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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
38/406

9.猿蟹合戦 ◇3

 柿之木山・頂上。“猿の村”(門貴の故郷)。村中央部・“猿川”の屋敷。

「今日はもう出陣することもないやろ。各サル、家に戻ってしっかり休みっ」

『了解っキィーっ!!』

 屋敷の庭で移貴がそう指示を送ると、サルたちが揃って敬礼し、屋敷を出てそれぞれの家へと戻っていった。その場に移貴と猿飛、そしてパン児が残る。

「猿飛、お前も部屋で休みぃ」

「あっ、でもっ、ちょっと話がっ…」

「おんやぁ~?これは随分とお早いお帰りやのぉ~」

「……っ」

 猿飛が移貴に話をしようとした時、屋敷の中から聞こえてきた、間延びした高い声に、移貴が鋭い表情となって振り返る。


「そんなに早くカニどもを片付けられはったんかのぉ?」

粒栗つぶくりっ…」

 移貴の振り返った先に立っていたのは、大きな顔に先の尖ったセンスのない髪型をした、麻呂眉にいやらしいたれ目の中年男であった。粒栗の姿を見た移貴は、どこか憎しみのこもった鋭い瞳となる。

「いやはやっ、さすがは天下の猿川一族の猿長さんっ」

「ちゃいますよぉ~粒栗はんっ」

 横から口を挟んだのはパン児であった。

「んん?ちゃうとはどないゆうことかのぉ?パン児ぃ~」

「猿長はん、合戦の途中で退いて来たんですわぁ~何でもぉ前の猿長とかいうお人が現れてぇ」

「退いた…?」

 パン児の言葉に、粒栗が麻呂眉をひそめる。

「お友達ザルはんとの再会でぇ、気持ちが鈍ったんどすかねぇ~」

「ちゃうっ!」

 悪戯っぽく微笑むパン児の言葉に、移貴が思わず声を荒げて否定した。

「蟹長も合流したしっ…あのまま攻め込んでもコッチが戦力消耗するだけや思たからやっ…」

「ホンマでっしゃろかぁ~?」

「……っ」

「パン児っ!お前っ…!」

「まぁ良い」

『……っ』

 移貴の言葉を疑うように言うパン児に、移貴が顔をしかめ、猿飛が思わず声を出したが、粒栗の言葉に三人が動きを止めて粒栗の方を向いた。

「マロは終わったことに興味はないでなぁ」

 粒栗が右手に持っていた扇子を広げ、自分の口元に当てる。

「次はカニども倒してくれるんやろのぉ?猿長はんっ…」

「……。」

 試すように笑う粒栗に、顔をしかめる移貴。

「当たり前やっ…」

 そう言い放って、移貴が粒栗とパン児に背を向け、屋敷の中へ入って行こうとする。

「気ぃ付けることや」

「……っ」

 粒栗の声に、足を止める移貴。

「あんまり勝手されるとぉ、マロたちも勝手なことをやらねばならなくなるからのぉ。ホッホッホっ」

「……っ!」

 粒栗の笑い声に、移貴が歯を食いしばり、拳をきつく握り締める。

「わかっとるっ…」

「あっ…!移貴さんっ…!」

 言い捨てるようにそう呟き、屋敷の中へと去っていく移貴。猿飛も少し慌てるようにして移貴の後を追って、屋敷の中へと入っていった。屋敷の庭先に粒栗とパン児だけが残る。


「でぇ、様子はどうかのぉ?パン児…」

「あんまりよぅないですねぇ」

 改めて問いかける粒栗に、パン児は少し表情をしかめて答えた。

「あの前の猿長とかいうサル…ウチらの計画には少々邪魔かも知れまへん…」

「そうか…可愛いおサルさんたちだけではこの辺りが限界なんかも知れんのぉ…」

 粒栗が扇子を閉じ、瞳を冷たく尖らせる。

「邪魔が入る前に…早目に手を打とうかのぉ…」

 どこか含んだような怪しげな笑みを浮かべる粒栗であった。





「移貴さんっ…!移貴さんっ!!」

「……。」

 猿飛に何度も呼ばれ、猛然と廊下を歩いていた移貴がやっと足を止める。

「何やっ…」

「あっ…」


――ボォォォ~~ンッ!


