15.ハチともぐら ◇3
モッグランドから少し西の森。
「グッヘッヘッへっ!今日はモグラ鍋が食えるぜぇっ!」
「うっ…ううっ…」
森を歩きながら、高らかな笑い声をあげる桃色の鬼・桃鬼。その桃鬼は脇に傷つき、弱り果てた茶色いモグラを抱えている。苦しそうな声を漏らしているこのモグラ、グラタンの母・ドリアであった。
「何味にすっかなぁっ?グッヘッヘッへっ!!」
「待てぇっ!!」
「ああっ?」
どこからか聞こえてくる声に、桃鬼が眉をひそめる。
「……っ!」
桃鬼の歩いていた先の地面に穴があき、勢いよく小さなモグラが飛び出してくる。
「母さんを返せっ!!」
「グラタンっ…!!」
飛び出してきたのはモグラ化したグラタンであった。グラタンの姿にドリアが思わず目を見開く。
「ああっ?このモグラのガキかぁっ?」
「痛い目に遭いたくなかったら、とっとと母さんを離せっ!バカ鬼人っ!」
「んだとぉっ!?」
「ダメよっ!グラタンっ!逃げなさいっ!」
グラタンの挑発に表情を歪める桃鬼。そんなグラタンにドリアは必死に逃げるよう叫ぶ。
「よっぽど死にてぇーらしいなぁっ!クソガキっ!!」
桃鬼がドリアを抱えていない方の手を勢いよく振り上げる。
「一瞬で終わりにしてやるよぉっ!!“鬼爪・天回”っ!!」
「グラタンっ!!」
グラタンへ向け、五本の爪を飛ばす桃鬼。ドリアが大きく身を乗り出す。
「……っ“モグ奥義・土中隠れ”っ!!」
「何っ…!」
グラタンが素早く土の中に穴を掘り、その中に身を隠して鬼爪を避ける。少し眉をひそめる桃鬼。
「これなら攻撃出来っこないっ!行くぞっ!!」
「……っ!」
土に潜ったまま、穴を掘って桃鬼の方へと突っ込んでいくグラタン。
「“モグ奥義っ」
「ダメよっ!グラタンっ!この鬼はっ…!!」
「土中から意表を突く頭突っ…!」
「へっ…」
穴を掘り進め、桃鬼の真下で発射態勢を取るグラタンを見て、桃鬼が不敵な笑みを浮かべる。
「“鬼地”っ!!」
「何っ…!?」
桃鬼が地面に勢いよく拳を突くと、辺りの地面が裂け、土が盛り上がる。
――バァァァァーンッ!
「うわああああっ!!」
「グラタンっ!!」
桃鬼が起こした土砂崩れに巻き込まれ、吹き飛ばされ、遠く離れた地面へと倒れ込むグラタン。
「うっ…ううっ…」
倒れ込んだグラタンが、起き上がれないまま苦しげな声を漏らす。
「グッヘッへっ!」
そんなグラタンを見て、満足げな笑みをこぼす桃鬼。
「ガキモグラじゃあ腹の足しにもならねぇーし、とっとと殺してくかなぁっ」
「……っ!」
そう言って倒れているグラタンの方へと歩いて行く桃鬼に、ドリアが顔色を変える。
「待っ…!待ってっ!!」
「ああっ?」
グラタンの方へ行こうとしていた桃鬼を必死に止めるドリア。
「私はどうなっても構わない!塩味でもっ!味噌味でもいいからっ!あの子っ!あの子だけはっ…!!」
「うっせぇーなぁっ…」
ドリアの必死の叫びに、桃鬼が鬱陶しそうに表情をしかめる。
「俺は醤油派なんだよぉっ!!」
「きゃあああっ!!」
「……っ!母さんっ!!」
倒れ込んでいるグラタンの方へと勢いよくドリアを投げる桃鬼。
「ううっ…」
「母さんっ!!」
地面に体を打ちつけ、力なく倒れ込んだドリアに、グラタンが何とか起き上がって駆け寄る。
「もうモグラ鍋はいいやぁっ。もっと旨いもんくらい転がってんだろっ」
指の関節を鳴らし、冷酷な笑みを浮かべる桃鬼。
「お前ら二匹とも、ここで死ねぇっ!!」
「ううっ…!」
桃鬼の言葉に、グラタンの表情が恐怖に歪む。
「グっ…グラタンっ…」
「……っ!母さんっ!?」
弱々しくグラタンを呼ぶドリアに、グラタンが不安げな目を向ける。
「あなたはっ…逃げ…なさいっ…」
「そんなことっ…!……っ」
――自分で終わらせるのって好きじゃないんだっ。最初っから諦めるのもっ――
思い出される自分自身の言葉。
――どうせ見た夢ならっ、少しでも信じて何かしたいっ!――
「……っ!」
「グラタンっ…!?」
「ああっ?」
グラタンが痛みを押して立ち上がり、倒れているドリアを庇うように立ち塞がる。鋭く睨みつけてくるグラタンに、少し眉をひそめる桃鬼。
「オレはっ…」
両手を横に広げ、グラタンが言葉を発する。
