15.ハチともぐら ◇2
数十分後。オトポリ本部・正門前。
「はぁ~んっ。それで龍に会うために、わざわざ北の森からねぇっ」
「そっ」
感心するように言ったハチに、短く頷くグラタン。
「もぉー大変だったよっ。父さんと母さんに気づかれないように、龍国までの穴を掘ってさっ」
「それで掘りまくってたらゴン家に繋がっちまったと」
「うんっ」
「はぁっ…」
無邪気に頷くグラタンを見て、ハチが少し疲れたように肩を落とす。
「まぁ仕方ないよっ。これも全部、オレが龍になるためだからねっ」
「いやっ、ってかさぁ、いっくらモグラが“土竜”って書くからってよぉ、龍になるってのはちょっとっ…」
「待たせたな…」
『……っ?』
正門が開き、中からゴンの声がする。
「おうっ、ゴンっ、どうだっ…って、だあああっ!!」
「う…ううっ…」
振り向いたハチが、思わず叫び声をあげる。正門から出てきたゴンは相当殴られたのか、ゴンなのかもわからないほどに顔中を腫らしていた。
「ダっ…ダメだったみたいだな…」
「ああ…リンゴに“ちょっとモグラに会ってやってくんない?”って言ったんだけどよぉ…」
ゴンが低いテンションで話し始める。
「“仕事もしないで、このクソ忙しい時に何言ってんだっ!一回、死んできやがれっ!”って…」
「……。」
その光景が目に浮かび、ハチまで少し震え上がる。
「ええ~っ?じゃあ龍はぁっ?」
「えっ?あっ、ああ~困ったなぁ。リンゴ以外に龍人なんてっ…」
「よしっ。いっちょ青守長官に声かけてくっかっ」
「それはさすがにやめとけっ」
再びオトポリ本部内に入って行こうとしたゴンを、ハチがすかさず止める。龍人一族はこの龍国の国主にしてオトポリのトップ。今はそう、暇な龍人がいるはずもない。
『ん~っ、困ったなぁっ』
「あれっ…?桜時さん…?」
「へっ?」
自分の名を呼ぶ声に、ゴンとともに考え込んでいたハチが顔を上げる。
「ゴンさんも…どうしたんですか…?こんなところで…」
「イチゴっ」
ハチたちの前に現れたのは、他の警官数名とともに街から戻ってきたらしきイチゴであった。イチゴがハチとゴンに不思議そうな表情を向ける。
『イチゴっ…?ああっ!!』
一旦、首をかしげたハチとゴンが、目を合わせて勢いよく声をあげる。
『いたぁっ!!リンゴ以外の龍人っ!!』
「えっ…?」
二人の大声に、イチゴが少し困ったような表情を見せる。
「えっ!?この人っ、龍人なのっ!?」
「ああっ!良かったなぁ~っ!グラタンっ!」
やっと出会えた龍人にテンションを上げるグラタン。そんなグラタンにハチが笑顔を向ける。
「あっ…あのっ…一体、何の話でっ…」
「おうっ!イチゴぉ~っ!今からちょ~っと付き合ってくんねぇーかぁっ?」
「えっ?あっ、でも今、仕事中でっ…」
「んなもん、いいからよぉ~っ!!」
「無茶言わないで下さいよ…ゴンさんじゃないんですから…」
「うっ…」
イチゴのトゲある言葉に、ゴンが声を詰まらせる。
「頼むよ、イチゴっ!ちょっとだけでいいからさっ!」
「えっ…?」
真剣な表情で頼み込むハチに、イチゴが少し頬を赤らめる。
「あっ…おっ…桜時さんがそう仰るならっ…」
少し照れながらイチゴが笑みをこぼす。
「やったぞっ!!グラタンっ!!」
「うんっ!!」
「ってか、ハチ公の頼みは聞けて、俺の頼みは聞けねぇーのかよっ…」
喜ぶハチとグラタンを他所に、ゴンが1人、不満げな声を漏らした。
十分後。ゴンの家前。
「へぇ~、じゃあハチ公とお前ら姉妹は面識ありだったのかぁっ」
「はい…でも桜時さん…“あんなこと”があったせいで覚えてらっしゃらないみたいで…」
「そうかぁ。まぁしゃーねぇーなぁ。“あんなこと”があったんじゃっ」
「だから何々だよっ?あんなことって」
ゴンとイチゴの会話に、ハチがリンゴ・イチゴ姉妹と出会った時から何回もしている疑問をまた口にする。
「それより早く龍になってよっ」
「あっ…はいっ、わかりました…」
「偉そうに言うなっ!クソモグラっ!コッチが無理言って頼んだんだからなっ!」
「全員で無視したな…」
ハチの問いかけを完全に無視して話を進めるゴン、イチゴ、グラタンに、少しイジけるように呟くハチ。
「じゃあ行きますよ…?」
イチゴが広い場所に立ち、左右を見回してから両手を広げる。
――ボォォォォ~ンッ!
