10.最期の言葉 ◇2
「があああああっ!!」
パン児の剣に切り裂かれ、倒れ込む移貴。
「うっ…ううっ…!」
すでに棒は砕かれ、全身に傷を負い、移貴はもう立ち上がることも困難な状況であった。
「猿長はん言うても…大したことありまへんなぁ~」
「クっ…!」
ゆっくりと近づいてくるパン児に、移貴が顔を引きつる。
「そろそろ終わりにしまひょか…」
「……っ」
冷酷な笑みを浮かべて剣を振り上げるパン児。移貴には最早、受け止める力も避ける力も残されていない。
「移貴さんっ!!」
チンパンジーに動きを封じられている猿飛が、移貴の名を呼び、助けに行こうと必死にもがく。
「移貴さんっ!!」
「ほなっ…」
パン児の振り上げた剣が、宙で止まる。
「さいならっ」
「……っ!」
振り下ろされる剣に、覚悟を決める移貴。
「第一の舞…“空”っ!!」
「……っ!何っ…!?」
剣を振り下ろそうとしたパン児に、横から吹き込んでくる真空波。
「がああああっ!!」
「なっ…!」
吹き飛ばされていくパン児に、移貴が目を見張る。
「今の技は…」
「猿長ともあろうもんが何ちゅ~ザマやぁっ!」
「……っ!」
聞こえてくる明るい声に、戸惑いの表情を浮かべていた移貴が勢いよく振り返る。
「修行が足りてへんのとちゃうかぁ~?移貴っ!」
「門貴…」
移貴が振り向いた先に立っていたのは、明るい笑みを浮かべ、如意棒を構えた門貴であった。
「門貴さんっ…!!」
門貴の姿に、猿飛も目を輝かせる。
「うっ…ううっ…!あんさんはっ…確かっ…」
門貴の放った風力に少しダメージを受け、膝をつきながら、睨みつけるように門貴を見るパン児。
「よぉーうっ!生きのええチンパンジーっ!こっからは俺が相手になったんでぇっ!」
「クっ…!」
余裕の笑みを浮かべる門貴に、パン児が少し表情をしかめる。
「待っ…!待つんだのぉっ!!」
「……?」
間延びした声に、振り返る門貴。門貴に言い放ったのは粒栗であった。
「そう勝手な振る舞いをすると、マロが合図して村にいるマロの仲間たちに人質である村の連中をこっ…!」
「ほぉーうっ…」
「……っ」
山の上方から聞こえてくる声に、粒栗やパン児たちが一斉に顔を上げる。
「“マロの仲間たち”というのは…この方々ですかぁ?」
「……っ!なっ…!?」
『うっ…ウホっ…ううっ…』
粒栗たちの見上げた先に立っていたのは、ボコボコになった二匹のチンパンジーを容赦なく踏みつけている輝矢であった。その脇には由雉の姿もある。
「“瞬花っ…」
「……っ」
「ううっ…!?」
猿飛の上に乗っているチンパンジーの後方へと現れる桜時。
「終刀”っ…!!」
「ぎゃああああああっ!!」
「うわっ!」
桜時が村雨丸を振り切り、チンパンジーを吹き飛ばして猿飛を解放する。
「大丈夫かっ?」
「あっはっはいっ」
差し伸べられた桜時の手を、少し戸惑いがちに取る猿飛。
「チっ…!どいつもこいつも役立たずだのぉっ…!」
輝矢に踏まれているチンパンジーと桜時に吹き飛ばされたチンパンジーを見て、粒栗が顔を歪める。
「さてと…」
輝矢がチンパンジーたちから足を下ろし、鋭い瞳を粒栗へと向ける。
「そろそろ本当の合戦と行きましょうか…粒あんさんっ」
「粒栗だよぉ~」
「あっ、そうでしたっけ?」
「おのれっ…!」
由雉と間抜けな会話を繰り広げる輝矢を見ながら、粒栗が強く拳を握り締める。
「やってやるんだのぉっ!お前たちっ!!」
『ウホっ!!』
――バァァァァーーンッ!
