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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
81/406

20.シアワセ家族 ◇2

 幸ノ街はずれ。ミチルの家。

「ふんふふんふふぅ~んっ♪」

 森に程近い広い庭で、のんびりと洗濯物のシーツを干している一人の女。由雉の養母・ミチルである。

「いい天気ねぇ~」

 ミチルが不意に晴れ渡った空を見上げる。

「由雉…今どこでどうしているのかしら…」

 少し寂しそうに呟くミチル。

「きっと楽しくやってるわね。輝矢さんたちと一緒だものっ」

 自分に言い聞かせるように呟き、優しい笑みを作る。

「さっ!さっさと干し終わらなきゃっ!って」


――ズリッ…!


「あらっ?」

 ミチルが振り返った瞬間に、干し立てのシーツの端っ子を踏んでしまう。

「きゃあああっ!!」

 シーツに見事な勢いでからまり、ミチルがその場に激しく転倒する。

「痛たたたたっ…」

 地面に落ちたシーツの下から顔を出す、少し痛みに表情をしかめたミチル。

「またやっちゃったわぁ~っ」

 起き上がってシーツを手に取りながら、ミチルが自分自身に呆れきったように呟く。

「由雉がいたらまた、“ミチルさんっ!”って怒られちゃうわねぇ」

「ミチルさぁぁんっ!!」

「そうそうこんな感じでっ…って、えっ?」

 しみじみと呟いていたミチルが、聞こえてくるタイムリーな声に、目を丸くして振り返る。

「由雉っ?」

「ミチルさぁぁんっ!!」

「……っ」

 街の方から高速で飛んでくる一羽の青いキジに、驚きの表情を見せるミチル。


――ボォォォォォ~ンッ!


「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

「由雉っ…!」

 人化してミチルの前へと降り立った由雉が、全力で飛んで来たためか少し息を切らせる。ミチルはシーツを置いて、そんな由雉に駆け寄った。

「どうしたの?いきなり戻って来た上に、そんなに慌てて…」

「どうしたもこうしたもないよっ…」

「えっ?」

 下を向いたまま呟く由雉に、ミチルが首をかしげる。

「どういうことなのっ!?」

「どういうっ…?」

「へぇ~いっ!ミチルっ!!マイハニィーっ!!」

「あれはどういうことって聞いてるんだよっ!!」

「ああ…」

 由雉に遅れるようにしてやって来る、大きく手を振った笑顔のハヤテを見て、由雉が不機嫌この上ない表情で問いかける。少し呆れたような表情で頷くミチル。一瞬で状況を飲み込んだようである。

