20.シアワセ家族 ◇4
数分後。
「……。」
ハヤテと背中合わせになるようにして柱に縄で括り付けられている由雉。その表情からはかなりの負のオーラが漂っていた。
「助けに来ておいて捕まるとは不甲斐ないなぁ~っ!マイソンっ!」
「誰のせいで捕まったと思ってるんだよっ!!」
互いの顔が見えない状態で会話をする由雉とハヤテ。
「ったくっ!」
「おいっ!一応、他に仲間がいないか見回っておけっ!!」
『はいっ!』
二人の周囲にいた黒マスクの泥棒たちが、警戒するように四方へと散っていく。柱に括り付けられた状態でその場に二人だけが残る。
「何とかならないのかい?マイソンっ」
「捕まる時、“色羽”全部取られちゃったから無理っ」
「意外と無能だねっ!マイソンっ!」
「うるさいよっ!!」
威勢のいい会話を続ける二人。二人になっても捕まっているという自覚は薄いようだ。
「あぁ~あっ!こんなことになるんなら、助けになんて来るんじゃなかったよっ!」
「それでも助けに来てくれたんだろう?」
「それはっ…」
「父は感動だよっ!マイソンっ!!」
「誰が父だっ!ソンって言うなっ!」
パターン化したやり取りを繰り返す由雉とハヤテ。
「……っ」
由雉が怒鳴るのを止め、そっと俯く。
――ハヤテさんっ…――
ミチルの不安げな表情が、脳裏を過ぎる。
「あんたを…」
「んっ?」
「あんたを助けに来たのは…ミチルさんがすっごく心配してたから…だから…」
「……。」
先ほどまでの威勢はなく、静かな口調で聞こえてくる由雉の言葉に、少し真剣な表情を見せるハヤテ。
「それだけ…だから…」
「マイソンっ」
「だからソンって言うなって言っ…!」
「僕はね、母親というものを持ち合わせていなかったのだよ…」
「……っ?」
いつもとは違うまったく軽くない口調で話しを始めるハヤテに、由雉が思わず怒鳴ろうとしていた声を止める。
「僕が物心つく前に、病気で亡くなってね…」
「……っ」
ハヤテの話に、由雉が少し目を細める。
「父は資産家だったからね、たくさんの使用人に囲まれて、母親のいない不自由を感じたことはなかった…」
ハヤテが少し遠くを見るような目で笑う。
「だが…決して満たされない何かがあったんだよ…ずっと…」
「……。」
その言葉にそっと俯く由雉。満たされない何か。本当の家族を知らず、コウノトリの群れの中にたった一羽のキジとして存在してきた由雉には、その何かが少しわかるような気がした。
「そんな時ハニーに、ミチルに出会った…」
「えっ…?」
由雉が少し驚いたように、ハヤテの方を振り向く。
「彼女はいつも君の話をした…優しい笑顔で君のことを語った…」
「えっ…?」
ハヤテの言葉に、由雉が戸惑うように声を漏らす。
「僕が新作の羽根を見せれば、いつも“由雉が見たら喜びそうだ”と優しく笑ったよ」
「……。」
昨日ミチルに放った心無い言葉を思い出し、由雉がどこか悲しげに俯く。
「彼女は僕の思い描いていた母親像そのもの…そして君たちは僕が思い描いていた親子像そのものだ…」
ハヤテが穏やかに微笑む。
「君たちと…家族になりたいと思った…」
「……っ」
ハヤテのその言葉が、由雉の胸に小さな衝動を走らせた。
「そっ…そのっ…」
「まぁ君が嫌なら無理強いはしないさっ!安心してくれたまえっ!」
「えっ…?ちょっと待っ…!」
「羽根を運び出すぞぉぉっ!!」
『……っ』
泥棒たちの声に、由雉とハヤテが同時に振り向く。倉庫の大きな扉が開き、荷車に積まれた大量の羽根が、外に待つトラックへと運び込まれようとしていた。
「ああっ!僕の大事な羽根さんたちがっ…!!」
「……っ」
「さてとっ…」
嘆くハヤテと厳しい表情を見せる由雉の元へ、ゆっくりと先ほどのボス男がやって来る。
「こっちも運び出さないとなぁっ」
「羽根をどうするつもりなわけ?」
マスクの奥から少しだけ見える口元を怪しげに笑わせるボス男に、由雉が鋭く問いかける。
「なぁ~にっ、鬼人退治に躍起になってる連中に高値で売りつけるのさっ」
「そういうの、悪徳商法っていうんだよ?」
「知ってるさっ。さてっ」
『……っ!』
