2.ヒツジが1匹、キツネも1匹? ◇4
「ああっ!!あっの退治屋のガキっ!俺様の戦いっぷりを見てろっつったのにっ!」
戦いを始める輝矢に、不満げな叫びをあげるのは、羊スイに火傷の治療をしてもらっている最中のゴン。いつの間にか人の姿に戻っている。
「ったくっ!これだっから素人はっ……!」
『……っ!』
文句を叫ぶゴンの前で、戦いを繰り広げる輝矢とメェ蔵。
「……。」
目にも留まらぬ速さで互角に斬り結ぶ輝矢とメェ蔵に、偉そうに文句を言っていたゴンがどんどん目を見張らせていく。
「輝矢さん、強いっスねぇっ。ゴンさん以上じゃないっスかっ?」
「ああっ、そうだなっ……って、そんなわけあるかぁっ!!」
「痛っ!一回、頷いたじゃないっスかぁ~っ!」
またしても殴ってきたゴンに、今度は不満げな顔を見せる羊スイ。
「“鬼爪”っ!!」
「三日月っ」
――……………………っ!!
一歩も譲り合うことなく、同等の力でぶつかり合う輝矢の三日月とメェ蔵の鬼爪。
「やるなぁっ……小娘っ……」
メェ蔵が不適な笑みを浮かべる。
「だがっ、これならどうだぁっ!?」
「……っ!」
再び輝矢へ向けて大きく口を開くメェ蔵。
「マズいっ!さっきの炎だっ!」
桜時が思わず立ち上がる。
「“鬼炎”っ!!」
「クっ……!」
メェ蔵の口から放たれた真っ赤な炎が輝矢へと迫り来る。輝矢は表情をしかめ、一瞬考えた後、すぐさま炎に三日月を向けた。
「“月器・十六夜”っ!」
三日月が満ちていき、ほぼ円形の大きな金色の盾・十六夜へと姿を変える。
「そうかっ!アイツにはあの盾があったんだっ!」
諦めかけていた暗い表情を、一瞬で笑顔へと変える桜時。
「十六夜っ」
「何っ!?」
――バァァァァーンッ!
輝矢が十六夜で鬼炎を真正面から受け止める。その様子に眉をひそめるメェ蔵。
「よぉーしっ!この前みたいにそのまま跳ね返しちゃっ……!」
「うっ……!」
「えっ…?」
調子よく応援していた桜時の表情が、十六夜を構えている輝矢の表情とともに曇る。
「十六夜っ……!」
鬼炎の力に溶け出す十六夜。輝矢が少し驚いたように目を見開く。
「ふわぁーっはっはっはっ!我が炎は無敵よぉっ!!」
その光景に勝ち誇ったように笑いあげるメェ蔵。
「このまま盾ともども、我が鬼炎に燃やし尽くされるがいいっ!!」
「クっ……!」
メェ蔵の言葉に表情を引きつった輝矢が、十六夜を振り上げる。
「“月器・三日月”っ!」
――バァァァーンッ!
「ううぅっ!!」
「ああっ……!」
輝矢が十六夜を三日月に変えるとともに、輝矢を襲う鬼炎。輝矢も自ら後方に飛び、直撃を何とかかわしはしたが、炎の威力に吹き飛ばされ屋敷の壁に背中を打ちつけた。桜時が思わず身を乗り出す。
「ふはっはっはっはっ!!とうとう終わりのようだなぁっ!小娘っ!」
「ううっ……」
座り込んだままの輝矢を見て、愉快な笑みを浮かべるメェ蔵。
「チィっ!こうなったら俺様がっ……!」
「ゴンさん出てったって足手まといなだけっスよぉ~っ!!」
「何をぉっ!?」
飛び出していこうとするゴンを必死に止める羊スイ。
「あの盾でも止められないなんてっ……もうっ……」
打ち付けた痛みを表情に見せている輝矢を見ながら、諦めたように呟く桜時。
――カランっ……
「……?」
思わず後退した桜時の足に、何かが当たる。
「……っ」
それは、孔雀から授かった父の刀・“村雨丸”であった。人化した時に、背負っていたものが落ちたのであろう。
「村雨丸……」
――父親を探すというのなら、少しは手がかりになるかも知れないわね……――
「……。」
