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異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣  作者: 島下 遊姫
霧に潜む悪夢
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虚無

 もう既に日は傾き、辺りは紅に染まっていた。ジャックスと決着をつけてからロウは半日以上かけてこの街にいるであろう生存者を探していた。

 しかし、今になっても生存者は一人も残っておらず、最悪な結末が脳内に過る。


「誰か……いないか……」


 もう未探索の家は片手で数えるほどしか残っていない。微かな希望を胸に抱き、残りの家に勝手に上がる。激しい鼓動を感じながら恐る恐る木製の扉を押すと、金具の軋む音が反響する。

 家の中は窓から差し込む夕日で多少は見えやすいものの灯りがなく薄暗く、不気味に思える程静かで人の気配が全くない。


「ここにも……か」


 家の中をくまなく探しても生存者は誰一人居なかった。深い溜息を吐いて、玄関から外に出る。そして、何度も見た何度も見たくない現実が突き付けられる。

 道の至る所に息絶えた人間が畳のように敷き詰められていた。

 四肢が欠損した成人男性。白目を剥いて泡を吹いた後の残る少女。頭が捻じ曲がった老人達。我が子を守ろうと覆いかぶさった母親。その親子の胴体には鋭い木片が貫通しており、傍から見ればまるで串焼きのようであった。大事な子を守れず、ましてや目の前で息絶えたことによって絶望したのかその母親の顔は言葉では言い表せない程の悲惨なものであった。


「……何でだよ……」


 目の前に広がる地獄絵図を見て、あまりの悲惨さと理不尽さに不快感が限界を超えたロウは嘔吐しそうになる。

 この街にいる人達は全く罪はない。あったとしてもこれほど酷い目に遭う罪だったのか。普通に生きていたにもかかわらず、裏で牛耳っていた転生者達がロウを殺す為の駒として殺され、使い捨てのティッシュペーパーのように乱雑に扱われ、そして捨てられた。

 これが人間の終わり方なのか。やり残したことをたくさん残し、大切な者に別れ、感謝の言葉の一つも言えずにゴミのように死んでいく。

 ただ悔しく、怒りしか湧いてこない。だが、こんな死に方になった原因の一部はロウだ。この街にロウが現れたから街の人間はこんな死に方をしたのだ。


「……まだ、わからない。生存者が……いるかもしれない」


 絶望するのはまだ早いとロウは切り替える。まだ希望が残されていると信じてロウは生存者を探し続ける。

 だが、残念ことにこの街には希望など残されていなかった。ジャックスの毒霧によってこの街にいた人間の大多数はもがき苦しんで死んだ。そして、死体はトーイによって操り人形にされ、残った生存者達を殺した。

 この街にはもう生者はロウ以外存在していない。

 ロウはこの事実に気づいていた。だが、気づいていない振りをした。そうでもしないと正気を保つことができなかった。


「俺は……人を救う為に戦ったはずだ……」


 残り数件を廻っても生存者は一人も見つからず、いよいよ残酷な現実を認めざるを得なくなる。

 誰も救えなかった。人は皆死んだ。人のいない街も死んだようなものだ。

 何もなくなったこの街で一体何の為に戦ったのか自分でもわからなくなる。


「……違う。あいつをここで殺しておかないとこれ以上に人が死んでいたかもしれない……だから」


 意味があったと自分に言い聞かせる。

 この街から人がいなくなればジャックス達は別の街に移動し、虐殺を行うはずだ。惨劇を未然に防いだとすれば戦う意味はあった。

 ただ、二体の悪魔を葬るのに街の住む人間全てを犠牲にして、果たして代価は釣り合っているのか。

 いや、釣り合っていない。そもそも救えなかった時点でロウは負けている。


「俺は……あいつを手にかけてまで……なのに!」


 地面に膝をつき、拳を固く握りしめ、地面を思い切りを叩き付ける。

 拳に鈍い痛みが走り、地面に大きな亀裂ができる。

 これほどの力があっても誰一人救えないことに己の無力さと弱さにただ憎むことしかできない。

 人を救う為にこの世界に転生したにも関わらず、その使命を果たせない自分に存在価値はあるのか。

 転生者は普通の人間では太刀打ちできない。ロウがいなければ転生者を誰も殺せず、好き勝手に暴れまわれやがて世界を食いつぶすだろう。だから、ロウは唯一の抑止力としてこの世界には必要。そう誰かが伝えてくれれば少しはロウも救われるだろう。

 だが、ロウは独りだ。誰も救えず、あまつさえ心を通わせたキャシーを食ったせいだ。

 一層のこと、他の転生者と同じように私利私欲の為に力を使い、己を壊した方が楽であろう。

 しかし、まだ倫理も常識の一線を超えられるほど疲弊していないロウには自分を壊すことはできず、ただ苦しみ続けるだけ。


「……行かなくちゃ……転生者を殺しに」


 このまま失意に溺れても意味がない。ロウは震える脚で何とか立ち上がる。


「この人達は……どうすればいい……」


 虚ろな瞳で辺りに倒れている大量の死体を見る。せめてもの罪滅ぼしとして、一人一人丁寧に埋葬したいところだが流石にロウ独りでは無理がある。かと言ってこのまま放置しては死体が腐り、良からぬ疫病が蔓延するかもしれない。この死んだ街だけにしか影響がないならいいが偶然通りかかった旅人や死肉を啄む烏、ネズミを媒介に世界中に広がり、パンデミックが起きる可能性はないわけではない。


「ちゃんと……供養できなくてごめんなさい……」


 ロウは震える声で声なき者達に詫びる。すると、一軒の家からライターを拝借し、家に火をつける。木造ということもあって火はあっという間に家を包む。そして、燃え広がった火は隣の家に移る。さらに火は隣に家に移り、風が吹けば道を挟んだ向かいの家を燃やす。火はまるでドミノ倒しのように街全体に広がっていき、数時間後にはミルディアスの街は火に包まれた。

 この火もいずれ降る雨によって鎮火するだろう。そんな淡い期待を抱きながら火に包まれた街を虚ろな瞳に焼き付ける。

 そして、己の愚かさと無力さを痛感しながらロウは頼りない足取りでミルディアスを後にするのであった。

小説書いてたら焼き鳥食べたくなった

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人間の生き残りがほとんど居ないのに誰にガスマスクを売っていて、誰からものを買ってあの肥満の男は暮らしていたんだ…
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