ボス男が懐からナイフを取り出す。光る刃先に、少し表情を曇らせる由雉とハヤテ。
「ハネキング様は今度の商売のために生かしておくとして…そっちの坊やにはここで死んでもらおうかっ」
「……っ」
向けられるナイフに、厳しい表情を見せる由雉。
「待てっ!!」
『……っ?』
そう言って強くボス男を止めたのは、ハヤテであった。
「マイソンには手を出すなっ!殺すのなら僕を殺せっ!!」
「……っ!」
ハヤテの必死の言葉に、由雉が大きく目を見開く。
「ハヤっ…」
「って一度言ってみたかったんだよねぇ~っ!!」
「言ってみたかっただけかっ!!」
言った自分に陶酔するハヤテに、由雉が怒りを全開にして怒鳴りあげる。
「じゃあまぁ、満場一致で殺していいみたいだなぁっ」
「クっ…!」
ナイフを構えて歩み寄ってくるボス男に、険しい表情となる由雉。
「ああ~っ!!このままではマイソンがぁぁ~っ!!」
「んっ?」
慌てふためいているハヤテのズボンのポケットから、何かが少し顔を出した。
「あっ…!」
その何かを見て、思いついたような表情となる由雉。
「ちょっとっ!左足思いっきり上げてっ!」
「へぇっ?だがマイソン、今はコザックダンスをしてる場合じゃっ…」
「いいから早くっ!!」
「わっわかったよ、マイソンっ」
由雉に急かされ、ハヤテが高々と左足を上げる。
『んっ?』
ハヤテが左足を上げると、ズボンの左側のポケットから何やら薄っぺらいものが地面へと落ちた。ハヤテとボス男がそれぞれ目を見張る。
「あっ!!」
「白い羽根っ…?」
そう、地面へと落ちたのは、一枚の白い羽根であった。
「……っ!」
由雉が何とか動く右手を、落ちた白い羽根へと伸ばす。
――この羽はねぇっ!どんな色の羽根にも変えられ、かつ繰り返し使える万能品なんだよっっ!!――
「“染羽”…」
右手でしっかりと白い羽根を掴む由雉。
「チっ…!クソっ…!」
羽根を掴んだ由雉を見て、ボス男が慌ててナイフを由雉へと振り下ろす。
「“彩”っ…!」
「何っ…!?」
白い羽根が、徐々に赤く染まっていく。
「“滅羽”っ!!」
赤く染まった羽根を、由雉が括り付けられている柱へと突き刺す。
――バァァァァーンッ!
「うわああああっ!!」
強い光を放って消える柱に、ボス男が思わず吹き飛ばされる。
「うっ…ううっ…」
「ふぅ~っ」
「……っ?」
吹き飛ばされたボス男がゆっくりと起き上がると、消えた柱のすぐ近くの辺りに、縄から解放された由雉とハヤテが立っていた。
「ああ~窮屈だったっ」
「素晴らしい“染羽”の使いっぷりだよっ!マイソンっ!!」
「はいはいっ」
目を輝かせているハヤテを、由雉が面倒臭そうにあしらう。
「クソっ…!!」
「……っ」
ナイフを捨て、衝撃銃を構えるボス男。由雉が目つきを鋭くして、再び染羽を構える。
「“彩”っ…“裂羽”っ!!」
「……っ!」
今度は青く染まった染羽を、由雉がボス男へと投げ放つ。
「うわああああっ!!」
裂羽を直に受け、力なく後方へと倒れていくボス男。
「うっ…うぐっ…」
倒れたボス男が、白目を剥いて気絶する。
「ふぅっ」
「やっぱり君は最高だぁぁっ!!マイソンっ!!」
「ソン言うな。ってかうるさいっ」
テンション上がりまくりのハヤテに、由雉は少し冷たい瞳を向けた。
「ボっ…ボスがヤラれたっ…!」
「逃げろぉぉーっ!!」
ボス男が倒されたのを見て、子分の泥棒たちが倉庫の外へと逃げ去っていく。
『ういっ!?』
「……。」
外へ飛び出した泥棒たちを出迎える、一つの人影。
「どうもっ」
それは三日月を構えた、爽やか笑顔の輝矢であった。
「どけぇぇっ!女ぁぁっ!!」
「どかなきゃ殺すぞぉっ!!」
ナイフや銃を構えて、輝矢へと向かってくる泥棒たち。
「竹取輝矢っ…」
輝矢が怪しげに笑う。
「泥棒退治、いたしますっ」
『へっ…?』
輝矢が素早く泥棒たちの方へと飛び出していく。
『うっぎゃあああああっ!!』
次の瞬間、泥棒たちの悲痛な叫びが響き渡った。
「あぁ~あ…不幸ぅ~っ」
輝矢に無残なまでにやられていく泥棒たちに少し同情するように呟きながら、由雉がボス男のすぐ近くに落ちていた染羽を拾い上げた。
――パァァァァーンッ!
