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洗濯

 山の麓に流れる小さな小川。

 山に積もった雪解け水が流れる川の水は肌に染みるように冷たく、そして底がくっきりと見える程住んでいる。

 川の中には小さな小魚の群れがまるで追いかけっこをしているかのように泳ぎ回っている。

 川岸はごつごつと角ばった石がたくさんを落ちており、そんな座りにくい場所にロウとタウシェンは洗濯物と大きな桶を傍らに置いて腰掛けていた。


「あの筋肉ダルマ……絶対許さない……」


 ロウは水面に映る自分の腫れた頬を見つめながら、己の体とプライドを叩きのめしたガンテツに怒りを煮らす。


「俺の前だけにしとけよ。他の奴なら告げ口されても文句は言えんからな」


 怒りに震えるロウの隣でタウシェンは柔道着によく似た練習着を川に突っ込み、洗濯しながら忠告する。


「……奴を見返して一泡吹かせてたりたい。だがなんだこれは? 修行なんかしないで洗濯なんてしてんだ?」


 早く修行に励み、ガンテツよりも強くなりたいとやっとやる気が湧いた直後に、修行とは程遠い洗濯をやらされて全く意味不明だ。

 冷たい川に突っ込んでの洗濯は確かに手が痛い。もしかして精神を鍛える修行かと思いもしたがそれにしても優しすぎる。

 この程度で音を上げる程度の柔さならそもそもここに辿り着けさえしないはず。


「藍衛流は守るために武術って言ったよな」


 タウシェンは洗濯する手を休めることなく説明始める。


「お前は嫌いな人間を守りたいと思うか?」


「……守らなくちゃいけないけど正直気乗りはしない」


 どんな悪人だろうと普通の人間ならば転生者から救わねばならないロウにとって答えにくい質問だ。

 しかし、人間離れした肉体ではあるが心は人間と全く変わらない。

 平気で数十人を手に掛けた殺人鬼や人生の路頭に迷う人間を惑わせるカルトの一員を救いたいかと言えば嘘になる。


 正直に答えるとタウシェン話を続ける。


「人を愛せぬ者に人は守れない。だから俺達はまず人間……はちょっと広すぎるから一緒に生活する仲間を愛せるように努力する」


 愛すること。個人を愛すことならロウにもできる。学生時代は恋人もいたし、ベクトルは違うが親友もいた。家族だって大切に思い、見方を変えれば愛してたと言っても可笑しくない。


 しかし、万人を愛することはできなかった。どうしてもそりの合わないクラスメートがいたり、ニュースで取り上げられる犯罪者。特に我が子を虐待するような人間は愛するどころかいなくなればいいと軽蔑していた。


