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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
5/406

1.鳥の国の犬王子 ◇5

 翌日。

「えっ!?じゃあお前、退治屋だったのかっ!?」

「ええ」

 驚きの声をあげた白いイヌ、ハチに、輝矢が笑顔で頷く。二人は朱実の屋敷入口にある、ハチが咲かせたのか季節はずれの桜の木の下に座り込んでいた。

「雀国にも元々、鬼人が入り込んでいるという噂を聞いてやって来たんですよ」

「ふぅ~んっ……」


――アナタのことはついでですよ、私は私の仕事をするだけです――


「そうゆうことかっ……」

 戦闘中に輝矢が言ったあの言葉の意味を、ハチは今、やっと理解した。

「鬼人復活の噂を聞きつけ、桃タロー師匠との修行を終えて、鬼人退治の旅をしているところなんです」

「鬼人退治の……旅……」

 どこか興味深く、輝矢の言葉を繰り返すハチ。

「四大国ともなれば狙われることも多いでしょう。また何かあれば呼んで……ということもありませんか……」

 笑顔を浮かべ、ゆっくりと立ち上がった輝矢が、まだ座っているハチを見下ろす。

「朱実を出る許可、出たのでしょう?」

「……うん」

 少し浮かない表情で頷くハチ。太鷲との戦闘でハチに助けられた孔雀は、ハチの願いを聞き届け、ハチが朱実の屋敷を羽ばたいていくことを認めたのである。

「でもっ……せっかく許し出たってのに、何か不安でさっ……」

「不安?」

 ハチの言葉に、輝矢が首をかしげる。

「何か……一度家出たら……帰ってきた時、“お前の家はここじゃない”って言われちゃいそうで……」

「ハチ……」

 閉じ込められている時はその狭い世界を不満に思っていたが、外の世界へと飛び出せば、あれほどハチを嫌っている孔雀なのだから、もう繋がってはいられないような不安にかられる。そのハチの不安を理解し、輝矢は少し目を細めた。

「結局、俺はぁ……羽ばたく翼のない、ただのイヌなんだよなぁ~」

「そんなことありませんよ」

「えっ?」

 ハチが戸惑うように輝矢を見上げる。

「私には確かに見えますよ?」

「見え……?」

「アナタが背に、その翼が……」

「……っ」

 輝矢の笑顔に、ハチが思わず目を見開く。

「……あのっ……さっ……」

「桜時ぃぃぃ~っ♪」

「桜時ぃぃぃ~~っ♪」

「桜時ぃぃぃぃ~~っ♪」

「うわあっ!」

 何かを切り出そうとしたハチの言葉を遮るようにハーモニーを刻みながら、輝矢の頭上へと舞い降りた三羽のスズメ。ハチが少し驚きながら輝矢の頭の上を見る。

「松兄!竹兄!梅人!」

『おぉぉ~~うぅぅ~じぃぃぃ~っ♪♪♪』

「いいからとっとと降りて下さい」

『ぎゃああああっ!!』

 改めてハモるスズメたちを、容赦なく払い落とす輝矢。


――ボォォォォ~~ンッ!