『グワアアアアッ!!』
『なっ…!?』
粒栗の合図に、チンパンジーたちが一斉に光を放って、濁った緑色の皮膚に金色の角を持つ鬼へと姿を変えた。移貴と猿飛が驚いた様子で目を見開く。
「うっわぁ~緑鬼のオンパレードじゃんっ…」
「柿のタネで膨らんだお腹を減らすのにはちょうどいいのではないですか?キジ」
「減りすぎちゃうでしょ~明らかに」
輝矢の言葉に不満げな表情を見せながら、由雉が懐から色とりどりの羽根を取り出す。
「アイツらっ…やっぱ鬼人やったんかっ…」
「なぁ~んかここら一帯、支配するために、お前ら利用して猿も蟹もどっちも潰そうとしてたみたいやでぇ~」
呆然と呟いた移貴に、門貴が答える。
「まっ、村の連中は全員、無事やから安心しぃっ!」
「……っ」
明るく笑いかける門貴に、移貴が辛そうに俯いた。
「すまんっ…俺が不甲斐ないせいでっ…」
「反省会は後でじ~っくり付き合ったるわぁっ!」
俯いた移貴の横を通り抜け、門貴がゆっくりと歩を進める。
「アイツを…ぶっ飛ばした後でなぁっ!!」
「ふんっ…くだらんことをっ…」
門貴が如意棒を構えたその先にいるのはパン児。
「調子に乗るんやっ…ないどすえぇぇっ!!」
――バァァァーンッ!
パン児は怒り狂ったように叫び声をあげ、その姿を黄鬼へと変える。パン児の持っていた剣も体とともに巨大化し、まるで柱のような大きさまでなる。
「……っ」
門貴は表情を鋭くして、如意棒を構えた。
「“瞬花っ…終刀”っ!!」
「“右翼・裂羽”っ!」
『ギャアアアアッ!!』
桜時の村雨丸と、由雉の青い羽根に、激しい叫び声を残して緑鬼が二匹一斉に消えていく。
「ふぅ~っ」
『グワアアッ!!』
「げっ…」
一息ついた由雉であったが、まだまだいる多くの緑鬼に、うんざりした表情を見せる。
「いくら雑魚だっていっても多すぎじゃなぁ~いっ?」
「文句言ってる間にとっとと倒せよっ!」
やる気なく言い放つ由雉に、桜時が怒鳴りかける。
「ボク昼間、カニさんたちの傷治したお陰でけっこう疲れてんだけどぉ~」
「だっからそう言ってる間にとっととっ…!」
「グワアアアアッ!!」
「……っ!」
「桜時っ…!」
由雉を注意していた桜時の背後へと迫る緑鬼。桜時が顔をしかめ、由雉が羽根を構える。
「“カニカニスラァァーっシュ”っ!!」
「ギャアアアッ!!」
『……っ!』
桜時の背後から桜時へ爪を振り下ろそうとした緑鬼が、見事なまでに縦に真っ二つに切り裂かれて消えていく。その光景に大きく目を見開く桜時と由雉。
「大丈夫かっ!?」
「……っ!二花っ」
消え去った緑鬼の後方に立っていたのは、大バサミを構えた二花であった。
「と、チョキ三郎」
「どうせ俺は姉ちゃんのおまけですよっ…」
桜時の言葉に、二花の後ろにいたチョキ三郎が少し悲しげに俯く。
「何とか間に合ったようやなぁっ!って…」
笑顔を見せていた二花が、急に眉をひそめる。
「誰や?アンタっ」
「だあああああっ!!」
首をかしげる二花に、思わずコケる桜時。
「ほらっ、ボクらと一緒に白いイヌがいたでしょ~?あれが化けてんのぉ」
「化けてねぇーよっ!」
「ああ~っ!あのイヌかぁ~っ!」
「つーか、認識してねぇーのに助けたのかよっ」
「そんなんノリやんっ?ノリっ」
呆れた表情で立ち上がる桜時に、適当な笑みを向ける二花。
「二花っ…」
「……っ?」
自分の名を呼ぶ声に、二花が振り返る。
「移貴っ」
二花が振り返った先にいたのは、猿飛に支えられ、何とか立ち上がった移貴であった。
「二花…俺っ…」
「……。」
どこか申し訳なさそうに俯く移貴を見て、二花が厳しい表情を見せる。
「このっ…クソメガネがああ!!」
「ぎゃあああああっ!!」
『ええぇぇっ!?』
「うっ…移貴さんっ!?」
パン児にヤラれてすでにボロボロの移貴を、二花が寸分の迷いもなく殴り飛ばす。吹き飛ばされていく移貴を見て驚いた表情を見せる桜時、由雉、そして猿飛。
「ううっ…うっ…パン児の攻撃よりきいたっ…」