「オレはっ…龍にっ…龍になるんだっ!!こんな所で、お前なんかにヤラれてたまるかぁっ!!」
必死の表情、大声で言い放つグラタン。
「はぁっ?」
しかしそんなグラタンに、桃鬼は少しバカにしたような表情で聞き返す。
「龍にぃっ?くだらねぇーこと言ってんじゃねぇーよっ!」
グラタンの夢を笑い飛ばす桃鬼。
「お前は今、ここでっ!しょっぼいモグラのまま、俺様に殺されるんだぁっ!!」
「クっ…!」
グラタンへ向けて大口を開く桃鬼。グラタンが少し唇を噛む。
「死ねぇっ!“鬼口”っ!!」
桃鬼の口から放たれる、高エネルギー波。
「ううっ…!!」
向かってくる鬼口に、グラタンが思わず目を閉じた。その時。
「“瞬花”っ!!」
――パァァァァーンッ!
「何っ…!?」
グラタンの目の前で桜の花びらと変わる鬼口に、桃鬼が驚いたように声をあげる。
「……っ?」
やって来ない鬼口に、グラタンが恐る恐る目を開いた。
「なっ…」
桜の花びらの舞う美しい光景に、思わず目を見張るグラタン。
「ようっ!生きてっかぁ?」
「えっ…?」
聞こえてくる声に振り返るグラタン。
「あっ…!」
グラタンとドリアのすぐ後方に立ち、グラタンに笑顔を向けているのは、グラタンを追ってやって来た桜時であった。三日前、太狼に抜かれた左眉がまだ生えきっておらず、何となく不恰好であった。
「って、誰っ?片眉のお兄ちゃん」
「俺だよ!俺!さっきまで一緒にいた白いイヌっ!眉毛のことには触れるなっ!!」
首をかしげるグラタンに、桜時が勢いよく怒鳴りつける。
「ああんっ?まぁ~た殺され志願者かぁ?」
『……っ』
桃鬼の問いかけに振り向く桜時とグラタン。
「さっきの技っ、ただの人間じゃねぇーみてぇーだなぁっ。何者だっ?」
「お前に名乗る名前なんてねぇーよっ」
一気に警戒態勢を取る桃鬼に、桜時が強気で言い放つ。
「何かちょっとカッコイイね、イヌのくせにっ」
「うっせぇっ!助けてやんねぇーぞっ!」
偉そうなグラタンの言葉に、しかめった表情を向ける桜時。
「こっからは俺が相手だ!行くぞっ!村雨まっ…!って、あれぇっ?」
『……っ?』
間抜けな声を出す桜時に、首をかしげるグラタンと桃鬼。
「むっ…村雨丸っ…?」
桜時が、いつも肌身離さず持っているはずの村雨丸がないことに気づく。
「やっべぇっ!!桃タローん家に置いて来たぁっ!!」
「ええぇっ!?」
焦ったように叫ぶ桜時に、グラタンが驚きの声をあげた。
その頃、再び桃原家。
「うぅ~んっ…」
リビングの壁に立てかけられた村雨丸を見ながら、唸るような声を出すユキジ。
「遅過ぎるっ!」
ユキジが勢いよくテーブルから飛び上がる。
「何かあったんじゃないかなっ?やっぱ」
「せやなぁ~もう出掛けて六時間くらいになるしぃ」
「大丈夫だよぉ~そんなに心配しなくたってぇ」
不安げに言葉を交わすモンキとユキジに爽やかな笑顔を向ける太狼。
「死んだら死んださっ」
「……やっぱ探しに行こかっ」
「そうだね。村雨丸も持ってってないことだし」
太狼の爽やかで冷たい笑顔に、モンキとユキジが探しに行くことを決意する。
「よいしょっ」
テーブルを立ち、ユキジを肩に乗せて、壁に立てかけられている村雨丸に手を伸ばすモンキ。
「……っ」
「へっ?」
しかし横から伸びてきた手が、モンキよりも早く村雨丸を手にする。
『あっ…』
村雨丸を手に取ったその人物を見て、モンキとユキジは声を揃えた。
戻って、森中の桜時とグラタン。
「要はぁ、その“村雨丸”ってイヌの唯一の武器みたいなもんなわけでしょ?」
「ああっ」
桃鬼を前に、割りと冷静に会話をしている桜時とグラタン。
「つまりそれがないってコトはイヌは最早っ…」
「ああっ」
「能も眉毛もない役立たずってことに…」
「眉毛のことは触れんなっつってんだろうがっ!!」
歯に衣着せずに言うグラタンに、桜時が少し左眉を隠し気味に突っ込む。
「いつまで暢気にしゃべっているっ!?“鬼爪・天回”っ!!」
「……っ!」
あれこれと話を続けていた桜時とグラタンに、十本の爪を放つ桃鬼。桜時がそれに気づき、表情を鋭くする。
「アンタっ!モグラだろっ!?今すぐモグラ化しろっ!」
「えっ?」
倒れているドリアに強く叫ぶ桜時。
「何っ…」
「いいから早くっ!!」
「はっはいっ!」
――ボォォォォ~ンッ!
