洗礼
ロウが己の弱さを捨てる為、藍衛流の教えを乞うことを決めてから早三時間。タウシェンの後に続いて階段を一段一段丁寧に登っているが一向に終点が見えてこない。
体力には絶対の自信があるロウだが流石に先が見えない先に向かうとなると不安で心が折れそうになる。
「長い階段だな」
「選別も兼ねてるからな。この程度で音を上げては論外だからな」
一滴の汗と弱音を流さずタウシェンは余裕綽々としている。
これ以上に修業が厳しいと知ると流石のロウでも気を引き締めなくてならない。
「ここだ」
やっと、終点に辿り着き、ロウはほっと息を吐く。
最後の一段を登り切ると立派な木造の建物が目に入る。建物は平安時代の貴族が住んでいた寝殿造りによく似ていた。
「それじゃあ、師匠に合わせてやる」
引き続き、タウシェンの後についていき、建物の中にあがる。
玄関で靴を脱ぎ、踏み出す度にミシミシと軋む廊下を歩く。
「綺麗な庭だな」
日差し差し込む縁側に出ると新緑の葉や色とりどりの花。赤と黒の鯉が一匹ずつ小さな池があり、日本庭園のような造りが似ていた。
ここは異世界でありながら過去の日本にタイムスリップした感覚に陥り、頭の中がこんがらがる。
「着いたぞ」
タウシェンは足を止める。
前方には真っ白な襖があり、その奥から何やらただならぬ空気が流れている。
「ガンテツ師匠。入ります」
タウシェンは慎重に襖を開ける。
襖を開けると五十畳程の大きな部屋が目に映る。年季の感じる木製の床に左右と奥は花などの植物が描かれて壁になっている。そして奥には大体二メートル程度の金色の男性の像が置かれている。
その像の前にはまるで番人のように巨漢の男が胡坐をかいて険しい顔つきでこちらを睨んでいた。
「ガンテツ師匠。新たに藍衛流を学びたい輩が訪ねてきました」
ガンテツと呼ばれる男は「うむ」ととてつもなく低い声を発する。
「そのひょろいのがか?」
ガンテツはまるで目からビームを出して、焼き殺そうとするかのように鋭い眼光をロウに向ける。
ロウは蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解した。体は氷漬けになったかのように全く動かなく、真逆に肌からは融けた氷のように汗が大量に流れる。
しかし、臆する訳にはなかった。
「保谷ロウだ」
ロウはキっと睨み返し、堂々と名を名乗る。
するとガンテツはロウの態度を空気を震わすほどの大きな笑い声を発する。そして右腕を出し、手招きをする。
男はロウの頭を大きな手で掴むとまるで石を割るかのように叩き付ける。
「初対面の相手に! ましてやこれから教えを乞う師に対して頭を下げんとはな!」
「てめぇ!」
起き上がろうとするもガンテツの力が強く、まるで万力に押しつぶされているかのように全く身動きが取れない。
「そんな力で俺に楯突こうといい度胸しているな!」
ガンテツはロウの頭を掴んだまま、持ち上げる。
そして、空き缶を投げ捨てるかのように軽いノリでロウを投げる。
投げ飛ばされたロウはタウシェンにキャッチされる。
「タウシェン! こいつはお前が面倒見ろ」
「承知しました」
タウシェンはガンテツの命令に深々と頭を下げて受ける。
「何なんだよ……ここは……」
転生者であるロウは他の人間よりも力が強い筈。だが、体格こそ人間離れしているが、ただの人間に力負けたことが衝撃で何も口をあんぐり上げる。
ガンテツの力任せな洗礼を受け、前途多難だと思うしかなかった。




