表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/88

化物

一部描写がなろうのルールに引っ掛りそうなので敢えて詳しく書かなかったので察してください

 核戦争が勃発し、世界が着実に終末に向かっていながらも日本の政府機関がまだ機能していた頃、スラム街が生まれた。

 スラム街には政府から支援を受けることのできなかった弱者や貧民整備されていない、この葉隠れとして堅気ではない者達が流れついてできた言わば排水溝のような場所であった。そういった経緯から非常に治安が悪く、またライフラインも整備されておらず、衛生面も非常に大きな問題を抱えていた。

 そんな街では日々、盗難や殺人が当たり前のように起き、血と狂気に染まった街はまるで地獄に近い有様であった。

 ロウは最愛の妹を失った直後、スラム街に一時期滞在していたことがあった。そしてその地獄のような日々を体験し、目に焼き付けた。


「どういことだ……」


 そして今、リーンドイラの町は正にそのスラム街と酷似していた。

 昼間の活気はまるで鏡写しの虚像だったのか錯覚してしまうほどの荒れ様にロウは絶句するしかなかった。

 木造の店からは火の手が上がり、周辺には建物の一部だった瓦礫や乱雑に投げ捨てられた品物が散らかっていた。そして、綺麗な身なりをした貴婦人達がみすぼらしい格好した三人組の奴隷達に押し倒され、眩い輝きを放つアクセサリーなどの金品をまるでカラスに荒らされるゴミのような扱いを受けていた。

 右を見れば傷だらけの服と体の幼い奴隷達が店に押し入っては金品を好き勝手に奪おうとしていた。店主とその店員達は命と同等の商品をただでは渡さないと箒や木の棒、挙げ句には包丁なナイフといった兇器を持ち出し、応戦していた。


「や、やめてください!」


「ゆ、許せるか! 私には養わなくちゃいけない家族がいる!」


 するとゴリラのようなガタイの店主は齢五歳くらいの奴隷を逞しい腕で締め上げる。

 奴隷達にまともな生き方をさせるのは難しい。教育を受けてない彼等に常識がない上に持ち合わせがないなら尚更だ。

 だが、商人も決して慈善活動で商売をしている訳ではない。収入を得る為に客に金を引き換えに商品を渡す取引を行っている。

 だからこそ商品を略奪しようとする奴隷達は害虫や害獣同等の邪魔な存在でしかなかった。


「や、やぁ!」


 すると奴隷は店主の腕を噛み付く。店主は小さく呻き、腕の拘束を解いてしまう。拘束から解かれた奴隷は真っ先に逃げようと走り出す。

 しかし、咄嗟の反撃で店主は逆上してしまい、すぐさま大木のような脚で奴隷を蹴飛ばし、床に叩きつける。そして首根っこを掴んでは不気味に輝く包丁を振り上げる。

 奴隷は不意にロウを見つめる。その潤んだ瞳は明らかに助けを求めていた。


「や、やめろ!」


 ロウは駆け出し、限界まで手を伸ばし、彼を救おうとする。彼は好きで盗みなどしているわけではない。生きたいが故に仕方なく手を汚してるだけなのだ。

 まだ情状酌量の余地はある。これから土台からしっかりと教育すればきっと世に馳せる学者になれるかもしれない。

 磨ける原石、幼い命を無闇に奪ってはいけない。

 しかし。ロウの行動は無に帰る。

 あと一歩のところで彼の左胸に包丁が根本深くまで突き刺さる。彼は小さな目を割れそうな程開けては詰まったような掠れた呻き声をあげる。そして、糸の切れた操り人形のように首を倒す。


「あぁ……!」


 ロウは彼の真横で膝から崩れ落ちる。目の前で未来に繋がる糸が途絶えた。転生者を殺せる力を持ちながらもどうしようもない無力感がロウを襲う。


「仕方……ないんだ……仕方が!」


 一方、ロウの隣では店主が震える自分の両手を眺めていた。そして、自身の行為を正当化するように何度も言い聞かせる。


「殺さなくちゃ……娘が……妻を死なせるから……。でも、よりによって娘と同年代の子を殺すことなるなんて!」


 しかし、正当化しても殺したという事実から逃れられない。ましてや娘と同じくらいの子供を殺したという残酷なことに手を染めたことには。

 奴隷に親は見捨てられた者達だ。だから死んだところで悲しむ家族とは存在しない。

 だが、娘を持つ店主には決して他人事とは思えなかった。大切な子共を失った時のことなど考えることすら苦痛だ。

 そんな大切な存在を店主は奪ってしまった。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 店主は自分で殺した子供に縋ってはまるで赤子のように狂ったように泣き崩れる。それを見た店員達は慌てて、駆け寄り、落ち着かせようと言葉をかける。


「どうして……こんなことになったんだよ!」

 

