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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
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2.ヒツジが1匹、キツネも1匹? ◇2

 桜時のお陰で疑いの晴れた輝矢たちは、無事に牢から出してもらい、牢屋のあった武装ヒツジたちの宿舎から芽里の屋敷へと移動した。豪勢な客間に通され、紅茶を出される輝矢たち。

「じゃあ……他の国も鬼人にっ……?」

 眉をひそめて問いかけるのは桜時。

「そう、近隣諸国がいくつか鬼人の手に落ちてるわっ」

「いずれも人または獣人に化けた鬼人が潜り込み、内部から制圧したという話を聞きましたので……」

「街に侵入してくる怪しいヤツを片っ端から捕まえてたってわけっ」

「なるほどっ」

 芽里とメェ蔵の説明に、やっと自分たちが捕まった理由を理解し、頷く輝矢。

「……。」

 その横で俯く桜時。


――じっくり行くつもりだったがっ……こうも早く機会が巡ってくるとはなぁっ……!――


「確かにっ……雀にも鬼人が潜り込んでた……」

 鬼人であったのは朱実の警備隊の隊長である太鷲。確かに孔雀の独断で隊長となり、そのやり方に反対する者もいたが、怪しい素振りはまったくなく、鬼人だなんて夢にも思わなかった。

「そうなの?」

「ああ、それも相当、狡猾に、誰一人疑ってなんかなく当たり前のようにな」

「そうっ……」

 桜時の言葉に、どこか不安げに俯く芽里。

「潜り込んでるはずがないって思っているから、疑わないんですよ」

『……?』

 輝矢の言葉に、桜時と芽里が顔を上げる。

「案外、もうこの屋敷の中に潜り込んでるんじゃないですかぁ~?」

「メェェっ!?」

 適当に言った輝矢の言葉に、叫び声をあげて立ち上がる芽里。

「どぉーしよっ!?どうしよっ!?どぉしよぉっ!?」

「メリー様、落ち着いて下さい」

「これが落ち着いてられるかぁぁっ!!」

「ぐはああああっ!!」

 異常に取り乱す芽里に、宥めようとしたメェ蔵が殴られる。

「おっ前っ!何、焦らせるようなこと言ってっ……!」

「そうだわっ!!」

「えっ?」

 輝矢に注意しようとした桜時が、何かを思いついたような芽里の明るい声に振り向く。

「桜時様に見つけて退治してもらっちゃえばいいのよぉっ!!何せ、あの朱実一族なんだからっ!」

「はっ……はぁっ!?」

 笑顔で提案する芽里に、思い切り顔を歪める桜時。

「あのなぁっ!俺はっ……!」

「このまま羊の国が鬼人に滅ぼされちゃってもいいってゆうのっ!?」

「うっ……!そっ……それはっ……」

 芽里の潤んだ瞳に、桜時が言葉を詰まらせる。

「もちろん~っ、ただでぇとは言わないからぁっ」

「へっ?」

 そう言って顔を赤らめる芽里に、何となく嫌な予感を走らせる桜時。

「鬼人をやっつけてくれた暁にはぁ、こっの芽里が桜時様のお嫁にっ……!」


――バァァァーンッ!


「えっ……?」

 急に砕き割れる、カップの置かれていた目の前のテーブルを見て、言葉を止めて目を丸くする芽里。

「仕方ありませんねぇ~っ」

 テーブルを砕き割った、とある右足。

「今回は特っ別にっ、無報酬で退治して差し上げましょぉ~っ」

「どっ……どうもっ……」

 テーブルを砕き割った右足の持ち主である輝矢の、何とも重圧のかかってくる笑顔に、芽里が大人しく頷いた。

「もう完全完治してんなっ……右足の傷っ……」

 無残なテーブル後を見て、しみじみと呟く桜時であった。





 こうして輝矢と桜時は、羊の国を狙う鬼人の退治を引き受けたのであるが。

『……。』

 呆然と立ち尽くす、輝矢とイヌの姿へと戻ったハチ。

「どうもぉ~っ、メリー様より屋敷の案内役を申し付かりましたっ、羊スイでっすっ」

『……。』

 芽里に屋敷と屋敷に住む人物を一通り見ておくよう言われて客間を出た輝矢とハチの前に現れたのは、右頬を派手に腫らした、腫れさえなければ愛らしい顔立ちの、白い巻き毛に軽い口調の少年であった。