 猿飛の体を白い煙が包むと、次の瞬間十四,十五歳くらいの可愛らしい顔立ちの茶髪の少年が煙の中から出てきた。少年は少し周りを気にするようにして、移貴の傍へと駆け寄る。

「門貴さんにアイツらのこと、伝えましょうっ」

「……っ」

 猿飛が小声で呟くと、移貴は少し顔をしかめた。

「門貴さんならきっと何とかしてくれっ…!」

「あかんっ!」

「……っ!」

 強く否定する移貴に、猿飛が思わず言葉を止める。

「何でですかっ?門貴さんならっ…!」

「門貴には頼らんっ」

「……っ」

 移貴が猿飛の言葉をもう一度否定する。


――ボォォォ~ンッ!


 移貴の体を白い煙が包むと、次の瞬間、黒いメガネをかけた知的な茶髪の青年が現れた。

「アイツはもぉこの村のサルやないっ…アイツらのことは俺らだけで何とかするんや…」

「でもっ…!」

「このこと、門貴には絶対言うなやっ…ええなっ…」

「……。」

 強く睨みつけるように一瞬、猿飛を見て、足早にその場を去っていく移貴。

「何とかなんてっ…もうできへんことくらいっ…わかってはるでしょ…?」

 猿飛が泣き出しそうな表情で俯く。

「移貴さんっ…」





――門貴さんならきっとっ…!――


「……っ」

 猿飛の言葉を思い出し、移貴が苦しそうに胸を押さえて俯く。


――門貴なら楽勝やろぉっ?俺の代わりに頼むわぁっ!なっ!?――

――ったく、しゃーないなぁっ、移貴はぁっ…――


「あかんっ…」

 移貴が強く拳を握り締める。

「俺はもうっ…アイツに頼ったらあかんねんっ…」

 まるで自分に言い聞かせるように呟く移貴であった。






「仕向けられてる…か…」

 輝矢の意味深な言葉を聞き、初めは驚いた二花であったが、何か思い当たる節でもあるように呟いた。

「確かに…その線はあんねんっ…」

「えっ?」

 二花の言葉に、ハチが目を丸くする。

「猿の村に粒栗とかゆー怪しいオッサンが入り込んでから、移貴の様子は明らかに変わった」

「粒栗…?」

「この合戦の始まるちょい前に現れた男やっ。祈祷師とか何とかゆーてたけど、どうなんやかっ…」

「……。」

 二花の言葉を聞き、輝矢が少し考え込むように俯く。

「さっきの合戦時、門貴に止められとった目つき悪い男おったやろぉ?あの男も粒栗と一緒に来たんやっ」

「確かにあからさまに怪しいなっ」

 ハチが険しい表情で頷く。

「おいっ輝矢っ、一回、そのクリつぶとかゆーヤツを調べっ…」

「あんのクソメガネがぁぁっ!!」

「だあああああっ!!」

 またしても急に壁を破壊し始める二花に、ハチが叫び声をあげる。

「こっ…今度は何だぁっ!?」

「いっくら粒栗に利用されとういうたかて、ウチらに言うてくれればいいだけの話やろぉっ!?」

「ひいっ!」

 問いかけたハチに、強く怒鳴りあげる二花。

「それやのに何も言わんと、利用されるがままにウチら攻撃するなんてどういうこっちゃああっ!?」

「いっいやっ…俺に言われてもよっ…」

「そうせざるを得ない事情があるのかも知れませんね…」

「……っ」

 真面目な表情で呟いた輝矢に、二花が怒鳴ることをやめて目を見開く。

「事情て…」

「脅迫かぁ人質かぁ爆破予告かぁ核弾頭かぁ」

「どんどん有り得ない方向にいってっぞ…?」

 あらゆる可能性を挙げる輝矢に、呆れた表情を向けるハチ。

「門貴やったらこんなことにはっ…」

『……っ』

「あっ…」

 思わず呟いた二花が、同時に振り返る輝矢とハチに、素早く口を押さえた。


「悪いっ…今のはっ…」

「サルが移貴の前の猿長だったのですね」