「こんなこっちゃろーとは思っとったわっ!まんまと鬼なんかの言いなりになりよってっ!!」
「……っ」
真っ赤に膨れ上がった頬を押さえながら起き上がった移貴が、二花の鋭い言葉に辛そうに目を細めた。
「村を預かる猿長ともあろうもんが何やっとんねんっ!アホっ!ボケっ!マヌケっ!メガネっ!!」
「まぁまぁ姉ちゃ~んっ」
まだまだ殴り足りないと言わんばかりに怒鳴る二花を、チョキ三郎が後ろから必死に宥める。
「移貴さんだけのせいちゃうねんから、そんな言い方っ…!」
「アンタは黙っときやっ!!チョキ三郎っ!!」
「……。」
二花とチョキ三郎の会話を聞きながら、力なく目を閉じ、深く深く俯く移貴。
「本当に済まなかっ…」
「なんですぐウチらに言わんかったんやっ!アホウっ!!」
「えっ…?」
謝ろうとした移貴が、思いがけない二花の言葉に戸惑うように顔を上げる。
「すぐウチらに言うてくれればっ!協力し合ってあっちゅー間に鬼どもなんか倒せたやろっっ!?」
「二花っ…」
「なんですぐ言わへんねんっ…!」
二花がどこか悔しげな表情を見せ、拳を強く握り締める。
「何でも言いやっ…移貴っ…」
まっすぐに移貴を見つめる二花。
「ウチらっ…“仲間”やろっ…?」
「……っ」
二花の問いかけに、移貴がそっと目を細めた。
『……っ』
その二人のやり取りに、桜時や由雉、猿飛とチョキ三郎も笑みをこぼす。
「すまんかった…二花…」
移貴が二花に頭を下げる。
「じゃあ早速言うけどっ!俺と付き合っ…!!」
「断るっ!!」
「ううっ…」
「場は弁えた方がええですよ、移貴さん」
言い終わる前に一瞬で二花に断られ、落ち込んだ様子で俯く移貴に、猿飛が冷静に声をかける。
『グワアアアッ!!』
『……っ』
唸り声をあげながら、囲むようにして迫ってくる緑鬼たちに、二花や移貴が表情を鋭くする。
「いつまでも座っとう気ぃちゃうやろなぁっ?猿長っ!」
「アホ言いなやっ!!俺はいつでもいけるでっ!蟹長っ!」
二花の問いかけに、移貴が笑みをこぼし、再び棒を手に取って立ち上がる。
「行くでぇっ!猿飛っ!」
「はいっ!移貴さんっ!!」
「暴れるでぇっ!チョキ三郎っ!!」
「おうっ!!姉ちゃんっ!!」
四人が緑鬼に向かって一斉に構え、それぞれ緑鬼へと飛び出していく。
「サボってると見せ場取られっぞぉ~?」
「はいはいっ」
二花や移貴たちに触発されるように、桜時と由雉も再び緑鬼たちに向かっていった。
「クっ…!」
二花たちも加わった戦況を見つめながら、表情をしかめる粒栗。いかに数で勝るとは言え、あの力の差では時間の問題である。
「ええぇ~いっ!パン児は何をやっておるんだのぉっ!?」
粒栗が苛立ちを表に出す。
「もう少しっ…!もう少しで柿之木山をマロのものにするという計画が上手くいくというのにっ…!」
「上手くなどいくはずがないでしょう?」
「……っ?」
声に反応し、粒栗が眉をひそめて振り返る。
「お前はっ…」
「鬼の企んだロクでもない計画は私がぶっ壊すって、相場は決まっているんですよっ」
粒栗の前へと立ったのは、余裕の笑みを浮かべた輝矢であった。
「小癪なっ…」
輝矢を見つめ、粒栗が表情を歪める。
「マロに生意気な口を聞くんじゃないのぉっ!小娘ぇっ!!」
――バァァァーーンッ!
天に両手を突き上げ、叫び声をあげた粒栗の体が強い光を放つ。とやがて粒栗の体が巨大化し始め、破けた服の向こうから見えてくるのは真っ赤な皮膚。尖った頭からは金色の角が一本生え、鋭い牙と爪が勢いよく伸びる。そこに現れたのは赤き鬼であった。
「……。」
赤き鬼を見つめ、表情を鋭くする輝矢。
「マロの爪で切り裂いてやるんだのぉっ!!」
「“月器…」
輝矢がゆっくりと右耳のピアスに手をかける。
「三日月”っ」
輝矢がピアスを弾くと、ピアスは巨大化し、曲剣のような三日月が輝矢の手に納まる。
「グワアアアッ!!」
「……っ」
飛びかかってくる粒栗に、三日月を構える輝矢。
「竹取輝矢っ…鬼退治、いたしますっ…!」
輝矢と粒栗の戦いが始まった。