「どうしたんだ……?その頬……」

「あっ、これっスかぁ~?いっやぁ~案内役なんてメェ~んどいって言ったら、メリー様にバシコォンとっ!」

「笑顔で言うなよ……」

 どこか楽しげに話す羊スイに、呆れた表情で突っ込むハチ。

「苦労しますねぇ」

「気持ちが痛いほどわかる」

「何か?」

「いえっ、何でもございませんです」

 輝矢の冷たい笑顔に、すぐさま目を逸らすハチ。

「じゃっ!まず押入れから案内するっスねぇ~っ」

「いやいやっ!もっと人のいそうなトコから案内しろよっ!」

 羊スイのリードにハチがいきなり突っ込みを入れる。

「俺ら、鬼人が化けてそうな怪しいヤツを目星付けに行くんだからさぁ~」

「あっ、そうなんスかぁ?」

「あでっ」

 まったく趣旨を理解していない羊スイに、ハチが前足のバランスを崩し、思わず転びかける。

「アイツで大丈夫なのか……?」

「まぁメリーさんが何故、彼を案内役に任命したのかはわかりましたけどね」

「鬼人が化けてるにしちゃあ、間抜けすぎるもんなぁ~」

「じゃあまず厨房とかから行っとくっスかぁ~」

 輝矢とハチの会話はもちろん羊スイには聞こえず、羊スイは軽いノリで屋敷の案内を始めた。

「この時間なら晩飯の準備中なんで、試食にありつけるっスよぉ~」

「それ狙いかよ……」

 羊スイから特に役に立たない情報ばかりを聞きながら、屋敷の広い廊下を歩いていく輝矢とハチ。

「羊スイさんは、この屋敷に勤めて長いんですか?」

「そうっスねぇ~当社比でもう三年くらいになるっスかねぇ~」

「へぇ~」

「どこだよ、当社って」

 羊スイの言葉に感心したような声を出す輝矢と、突っ込みを入れるハチ。

「あっ、ここが厨房っスぅ~っ」

『……っ?』

 そうこう言っているうちに辿り着く厨房。羊スイが扉を開くと、輝矢とハチが同時に扉の向こうを見た。


「おいおいおいっ!!そっこの料理冷めちまってんじゃねぇーかぁっ!何やってんだよっ!」

「うおっ」

 扉を開けた途端に聞こえてくる怒鳴り声に、ハチが思わず耳を畳む。


「こらっ!てめぇっ!とっととこの肉焼きやがれっ!!」

「うわわわっ!はいっ!すんませんっ!!」

 厨房を仕切っているのは、短い金髪のツリ目のキツい、まだ二十代前半くらいの若い男。怒鳴りあげたり、他の料理人の背中を蹴り飛ばして急かしたりと、かなり乱暴な振る舞いが目立っている。

