12.眠れる森の罠 ◇2
その日・深夜。眠っている羊スケと鉄汰を囲い、二人が城に導かれる時を待っている一行。
「ぐがぁーっ!ぐがぁーっ!ぐがぁーっ!ぐがぁーっ!」
「アンタが寝てどうすんだぁっ!しかも鼾がめっさうるせぇっ!!」
「ぐがああああっ!!」
転寝をしていた金汰に、ゴンが激しく蹴りを入れる。
「なっ…何だぁ?地震だべぇ?」
「そうみたいですね」
『……。』
蹴られた頭を押さえて首をかしげる金汰に、平然と答えるゴンを見て、ハチたちが呆れた表情を見せる。
「にしてもまだかぁ~?もう二時回ってんぞぉ?」
「じゃあハチ、二人で新婚ゴッコでもしましょうか?」
「しねぇーよっ!!」
『……っ!』
深く瞳を閉じたまま立ち上がる羊スケと鉄汰に、皆が一斉に表情を険しくする。
『ぐぅー…ぐぅー…』
寝息を立てたまま、部屋を出て、玄関の方へと歩いて行く羊スケと鉄汰。
「では追いかけましょう」
『おうっ!』
輝矢の言葉に、皆がしっかりと頷いた。
「ウフフっ…ウフフっ…さぁ、おいで…」
『ぐぅー…ぐぅー…』
「まっすぐに森に入ってったな…」
眠ったまま歩き続ける羊スケと鉄汰の後を歩きながら、少し厳しい表情で呟くゴン。二人は六べぇたちの家を出ると、まっすぐに街の出口へと向かい、昼間の森の奥へと歩いていった。
「一体、どこへっ…」
「みっ…見てみぃっ!あれっ!」
『……っ?なっ…!!』
モンキの声に顔を上げた皆が、一斉に驚きの表情となる。二人が向かう道の先、森の奥に見えてきたのは、かなり古い要塞のような大きな城であった。蔦が壁中に巻きついており、その歴史を感じさせる。
「あれがっ…眠り姫の古城っ…」
「ここまではおハナさんの話の通りですね」
唖然として呟くハチの横で、眉をひそめる輝矢。
『ぐぅー…ぐぅー…』
「あっ!城の中に入って行っちゃうよぉ~っ!」
「急ぎましょうっ!」
眠っている二人を招き入れるように自動で開く城門。二人を入れてすぐ閉まり始める城門に、輝矢たちが慌てて駆け込んでいく。
――ガッシャァァーンッ!
『ふぅっ…』
何とか城の中に駆け入り、一息つく一行。
「羊スケたちはっ…」
「“鬼口”っ!」
『……っ!』
城の奥から飛んで来た鬼口を、輝矢たちが左右に分かれてかわす。城門を突き破り、外へと飛んでいく鬼口。
「グガガガガガッ…なかなかに素早いヤツらだなぁ」
「鬼人っ…!」
城の中で待ち構えていたのは、廊下中を埋め尽くすほどの緑鬼であった。
「ぞろぞろとうざったいなぁ~」
「おいっ!お前らっ!羊スケたちをどこへやったっ!?」
ゴンが鬼人たちを睨みつける。
「あいつ等なら眠り姫サマのところだ…そこで我ら鬼の血肉となろう…」
「何っ…!?」
鬼人の言葉に、表情を一変させるゴン。
「ほらっ、聞こえてこないか?鬼どもの餓えた声が…」
――グガアアアっ……
『……っ!』
鬼人の言葉通り、城の奥から鬼人のものらしき唸り声が聞こえてくる。
「いっやああああっ!てっちゃああああっ!!」
「情けない声出してんじゃねぇーよっ!」
頭を抱えて叫びあげる金汰に、ゴンが思わずタメ口で突っ込みを入れる。
「どうやら急いだ方が良さそうですねぇ」
「むんっ!」
――ボォォォ~ンッ!
気合いのこもった声を出し、白い煙に包まれてクマの姿から人化する金汰。
「輝矢さんは先に向かってくれっ!ここは俺が抑えるっ!ゴンっ!お前は輝矢さんと一緒に行けっ!!」
人間の姿となった金汰が、男らしく頼もしい感じで次々と指示を出す。
「鉄のことっ…頼んだぜっ!おっりゃあああっ!!」
そう言うと金汰は、背中のマサカリを振り上げ、大量の鬼人たちに向かっていく。
「毎度のことながらあのギャップにはヤラれんなぁ~」
「金汰の言葉通り、私は二人を追います。サル、キジ、金汰を援護して道を開いて下さい」
「ほいほぉ~いっ!」
「ふわぁ~いっ」
――ボォォ~ンッ!