「やぁっ!マイハニーっ!元気かい!?ちなみに僕は今日も絶好調さっ!!」

「はっ、はぁ…」

 目の前にやって来て勢いのいい挨拶をしてくるハヤテに、ミチルが少し押され気味に答える。

「絶対、反対っ…」

「えっ…?」

 小さく呟く由雉に、首をかしげるミチル。


「由雉っ…!」

「ふぅ~っ、やっと着きましたねぇ」

 そこへ幸コと輝矢たちがやって来る。


「絶対絶対の反対の反対で、最高級に反対でその上にこれまた反対で反対の反対は反対ぃっ!!」

「ええっ…?」

 叫びまくる由雉に、ミチルが戸惑いの表情を見せる。


「あちゃ~っ…遅かった…」

「ってか反対言い過ぎて、何が言いたいのかわからん…」

「とりあえず物凄く反対なのでしょう…?」

 幸コが思わず頭を抱え、輝矢たちは少し呆れた表情を見せた。





 数分後。ミチル家・リビング。

「むぅぅ~っ…」

『……。』

 この上なく不機嫌な表情を見せている由雉を見て、少し困った顔を見せるミチル、幸コ、そして輝矢たち。

「いっやぁ~っ!“奇遇”とはまさにこのことだねぇーっ!」

 そんな中、一人、空気の読めていないハヤテが、明るい声で話を始める。

「聞いておくれよっ!ハニー!今日は何とねぇっ!我が店にマイソン・由雉がやって来たのだよっ!!」

「誰がソンだっ」

「親子の縁だろうねぇっ!!」

「あんたと親子になった覚えなんて微塵もないよっ!!」

 肩を組んでくるハヤテの手を、由雉が必死に払いのける。

「照れるな!照れるな!マイソンっ!!早速パパと呼んでくれていいのだよっ!?」

「呼ばないよっ!バカじゃないのっ!?」

 ハヤテが何か言うたびに、由雉の眉間の皺が増えていく。

「どうするん?仲裁するん?」

「見ておきましょう。身内同士のモメ事に口を挟む趣味はありません」

「面倒臭いだけだろ、お前…」

 モンキの問いかけに真面目に答える輝矢に、ハチがこっそりと突っ込みを入れた。

「でぇっ!!どういうつもりなわけっ!?ミチルさんっ!!」

「えっ?」

 ハヤテを争うのを止めて、改めてミチルの方を見る由雉。ミチルが少し目を丸くする。

「どういうつもりって…?」

「こんな!金持ってるだけが取り柄の、見るからに頭の軽そうな男と結婚するなんてっっ!!」

「えっ…?」

 由雉の言葉に、ミチルが驚いた表情を見せる。

「そんなに父を誉めてくれるなっ!マイソンっ!」

「誰が父だっ!!だいたい何一つ誉めてないよっ!!」

「困ります、ハヤテさん」

『へっ?』

 ミチルの声に、由雉とハヤテが振り向く。

「結婚のこと、まだ私は何のお返事も…」

「えっ?そうなのっ?」

「いいやっ!ハニーっ!君は僕と結婚するのさっ!それはもう決まっているのだよっ!!」

「なんっでだよっ!!」

 高々と言い放つハヤテに、目を丸くしていた由雉が鋭い目つきとなる。

「ミチルさんはまだ同意してないって言ってるじゃないかっ!!」

「いいやっ!!ハニーと僕が結婚するのはもう決まったことなのさっ!!」

「だから何でだよっ!?」

「それはだねっ…」

「……っ」

 急に真剣な顔つきとなるハヤテに、由雉が思わず息を呑む。

「ハニーのドジっぷりに僕がぞっこんしちゃってるからさっ!!」

「何の理由にもなってないよっ!!」

「初めて会った日のあの溝へのハマリっぷりっ…もうこれ以上はないほどのドジだったっ…」

 昔を懐かしむように熱く語るハヤテ。

「君は最高のハニーなのだよっ!!ミチルっ!!」

「何萌えだよっ!ってかそれは結婚する理由になってないしっ!!」

 とことん自分の世界を生きているハヤテに、由雉が大声で突っ込みまくる。

「あのユッキーが振り回されとるなぁ~」

「強烈っ…」

 いつも落ち着いている由雉のペースを、どこまでも狂わせるハヤテに、モンキとハチは感心したような呆れたような表情で呟いた。

「とにかくとっとと帰って二度とボクらの前に現れないでっ!いいっ!?」

「由雉、何もそんな言い方っ…」

「だってミチルさんは結婚する気なんてさらさらないんでしょっ!?」

「さらさらってわけじゃっ…」

「えっ…?」

「あっ」

 思いがけないミチルの答えに、由雉の表情が一気に曇る。

「あのっ…!そのっ…!そりゃ今すぐ結婚って気はないけどそのっ…!いつかは…なんてっ…」

「……っ」

 少し照れるようにして答えるミチルに、由雉がショックを受けたように目を見開く。

「ハヤテさんはとてもいい方よ?私なんかにはもったいないくらいっ…」

「そんなことはないよっ!ハニーっ!君は僕にとって最高の人さっ!!」

「まっまぁ確かにああゆう口振りは軽そうに思えるけど、本当に優しいし面白い方で一緒にいて楽しいし…」

「……。」

 穏やかな笑顔を見せるミチルに、暗い表情となって徐々に俯いていく由雉。

「だからね、今回のこと、私は前向きに考えたいと思ってるの…」

「……っ」


――あなたのような立派な息子がいて…私は幸せ者ね…――


 思い出されるミチルの言葉に、由雉が力強く拳を握り締める。


「いらないっ…」

「由雉っ…?」

「ボクはこんな人、いらないっ!!」

「由雉っ…」

 ハヤテを指差して言い放つ由雉に、ミチルが少し眉をひそめる。

「家族なんてボクとミチルさんで十分でしょっ!?ミチルさんはもう十分幸せでしょっ!?」

「それはっ…」

「だったら、こんな男なんて必要なっ…!」

「由雉っ!!」

「……っ」

 強く呼ぶミチルに、由雉が思わず言葉を止める。

「家族のことも幸せのことも、それは、あなただけで決めることじゃないわ…」

「……っ」

 厳しい表情で言い放つミチルに、由雉の表情が曇る。

「だからね、由雉…」

「そうだね…」

「えっ…?」

 俯いたままポツリと落とした由雉の言葉に、ミチルが目を丸くする。

「ボクなんかが決めていいことじゃなかったね…」

「由雉っ…?どうしっ…」

「どうせっ…!」

 由雉がミチルの言葉を遮って、勢いよく顔を上げる。

「どうせボクなんてっ…!本当の子供でも何でもないんだからさっ!!」

「……っ」

 由雉の言葉に、ミチルが大きく目を見開く。

「由雉っ!そんな言い方なっ…!!」

 幸コが思わず身を乗り出した、その時。


――パァァァァァーンッ!