『痛たたたたたたっ……』

 落ちたスズメたちを白い煙が包むと、そこには孔雀の息子たちである朱実三兄弟の姿があった。皆、背中やら腰やらを痛そうに押さえている。

「まったく……人がせっかくハチを口説き落とそうとしてる時にぃ~」

「えっ!?そうだったのかっ!?」

 輝矢の言葉に一番驚くハチ。

「それよりも母上が家出る許可出したって本当なのかいっっ!?桜時クンっっ!!」

「えっ?あっああ」

 勢いよく問いかけてきた、眼鏡がトレードマークの一番上の兄・松人に、勢い負けしながらも頷くハチ。

「本当なんだっ……」

 ハチの頷きに、どこか衝撃を受けたように呟く、お坊ちゃんヘアの三兄弟の末っ子・梅人。

「そんなぁぁぁ~っ!!桜ちゃんが出てっちゃうなんて寂しすぎだよぉぉ~~っ!!」

 甲高い声で泣きじゃくる、ピアスやネックレスなどの激しいチャラ男、三兄弟の真ん中・竹人。

「そんなの耐えられないよぉぉぉ~っ!!」

「そうだっ!耐えられないっ!!」

「うんっ!耐えられないっ!」

「みんなっ……」

 寂しがる三兄弟に、ハチが少し目を細める。

『桜時が出てったら、誰をからかって楽しめばいいんだぁ~っ♪♪』

「さっ、とっとと行こうっ」

 三兄弟のハーモニーに、旅立ちの決意を固めるハチ。


「桜時様っ!!」

「……っ?千鶴」

 屋敷の中から慌てた様子で姿を現したのは、千鶴であった。

「もう行かれるのですかっ!?竹取様もっ……!まだ足の傷だって癒えてらっしゃらないのにっ!」

「けっこう丈夫なんで大丈夫ですよ。あんまり長居してると旅立ちにくくなってしまいそうですし」

「俺もっ!とっとと行かないと決心鈍りそうだしなっ」

「桜時様っ……」

 笑顔を見せるハチに、千鶴が不安げに目を細める。

「それで……孔雀サンは……?」

「いえ、それがっ……」

「やっぱ……見送ってはくんないか……」

『母上は意地っ張りだからねぇぇ~~っ♪♪♪』

 俯いた千鶴に、寂しげな笑顔を見せるハチ。そんなハチに、三兄弟がハーモニーを奏でる。

「まぁ朱実のことは、このっ!警備隊長のっ!あっ!警備隊長の銀ペー様に任せておいてくれいっっ!!」

『いよぉっ!!アニキぃぃぃっっ!!!』

「へーへー、警備隊長に任命されて嬉しいのはわかったから」

 どこからともなく現れ、誇らしく言い放つ銀ペーと、それを盛り上げる子分ペンギンたち。  太鷲との戦いの中で孔雀を救った銀ペーは、隊長であった太鷲がいなくなったということもあり、警備隊長に後任されたのである。子分たちももちろん警備隊入りを果たした。  盛り上がるペンギン集団に少し呆れた顔を見せるハチ。


「まぁじゃっ、そろそろ行っ……。……っ!」

『……っ?』

 立ち上がったハチが、ふいに驚きの表情を見せ、皆がハチの見ている方を振り向く。

『……っ』

「……。」

「孔雀サンっ……」

 屋敷の入口から現れたのは、今日もゴテゴテとした派手な着物を身に纏った孔雀であった。  孔雀は真面目な表情で、ゆっくりとハチの前まで歩み寄ってくる。

「桜時クン、人化を……」

「えっ?あっ、ああ」


――ボォォォォ~~ンッ!!


