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孵化

 リーンドイラから逃げるように去ってから既に半月が経っていた。

 ロウは重い足取りで宛もなく森の中に一本だけ伸びる道を進んでいるだけ。まるで自我のないロボットのように。

 

 ロウはただ、失意の底に沈んでいた。

 自分の起こした行為が結果的に町を大混乱に陥れ、犠牲者を出した。人々を救おうと戦ってきた自分が逆に人々を恐怖に陥れたことに絶望していた。結局はロウ自身がどんなに良い方向に歩を進めても行き着く先は転生者と同じ化け物という残酷な現実。


 段々と道が傾いていく。山道に入ったのだろうか、今のロウにはいらない情報であった。

 坂道になってから五分程経った頃。道の先に今にも崩れそうな山門が見えてきた。

 この先に寺でもあるのだろう。しかし、この世界に仏教があると思えない。なら何があるのか。失意の他に枯れることのない好奇心が湧き上がり、自然と山門の先に向かおうとする。


「貴様、ここから先は部外者以外通行禁止だぜ」


 爽やかそうな青年の声が聞こえ、ふと声が聞こえた場所ーー山門の屋根に目を向ける。逆光でシルエットしかわからなかったが細みの体格の男がいた。


「とう!」


 屋根の上にいた青年はまるでバッタのように跳び、猫のようにロウの目の前に着地する。

 初めて男の詳細が見えた。古代中国で使用されたいた襦ことよく似た服装(色合いは赤いが全面に使われ、派手な印象が強い)。少し開け胸元から細身に似合わない岩のような胸板が覗ける。

