出。

 もう二度と味わうことのないと思っていた青春を死後、また味わえるとは思っていなかった。


「ロウさん? どうしました?」


「悲しいことでもありました?」


 過去に思いを馳せているとガクとヒナタに心配される。

 どうやら顔に出ていたようだ。


「いや、何でもない。少しセンチになっただけだ」


 ロウはほくそ笑んで、三人を見る。

 たまにはこういう人間らしいことに首を突っ込むのを悪くはないと思うのであった。

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