「……っ」
イチゴの体が白い煙に包まれる。その様子を息を呑んで見つめるグラタン。
「あっ…!」
晴れていく煙に、グラタンが目を見開く。
「龍っ…」
グラタンの四倍は丈のありそうな巨大な青き龍へと姿を変えるイチゴ。その力強く、神秘的な姿に、グラタンは思わず“龍”と呟いた。
「すっ…凄いっ…!!」
『……っ』
興奮に拳を握り締め、先ほどまでの生意気さは一切ない輝いた瞳を見せるグラタンに、ハチとゴンも思わず嬉しそうに笑みをこぼした。
「さぁっ、ではっ」
『……っ?うわっ!』
少し笑みをこぼして勢いよく背中の翼を広げるイチゴ。イチゴが翼を広げただけで強い風が巻き起こり、ハチたちが思わず身を伏せた。
「空中散歩と行きましょうかっ」
「ええっ!?乗せてくれるのぉっ!?」
イチゴの言葉に、グラタンがさらに目を輝かせる。
「やったぁっ!!」
「ああっ!おいっ!」
ゴンが止めるのも聞かず、グラタンが足早にイチゴの背へと乗り上げる。
「ったくっ!おいっ、クソモグラっ!てめぇーっ、少しは遠慮ってものをっ…!」
「いいですよ、ゴンさん。こんな機会もうないでしょうし、折角ですからっ…」
「そうかぁ?」
笑顔を見せるイチゴに、ゴンが少し申し訳なさそうに肩を落とす。
「まぁそう言うことなら遠慮なくっ。おっしっ!俺らも乗せてもらおうぜぇっ!ハチ公っ!」
「そろぉ~…そろぉ~…」
「って、ハチ公っ?」
「うっ…!」
静かにこっそりとその場から歩き去ろうとしていたハチが、ゴンに見つかり、立ち止まって背筋を立たせる。
「何やってんだよっ?てめぇーっ」
「いっ…いやっ!俺っ、高いトコはちょ~っぴし苦手でっ…!」
「何言ってんだっ!とっとと行くぞぉっ!」
「あっぎゃあああっ!!」
嫌がるハチを、ゴンは無理やりイチゴの背へと放り込んだ。
「ふっはぁ~っ!!」
雲に程近い上空を飛ぶ青き龍の背の上で、爪ほどにしか見えない建物の並ぶ龍国全体を見下ろし、感嘆の声を漏らすグラタン。吹き付ける風を両手を広げて受け止める。
「最っコォーっ!!」
「フフっ…そう言ってもらえると嬉しいですっ…」
喜ぶグラタンに、グラタンを乗せているイチゴが笑みをこぼした。
「ぶるぶるぶるぶるっ…!」
『……っ』
しかし、聞こえてくる謎の震え声に、イチゴとグラタンの表情が曇る。
「ちょっとっ!最高気分、台無しなんだけどっ」
「そっ…!そんなこと言われてもよぉっ…!」
表情をしかめたグラタンの視線の先には、小さく身を丸め、全身を小刻みに震わせているハチの姿があった。
「俺はっ…!うっ…!」
顔を上げたハチの視界に、遥かに遠い地上の景色が入ってくる。
「ひええぇぇっ!!ぶるぶるぶるぶるっ…!!」
「はぁっ…」
再び身を丸めて震え上がるハチに、グラタンが深々と溜め息をつく。
「ごっ…ごめんなさいっ…桜時さんっ…もう少し高度、落としましょうか…?」
「ええっ!?ダメダメっ!こんなイヌ、最悪死んでもいいから、このままっ!このままっ!」
「お前なっ…」
酷い言い草のグラタンに、ハチが震えながらも鋭い目を見せる。
「しっかしハチ公、てめぇー良かったなぁ~スズメに生まれないでぇっ」
そんなハチに暢気に声をかけるゴン。
「スズメのクセに高所恐怖症なんて赤っ恥もいいトコだぜぇ!まぁイヌでも赤っ恥かぁっ!ハッハッハっ!」
