修行
門を叩いた次の日。ロウは真新しい修行着に着換え、森の中にいた。
大木が生い茂る森は日の光はあまり差さず、薄暗さと寒気が混じり、不穏な空気が漂う。
しかし、温暖で過ごしやすい環境では自分を追い込めるわけがない。
「さて、お待ちかねの修行の時間だ。光栄に思えよ」
タウシェンは腕を組んで、大樹のようにしっかり地に足を付けて仁王立ちしている。
そしてタウシェンの目の前では成人男性の平均身長の倍以上ある巨大な丸太が木からぶら下がっており、振り子のように左右の大きく揺れている。
「この丸太を全て受け止めろ」
ただでさえ大きく、重さを持つ丸太を一人で持つことすらきついだろう。それ程重い丸太を勢いがある状態で受け止めることなどかなり危険だろう。下手すれば死んでもおかしくない。
「こんな修行をみんなやっているのか? 死人が出そうだが」
「流石に普通の人間にこんなにでかい丸太を修行に使わないな。お前が初めてだ」
「……本気か?」
「多分……大丈夫だろう」
ロウの体から血の気が引く。
評価されていることは非常に喜ばしいことだろう。しかし、死んでもおかしくない大きさの丸太を使うのはいくら何でも無責任なのではと思う。
誤って死ぬくらいなら初めから期待などされたくはない。
「この修行を物にできるかはお前のやる気次第だ」
「ぐっ!」
迫りくる丸太を足腰を踏ん張り、全身で受け止める。
意識が飛びそうな程の重い衝撃がロウの体に響く。常人なら、良くて気絶。殆どの確率で死に至る程の衝撃。例えるならビルの十階から落下するくらいの衝撃だろう。
だが、ロウは転生者だ。その程度の衝撃では死ぬことも気絶することもできず、ただただ黙って衝撃を味わうだけであった。
「重い。鉄球をぶつけられたかのようだ」
「いい感じだ。次はその衝撃を最小限にして、受け流せ」
「なんとなくやりたいことはわかった」
苦しい修行だが意図は何となくだが汲み取ることができた。
藍衛流の基本、攻撃の受け流し習得するためにまずは敢えて攻撃を受ける。そうすることで受けた衝撃をどう工夫すれば受け流すことができるのかを理解できるようになるのだろう。
野球で言うならボールを掴む前にまずはグローブにボールを収めるという感覚を覚える為に、キャッチボールの時に敢えてボールを掴まず、グローブの中に当てるという練習法もある。
今回の修行はそういった感じなのだろう。
「受け流す……」
修行の意味を理解したところで再び、迫りくる丸太と対面する。
受けた衝撃の痛み、恐怖を押し退け、紙一重で丸太を避ける。
「できたか?」
回避に成功して、感覚を掴んだと思ったロウは思わず気を抜いてしまう。
しかし、その感覚は勘違いであった。
往復して戻ってきた丸太が気の抜けたロウに喝を入れるように直撃する。
まるで打たれたボールのようにロウは吹き飛ばされ、傍に立つ大木に体を打ち付けられる。
「丸太の回避に気を持ってかれてるから当たるんだ。それに受け流していない」
丸太の直撃と大木に叩きつけられた衝撃は凄まじく、ロウは直ぐに立ち上がることができない。それどころか気絶寸前であった。
タウシェンは徐にロウの傍まで歩き、手を差し出す。
焦点の合わない瞳でロウはタウシェンの手を掴む。
そして、釣った魚を引くようにタウシェンはロウの手を引き、立ち上がらせる。
「難しいな」
「簡単にできたら苦労はしない」
タウシェンはロウの髪をクシャクシャと撫でる。
過去に世話になった従兄弟に励まされた時によく頭を撫でられたことを思い出した。