戸惑うドリアであったが、桜時がさらに必死に言うので、慌てて頷いてモグラ化する。
「あのぉ~これでっ…」
「よしっ!」
「うわっ!」
モグラになった途端に軽々とドリアを抱える桜時。
「お前もっ!」
「えっ?」
続いてグラタンを抱えあげ、桜時が鬼爪を避けるように森の木陰へと飛ぶ。
「お前ら、ここにいろっ!」
『えっ…?』
桃鬼から少し離れた木の陰にドリアとグラタンを下ろす桜時。二匹が不思議そうに桜時を見上げる。
「グヘェッヘッへっ!馬鹿めっ!鬼爪はどこまでも貴様を追っていくぞっ!」
『……っ』
桃鬼の言葉通り、避けたはずの鬼爪が、空中で桜時たちのいる方へと向きを変える。
『ああっ…!』
一人立っている桜時にまっすぐに向かってくる鬼爪に、グラタンとドリアが不安げな声を出す。
「……っ」
グラタンとドリアの不安を余所に、鬼爪へ向けて冷静に右手を突き出す桜時。
「“瞬花”っ」
――パァァァァーンッ!
「何っ…!!」
桜の花びらとなって散っていく鬼爪に、またもや桃鬼が驚きの声をあげる。
「“鬼口”にっ…“鬼爪”までっ…アイツは一体っ…」
桃鬼が少し困惑した表情を見せる。
「飛び道具で来てる分には、“瞬花”だけで何とかなんなぁ~」
「……。」
困惑している桃鬼の様子を覗いながら、余裕ある表情を見せる桜時。そんな桜時をグラタンは茫然と見つめる。
「後はゴンたちが来てくれるまで何とかっ…」
「ねぇっ」
「あっ?」
グラタンの呼ぶ声に、桜時が振り向く。
「そういえばさぁ、何で母さんにモグラ化させたの?」
「ああっ、モグラだと女かどうかわかんねぇーから触れるんだよっ」
「はいっ?」
笑顔で答える桜時であったが、グラタンはその言葉の意味が理解できず、表情をしかめる。
「あっ、そうだっ。ゴンが来た時用の目印っと」
徐に近くの木へと手を伸ばす桜時。
『だあああああっ!!』
桜時の手が触れた途端、青々とした木が満開の桜の木となり、グラタンとドリアが驚きの声をあげる。
「じゃっ、こっから動くなよぉ~っ」
『……。』
グラタンとドリアをその場に残して、再び桃鬼の前へと出て行く桜時の背中を見つめながら唖然とする二匹。
「ずっ…随分、変わったお友達ねっ…グラタン…」
「うっ…うんっ。でしょっ?」
引きつった表情で言葉を交わすグラタンとドリアであった。
「森…かっ…」
周囲を取り囲む多くの緑木を見回しながら、少し考え込むように呟く桜時。
「何とかやればイケっかも…」
「何、余裕ぶっこいてんだぁっ!?ああっ!?」
「……っ!」
そんな桜時に、桃鬼が勢いよく駆け込んできて、鋭く爪を振り下ろす。
「うわっ!」
ギリギリの所で爪をかわす桜時。
「直接攻撃なら花に変えらんねぇーだろっ!」
「クっ…!」
次々に爪を繰り出してくる桃鬼に、桜時が少し表情をしかめる。
「うおっ…!」
「……っ」
避けていくうちに少しバランスを崩す桜時を見て、桃鬼が怪しげに微笑む。
「もらったぁっ!!」
「うっ…!」
「イヌっ!!」
桃鬼が桜時の隙をすかさずついて、桜時に爪を振り下ろす。思わず身を乗り出すグラタン。
「……っ」
――ボォォォォ~ンッ!