「ニャロウっ…」
高々と笑い上げるゴンに、ハチが強く拳を握り締めた。
「でっ、どうだぁ?クソモグラっ。これで気は済んだかっ?」
「うんっ」
「そうかぁっ」
「益々、龍になりたくなったっ!」
「だあああああっ!!」
グラタンの言葉に、ゴンが狭い背中の上で勢いよくズッコケる。
「おっ前なぁっ…」
起き上がったゴンが、少し困った顔で頭を押さえる。
「グラタン君っ…種族は獣人が生まれ持つものです…誰であってもそれを変えることはできませんっ…」
「……っ」
グラタンを説得するようなイチゴの言葉に、身を丸めていたハチが少しハッとした表情を見せる。
「生まれ…持つ…ものっ…」
――あっらぁっ?なぁ~んでこんな所にイヌがいるのかしらぁ~っ?――
それは、ハチが生まれてからずっと戦ってきたもの。
「……。」
ハチが少し目を落とす。
「そうだぞぉっ?今は子供だからイイかも知れねぇーけど、そろそろわかるようになんねぇーとっ…!」
「別に子供だからわかってないわけでもないし、わかってるのにわからない振りをしてるわけでもないよ」
「へっ?」
『……っ?』
妙に大人びた表情で言い放ったグラタンに、ゴンが目を丸くし、ハチとイチゴがそっと眉をひそめた。
「オレがモグラで、龍にはなれないこと、ちゃんと理解してる…」
「だったらっ…!」
「でもっ、だからって“なれない”って決め付けて何もしなかったら、本当に何もかも終わっちゃうでしょ?」
「……っ」
グラタンの真剣な瞳に、ゴンが思わず言葉を詰まらせる。
「自分で終わらせるのって好きじゃないんだっ。最初っから諦めるのもっ」
どこまでも広がる壮大な景色を見つめながら、グラタンが誇らしく笑う。
「どうせ見た夢ならっ、少しでも信じて何かしたいっ!」
「……っ!」
グラタンの曇りのない笑みに、ハチが大きく目を見開き、口を押さえる。
「ううぅ~っ…おおぉ~っ…」
「……っ?」
すぐ傍から聞こえてくる唸っているような怪しげな声に、ハチが眉をひそめて振り返る。
「ゴンっ…?」
「おおぉ~っ…!」
そこには苦しむように身を伏せ、怪しげな声を漏らしているゴンの姿があった。
「もしかしてお前っ…泣いてんのかっ?」
「なっ…!泣いてなんかねぇーよっ!こんちくしょおぉっ!!」
「ボロ泣きじゃねぇーかっ」
目つきの悪い瞳から、似合いもしない涙を滝のように流しているゴンに、ハチが呆れきった表情を見せる。
「ゴンさんは意外と涙もろいですからね…」
「バカじゃないのっ?」
「くぅ~っ!泣かすクソモグラだぜぇっ!!」
苦笑いを見せるイチゴと、呆れたように肩を落とすグラタン。ゴンは袖で顔を覆って泣き続ける。
「あれっ…?」
『……っ?』
何かを見つけたようなイチゴの声に、ハチとグラタンが振り返る。
「どうしたっ?イチゴっ」
「あれっ…何でしょうか…?」
「……っ?」
イチゴが首を向けた方向を見つめるハチ。
「煙っ…?」
その方向に見える大きな森の一部から、灰色の煙が立ち昇っていた。その煙にハチが眉をひそめる。
「何か…あったんでしょうか…?」
「あれっ…」
『……っ?』
小さな声を漏らしたグラタンに、ハチとイチゴが視線を送る。
「あれっ…オレの村のある辺りだ…」
『……っ!』
茫然と呟くグラタンに、ハチとイチゴ、そして泣いていたゴンが一斉に険しい表情となる。