「へっ?」

『……っ』

 響き渡った平手の音に、身を乗り出そうとした幸コや輝矢たちが皆、驚いたように目を開く。

「……っ」

「……。」

 由雉の頬を平手で勢いよく叩いたのは、厳しい表情を見せたミチルであった。叩かれた由雉自身も、手で頬を押さえながら、相当驚いたような表情でミチルを見つめる。

「ミチルさんがっ…由雉を…」

「……。」

 幸コが驚きの表情で呟く中、ハヤテはどこか冷静な表情で二人を見つめていた。

「……ごめんっ」

 ポツリと謝って、玄関を飛び出していく由雉。

「あっ!由雉っ…!」

「……っ」

「……っ?輝矢さんっ?」

 追おうと立ち上がった幸コの前に手を出して止める輝矢。

「私が行きます」

「あっ、はいっ」

「寂しがらないで下さいね、ハチ」

「がらねぇーよっ!とっとと行けっ!!」

 輝矢の強い瞳に幸コは大人しく頷き、ハチに送り出されるようにして、輝矢は去っていった由雉の後を追って、ミチルの家を出て行った。

「……っ」

 ミチルは厳しくも、どこか悲しげな表情を見せていた。





 数分後、ミチルの家の前。

「すみませんでした、ハヤテさん」

 ハヤテへ向かって深々と頭を下げるミチル。

「大したお構いもせずに、お見苦しいところまで見せてしまって…」

「……。」

 申し訳なさそうな表情を見せるミチルを、ハヤテがまっすぐに見つめる。

「いいものだねっ」

「えっ…?」

 ハヤテの言葉に、ミチルが少し目を丸くして顔を上げる。

「母親というものはっ…」

「……っ」

 ミチルが顔を上げたその先では、ハヤテがとても穏やかな表情で笑みをこぼしていた。

「ボクは益々、君のことが好きになったよっ!ハニーっ!」

「えっ…?」

 ハヤテのストレートな言葉に、ミチルが思わず頬を赤く染める。

「そっ…そんなっ…!私なんてそのっ…!えっとっ…!」

 照れたミチルが、ハヤテの前から素早く後ろ向きに下がっていく。


――ズリッ…!