輝矢の言葉に軽い返事をして、人化するモンキとユキジ。
「“ゴォールドォッ…ラァッシュ”ッ!!」
「如意棒・第二の舞っ…“浄”っ!!」
「両翼・“十裂羽”っ!」
「ギャアアアアッ!!」
人化した金汰、門貴、由雉がそれぞれの技を繰り出し、城の奥へと続く直線状の鬼人を一掃する。
「行きますよっ!ハチっ!キツネっ!」
「おうっ!」
「俺に指示出してんじゃねぇーよっ!」
三人が作った道を駆け込んでいく輝矢。その後をハチと、少し不満げな表情のゴンが追っていく。
「頼んだぜっ…輝矢さんっ…」
「グガアアアッ!!」
「……っ!」
金汰は真剣な表情でそう呟くと、向かってくる鬼人に再びマサカリを振り上げた。
一方、金汰たちに鬼人を任せ、城の奥へと突き進む輝矢、ハチ、ゴンの三人。
「おいっ!先頭切って走ってやがるが、本当にこっちでいいのかよっ!?竹取っ!」
「知りませんっ」
「知らないのかよっ!」
無責任に答える輝矢に、ゴンが走りながら突っ込みを入れる。
「……っ?何か広い部屋に出るぞっ!」
『……っ』
ハチの声に、輝矢とゴンが表情を鋭くする。
『……っ?』
長い廊下を突き進んでいた輝矢たちは、やがて少し明るい、広く何もない部屋へと出た。
「ここは…」
「何か…招かざる客ってのが来たみたいだねぇ~」
『……っ』
部屋を見回していた輝矢たちが、聞こえてくる声に顔を上げる。
「侵入者とか来たの初めてだからなぁ~こういう時って殺しちゃっていいの?」
「侵入者は眠り姫サマの敵…眠り姫サマの敵はボクらの敵…」
「あっ、そっかぁ~」
「人…間っ…?」
「ああっ…」
部屋のシャンデリアの上から輝矢達を見下ろすのは、二人の人間の男。戸惑うように言葉を発するハチとゴン。
「さらわれた人間か?それとも擬態した鬼っ?」
「さぁ?見た目からは何ともっ…」
ハチの問いかけに、少し困った表情を見せる輝矢。
「じゃあ敵は排除ってことでっ」
『……っ!』
愛らしい顔立ちをした青年が飛び上がり、右手を輝矢たちへ向ける。
「“木檻”っ!」
『うっ…!』
床から勢いよく木が生え、輝矢たちの四方をまるで檻のように囲んでいく。
「“木力”かっ…!」
「どうやらただのヒトというわけではないようですねぇ」
顔をしかめるゴンの横で、輝矢が冷静に呟く。
「ハチっ」
「おうっ!」
――ボォォォ~ンッ!
輝矢に言われ、ハチが素早く人化する。
「“瞬花”っ!」
『……っ』
人化した桜時が両手を木檻に触れると、木檻が一瞬にして桜の花びらと変わり、床へと散っていった。その光景に目を見開く青年たち。
「“花力”…」
「へぇっ」
少し眉をひそめる根暗そうな青年と、楽しげに笑ってみせる愛らしい顔の青年。
「よぉーしっ!ここは俺らに任せて竹取っ!お前は先に行けっ!」
「俺らって、お前、そんな戦力になんのかよぉ~?」
「ああっ!?」
どこか不安げに聞く桜時に、ゴンが思い切り表情をしかめる。
「んだとぉっ!?俺はこう見えてもだなぁっ…!」
「まぁ多少の不安はありますが、事態が事態ですからね。ここはそうするしかなさそうです」
「そうかっ。じゃあしゃーねぇーなぁ」
「お前らなぁっ…!」
輝矢と桜時の気を遣わない言いっぷりに、思わず怒鳴り声をあげるゴン。
「あいつ等…ボクらを喰い止めて一人、眠り姫サマのところへ行かせるつもりらしい…」
三人の会話を聞き、根暗そうな青年の方が小さな声で呟く。
「クロト…ボクが二人を止めておくからあの女を…」
「へっへっ!」
「あっ…クロトっ…!」
根暗そうな青年の言葉を無視し、愛らしい顔立ちの青年・クロトが、シャンデリアの上から勢いよく降下し、桜時の方へと飛び出していく。
「“枝槍”っ!」
「……っ!村雨丸っ!」
右手の指から蔓を伸ばし、先を尖らせて槍のように突き出すクロトに、桜時が村雨丸を抜いて応戦する。
「ハチっ…!」
「大丈夫だっ!行けっ!輝矢っ!」
「わかりましたっ!」
桜時の言葉にしっかりと頷き、その場から走り出す輝矢。
「キツネっ!命を投げ捨ててでもハチは守りなさいっ!」
「へいへいっ」
ゴンに強く言い放って、輝矢が部屋の先の扉へと駆け出していく。
「させないよっ…」
「……っ」
扉に行こうとした輝矢に向けて飛び降りていくもう一人の根暗そうな青年。輝矢が表情をしかめて、右耳のピアスへ手をかける。
「“狐火・二目”っ!!」
「クっ…!」
どこからともなく飛んで来た二つの火の玉を、空中で素早くかわす青年。
「てめぇーの相手は俺だっ」
「……っ」
着地した青年の前へと立ちはだかるのはゴン。