「何かあったのかも知れねぇーっ!急げっ!!イチゴっ!!」
「はっ…はいっ…!!」
ゴンの指示に、イチゴはスピードを速めた。
その頃、桃原家。
「おっそいなぁ~っ…桜時っ…」
もう十二時を過ぎた時計を見ながら、ユキジが呟く。
「買い出しに出てそれっきりだよぉ~っ?」
「ついでに散歩でもしてきとんちゃう~?ほらっ、アイツ、イヌやしっ」
少し心配したように問いかけるユキジに、モンキが適当に答える。
「買い出し放っぽり出して散歩なんてとんでもないねぇ~っ。バツとして草むしりでもさせよっかなぁっ」
「……ただ単に帰って来たくないだけかもなっ…」
ハチに何をやらせようかと楽しそうに考える太狼を見て、少し引きつった表情を見せるモンキ。
「何か…あったのかなぁ…?」
時計を見つめ、ユキジが浮かない表情で呟いた。
龍国より少し北にある大きな森の中心部。モグラの獣人たちの村・“モッグランド”。
「これはっ…」
モッグランドのすぐ上空へと飛んで来た、青き龍・イチゴ。イチゴの背に乗っているゴンが、村を見下ろし、険しい表情を見せて呟く。
「ひでぇっ…」
村の多くの家が無残にも破壊され、所々から火の手があがっていた。道には村人らしきモグラや人間たちが傷つき倒れ込んでいる。その悲惨な光景に、唇を噛むゴン。
「とっ…父さんっ…!母さんはっ…!?」
イチゴの背の上から無残に破壊された故郷を見下ろし、必死に両親の姿を探すグラタン。
「ううっ…!!」
「ああっ?」
怯えたようなグラタンの声に、ゴンが振り向く。
「……っ」
「グガアアアアアッ!!」
「黄鬼っ…」
村の中心で、空に向かい大きな雄たけびをあげているのは、濁った黄色の皮膚に、二本の金色の角を持った禍々しく巨大な鬼であった。
「ガアアアアアアアッ!!」
「うわあああっ!」
「きゃああああっ!!」
大きく爪を振るう黄鬼から、必死に逃げ惑う村のモグラや人間たち。
「アイツの仕業かっ…!おしっ!行くぞっ!ハチ公っ!」
「おええぇ~っ」
「だああああっ!!」
ゴンが振り返ると、ハチが吐き気を催した様子で苦しげに口を押さえ込んでいた。そんなハチにゴンが勢いよくズッコケる。
「何、龍酔いしちゃってんだよっ!!てめぇーはぁっ!!」
「だってめちゃくちゃ飛ばすからよぉっ…」
ゴンの怒鳴りに、ハチが弱々しい声で答える。
「てめぇーなぁっ…!」
「グガアアアアアアッ!!」
「……っ!」
再び聞こえてくる黄鬼の雄たけびに、ゴンが怒鳴るのをやめて振り向く。
「しゃーねぇっ!俺がっ…!」
「いえっ…」
「へっ?」
立ち上がったゴンが下から聞こえてくる声に、顔を下へと向ける。
「イチゴっ?」
「ゴンさんは桜時さんとグラタン君をお願いします…」
「へっ?」
少し低いトーンで聞こえてくるイチゴの声に、ゴンが少し引きつった表情で首をかしげる。
「アイツは私が…」
「私がってお前、まさかっ…」
「ではっ」
そう言うと、イチゴが身を翻し、背に乗せている三人を放り出して、黄鬼の方へと飛び去っていく。
「だああああっ!!やっぱりぃぃっ!!」
「うわあああっ!!」
「おえぇ~っ」
それぞれに叫びながら、上空から勢いよく落下していくハチ、ゴン、グラタン。
「クソっ…!!」
――ボォォォ~ンッ!