「うわっ!」
由雉が持ち上げた途端、染羽が粉々になって砕け散る。
「バラバラになっちゃったぁ」
「三回しかもたなかったかぁ。もうちょっと強度を上げないとなぁ」
砕け散った染羽の一部を拾いながら、冷静な分析を行うハヤテ。
「次はもっといいものを渡せるように頑張るよっ!」
「……っ」
優しい笑顔を見せるハヤテに、目を見開く由雉。
「あっ…あのさっ…」
「由雉っ!!」
「……っ?」
ハヤテに何かを言おうとした由雉が、名を呼ばれて振り向く。
「ミチルさんっ」
「由雉っ!!」
倉庫の外から由雉の元へと必死に走ってくるのはミチルであった。
「ちょちょっと待ってっ!そんなに走ったらっ…!」
「あらっ?」
必死に走ってきていたミチルが、何もない床に躓く。
「きゃあああっ!!」
「あっちゃ~っ…」
「相変わらず最高だぁっ!ハニぃぃっ!!」
顔面から勢いよく転ぶミチルに、由雉が思わず頭を抱え、ハヤテが黄色い声を出す。
「だから言わんこっちゃないっ。大丈夫?」
転んだミチルの元へと駆け寄り、手を差し伸べる由雉。
「由雉っ!!」
「うわっ!」
勢いよく起き上がるミチルに、由雉が少し驚かされる。
「怪我はないっ!?」
「ミチルさんよりはないよっ…」
額に大きな擦り傷を作りつつも問いかけてくるミチルに、少し呆れた表情で答える由雉。
「良かった…」
「……っ」
ホッとしたように穏やかに微笑むミチルに、由雉がそっと目を細める。
「ハヤテさんもご無事でっ…」
「ハッハッハっ!マイソンの活躍のお陰でピンピンしてるよっ!!」
「良かったっ…」
「……。」
ミチルとハヤテのやり取りを見つめ、由雉が意を決したような表情となる。
「ハヤテさん…」
「へっ?」
初めて呼ばれる名に、ハヤテが少し意外そうに由雉を見る。
「ハッハッハっ!マイソンっ!!照れずともパピーと呼んでくれればっ…!」
「ミチルさんを…幸せにしてあげて下さい…」
「……っ」
「由雉っ…」
深々と頭を下げる由雉に、驚いた表情を見せるハヤテとミチル。
「由雉…」
「……。」
幸コや輝矢たちも、倉庫の外からその様子を見守る。
「……顔を上げてくれたまえ…」
「……。」
目の前に立って言うハヤテに、由雉がゆっくりと顔を上げた。
「一緒に幸せになろう…由雉…」
「……っ」
穏やかな笑顔を浮かべたハヤテから、差し出される右手。由雉が少し戸惑うようにハヤテを見る。
「……うんっ」
すぐに笑顔となり、由雉はそのハヤテの手を取った。
「大好きだぁっ!マイソぉーンっ!!」
「ぎゃあああっ!!やめろぉぉっ!!」
「フフっ」
勢いよく抱きつくハヤテに、必死に嫌がる由雉。そんな二人を見て、ミチルが優しく笑う。
「めでたしめでたしぃ~やなっ」
「ええっ」
出来立てホヤホヤのシアワセ家族に、輝矢たちも皆、笑顔をこぼした。
その後、泥棒たちは街の警備隊に逮捕され、幸ノ街に再び、平穏が戻った。
翌朝。幸ノ街中心部・『羽根屋』。
「これが“電羽”といっていつでも電気の使える羽根っ!これが“合羽”といって雨避けになる羽根っ!」
「……。」
「で、これがぁ“マッ羽”といって足が超高速になる羽根だぁっ!!」
「……。」
次々と色とりどりの変わった形の羽根を取り出し、一つずつ解説していく何とも楽しそうな『羽根屋』の主人・ハヤテ。その目の前でどこかうんざりした表情を見せているのは由雉である。
「まぁすべて試作品だけどねぇっ!あっ!それからぁっ…!」
「まだあるわけっ…?」
またもや店奥から何かを出してくるハヤテに、さらにうんざり顔となる由雉。並んでいる羽根の数からして、もうかなりの羽根の説明を受けてきたのであろう。
「幸之助クンっ!」
「はいはぁ~いっ!!」
「これっ!注文を受けていた“裂羽”千枚枚に“滅羽”千枚枚に“癒羽”三千枚ねぇっ!!」
「はっ?」
目の前にてんこ盛りに積まれる赤、青、黄色の羽根を見て、由雉が大口を開ける。
「なっ…何っ…?この羽根っ…」
「へっ?だからぁ、注文を受けていただねぇっ」
「ボクが注文したのは“裂羽”五十枚に“滅羽”三十枚に“癒羽”百枚でしょっ!?全然数合ってないよっ!」