「チっ…」
青年が、扉から部屋を出て行く輝矢を見て、少し表情をしかめる。
「あっはぁ~っ!まんまと先に行かれちゃったねぇ~っ!シロキっ!」
「お前が人の言うことを聞かないからだ…」
楽しげに言うクロトに、冷たい目線を送るシロキ。
「そうゴタゴタ言わないでよっ」
不機嫌そうなシロキに、無邪気な笑顔を向けるクロト。
「とっととコイツら殺して、後を追えばいいだけの話なんだからっ」
「……っ」
笑顔を浮かべながら鋭い瞳を向けてくるクロトに、桜時は少し眉をひそめた。
古城・最奥部。眠りの間。
『ぐぅー…ぐぅー…』
自動で開く扉を抜けて、眠ったままの羊スケと鉄汰が眠りの間へと入ってくる。
「ウフフっ…ウフフっ…」
高い笑い声が響いてくるのは、眠りの間の奥にある大きな寝台のカーテンの向こう。
「さぁ…おいで…」
『ぐぅー…ぐぅー…』
カーテンの奥から差し伸べられる、白くて細い手に導かれるようにして、羊スケと鉄汰が寝台へと歩いて行く。
「そう…いい子ね…」
カーテンの向こうにいる人物が、少し笑みをこぼす。
「さぁ…私のものに…」
「なりませんよっ」
「……っ?」
寝台へと向かう羊スケと鉄汰の前へと立ち、カーテンの向こうの人物に鋭い瞳を向けたのは輝矢であった。
「こんなんでも一応、いなくなると困る兄や上司がいるので」
「……誰っ…?」
「習わなかったんですか?」
カーテンの向こうから聞こえてくる問いかけに対し、輝矢は右耳のピアスを弾いて言い放つ。
「“名を名乗る時はまず自分から”と」
――パァァァーンッ!
月器を目覚めさせると、輝矢が素早く三日月を振り切ってカーテンを切り裂いた。
「ウフフ…」
カーテンの向こうにいた者が、笑みを浮かべながらゆっくりと顔を上げる。
「それもそうね…」
それは金色の長い髪に、大きな青い瞳の、濃緑色のドレスを身に纏った美しい女であった。生きている人間とは思えないほどに白い肌をしている。大人っぽい顔立ちではあるが、十七,十八歳くらいであろう。
「失礼したわ…初めまして。この城の主のオーロラよ…」
オーロラが冷たい笑みを輝矢へと向ける。
「さぁ…今度は貴女の番…」
「……竹取輝矢。退治屋です」
「退治屋…?」
オーロラが少し眉をひそめる。
「そう…退治屋…」
『ぐぅー…ぐぅー…』
「……っ」
オーロラが少し指を動かすと、羊スケと鉄汰が再びオーロラの元へ向かおうと歩き出す。それに気づき、表情を鋭くして左手を構える輝矢。
「“水錠”っ!」
『ぐぅっ!』
輝矢の放った水の塊に足を縛られ、羊スケと鉄汰がその場に倒れ込む。
「あらあら…仲間に容赦ないわね…」
「アナタのものにさせるよりは感謝されると思いますけど?」
微笑むオーロラに強気に言い放つ輝矢。
「さぁっ、他のさらった方々も返していただきましょうかっ」
輝矢が表情を鋭くし、三日月の刃先をオーロラへと向ける。
「あら…?ここに来るまでに、もう会ったんじゃないの…?」
「えっ…?」
オーロラの言葉に、眉をひそめる輝矢。
「私の…“作品”たちに…」
「……っ?」
オーロラはどこか怪しく、そしてこの上なく冷たい笑みを浮かべて言った。
「“葉吹雪”っ!」
「“瞬花”っ!!」
クロトの放った無数の葉っぱを、一瞬にして桜の花びらと変えてしまう桜時。
「ん~けっこう面倒だなぁ~“花力”って」
その様子を見て、クロトが少し考えるように呟く。
「さらわれた人間っ?コイツらがっ?」
村雨丸を構えてクロトを警戒しながら、背中合わせに立ち、同じようにシロキを警戒しているゴンへと問いかける桜時。
「眠り姫ってヤツに洗脳されてるってのかっ?」
「ああっ。じゃなきゃっ、俺らと戦うのにいつまでも人間の姿でいるはずねぇーだろっ」
「たっ…確かにっ」
納得するように頷く桜時。確かに今までの鬼人たちは、正体がバレるとすぐに人間から鬼人の姿となって戦いを始めた。鬼人の姿の方が戦闘力も上がるし、二人が鬼人であれば、人間の姿のままいる理由はないだろう。
「じゃっ…じゃあどうすんだよっ?人間相手じゃむやみに攻撃することなんてっ…」
「まっ、適当に粘って、竹取が眠り姫倒すの待つしかねぇーだろっ」
「文句言ってるわりに輝矢任せだよなぁ~」
「んだとぉっ!?」
「いつまでお話してるのかなぁ~っ?」
『……っ!』
飛び込んでくるクロトに、二人が表情を鋭くして構える。
「あぁ~んっ」
『何っ…!?』
二人へ向けて大きく口を開くクロトに、桜時とゴンが眉をひそめる。
「あれっ…!まさかっ…!」
「“鬼口”っ!」
『……っ!!』
――バァァァーンッ!