「……っ!」
「うわっ!」
「おえぇ~っ」
ゴンが落下の最中に狐化し、同じく落ちて行っていたハチとグラタンを背に拾って、身軽に地面へと着地する。
「はぁ~っ」
――ボォォォ~ンッ!
「何とか助かったなっ」
地面にハチとグラタンを下ろし、ゴンが再び人化する。
「助かったよ、キツネ」
「何でてめぇーはそう、偉そうなんだよっ」
「ああ~っ、気持ち悪っ」
ゴンとグラタンが言葉を交わす横で、胸を擦って体調を整えるハチ。
「んっ?そういやイチゴはっ?」
「そこだっ」
『……っ?』
ゴンの指差す方向を振り向くハチとグラタン。
「グガッ?」
村の中心で暴れていた黄鬼の正面に、大きな地響きを立てて着地するイチゴ。突如、現れたイチゴに、黄鬼が顔を上げて眉をひそめる。
「龍っ…?」
「……っ」
――ボォォォォォ~ンッ!
黄鬼が怪訝そうな表情で見つめる中、着地したイチゴが人化する。
「龍人かっ…珍しい客だっ」
「……。」
楽しげに笑う黄鬼を、鋭い表情で見つめるイチゴ。
「だっ…大丈夫なのかぁ?」
向き合ったイチゴと黄鬼を、少し離れたところで見つめるハチが不安げに声を漏らす。
「加勢した方がっ…」
「必要ねぇーよ。大人しく見てろっ」
ハチの言葉に、ゴンが間髪入れずにハッキリと答える。
「けっ…けどよぉっ…!」
「龍人は獣人最強一族だ。あんなヤツ屁でもねぇっ」
「そうそうっ。龍は凄いんだからっ。イヌは黙って見てなよっ」
「お前なっ…」
偉そうな物言いのグラタンに、ハチが表情を引きつる。
「一つ、問いかけます…」
「ああっ?」
イチゴの言葉に、黄鬼が少し眉をひそめる。
「何故…このようなことを…?」
黄鬼の周囲に破壊された村と傷つき倒れた人々を見ながら、静かに問いかけるイチゴ。
「はぁっ!?理由なんかねぇーよっ!!ただぶっ壊したかったからなだけだっ!!グワァッハッハッ!」
「……そうですか…」
高々と笑う黄鬼に、イチゴはそっと目を閉じ、肩を落とした。
「ならば…手加減は必要ありませんね…」
「ああっ?」
「……っ」
再び瞳を開いたイチゴが、ゆっくりと右拳を構える。
「ああっ!?俺を相手に素手で戦おうってかぁっ!?イカれた女だぜっ!グワァッハッハッ!」
「いえっ…戦うつもりはありません…」
「何っ?」
黄鬼が眉をひそめる中、イチゴの右拳に青い光が帯びていく。
「消すだけですっ」
「……っ!」
鋭い表情でそう言った途端、イチゴがその場から消える。
「消えたっ!?どっ…どこへっ…!?」
慌てて周囲を見回す黄鬼。
「……っ!!」
左右を見回していた黄鬼のすぐ目の前へとイチゴが姿を現す。
「いつの間にっ…!このっ…!!」
現れたイチゴへと勢いよく爪を振り下ろす黄鬼。
「青き拳っ…龍が如く…」
イチゴが先ほどよりもさらに青い光を放っている右拳を、力強く黄鬼の体へと突き出す。
「“青拳突き”っ…!!」
――バッコォォォーンッ!