 だから、ちゃんと万人を愛せるかどうか、ロウには不安でしかなかった。


「難しいな。俺には万人を愛すなんてできない」


「全く、俺と同じこと言ってるな」


「えっ?」


 ロウが驚く隣ではタウシェンが笑みを浮かべていた。


「大丈夫だ。お前の言う愛し方は間違っちゃいない。でも、俺達が目指すのもっと先だ」 


「それはどういう……」


「タウシェンさん!」


 その言葉の意味を追求しようとするも少女のソプラノボイスによって阻まれた。


 川上の方に視線をやると金髪ポニーテールの少女が手を振り、その後ろには茶髪のショートボブの地味目な少女がいた


「女性もいるのか」


「強くなるのに性別は関係ない」


 タウシェンは洗濯物を桶に放ると駆け足で二人の元に行く。

 すると、ポニーテールの少女がショートボブの少女をタウシェンの前に立たせる。


 ロウと彼らの距離は離れており、どんな話をしているかは聞こえなかったがショートボブの少女の辛そうな表情とタウシェンの鷲のような鋭い目に真剣な話なのは理解した。


 数分後、話が終わったのか少女達はタウシェンに深々と頭を下げて、足早に去っていった。


「何の話をしてたんだ?」


「夜、少し悩みを聞いてほしいって言われてな」


「なるほど。お前、信頼されてんだな」


「もう何年も一緒に修業しているから家族みたいなもんだ。だから、大事にしてやんないとさ」


 タウシェンは照れ臭そうに頭を掻く。

 なんとなくだがタウシェンの言う「愛」の断片が見えた気がするとロウは思った。


「なぁ、ここに来る人って一体にどんな理由を抱えて門を叩くんだ?」


「どうしてそんなことを聞く」


「言っちゃ悪いがあの髪の短い子が戦う姿が思い浮かばない」


 ロウは包み隠さず素直に問う。

 あのショートボブの少女は表立って戦うような気が強い人には娘には見えなかった。寧ろ、花よ蝶よと愛でられた箱入り娘という印象が強かった。


「お前みたいに強くなりたい奴もいるし、身寄りをなくして衣食住が確実に保証されると風の噂を聞きつけた奴とか様々さ。あの子は後者だな。元々、貴族の一人娘だったけど家族が盗賊に殺された。そしてここに流れ着いた」


「一人娘か。お前や俺みたく戦うことに向いてなさそうに見えるが」


 人には得手不得手がある。ロウには敵と戦うことしかできない。料理も人に物を売るという生活はできない。なぜなら、料理のスキルも販売スキルも持ち合わせていないからだ。だが、褒められたことではないが代わりに人を殺し、敵を無力化するスキルがある。それでいて殺しに手を染めても心を痛ませることはないという才能がある。

 だが、ショートボブの少女は見るからに優しそうで人どころか蟻一匹も踏み殺すのですら躊躇しそうなくらいだ。そんな彼女が武術を学ぶ必要があるとは思えない。

 代わりに自分が力をつけ、戦うほうが余程いいとロウは考えた。


「そうだな。藍衛流がいくら守る為の力だ。けど、いざという時だろうと相手を傷つけることを恐れ、力を振るえなかったら意味がない。それが彼女の課題でもある」


 タウシェンも彼女についてはロウと近い印象を抱いている。


「でも、力は暴力として振るうことだけが全てじゃない。心を強くあればそれだけでも修行する価値があると思う」


「それは……甘い考えじゃないか。そんな優しさだけで生きられたら苦労はしない」


「それをわかっている奴がここに来るんだ」


 誰かを傷つけたくないという考えはロウにも理解できる。誰しも無理に罪を被りたくないに決まっている。

 だが、ロウは罪を被らなければ生きてはいきない世界、環境に置かれているためどうしても甘えや逃げとしか思えない。

 しかし、タウシェンはここで修行している人々はそれを理解していると言った。


「お前も……そうなのか?」


「あぁ、そうだ」


 タウシェンに問うとあっさりと答える。


「どういう理由でお前はここに来たんだ?」


 さらに追求しようとするとタウシェンは目にも止まらぬパンチを披露するやロウの顔面に擦れ擦れで止める。


「強くなったらな。お前が俺と対等に……戦友として認められたら教えてやる」


 タウシェンはいつものように笑っている。

 眉間に皺が寄っているわけでも、頬が引きつっているということもなく素直に怒りという感情は全く感じられない。

 寧ろ、安心や喜びという感情が感じられるような普通の笑みであった。


「すまない。お前の気も知らずに」


「いいさ。好奇心というのは人の原動力だからな。寧ろ、嬉しいさ。あそこまで踏み込んできたのはお前が初めてだ」


 意外だった。てっきり、辛い過去があり、ここまでの道のりを語ることを拒んでいるかと思えば寧ろ逆であったことにロウは驚いた。


「……聞かれないってことは実は好かれていないってことだったりしてな」


「……マジか!?」


「冗談だよ。そうだったら相談事なんて持ち掛けられないだろう」


 軽い冗談を言い、タウシェンの反応を伺う。

 するとタウシェンは「無駄話は終わりだ」と二、三枚の洗濯物を掴んで、ロウの桶に突っ込む。


「お目付け役をからかった罰だ」


 タウシェンは子供のようなあどけない笑みを浮かべる。

 生真面目で厳格だと思っていたタウシェンが意外にもお茶目でノリのよい人間だったことに人は見た目で判断できないとロウは苦笑いを浮かべながら、増えた洗濯物を処理する。


「ロウ。お前も笑うんだな」


「……俺も人間……いや感情があるからな」


「そうだが。初めて出会った時の今にも死にそうな顔からは想像できねぇよ。なんか憑りついていたものがどこかに流された感じだな」


 指摘され、ロウは水面をで自分の顔を見る。

 そこにはリーンドイラの惨劇を引き起こした存在とは思えないほど清々しい顔を浮かべたロウが映っていた。

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