「焦がしすぎだぁっ!人を癌で殺す気かぁっ!?ボケぇっ!!」

「ひぃっ!」

 そのツリ目男に怒鳴りまくられ、他の料理人は泣きそうになっている。


「あの方は?」

「料理長の孤上こがみゴンさんっス」

「ゴンザレス?」

 羊スイの返答を、見事に聞き間違える輝矢。


「何よっ!アイツっ!新入りのくせにっ」

「いきなりやって来て料理長だもんなぁ~」

「そりゃ前の料理長がたまたま体調崩したからだろっ?」

「アイツが毒もったって噂もあんぜっ?」

「“羊人”っつってるわりに全然ヒツジになんねぇーしっ、とにかく怪しいヤツだよっ」


「……。」

 厨房から聞こえてくる他の料理人たちの声に、輝矢が少し表情を曇らせた。

「随分、評判悪いみたいだな」

 ハチも輝矢同様、その表情を曇らせて呟く。

「おいっ、羊スイ、あのツリ目男ってっ……」

「ゴンさぁ~んっ!今日も試食に来たっスよぉ~っ!」

「おいっ!」

 仕事そっちのけで試食をしに厨房の中へと入っていく羊スイに、ハチが全力で怒鳴りつける。


「ああっ!?羊スイっ!てめぇー性懲りもなくっ……!」

「今日は“子羊のムニエル”かぁ~いっただきっ……!」

「厨房はつまみ食いするとこじゃねぇっ!!」

「ぎゃあああっ!!」

「おっとぉ~」

「うおっ」

 皿の上のおかずをつまみ食いしようとした羊スイが、ゴンに激しく蹴り飛ばされ、扉付近にいた輝矢とハチの間をすり抜けるように吹き飛んでいき、廊下の壁へと激突する。

「ああっ?」

 蹴り上げた足を下ろしたゴンが、扉付近にいる輝矢とハチに気づく。

「何だぁ?お前らっ」

「うっ……」

 ただ見ているだけかも知れないが、ゴンの目つきが相当悪いので睨み付けられているように感じてならない。その睨みに、ハチは思わず表情を引きつった。

「その人たちはメリー様が雇った退治屋の方たちっスよぉ~」

 壁にぶつけた背中を押さえながら、羊スイが説明する。

「ああっ?退治屋ぁ~?」

『……っ』

 怪訝そうな目で輝矢とハチを見回すゴン。

「退治屋じゃあ厨房に用はねぇーだろっ!とっとと出たっ!出たっ!」

「あっ……!おいっ……!」


――バタンッ!


「うおっ」

 ゴンは輝矢とハチを無理やり厨房の外に押し出すと、強く厨房の扉を閉めた。閉まる大きな音に、またもやハチが耳を畳む。

「んだよぉ~っ!あれっ」

 あんまりなゴンの態度に、不満げな顔を見せるハチ。

「彼について詳しくお聞かせ願いますか?」

「えっ?ああ~」

 羊スイが背中を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。

「料理長のゴンさん。屋敷に来たのは二週間くらい前っスね」

「前の料理長が体調崩したというのは?」

「ゴンさんが来て二日後のことっス。でぇ、前の料理長直々のご指名でゴンさんが料理長にっ」

「んん~絵に描いたように怪しいな」

 羊スイの説明を受け、疑うように言うハチ。

「でもゴンさんの料理の腕は確かっスよぉ~?前料理長がご指名したのも頷けるっス」

 羊スイが笑顔で二人に話す。

「確かに乱暴だし、ヒツジにしちゃあツリ目だけどぉ、俺は別にぃ~怪しいだなんてっ」

「そりゃお前だからだ」

 暢気な笑顔を見せる羊スイに突っ込むハチ。

「アイツで決まりだな、うんっ」

「ええ~?そうっスかぁ~?」

「……。」

 ハチと羊スイの会話を聞きながら、輝矢は少し気難しそうに目を細め、閉まった厨房の扉を見つめていた。




「えっ!?料理長のゴンがっ!?」

 驚きの表情を見せたのは芽里であった。

「ああ。俺が見たトコ、アイツが鬼人じゃねぇーかって思う」

「そうっ…」

 一通り屋敷の案内を受けた後、ダイニングでそのゴンの作った夕食を口にしながら、ハチは調査の結果を芽里に報告していた。

「やっぱりねっ。実は私もっ……!」

「わたくしも彼が怪しいのではと思っておりましたっ」

「何で私より先に言うのよっ!!」

「ぐほおおうっ!!」

 またしても芽里より先に言ってしまったメェ蔵が、芽里のエルボーを腹部に喰らう。

「……まっまぁ、とにかく今晩、俺たちがアイツ見張ってみるから、あんたは部屋から出んなよっ」

「わかった……部屋で桜時様の夢でも見てるっ!」

「うげっ」

 目を輝かせて言う芽里に、ハチが寒気を覚える。


――ヒュンッ!


「ひいっ!!」

 そんな芽里のすぐ横をかすめ、壁へと突き刺さるナイフ。芽里の目の輝きが一瞬にして奪われる。

「永遠に夢から醒めないようにして差し上げましょうか……?」

「けっ……結構ですっ……」

 輝矢の冷たい笑顔の問いかけに、芽里は表情を引きつりながら呟いた。

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