「ふえっ?」

 後退していたミチルが、地面に落ちている石に躓く。

「きゃあああああっ!!」

 石に躓き、頭から勢いよく転ぶミチル。

「そのドジっぷりも大好きだよっ!ハニーっ!!」

「そっ…!そんなっ!私なんてっ…!きゃああああっ!!」

「ハッハッハっ!君は最高さっ!!ハニーっ!!」

 倒れたミチルを見て笑顔を見せるハヤテに、再び倒れ込むミチル。そんなミチルを見て、ハヤテはとても幸せそうな笑みを浮かべた。



「ふぅ~んっ」

 倒れたミチルへと笑顔で手を差し伸べるハヤテの様子を家の窓から見つめ、少し笑顔をこぼすモンキ。

「何やぁ~軽くてうっさいだけのオッサンか思とったけど、わりかしええヤツやんっ」

「そうなんですよねぇ…私も最初は反対してたんですけど、何かハヤテさんいい人で」

「ってことは残る問題はっ…」

 モンキと幸コの言葉を受け、ハチがゆっくりと顔を上げる。

「あの頑固キジだけか」

 ハチがそう呟いて、少し目を細めた。





 幸ノ街はずれの森。

「ああぁぁっ!!もおぉぉっ!!」

 湧き上がる怒りをぶつけるように、腹の奥深くから声を出す由雉。

「なぁ~にがマイハニーだよっ!!あのバカハネキングっ!!」

「あまり騒ぐと近所迷惑ですよ?」

「うわっ!」

 いつの間にかすぐ背後に現れる輝矢に、由雉が少し驚いて振り返る。

「まぁ近所にいるとしてもシカくらいですかねぇ」

「なっ…何しに来たのさっ?」

 暢気な口調で周りを見回す輝矢に、しかめた面を向ける由雉。

「ボク、励ましとかそうゆうの、すごく嫌いなんだけど?」

「まったく励ます気はないですから大丈夫です」

「……そうだったねっ」

 爽やかな笑顔で答える輝矢に、由雉が少し呆れ気味にそっぽを向く。

「母親の結婚相手に嫉妬するなんて、意外と思春期なんですね、キジ」

「その言われ方、何か不快っ」

 そんなやり取りをしながら、二人がその場に座り込む。

「別にミチルさんが結婚すること自体に反対してるわけじゃないよっ。あの男だから反対してるだけっ!」

「どうしてです?」

「どうしてって、見ればわかるでしょっ?あんな金ばっか持ってるだけの軽そうな男っ…!」

「見ただけではわかりませんよ」

「えっ…?」

 輝矢の声に、由雉が言葉を止めて顔を上げる。

「見た目だけで言えば、アナタはただの可愛いキジですし、私はただの美しく気立ての良さそうな少女です」

「それ、自分で言う?」

 自分を美化する輝矢に、思わず突っ込みを入れる由雉。

「人間、相手を見ただけでは、何一つ理解することなど出来ません…」

 輝矢が穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと由雉の方を見る。

「まずは一度向き合って、話すくらいしてはどうですか?」

「あんな脳みそ軽い男と話す気になんてなれないよっ」

「ただの金持ちで脳みその軽い男を、ミチルさんが選ぶとも思えませんけどね」

「……っ」

 輝矢の一言に、少しバツが悪そうに俯く由雉。

「そうだねっ…結婚もその相手もっ…全部、ミチルさん一人が決めることだよっ」

「……。」

 口を尖らせて話す由雉を見つめ、輝矢が少し目を細める。

「ボクが口出ししていいことじゃなっ…」

「聞いていなかったのですか?思春キジ」

「だからその言われ方、不快だってばっ」

 輝矢の微妙な言い回しに、嫌そうな表情を見せる由雉。

「ミチルさんは“あなただけで決めることじゃない”と仰ったのですよ?」

「そうだよっ。だからボクが決めていいことじゃなっ…」

「何を聞いていたのです?思春キジ」

「だからその言い方、やめっ…!」

「“あなただけではなく、二人で一緒に決めよう”…あの言葉は、そういう意味でしょう?」

「……っ」

 輝矢の言葉に、由雉が少し驚いたように目を見開く。

「二人で…一緒に…」

「まぁ悩むだけ悩んで、しっかりと見極めて下さい、思春キジ」

「しつこいなぁ~」

 立ち上がりながら言い放つ輝矢に、由雉が顔を上げて突っ込みを入れる。

「大事なのは、アナタが誰の“幸せ”を望むかです」

「えっ…?」

「では」

 由雉が言葉の意味を図りかねている中、輝矢はあっさりとその場を後にしていった。

「誰の…幸せ…」

 由雉は考え込むように、そっと呟いた。





 その日・夜。再び羽根専門店・『羽根屋』。

「ただいまぁっ!!幸之助くんっ!!」

 勢いよく扉を開けて店へと戻ってきたのは、渦中の人・ハヤテ。

「遅くなって済まなかったねぇっ!!マイソンとハニーのことで初めての親子喧嘩をしてしまってさっ!って、あれっ?」

 返って来ない返事に少し首をかしげるハヤテ。店の中は明かりがついておらず、どこかひっそりとしていた。

「幸之助クン?帰ったのかいっ?」

 暗い店内を見回しながら、ハヤテがゆっくりとした足取りで店の奥へと踏み込んでいく。

「んんっ?」

 店の奥に何やら倒れている人影。

「……っ!幸之助クンっ!!」

 そこに倒れていたのは、大怪我を負い血を流している幸之助であった。ハヤテが焦った様子で慌てて駆け寄る。

「幸之助クンっ…!!幸之助クンっ!?」

 ハヤテが幸之助を抱え上げ、必死に呼びかけるが、深く目を閉じた幸之助は少しの返事も返さない。

「とっ…とにかく医者をっ…!」

「……っ」

「えっ…?」

 立ち上がろうとしたハヤテの背後に迫る黒い影。

「……っ!」


――………………っ!


「ううっ…!!」

 影が何かを振り下ろすと、ハヤテの後頭部に激しい痛みが走った。

「クっ…」

 ハヤテが力なくその場に倒れていく。

「……っ」

 倒れ込み、深く目を閉じたハヤテを見て、その黒い影は怪しげな笑みを浮かべた。


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