「何っ…!?」
爪が振り下ろされようとした瞬間、桜時が白い煙に包まれて犬化し、その場から素早く飛び上がる。
「犬人かっ…!」
飛び上がって桃鬼の後方に着地したハチを、桃鬼が険しい表情で振り返り見る。
「空は苦手だけどっ、地上散歩は得意だぜっ?」
「クっ…!」
余裕の笑みで言い放つハチに、桃鬼が少し表情を歪める。
「調子にっ…乗るなぁっ!!」
「……っ!」
怒りを見せた桃鬼が、ハチに突っ込んでいく。
「このぉっ!このぉっ!!このぉぉっ!!」
「ほっ!よっ!とっ!」
次々と爪を振り下ろす桃鬼の攻撃を、ハチは身軽にかわしていく。
「はぁっ…!はぁっ…!チョコざいなっ…!!」
ハチに攻撃をかわされてばかりの桃鬼が、少し息を切らせ始める。
「うぅ~ん、桃タローと戦った後だからか、鬼人の動きが見えやすいなぁ~」
無駄一つない動きでハチを圧倒した太狼との戦いが、結果的にハチの気持ちに余裕を生ませていた。太狼に比べれば、大振りな動きの桃鬼の攻撃を避けることは容易い。
「でもぜってぇ感謝なんかしねぇーぞぉっ!桃原太狼っ!!」
「お友達っ…一匹で何か叫んでるわよ…?」
「見えない、見えない」
空に向かって悔しそうに叫ぶハチに、見守っているグラタンとドリアが呆れた表情を見せた。
「こんのっ…!クソイヌがぁっ!!“鬼口”っ!!」
「……っ!」
桃鬼がハチに向かって鬼口を放つ。
「クっ…!」
空中に高々と飛び上がり、鬼口を避けるハチ。
「かかったなぁっ!!」
「……っ?」
「空中じゃお前も身動き取れねぇーだろうがぁっ!“鬼爪・天回”っ!!」
空中にいるハチへと、高らかと笑って桃鬼が十本の爪を放つ。
『ああっ…!!』
身動き不能のハチに、身を乗り出すグラタンとドリア。
「……っ」
だがハチは顔色一つ変えず、態勢を整えた。
――ボォォォォ~ンッ!
「うっ…!!」
空中で回転しながら、ハチが再び桜時の姿となる。桜時が向かってくる鬼爪へ右手を向けた。
「“瞬花”っ…!!」
「クっ…!!」
またしても花びらへと変えられる鬼爪に、桃鬼が表情を引きつる。
「よっ」
「いいぞぉ~っ!イヌぅ~っ!!」
無事、着地した桜時に、グラタンが明るい笑顔で声援を飛ばす。
「このっ…!!こうなったらっ…!!」
「……っ?」
腕を勢いよく振り上げ、地面に向けて振り下ろそうとしている桃鬼に桜時が少し首をかしげる。
「あっ…!」
――“鬼地”っ!!――
先ほどの桃鬼の技を思い出し、グラタンが思わず声を出す。
「イヌっ!!気を付けてっ!ソイツは“地力”を使うんだっ!!」
「地力っ?」
グラタンの言葉に、目を丸くする桜時。
「グヘェッヘッへっ!!今度はどこに避けてもどうにもなんねぇーぞぉっ!!」
「……っ上手くいくかわかんねぇーけどっ、こうなったら試してみっかっ」
自信ありげに笑う桃鬼に、桜時が少し考えた末に構えを取る。
「喰らえぇっ!!“鬼地”っ!!」
「“伝光っ…刹花”っ!!」
桜時と桃鬼が、同時に地面に右手を突く。
――パァァンッ!パァァンッ!パァァンッ!
