13.御伽最大の国 ◇3
数分後。オトポリ本部・救護室。
「んん~っ…」
データ値の多く書かれた紙を見ながら気難しい表情を見せるのは、オトポリの制服の上から白衣を着た男。オトポリの救護員である。
「これはぁっ…“過労”ですねっ」
「過労っ?」
救護員の言葉に、リンゴが目を丸くする。
「ええ。力の使い過ぎか、体に相当な無理が来ています」
救護員が白一色のベッドに眠る輝矢を見ながら言う。ベッドのすぐ横には、眠る輝矢を不安げに見つめるハチ、モンキ、ユキジの三匹が並んでいた。
「まぁ少し休めば問題ないでしょう。目が覚めたら連れて帰られて結構ですよ」
「はっ、はぁ。どうもありがとうございました」
リンゴが深々と頭を下げて見送る中、病室から救護員が出て行く。
「しっかし過労って…」
「まぁ無理もねぇーなっ」
「えっ?」
ベッドの横の椅子に腰かけたゴンが呟く。
「ここんトコ、鬼人との戦い続きだったし、この前の鬼人化事件で精神的疲労も来ちまったんだろう」
「……。」
――朽ち逝く命を嘆き、自らの体を鬼へと変えた女性と…――
悲しげに話した輝矢のことを思い出し、リンゴがそっと視線を落とす。
「こりゃ会議がどうのってのより、休息が第一かもなぁ~」
「全部、お姉ちゃんの蹴りのせいで…」
「何で私なのよっ!!」
深刻そうに呟くイチゴに、リンゴが病室にも関わらず大声を出す。
「てめぇー、後先考えねぇーからなぁっ」
「私は柱を蹴っただけだってのっ!!だいたい過労なんでしょっ!?」
「……。」
ゴンとリンゴの言い争いを聞きながら、イチゴがゆっくりとベッドの横のハチへと視線を移す。
「輝矢…」
「……っ」
心配そうに輝矢の名を呟くハチを見て、イチゴは少し目を細めた。
「とにかく竹取の目が覚めたら家まで送ってくかぁ~」
「そうねぇ~」
「でも…こんな状態の輝矢さんを見て…あの人がどう言うか…」
「そこが問題よねぇ…」
『あの人っ?』
イチゴとリンゴのやり取りに、目を丸くする三匹。
「あの人ってだっ…」
――パッリィィィーンッ!
『へっ?』
輝矢のベッドのすぐ横にある窓のガラスが、突然勢いよく割れ、リンゴたちに問いかけようとしていた三匹が目を丸くして振り向く。
『こんにちわぁ~っ!ご主人様っ!』
「……っ!」
割れた窓ガラスから病室へと侵入して来たのは、満面の笑みを向けたのはメイド服姿の二人の少女であった。どちらも金色の髪に緑色の瞳をしており、よく似ていた。至近距離で微笑む二人にハチが凍りつく。
「なっぎゃあああっ!!」
「萌えぇ~っ!」
「何故にメイド…?」
現れたメイド少女に叫ぶハチ、萌えるモンキ、眉をひそめるユキジ。
『じゃっ、そうゆうことでぇ、貴方様がたのご主人様はいただいていきまぁ~すっ!』
『はぁっ!?』
そう言って眠っている輝矢を抱えあげるメイド少女たち。ハチたちが大きく口を開けて聞き返す。
「お前ら何言っ…!」
『ではまたのご来店をぉ~っ!』
輝矢を抱えあげたメイドたちが、懐から小さな玉を取り出し、床へと投げつける。
『……っ!』
――ボォォォ~ンッ!
床に投げつけられた玉から勢いよく煙が吹き出し、病室中を包み込んだ。
『ケホっ!ケホっ!』
むせ返るハチたち。やがて窓から煙が出て、辺りが少しずつ晴れていく。
『ああっ!!』
煙が晴れた途端に大きく叫ぶ三匹。煙の晴れた病室のベッドからは、すっかり輝矢の姿がなくなっていた。
「あいつらっ…!」
「いっやぁーっ!!輝矢ぁーんっ!!」
「んっ?」
頭を抱えるモンキの横で、ユキジが天井からゆっくりと落ちてくる紙のようなものに気づく。
「よっ」
『……っ?』
飛び上がって嘴で紙を掴むユキジ。そんなユキジの様子にハチとモンキが目を丸くする。
「何やぁ?それっ」
「何か書いてあるみたい。えぇ~っと…」
器用に羽根を動かし、紙を広げるユキジ。両端からハチとモンキがその広げた紙を覗き込む。
『“ご主人様を返して欲しくば、海岸沿いの私たちの家まで来てねっ!可愛いメイドよりっ”』
きれいに声を揃えて、紙に書かれている内容を読み上げる三匹。
『って、何ぃぃっ!?』
「これはいわゆる誘拐の一種だねぇ~」
驚きのあまり大声を出すハチとモンキの横で、冷静に呟くユキジ。
「でぇ、どうすっ…」
「海岸沿いってくらいだから海目指しゃいいんだなっ!よしっ!行くぞっ!」
「輝矢ぁーんっ!待っててやぁーっ!すぐ助けに行くでぇっ!!」
「って、聞くまでもないか…」
もうすでに病室を飛び出して行ってしまっているハチとモンキを見て、ユキジが呆れたように言う。
「じゃあちょっと行って来るねぇ~」
「罠かも知れないわよっ?」
羽根を上げたユキジに、リンゴが鋭い表情で問いかける。
「だったらっ?」
「……っ」
“それがどうした”と言わんばかりの笑みを浮かべて飛び去っていくユキジ。遠ざかっていく三匹の姿を見て、リンゴが少し浮かない表情を見せる。
「お姉ちゃん…さっきのメイドさんたち…もしかして…」
「ええっ」
イチゴの問いかけに、リンゴが少し肩を落として頷く。
「ったく、何考えてんだかっ」
「……。」
「……っ?」
立ち上がるゴンを見て、リンゴが眉をひそめる。
「行くの?」
「ああ」
リンゴの問いかけに短く答えて、割れた窓に右足をかけるゴン。
「もうすぐ会議だけど?」
「俺がいねぇー方が進みいいだろ?」
「まぁ確かにっ」
「おいっ!」
素直に頷いたリンゴに、ゴンが少し突っ込みを入れる。
「じゃっ、理由は適当に頼むわっ」
そう言って軽く笑みを浮べて、ゴンも三匹の後を追うように病室を飛び出していった。
「……。」
去っていくゴンの背中を見つめながら、厳しい表情を見せるリンゴ。
「なぁ~んか変なようなっ…」
リンゴが少し考えるように首を傾ける。
「ゴンさん…さっきお父様から言われてたよ…」
「えっ…?」
どこか遠慮がちに俯きながら言葉を発するイチゴに、リンゴが眉をひそめる。
「今回の件は…あの女の人が関わってる可能性があるから…覚悟しておけって…」
「……っ」
イチゴの言葉に、リンゴの表情が凍りつく。
「ねぇ…前から聞きたかったんだけど…“あの女”って…」
「イチゴっ…」
「……っ」
イチゴの言葉を遮るように、強くイチゴの名を呼ぶリンゴ。
「私の前で…二度とその話はしないで…」
「……。」
怖いと思えるほどの鋭い眼差しなのに、何故か悲しげなリンゴに、イチゴはそっと目を細めた。
「ごめんなさい…」