「……っ」

 輝矢の言葉に表情を歪める二花。そんな二花を、輝矢はまっすぐに見つめた。

「門貴は村を捨てた…そう言われていましたね。猿長をやめて村を出るほどの何かが門貴の身に起こった…」

「……それはっ…」

 拳を握り締め、辛い表情を見せる二花。

「それは…」

「……。」

 どんどんと俯いていく二花を見て、輝矢が少し目を細める。

「まっ!まぁいいじゃねぇーかっ!それより今クリつぶってヤツのことを調べようぜっ!」

 あまりに辛そうな二花を見ていられなくなったのか、ハチが不自然に声を出す。

「そうですね。サルのことになど興味ありませんし」

「いやっ…」

『……?』

 輝矢とハチが立ち上がろうとした時、二花が小さく声を漏らした。

「お前たちには…知っといてもらった方がええんかも知れん…」

『……。』

 二花の言葉に、輝矢とハチは真剣な表情を見せた。





「へぇ~門貴がおサルの大将さんだったとはねぇ~」

「歴代猿長ん中でも五本の指には入るってくらい強かったんですよぉ~?」

 意外そうに呟く由雉に、チョキ三郎が笑顔で答える。由雉は兵舎でカニたちの傷の手当てを終え、チョキ三郎から輝矢たちと同じように猿蟹合戦のことを聞いていた。

「でもあの頃、門貴さん荒れとって、サル側も手ぇ焼いとったみたいですけどねっ」

「荒れて?あの陽気サルがぁ?」

 荒れていた門貴など想像もできず、由雉が不思議そうに首をかしげる。

「なんで荒れてっ…」

「あっ!そうやっ!由雉さんっ、みんなの手当てしてくれたお礼ですぅ~」

「えっ?何々っ?ササミチーズ?」

 チョキ三郎の言葉に、目を輝かせる由雉。

「じゃ~んっ!柿のタネっ!!」

「……。」

 笑顔のチョキ三郎が由雉の前へと差し出したのは、大きな袋いっぱいに詰まった小さなオカキ・柿のタネであった。あまりにも期待はずれなお礼の品に、由雉があからさまに嫌な顔をする。

「あれっ?ピーナッツも一緒に入っとう方が好きでしたぁ?」

「どうせならカニみそ食べたいなぁ~」

「ええっ!?それって俺に死ねいうことですかっ!?」

「そっ」

「きゃあああっ!!」

 笑顔で答える由雉に、悲鳴をあげるチョキ三郎。


「あっ」

 悲鳴をあげているチョキ三郎の横で、由雉が何か思い出したように声を出す。

「そういえばあれっ、柿の種だったんじゃ…」

「へっ?」

「いやぁ~今朝、門貴が種っぽいもの落とすトコ見てさぁ~」


――まっ…まぁなっ…――


 あの種を落としてから、何やら考え込むように明るさを消した門貴。

「あれぇ、柿の種だったんじゃないかなぁ~と思って」

「……っ」

 由雉の言葉に、チョキ三郎が表情を曇らせる。

「でもボクってカワイイわりに花とか興味ないからなぁ~柿だか何だかなんてわかっ…」

「いえ、柿です」

「へぇ?」

 即答するチョキ三郎に、由雉が目を丸くする。

「まだ持ってたんですね…門貴さん…」





“蟹の村”・西はずれ。海の見える小高い丘の上に、門貴は一人、立ち尽くしていた。

「ただいま…」

 丘に佇む一つの墓石を見て、門貴が悲しげに微笑む。

一花いちかっ…」





「あの丘に眠っている者の名は蟹江一花…」

 部屋の窓から見える小高い丘を見つめ、悲しげな表情で話し始める二花。

「蟹江…?」

「ウチの姉っ…」

 首をかしげたハチに、二花が答える。

「そして…門貴の運命を変えた人やった…」

 二花は遠い目で呟いた。


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