クロトが口から放った高密度のエネルギー波が、二人の立っていた辺りの床を直撃し、大きな穴をあける。
『なっ…』
左右に避けた桜時とゴンが、それぞれ驚いた表情で穴を見つめる。
「今のはっ…間違いなく“鬼口”っ…」
「おっおいっ!ゴンっ!コイツらやっぱ鬼人じゃねぇーかっ!」
「……っ」
非難するように叫ぶ桜時に対し、何やら信じられないといった表情を見せているゴン。
「隙だらけ…」
「……っ!」
そんなゴンに、すかさず鋭く伸びた爪を振り下ろすシロキ。
「ううっ…!」
「ゴンっ!」
構えを取ろうとしたゴンであったが、シロキの方が動きが速く、右肩を爪で切り裂かれてしまう。ゴンが血を流して苦しげな顔を見せる。
「クソっ…!」
村雨丸を構えてシロキの方へと飛び込んでいく桜時。
「“鬼爪・天回”…」
「……っ!」
向かってくる桜時に、シロキが鋭く尖らせた爪を飛び道具のように放つ。
「クっ…!」
村雨丸を振るい、すべての鬼爪を叩き落す桜時。
「なかなかやるね…」
そう言ってシロキが再び鬼爪を生やす。
「今のも…鬼人の技っ…」
「ゴンっ!」
唖然として呟く、傷ついたゴンの元へ、桜時が慌てて駆け寄る。
「大丈っ…!」
「人間の姿に擬態したまま…鬼口や鬼爪を使える鬼人なんて、俺は聞いたことも見たこともねぇーっ…」
「えっ…?」
ゴンの言葉に、眉をひそめる桜時。
「お前らはっ…お前らは一体、何者だっ!?」
『……っ』
ゴンの問いかけに、クロトとシロキはどこか怪しげに微笑んだ。
「どういうっ…どういう意味ですっ…?」
「あら…?わからない…?」
明らかに動揺を見せて聞き返す輝矢に対し、オーロラは笑みを浮かべて寝台から降りる。
「なら見せてあげる…」
「……っ?」
寝台から降りたオーロラが、寝台のさらに奥へと歩いて行く。オーロラの行動を、戸惑うように見つめる輝矢。
「その方が…早いでしょう…?」
「……っ!」
「ぐぅー…ぐぅー…」
寝台の奥で深く眠っている男へと手を伸ばすオーロラ。輝矢は嫌な予感がして、思わず身を乗り出す。
「待っ…!やめっ…!」
「“帰化鬼化”…」
輝矢が必死に手を伸ばす中、オーロラが両手から放った白い光が、眠っている男の体を包んでいく。
「ぐっ…ううぅぅぅっ…」
眠っていた男が、光に包まれた途端、急に苦しげな声をあげて頭を抱える。
「ううっ…!グアアアアッ!!」
――バァァァンッ!
「……っ!!」
激しい叫び声をあげて、人間の皮を破るように禍々しい緑鬼へと姿を変える男。輝矢が大きく目を見開く。
「そっ…そんなっ…」
「グアァァーッ…」
生まれたばかりの鬼を見上げながら、茫然と呟く輝矢。
「これが私の力…そして彼が…私の“作品”よ…退治屋さんっ…」
「グガアアアアッ!!」
「……っ」
オーロラの言葉に、輝矢は力なく三日月を持つ手を下ろした。