「そんな生半可な数じゃ足りないよっ!マイソンに何かあっては困るからねっ!!」
「ってかこんなに大量な羽根っ!どうやって持ち歩くのさっ!!」
すでに親ばかモード全開のハヤテと、うんざりした表情で言い争う由雉。
「微笑ましい限りやねぇ~」
「今は少し、父親に逆らってみたくなるお年頃ですからね」
「どこの年寄りだっ、お前ら…」
由雉とハヤテの様子を見てまったりと語り合っている輝矢とモンキに、ハチが呆れた表情で突っ込みを入れる。
「持ち歩きのことなら平気さっ!マイソンっ!!」
「へっ?」
「君にはあぁ~んなにたっくさんの荷物持ちがいるじゃないかっ!!」
『えっ…?』
ハヤテが指差したのはもちろん、輝矢、ハチ、モンキの三人。
『何ぃぃっ!?』
ハチとモンキが思わず叫び声をあげる。
「あっ、それもそっかぁ~」
『おいっ!!』
意外とノリ気の由雉に、勢いよく突っ込みを入れるハチとモンキ。
「マイソンが何一つ苦労しないよう、マイソンのこと、しっかりと頼むよ!ガールたちっ!!」
「……っ」
偉そうに肩を叩いてくるハヤテに、輝矢の表情が一気に凍りつく。
「ほうっ…」
『げっ…!』
冷たさを感じる輝矢の声に、危険を感じて表情を引きつるハチ、モンキ、由雉。
「私に上から目線でモノを頼むとは…イイ度胸ですねぇ…ハネキング…」
「へっ?」
輝矢から溢れ出る怒りのオーラを、ハヤテもさすがにキャッチして顔を引きつる。
「二度と羽根など造れなくして差し上げましょうか…」
「ひええええっ!!」
「ああ~っ!ハヤテさぁ~んっ!!」
「待ってぇ~っ!輝矢ん!ユッキーの幸せがぁ~っ!!」
「落ち着けぇっ!輝矢ぁぁっ!!」
輝矢の殺意に、悲鳴をあげるハヤテ。幸之助も悲鳴をあげ、ハチとモンキが必死に輝矢を止める。
「あぁ~あ、もうっ…」
そんな飼い主と父親の攻防に、疲れきった様子で肩を落とす由雉。
「良かったねっ」
「えっ?」
由雉が振り向くと、そこには笑顔の幸コが立っていた。
「家族が増えてっ」
「……うるさいだけだよっ」
「またまたぁ~素直じゃないなぁ」
素っ気なく答える由雉に、幸コが笑顔を向ける。
「ありがとうねっ、幸コ」
「えっ?」
急に礼を言う由雉に、幸コが目を丸くする。
「何が?」
「うぅ~ん…何か色々っ?」
「……っ」
穏やかな笑顔を見せる由雉を見て、幸コが少し目を細める。
「……あっあのねっ、由雉」
「んっ?」
どこか改まったように切り出す幸コに、由雉がハヤテたちの方を見たまま聞き返す。
「私、ミチルさんとハヤテさん見てて思ったんだっ。私もあんな風に幸せになれたらなぁ~って…」
言葉を続けながら、幸コが徐々に頬を赤く染めていく。
「出来ればっ…由雉と一っ…!」
「あっ!ミチルさぁ~んっ!」
「だああああっ!!」
幸コの言葉の途中で、やって来たミチルの方へと駆けて行ってしまう由雉に、幸コが勢いよくズッコケる。
「……そうよね…私ってこうゆうキャラっ…」
落ち込んだように呟く幸コ。
「俺がおるでぇっ!さっちこちゃぁ~んっ!!」
「ううんっ!諦めずに頑張らなくちゃっ!おぉーうっ!!」
「あれっ?さっちこちゃ~んっ?」
モンキのアピールを無視して、幸コは強く気合いを入れる。
「ミチルさんっ!」
「はい、これっ。お弁当のササミチーズ」
「ありがとっ」
ミチルから大量のササミチーズを受け取り、笑顔を見せる由雉。
「気をつけてね」
「うん」
「寂しくなったらすぐに会いに行くよっ!僕がっ!!」
「来なくていいよ…」
大きな声で言い放つハヤテに、由雉がうんざりした顔で答える。
「ミチルさんのこと、頼むからねっ?」
「父にどぉーんと任せておきたまえっ!マイソンっ!!」
「じゃあっ…」
由雉がミチルとハヤテの方をまっすぐに見つめる。
「行ってきますっ。父さん、母さんっ」
『……っ』
由雉の言葉に、驚いた様子で大きく目を見開くミチルとハヤテ。
「うおおぉぉっ!!愛してるよぉっ!!マイソンっ!!」
「だあああっ!!やめろぉぉっ!!」
抱きついてくるハヤテに、必死に抵抗する由雉。
父と母に見送られ、由雉は再び幸福の街を旅立った。