「何ぃぃぃっ!?」
桜時を中心とするようにして、森の木が次々に桜の木へと変わっていく。
「すっ…凄いっ…」
広がっていく桜の木々を、唖然とした表情で見つめるグラタン。
「こんなことがっ…ハッ!それより俺様の鬼地はっ…!?何故、起こらないっ!?」
立ち上がった桃鬼が戸惑うように地面を見る。
「まさかっ…!」
大きく目を見開き、桜時を見る桃鬼。
「地中に張り巡らされた木の根を操ってっ…俺の鬼地を無効化したってのかっ…!?」
「ふぅっ…やっぱ一斉、瞬花出来たなぁ~」
桃鬼がその力に圧倒されている中、桜時は周囲一面に広がった桜の木を見て満足そうに微笑む。
「これも桃タロー戦でつかめたみてぇーだっ」
太狼との戦いの際、桃の苑の桃の木をすべて桜に変えた桜時。そのことが経験となり、一斉に桜の木を咲かせるほどの力を身につけたようである。
「でもでもぜってぇ感謝なんかしねぇーぞぉっ!!桃原太狼っ!!」
「また叫んでるわよ…?お友達…」
「見えない、見えない」
再び天に向かって叫ぶ桜時に、再び呆れた表情を見せるグラタンとドリア。
「冗談じゃねぇっ…」
天へと叫んでいる桜時を見ながら、桃鬼が険しい表情を見せる。
「あんなヤツとこれ以上戦ったらっ…下手したら俺が死っ…」
「さっきから何叫んでんのっ?とっとと倒しちゃってよっ、イヌのくせにっ」
「……っ」
そんな桃鬼の視界へと飛び込んでくる、生意気言っているグラタン。
「へっ…」
桃鬼が怪しげに微笑み、その場から姿を消す。
「桜もそろそろ見飽きて来たからさぁっ」
「おっ前、相変わらず偉そうだよなぁ~」
「だいたいイヌのくせにさぁ~っ…」
「……っ」
「何っ…!?」
文句を言おうとしているグラタンのすぐ後方に現れる桃鬼に、桜時が顔色を変える。
「えっ…?うっ…うわあああっ!!」
「グヘェッヘッへっ!」
「グラタンっ…!!」
桃鬼が振り向いたグラタンの頭を掴み、勢いよく掴み上げる。苦しげな叫び声をあげるグラタンに、思わず身を乗り出す桜時。
「おおぉ~とっ、動くなよっ?少しでも動けばこのガキの頭を握り潰すぜぇっ?」
「クっ…!」
桃鬼の脅しに、桜時が唇を噛んで足を止める。
「汚いマネをっ…!」
「ヘッヘっ」
表情を引きつる桜時を見て、桃鬼が愉快そうに笑う。
「うっ…!ううぅ~っ…!」
「グラタンっ…!!」
強く頭を掴まれ、苦しそうにしているグラタンを見て、ドリアが思わず立ち上がる。
「待っ…!待ってっ!!私っ…!私が代わりにっ…!」
「ああっ?」
必死に桃鬼の足に掴みかかるドリアに、桃鬼が顔をしかめる。
「薄汚ねぇー手で触ってんじゃねぇーよっ!!」
「きゃあああっ!!」
「母さんっ!!」
「うっ…ううっ…」
桃鬼に振り払われたドリアは遠くの方まで吹き飛ばされ、力なく気を失った。
「母さんっ…このっ!このっ!離せよぉっ!!」
「ああっ?うっせぇなぁっ」
「うわあああああっ!!」
「グラタンっ…!」
抵抗するグラタンに、さらに頭を掴む手の力を強める桃鬼。その悲痛な叫びに、桜時が動かないながらも、思わず体を前に出す。
「やめろっ!俺は絶対に動かないっ!だからソイツに手を出すなっ!!」
「……っ」
「うっ…ううっ…」
桜時の言葉に桃鬼がピタリと手を止める。残る痛みに力なく俯くグラタン。
「よぉーしっ…随分と物分りがいいじゃねぇーかぁ、イヌぅ~」
「……っ」
グラタンを掴んだまま、ゆっくりと桜時の前までやって来る桃鬼。桜時が決して動かないまま、厳しい鋭い表情で桃鬼を見上げる。
「ぜってぇ…動くなよっ…!!」
「……っ!イヌぅっ!!」
動かない桜時に向けて、勢いよく爪を振り下ろす桃鬼。グラタンの悲痛な叫びが、天に突き上げられた。
「……っ」
龍国から北の森の上空を飛んでいたユキジが、前方に何かを見つけ、表情を動かす。
「前方五メートル付近に不自然な桜地帯ぃ~っ」
「やってぇ~っ」
ユキジの言葉を受け、その真下の木を飛び移りながら進んでいるモンキが、前を向く。
「わかりました…」
モンキの前を行く者は、さらに走るスピードを速めた。