そう言って孔雀が与えてくれた。いつも桜時のことを蔑んでばかりで、桜時の存在を決して認めようとしなかった孔雀が、桜時と正面から向き合ってこの刀を与えてくれた。
――俺っ!羽ばたきたいっ!羽ばたいていきたいんだっ!――
そう自分から言ったのだ。もう決意して、羽ばたき始めたのだ。迷っていては、飛んでいけない。
――私には確かに見えますよ?――
「……っ」
桜時が素早く地面に落ちていた村雨丸を拾い上げる。
――アナタが背に、その翼が……――
「……っ!」
桜時が決意した表情で顔を上げた。
「どゅわぁーっはっはっはっ!我が炎はステキっ!無敵っ!快適だぁっ!!」
「ああ~痛いっ……耳も痛いっ……」
背中を押さえながらゆっくりと起き上がる輝矢。高らかと笑うメェ蔵の大声に、多少顔をしかめる。三日月は少し焼け焦げ、三日月を持っている右手首にも火傷を負っていた。
「ほぉぉぉ~まだ立ち上がるとは大したものだなぁ、小娘っ」
「どうもっ」
手首の火傷に懐から出した手ぬぐいを巻きながら、輝矢が適当に返事をする。
「レベル三はさすがにキツいですねぇ……この力はあまり使いたくありませんでしたがっ」
「んっ?」
火傷にとりあえずの処置をして、再び三日月を構える輝矢に、メェ蔵が眉をひそめる。
「その目……まだ諦めてはいないようだなぁ」
「ええ」
輝矢が大きく頷く。
「今からアナタの炎を打ち砕いて差し上げようかと思いまして」
「何っ……?」
輝矢のその言葉に、メェ蔵が少し表情を引きつる。
「打ち砕くだとぉ?我がステキにして無敵にして快適な炎を」
「ええ、アナタのスブタにして無糖にして海鮮丼な炎を、です」
「旨そうだなっ」
「何、リアル妄想してんスかぁ~?」
興味深く呟くゴンに、羊スイが呆れた表情で突っ込んだ。
「なるほどっ……」
少し唇の両端を上げるメェ蔵。
「やれるものならやってみろぉっ!!」
「……っ!」
怒ったようにそう叫び、メェ蔵が輝矢へ向けて大きく口を開く。三日月を両手で持ち、縦に構える輝矢。
「“月器っ…!」
「“鬼爪・天回”っ!!」
「えっ?」
月器を構えようとした輝矢に対し、メェ蔵が放った攻撃は鬼炎ではなく鬼爪。
「きったねっ!アイツ、賭けに乗ったフリしてっ……!」
ゴンが思わず声をあげる。
「クっ……!」
飛んでくる十本の爪に、輝矢が焦りの表情を見せ、月器を構え直そうとする。
「そのまま構えてろっ!」
「えっ?」
上空から聞こえてくる声に、輝矢が顔を上げる。
「……っ」
輝矢の上を舞う、桜時の姿。
「村雨丸っ……」
桜時が空中で鞘から村雨丸を抜く。姿を現す透き通るように美しい刀を、桜時が振りかぶった。
「“瞬花”っ!!」
――パァァァーーンッ!
「……っ」
「何っ!?」
輝矢へと飛んできていた鬼爪が、一瞬にして桜の花びらへと変わり、散っていく。
「行けっ!!」
降下してきながら、輝矢へと叫ぶ桜時。
「輝矢っ!!」
「……っ」
呼ばれる名に輝矢が目を見開く。
「……っ」
輝矢は桜時へ向けて少し笑みをこぼすと、すぐにその表情を厳しくし、メェ蔵の方へと飛び出していく。
「チィっ……!」
向かってくる輝矢に、メェ蔵が顔を歪める。
「望み通りっ……!!」
メェ蔵が再び口を開く。
「灰にしてやろぉぉっ!!“鬼炎”っ!!」
「……っ」
輝矢へ向けて鬼炎を放つメェ蔵。輝矢が向かってくる炎へ、三日月を向ける。
「三日月っ……」
光を帯びていく月器。
「水月っ!!」
輝く三日月から放たれたのは、無数の水の刃。
「何っ!?」
メェ蔵が驚きの表情を見せる。
「水っ…」
無事、地面へと着地して目を見張らせる桜時。
「たかが水力にっ……!」
――パァァァァンッ!