 店主の悲痛な叫びがロウの心に突き刺さる。

 良かれと思った奴隷の救出が悲惨な結果を招いた。正義の為に行ったと思っていた行動がいつの間にか惨劇の引き金になっていた。


「違う! 俺は……」


 都合の悪い事実を受け入れることができずロウは情けない叫びを上げながら、逃げるようにその場から離れ、路地に逃げ込む。


「うわぁ!」


 薄暗い路地は数センチ先すら暗くて見えない。ましてや半狂乱のロウにまともに周囲を確認できるわけがなく、足元に転がっていたモノに躓いて、勢いよく顔面を地面に叩きつけられる。


「何だ……」


 ロウはゆっくりとこかされたモノに目を向ける。


「あ……あぁ!」


 ロウはそのモノの実態を知って、言葉を失い尻餅をついて後退る。

 そこにあった者は仰向けに寝かされ、身ぐるみを剥がされた少女が白目を剥いて、口から泡を吹いて息を引き取っていた。彼女の細い首には赤い跡があり、何より股間から新鮮な白濁液が溢れ出ていた。

 そして、お腹には奴隷を示す焼印が押されていた。

 彼女は逃げている最中に性欲に溺れた男に運悪く捕まってしまい、捌け口と使用された挙げ句に死んだのだ。


「ひぃぃぃぃ!」 


 情けない声を上げながれまるてトカゲのように地面を這いながら彼女から離れようとする。

 しかし、逃げられない。目に彼女の無惨な姿が焼き付いているのだ。そして、追い打ちをかけるように、己の罪の重さを認知させるかのように妹の無惨な姿までも思い出してしまう。

 彼女と妹の死に方は全く同じだった。

 あんな死に方をさせてしまったことを悔やみ、苦しんでいたロウが良かれと思った正義によって同じ犠牲者を出してしまったのだ。


「お前は!」


 ロウの前に茶色の革靴が現れる。徐に顔を上げるとそこには阿修羅のような恐ろしい顔のクルスがロウを見下ろしていた。

 クルスはロウの胸倉を掴み、脇にある壁に強く叩きつける。正義に裏切られたロウの体は力が抜けているせいかまるでカカシのように軽い。


「お前が……やったんだろ! お前が奴隷達を開放したんだろ!」


 血気迫ったクルスの言葉にもロウは全く反応を示さない。

 自分勝手に行動した挙げ句、自分に都合が悪くなれば貝のように口を積むぐ様子にクルスの怒りは頂点に達する。

 今度は硬い地面に叩きつけると馬乗りになる。そして、ロウの顔面を瓦を割るように思い切り殴りつける。


「お前のせいで傷付く必要がなかった! 死ぬべきではなかった人が死んだ! どうしてくれる! どう償ってくれる!」


 何度も何度も殴りつけ、ロウの顔は次第に歪んでいく。歯と鼻は折れ、血がたらりと流れる。あまりの力の入れように瞳は潰れ、頬が腫れる。殴られた衝撃で後頭部は硬い地面に叩きつけられ、脱脂綿から滲み出た水のようにゆっくりと血が広がっていく。


「黙ってないで答えろ!」


 クルスは血塗れの手で再びロウの胸倉を掴み、激しく揺さぶる。揺さぶっていれば何か吐くかもしれない。無論、吐いたところでこの状況が変わるわけでもない。

 ただ、心の中で滾る炎を鎮める為にただ踏みつけるだけのことだ。


「俺は……ただあの子達を……救いたかった!」


 しかし、火は収まるどころか油をかけられ、事態は更に悪化する。


「馬鹿野郎! 思いだけで人が救えたらこの世界に奴隷なんて者は生まれなかった!」


 ロウが知らない影ではクルス達は懸命に奴隷達を救おう為に奔走していた。町の議会にかけあったら、奴隷商人達に直談判して、廃業しろとまでは言わず、奴隷達の待遇を良くして欲しいと膝を付いて懇願したこともあった。

 その努力の積み重ねのおかげで十数年前に比べれば奴隷問題は良い方向に進んだ。しかし、それでもまだ序の口と言った所で完全に解決するには倍以上の年数がかかると予想していた。それでも着実に土台はできていた。いつかの未来、奴隷達がいなくなる世界は確かなビジョンとしてクルス達の目には映っていた。

 しかし、ロウの独断による行動がその土台を全て壊した。ここまで、悲惨な事態まで広がってしまったのだ。議会は二度とこんな事態を起きないようにやむを得ず奴隷達を押さえつける法律を作るだろう。

 それなのにロウは反省どころか、引き起こした事実から逃避しようとしていることがクルスの逆鱗に触れた。

 クルスは上着のポケットから果物ナイフを取り出すと、ロウの首に突き刺す。


「お前さえいなければ!」


 何度も何度もナイフを突き刺しては抜くを繰り返す。首からはまるで噴水のように血が吹き出ていた。

 普通の人間から死ぬような致命傷。しかし、ロウは転生者である為、その程度の傷や出血では死なない。

 できた首の穴は直ぐ様閉じてしまい、クルスは異様な光景に冷や汗をかく。


「化……物……かよ……」


 ロウは僅かに残った理性で自分の正体を知った。

 例え、人々を救おうとする救世主でも自分は転生者という化物なのだ。人々を脅かす転生者と同じ化物。

 現にロウはこのリーンドイラという町を地獄に変えた悪魔なのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