 狐のような黄色瞳の釣り目で端正な顔立ち。緑色の髪はオールバックで余った後ろ髪を紐で結っている。

 明らかに只者えではない男は腕を組んで尊大な態度でロウの前に立ちはだかる。


「俺はタウシェン。流派藍衛(あいえ)の開祖、ジュウシの一番弟子」


 タウシェンは拳を鳴らしながら名乗る。


「何だ、お前。死人みたいな顔して。そんなんじゃ、目的があろうとこの先は通せないな」


「何だと……」


 タウシェンはロウの顔をマジマジと見るや虚ろな瞳を見て煽る。

 これにはロウはムッと顔をしかめる。


「道場破りなら、先ずは俺が相手になってやる。門を叩きに来たのなら俺が門下生に相応しいか試してやる」


 首と左右に傾け、関節を鳴らすと男は構える。まるで空手のような構え方ではあるが、何処か違う。ロウは空手など一切わからない為、断言はできないが。


 戦う意思を見せる男に対し、ロウは戦うことに躊躇していた。


「止めておいた方がいい。俺と戦うと死ぬぞ」


 ロウは凡人とは比べ物にならないほど力を持つ。加減して殴ったつもりが誤って気絶させてしまったことがある。

 正直、転生者意外とは戦いたくなかった。誤って殺してしまったら元も子もない。リーンドイラを混乱に陥れた直後なら尚更、力を振るうことに躊躇いがあるのは無理はない。


「まさか、こんなうつけがここに()ようとは」


 だが、男はロウの言葉に森に響くような声で笑ってしまう。


「自分が強いって思っているのか。慢心も通り過ぎれば馬鹿の戯言か」


「俺はお前のことを考えて!」


 馬鹿にされていることにロウは腹を立てる。しかし、ここで力を振るっては私利私欲の為に他人を苦しめる転生者と変わりない外道に堕ちることになる。

 燃える怒りをグッと堪えて、弁解しようとしたその時。ロウの顔面に渾身のストレートを浴びせる。

 まるで鉛の鉄球を投げつけられたような重い一撃にロウは膝を付いてしまう。


「お前のような自分に溺れた打つけ者の鼻は折っておかないとなぁ!」


「お前も痛目見ないとわからないようだな!」


 ロウの鼻から血が流れ、袖で拭う。

 流石に堪忍袋の尾が切れた。特にやられっぱなしというのはロウの主義に反する。

 狼のように唸り声をあげるとロウは四本の手足を使って地面を強く弾う。まるでチーターのように高く跳び、真上から強襲をかける。


「やるな! 戦い慣れていると見た!」


「俺はずっと戦ってきたから! 生きる為に! 失わないようにする為に!」


「失わないか……。動きが堅いな!」


 しかし、タウシェンにとってロウの攻撃を避けることはそう難しいことではない。

 さっと左に流れるように移動し、ロウの攻撃を避ける。


「こいつ!」


 地面に着地したロウは咄嗟に振り向き、なるべく最低限の力で拳を振るう。

 最低限の力と言っても手を抜くということではない。弱い攻撃を素早く叩き込むことでなるべく怪我をさせずにノックダウンさせることが目的であった。


「ただ速い動きだけじゃ、俺を倒せない」


 タウシェンは体全体を使って素早い攻撃を受け流すように避ける。

 川の流れのように華麗に、柔らかい動きは掴みづらく、水面に映る自分を殴っているようで、一切のダメージを与えることができなかった。


「どうして……当たらない……」


 ロウは遂に観念して、拳を納める。


「そりゃあ、動きが堅いからな」


 ふうと一息吐いて、タウシェンは得意気に


「柔は堅よりも強し。藍衛流の教えだ」


 と言う。

 ロウには聞き覚えのある台詞だが、ずっと前のことで詳しくは覚えていなかった。 

 ただ、言いたいことはわかった。と言うよりも先程の戦いでタウシェンが教えを体現していた。


「お前がここに流れ着いたのも何かの縁かもな」


 すると、タウシェンは(おもむろ)に手を差し出す。


「何を考えている」


「拳を交えて気づいた。お前は悪い奴ではない。そして、お前は何か迷ってるだろう? その迷いも藍衛流を会得すれば断ち切れるかもしれないぞ」


「俺は……これ以上の力を得ては……」


 タウシェンの誘いにロウは乗り気ではなかった。

 既に狼鬼の力を入れているロウがこれ以上強くなれば万が一のことが起きた時、誰も手に終えなくなる。

 力というの表裏一体だ。誰かを守ることができれば盾になると同時に誰かを傷つける矛にもなる。


 そして、ロウはリーンドイラでは力を矛として振るってしまった結果、償いきれない罪を背負うことになった。


 だから力を手に入れることかトラウマになっていた。


「はっきり言おう。お前は弱い」


 歯切れの悪いロウにイラついたタウシェンははっきりと言い切る。


「確かに腕っ節だけは俺と同じくらい強い。だが、それ以外が底辺だ」


「俺が弱いわけが……」


 ロウは己の弱さを認められずにいた。仕方がないことだ。今まで強がらなければいけない環境にいたから。

 生前は少しでも自分が弱いと思ってしまえばたちまち強者に狩られてしまう。そうならないためにも少しでも見栄を張り、背伸びをして自らを守らなければならなかった。


 ただ、それがロウの最大弱点なのだ。弱さも失敗も認めず、無理にでも突き進んでも何も変わらない。寧ろ、同じ過ちを繰り返すだけだ。


「強くなりたければ門をくぐれ。ただし、この場合の強さは必ずしも腕っ節だけじゃない。心もだ。いくら外側が丈夫な柱でも芯がしっかりしていなければ脆く簡単に崩れ落ちる」


「強く……心を……」

 

 今までロウは人生という道を駆け抜けていた。しかし、背後から土石流が常に迫ってきていて、立ち止まることができなかった。一瞬でも立ち止まれば死に巻き込まれる。


 だからロウは我武者羅に走り続けた。その道中で大切な人や心を置き去りにしたが全て見て見ぬ振りをしなければならなかった。


 それをこの世界でも続けていた。しかし、その結果がリーンドイラの惨劇だ。


 変わらなければならない時が来たのかもしれない。人から狼鬼に変わるように心も子供から大人へと進化しなくてはならないのかもしれない。


「その気になった」


 立ち上がったロウを見て、タウシェンは柔らかい笑みを浮かべた。


 

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