 松人に言われ、人の姿となる桜時。いつも桜時を見ようとしていなかった孔雀が、今日はまっすぐに桜時を見つめていた。

「孔雀さっ……」

「これを……」

「えっ?」

 孔雀が桜時へと差し出したのは、紫色の鮮やかな柄の、白い鞘に入った一本の刀であった。  桜時が戸惑いながらも刀を受け取り、その刀を鞘から静かに抜く。

「……っ」

 磨きぬかれた半透明の何とも美しい刀身。吸い込まれてしまいそうである。そして何かただならぬ力のようなものを感じる刀であった。

「その刀の名は“村雨丸”」

「村雨……丸……」

 刀を掲げながら、そっと刀の名を呼ぶ桜時。

「かつてあなたの父親が、我が妹・雲雀に送った刀……」

「父さんがっ……母さんにっ……?」

「父親を探すというのなら、少しは手がかりになるかも知れないわね」

「……っ」

 そっぽを向きながら話す孔雀。その孔雀の言葉に、桜時は驚いたように目を見開いた。

「孔雀さっ……」

「それに丸腰じゃ、いくら何でも困るでしょ?ただでさえ翼もないイヌなんだからっ」

 そう言って、孔雀が桜時に背を向ける。

「まぁ精々、野垂れ死なないようになさいっ」

「……っ」

 桜時の方を振り返ることなく、あっさりと屋敷の中へと戻っていく孔雀。  優しい言葉ではない。いつもと同じ、蔑みの言葉。なのに何故か、温かく胸に染み込む。

「孔雀サンっ……!」

「……っ」

桜時の呼ぶ声に、屋敷に入ろうとした孔雀の足が止まる。

「俺っ……!これから色んなとこ行って、色んなことやって、色んな人に会ってくると思うけどっ……!」

 村雨丸を大事に抱え、必死に叫ぶ桜時。

「全部が終わって気が済んだらっ……!この家に帰ってきていいかなっ!?」


『いいよぉぉ~っ♪』

「アナタ方には聞いてませんよ」

 桜時の問いかけにハーモニーで答える三兄弟に、輝矢が冷たく一言。


「……。」

 桜時が緊張した面持ちを見せ、その場に少しの間だけ訪れる沈黙。

「まっ……」

「……?」

「他に帰るところがないなら、しょうがないわね」

「……っ!」

 そう言って屋敷の中へと消えていく孔雀。しかし桜時は零れんばかりの笑顔を見せる。


「……っ」

 孔雀の入っていった朱実の屋敷へ、深々と頭を下げる桜時。


「行ってきますっ……!」


「……っ」

 笑顔で顔を上げた桜時を見て、輝矢もそっと笑みを零した。







「はぁ~っ…行っちゃったなぁ~桜ちゃ~ん」

「桜時のヤツ……大丈夫かな……」

「どうだろうねぇ~。外の世界は危険がいっぱいだからぁ~」

 輝矢とハチが去り、その姿が見えなくなった後もひたすら去っていった方角を見つめながら、別れの余韻に浸っている三兄弟。思い思いの不安を口にする。

『イヌも歩けば棒に当たるってゆ~し~♪』

「きゃああああっ!!桜時様が棒に当たって怪我しちゃったらどうしましょ~っ!?」

『過保護っ…』

 旅立ちから五分。すでに気が気でない千鶴の様子に、呆れてハーモニーも忘れる三兄弟。

「まぁー大丈夫だろっ!」

『えっ?』

 明るい声をあげたのは、銀ペーであった。

「何でだよぉ~ペンギン~」

「適当なこと言うなよぉ~飛べない鳥~」

「冗談はそのツルツルの頭だけにしとけよぉ~」

「ううっ……!この仕事やめようかなっ……」

『アニキィィィーっ!!』

 三兄弟たちのトゲある言葉に傷つき涙する銀ペーに、子分たちが駆け寄る。

「どうして、大丈夫だって言えるんですか?」

「んっ?」

 千鶴の問いかけに、銀ペーが顔を上げて笑顔となる。

「あぁーの踏みつけ姉ちゃんが付いてんだっ!ちょっとやそっとじゃ死ねねぇーってことよっ!!」

『へぇっ?』





 その頃、雀国・東側出口。

「では私は旅の続きをしますので、これで」

「……。」

 出口へと辿り着き、後ろを歩いているハチの方を振り返る輝矢。ハチはその小さな背に大きな刀をくくりつけ、どこか悩み込むような表情で俯いていた。

「ハチも色々と頑張って下さいねっ」

 俯いたままのハチに、輝矢が笑顔を向ける。

「では私はこれでっ」

「待っ……!待ってくれっ!!」

「……?」

 去ろうとした輝矢を、ハチが顔を上げて大声で引き止める。不思議そうに振り返る輝矢。

「何です?いってきますのチュ~でもしましょうか?」

「していらんっ!!あのっ……!そのっ……!」

 輝矢のチュ~をはっきりと断った後、言葉を詰まらせるハチ。

「そのっ……俺っ!付いてっちゃダメかなっ!?」

「えっ……?」

 ハチの思いがけない言葉に、目を丸くする輝矢。

「退治屋がイヌなんて連れてっても大して何の役にも立たねぇーかも知れないけどっ……でもっ!!」

 ハチが突き上げるようにまっすぐに輝矢を見る。

「少しでも何かしたいんだっ!俺にもできることがあるならっ!!」

「……っ」

 真剣なハチの言葉に、目を細める輝矢。

「やっぱ……ダメ……かなっ……」

 悲しげに俯いていくハチ。

「誰がダメだと言いました?」

「へっ?おわわわっ!」

 急に浮くハチの体。輝矢が軽々とハチの小さな体を持ち上げる。

「だっからっ!俺の半径一メートル以内に近づかずに尚且つ、俺に触るんじゃないって何回もっ…!」

「私は初めから、アナタを手放す気なんてサラサラありませんよっ」

「へっ?」

 暴れるハチをしっかりと掴んで、輝矢が爽やかな笑みを浮かべる。

「私はもうとっくにアナタを私のモノにするって決めてたんですからっ」

「ええぇぇっ!?うっそぉーんっ!!」

 輝矢の笑顔に、衝撃を走らせるハチ。

「覚悟しておいて下さいねっ、ハチっ」

「かっ……!覚悟ってっ……!」

「ではまぁとりあえずっ……」


「……っ!!」


―― チュっ ――


 輝矢の唇が、ハチの鼻の頭に触れる。


「よろしくお願いしまぁ~すのチュ~ってことでっ」

「……。」

 笑う輝矢と固まるハチ。

「まぁ朱実が後ろ盾になってくれたら、こちらも色々と仕事がしやすっ……って、あれっ?ハチ?」

「うっ……ううっ……」

「ハチぃ~?」

「きゅううぅ~っ……」

 鼻キッスは女恐怖症のハチにとっては、気絶するほどの衝撃だったようである。



“世界は僕に……光を落とした……”



 とある国、とある少女とイヌの出会い。

 こんなところから、この“おとぎ話”は始まるのである……。



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