「……っ!ギャアアアッ!!」
黄鬼の巨大な胴体が繰り出されたイチゴの拳に風穴をあけられ、激しい断末魔とともに一瞬で砂となって崩れ落ちていく。
「……。」
イチゴは静かな表情で風に吹かれる砂を見つめ、ゆっくりと光を収めた拳を下ろした。
「ひっ…一突きっ…」
その光景を一部始終見つめたハチが、茫然とした表情で呟く。
「すっげぇっ!!」
茫然としているハチの横で、感激したように大声をあげるグラタン。
「さっすが龍人っ!カッコイイぃ~っ!!」
「ってか強すぎだろっ…」
「だから言ったろぉ?アイツのパンチとリンゴの蹴りは、喰らった途端に人生終わるぞぉ~」
圧倒されているハチに、ゴンが冷静に言葉をかける。
「ゴンさんっ…!私、怪我人の治療にあたりますから、本部へ応援要請お願いしますっ…!」
「んっ?あっ、おぉーうっ!」
黄鬼を倒したイチゴは、もうすでに近くに倒れている村人の救護に当たっている。イチゴの呼びかけに、手をあげて答えるゴン。
「えぇ~っと、携帯、携帯っ」
ゴンがポケットから携帯を取り出す。
「オレも父さんと母さん、探さないとっ」
「グラタァーンっ!!」
「……っ?」
再び両親を探そうと辺りを見回していたグラタンが、自分の名を呼ぶ声に振り向く。
「おじいちゃんっ?……っ!父さんっ!」
グラタンが自分の名を呼んだ白髪の老人が肩を貸している、傷だらけの男を見て、驚いたように声をあげる。
「父さんっ!父さんっ!大丈夫っ!?」
重傷の男の元へ、慌てて駆けていくグラタン。
「グラタンっ…無事っ…だったかっ…」
「父さんっ…!!」
グラタンを見て安心したように笑みをこぼす男に、グラタンが少し目を潤ませる。
「グラタンっ、コイツは何とか大丈夫だったんだが、ドリアさんがもう一匹の鬼人にっ…」
「……っ!母さんがっ!?」
「もう一匹、鬼人がいるのかっ!?」
老人の言葉に、それぞれ衝撃を走らせるグラタンとゴン。
「……っ母さんっ…!!」
「あっ…!待てっ!グラタンっ!ううっ…!」
「おいっ!大丈夫かっ!?」
厳しい表情を見て、その場から飛び出していってしまうグラタン。そんなグラタンを止めようとしたグラタンの父親が、傷の痛みに苦しげにしゃがみ込み、老人が慌てて父親を支える。
「あんのクソモグラっ…!!」
「俺が追うっ!ゴンはここを頼むっ!」
「へっ?ちょっ…!待っ…!」
グラタンの後を追おうとしたゴンを止め、代わりに追いかけて走り去っていくハチ。ゴンが制止を促したが、ハチはあっという間に見えなくなった。
「桜時さん…大丈夫でしょうか…?」
「アイツっ…」
「……っ?」
歩み寄ってきたイチゴが、ゴンの言葉に振り向く。
「丸腰じゃなかったか…?」
「えっ…?」
表情を引きつったゴンの言葉に、イチゴもまた表情を引きつった。