「……っ!!」
輝矢の水月に、消し去られる鬼炎。
「俺の炎がっ……負けるだとっ……!?」
鬼炎を消し去った水月が、まっすぐにメェ蔵へと飛んでいく。
「ぎゃあああっ!!」
激しい断末魔を残して、赤鬼は青々とした水の中へと消えていった。
「……“月器”」
降り散る水飛沫を見ながら、輝矢が三日月をピアスの姿へと戻す。
「おいっ!!」
「……?」
輝矢が振り返ると、心配そうに駆け寄ってくる桜時の姿。
「おおっとっ!一メートルっ!」
駆け寄る桜時であったが、やはり輝矢の一メートル手前で足を止める。
「大丈夫かっ!?」
「ええ」
一メートル離れた桜時へと笑顔を見せる輝矢。
「ハチが名前を呼んでくれたので、痛みもすべて吹き飛びました」
「うっ……!」
戦いに必死になるあまり、ついつい呼んでしまった名前。そのことを思い出し、桜時が少し頬を赤く染める。
「あれはだなぁっ!鍵屋っつったんだっ!鍵屋っ!ちょぉぉ~ど家の鍵を失くしてっ……!」
「今日を二人の記念日にしましょうねっ」
「しなくていいっ!!」
ひたすら笑顔の輝矢に、少しムキになって怒鳴り返す桜時。
「いっやぁ~倒しちゃったっスねぇ~鬼人っ」
「……。」
そんな二人を、呆気にとられた表情で見つめる羊スイと、妙に真面目な顔を見せているゴン。
「あの力……まさかっ……」
ゴンが意味深に呟く。
「一昨日が出会った記念で、昨日が一緒に旅立ち記念でぇ、今日が名前呼んだ記念でぇ」
「いちいち記念日にすんじゃねぇっ!!」
こうして、輝矢とハチの二度目の鬼人退治も何とか終わったのであった。
翌朝。
「御伽警察ぅ~っ?」
芽里の屋敷の前で、ハチの声が響き渡る。
「おおっ、略してオトポリだ、オトポリっ」
ハチの疑問の声に答えたのは、ゴンであった。
「この上なくダサいですねぇ」
「そんなもんがあるなんて聞いたことねぇーぞぉっ?」
「“対鬼人用組織”だからな。組織自体も鬼人復活とともに十年振りに形成されたってわけだっ」
「へぇ~」
組織名“御伽警察”と書かれた腕章を付け、黒い制服を身に纏ったゴンと羊スイを前にし、ハチが感心するように声を漏らした。
「ガキのお前らが知らんのも無理はない。俺も十年前の組織については知らんからな」
「お前はっ?」
「名前くらいは聞いたことがありましたが、実際にお会いするのは初めてですね」
ハチの問いかけに輝矢が笑顔で答える。
「この屋敷の料理長は十年前、オトポリにいた人でなぁ」
ゴンが屋敷を見ながら言葉を続ける。
「俺をこの屋敷に潜入させてくれたってわけよっ」
「俺は元々、双子の弟の羊スイが働いてたんで入れ替わったんスよっ!あっ、俺、ホントは羊スケっつーんで」
「なるほどねっ……」
すべての謎が解け、肩を落として頷くハチ。
「俺はオトポリでは潜入捜査官として有名でなぁ、化け刑事のゴンって呼ばれてんだっ!」
「ハゲデブのゴンザレス?聞いただけで哀れな気持ちが巻き起こりますねぇ」
「化け刑事だっ!!そしてゴンザレスじゃねぇっっ!!」
「つーか、普通に怪しすぎて潜入してんの丸わかりだったぞ……」
聞き間違える輝矢に大声で突っ込みを入れるゴンを見ながら、ハチも突っ込んだ。
「そぉそっ!ゴンさんの潜入ってばいっつもモロバレで、しっかもいっつも大して成果でなくってっ!」
――バッコォォ~ンッ!!
「ううっ……」
「成果とかゆーんじゃねぇっ!捜査は心意気でするもんなんだよっ!」
『……。』
またしても笑顔で余計なことを言ってしまった羊スイもとい羊スケに、ゴンの鉄拳が炸裂する。成果が挙げられなくて警察が務まるのだろうかと思いつつ、呆れた表情を見せる輝矢とハチ。
「まっ!とにかくっ!鬼人退治は俺らオトポリの仕事だっ!鬼人は俺らに任せておけばいいっ!」
「ゴンザレスなんかに任せておけないから、こうして退治屋をしているのではありませんか」
「なんか言うなっ!!そしてゴンザレスじゃねぇっ!!」
輝矢の言葉に突っ込みまくるゴン。
「とにかくっ!!退治屋なんかやってないでガキはガキらしく適当に遊んでろっ!!」
そう言ってゴンが屋敷の前に停めてある吹き抜けの黒い車に乗り込む。
「わかったなっ!」
「じゃあ俺たちは報告とかあるんで、これで失礼するっス~」
羊スケが輝矢たちに頭を下げ、運転席へと乗り込む。
「じゃあなっ!!ガキどもっ!!」
ゴンがそう言い軽く手を挙げると、二人を乗せた車は発進し、あっという間に輝矢たちからは見えなくなった。
「変わった警察だったなぁ……」
「そうですねぇ」
しみじみと呟く輝矢とハチ。
「あっんれぇ~?もう行っちまったのかぁ~?孤上のヤツっ」
「ウチのアニキも行っちゃったみたいっスねぇ~」
『……?』
屋敷の中から聞こえてくる声に輝矢とハチが振り返る。屋敷の中から出てきたのは芽里と、調理服を着た恰幅のいい白髪の中年男に、羊スケと瓜二つの顔をした少年であった。
「ったくアイツ、潜入させてやったちゅーんに、お礼も言わんと」
「メリーさん、その人たちもしかしてっ……」
「ええ、本当の料理長のシープンと、本当の使用人の羊スイよ」
「いんやいんやこの度は色々とご迷惑をおかけしましてぇ~」
「兄とその上司がお世話になりました」
「いえいえ、お礼を言うくらいならモノを贈って下さい」
「お前なっ……」
深々と頭を下げるシープンと羊スイに対し、笑顔でがっついたことを言う輝矢にハチが呆れた顔を向ける。
「それにしてもメェ蔵が鬼人だったなんて驚いたわぁ~」
芽里が眉間に皺を寄せて言う。
「確かに、前は私が言いたいこと先に言っちゃったりしないヤツだったから、おかしいとは思ったのよねぇ~」
「そんなことでっ……?」
芽里の見解に、またしても呆れた顔を見せるハチ。
「本物のメェ蔵さんの具合はどうなんです?」
「ああ、ただの食あたりだったみたい。来週には復帰するですって」
「それは何よりですね」
輝矢が笑顔で頷いた。
「では私たちもそろそろ」
「ええ~っ!?行っちゃうのっ!?桜時様っ!!」
「えっ?」
――ヒュウゥゥ~ッ……
「ううっ……!!」
ハチに駆け寄ろうとした芽里が、背中から冷たいものを感じ、ゆっくりと振り返る。
「何か……問題でも……?」
「いえっ……まったく問題ありませんでございます……」
凍りつきそうな輝矢の笑顔に見つめられ、芽里は引きつった表情で呟いた。
「では失礼いたします」
「じゃあなっ!」
輝矢とハチが三人に別れを告げる。
「本当にありがとう、輝矢さん、桜時様。また羊国に来てね」
「その時は私の料理を召し上がってって下さいっ」
「またどっかでウチのアニキに会ったら、たまには顔見せろっつっといて下さいっスっ!」
三人が輝矢とハチに笑顔を向ける。
「ええ、必ずっ」
「またなぁ~っ!!」
三人が大きく手を振って見送る中、輝矢とハチは羊国を旅立っていった。
数分後、羊国すぐ外。
「でもさっ」
「……?」
急に口を開いたハチに、輝矢が少しハチの方を見下ろす。
「何でメェ蔵が鬼人だってわかったんだ?」
あの状況では明らかにゴンの方が疑わしかったのに、輝矢は初めからゴンではなくメェ蔵に狙いを定め、芽里の部屋で待ち伏せていた。
「やっぱ長年の経験から、鬼人は国主の側近になりすます傾向にあるからとかそんな感じでっ…!」
「ああっ」
ハチの言葉の途中、輝矢が笑顔で頷く。
「“勘”ですっ」
「へっ……?」
輝矢の答えに固まるハチ。
「いやぁ~意外と当たるものですねぇ~勘って」
「……。」
笑顔を浮かべたまま歩いていく輝矢を、足を止めて後方から呆然と見つめるハチ。
「勘って……。……。」
ハチの呆れた表情が、ふいに笑顔へと変わる。
「まっ、いっかっ」
「ハチ?」
「おうっ!」
振り返った輝矢のところへと駆け寄っていくハチ。二人の旅は、まだ始まったばかりである。




