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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
32/406

8.かぐや姫vs白雪姫 ◇1

「白雪様に仇なす者は…俺が殺す…」

「えっ…?」

 現れた桜時は、輝矢に村雨丸を向け、冷たい瞳でそう言い放った。

「ハチっ…一体、どうしっ…」

「“瞬花っ…」

「……っ!」

 輝矢が桜時に問いかけようとするが、桜時は村雨丸を握る手にさらに力を込め、村雨丸が淡い桃色の光を放つ。

「終刀”っ…!」

「うっ…!」

 村雨丸から放たれる、無数の桃色の花びら。輝矢が表情をしかめ、後方へと飛ぶ。

「“月器・十六夜”っ…!」


――バァァァァーーンッ!


 後ろへと飛びながら三日月を十六夜へと変え、桜時の攻撃を受け止める輝矢。

「ううっ…!!」

『輝矢っ!!』

 十六夜で受け止めるも、桜時の終刀に押されるようにして吹き飛ばされる輝矢に、門貴と由雉が思わず身を乗り出す。

「あんのクソイヌぅっ!如意棒っ!!」

「待ちなさいっ!門貴っ!」

「うっ…!」

 如意棒を構え、桜時へと飛び出そうとした門貴であったが、輝矢の強い声に足を踏み留める。

「けど輝矢んっ…!」

「ハチに手を出したら…殺しますよ…」

「はいっ…」

 立ち上がりながら睨みつけてくる輝矢に、門貴が大人しく頷いて如意棒を下ろす。

「オォーっホッホッ!!どおっ!?飼い犬に膝を蹴られた気分はぁ~っ!」

「“手を噛まれる”です。白雪様」

「わ、わかってるわよっ!わざとよっ!!わざとっ!!」

 高々と笑いながら階段を降りてくる白雪であったが、芹の突っ込みにどこか慌てるように言い返した。

「ああ~おっほんっ、紹介するわぁ~」

 階段を降りた白雪が、輝矢を攻撃した桜時へと歩み寄る。

「私の…桜時様よっ!」

「……っ!」

『ええっ!?』

 白雪が桜時の肩へと寄りかかると、輝矢たちの表情に衝撃が走る。

「うっせやろぉ~あのイヌコロがあぁ~んな美少女に触られて騒ぎもせんなんてっ…」

「あの至近距離っ…フツーなら卒倒ものじゃあっ…」

「……。」

 女性に半径一メートル以内に近づかれただけで悲鳴をあげる桜時が、今、白雪に寄りかかられているというのに、顔色一つ変えずに平然としている。その状況に眉をひそめる輝矢。

「ウフフっ…桜時っ」

「はっ」

 白雪の呼びかけに、桜時がすぐさま返事をしてその場に片膝をついた。

「貴方は私のものよねぇ?」

「勿論です」

 白雪がそっと自分の右手を桜時に差し伸べると、桜時は迷うことなくその白雪の手を取った。

「俺のすべては…白雪様のために…」

 桜時の唇が、白雪の手の甲へと触れる。

『……っ!!』

 その光景に目玉が飛び出しそうなほどに目を開く、輝矢、門貴、由雉。

「どっひゃああっ!あのオクテ犬が女の子相手に手の甲キッスをぉっ!?」

「ん~夢でも見てんのかなぁ~」

 この上なく驚く門貴と、悩ましげに頭を抱える由雉。

「……っ」

 輝矢が表情を引きつって、右足を振り上げる。


――バッコォォォーーンッ!


『ひいっ!!』

 輝矢が右足を振り下ろすと、城の床が砕き割れ、深くヒビが入る。ヒビを避けながら、怯えるように背筋を震え上がらせる門貴と由雉。

「ハチに…何をしたんです…?」

 再び白雪に殺意のこもった瞳を向ける輝矢。

「さぁ?何かしら?」

「三日月」

「……っ」

 はぐらかすように笑った白雪に、輝矢が三日月の刃先を向ける。刃先を向けられた白雪が、そっと笑みを消す。

「あら恐いっ」

 もう一度笑みを浮かべる白雪。

「仕方ないわねぇ。教えてあげるわっ」

 白雪が桜時から手を離し、ドレスのポケットから何かを取り出す。

「これよっ」

 白雪が取り出したのは、一個の真っ赤なリンゴであった。

「リンゴっ…?」

「これはねっ、“惚れリンゴ”といって、これを食べた人間は私の虜になってしまうのっ」

「メロメロロォ~ンっっ!ああっ!俺も白雪ちゃんの虜ぉ~っ!」

「貴方には食べさせてないわよっ」

 目をハートにして白雪の虜を宣言する門貴に、白雪が冷たく言い放つ。

「なるほどっ、そのリンゴを使って無理やりハチを自分のものとしたわけですか」

「あっらぁ~?僻みにしか聞こえないわねぇ~」

 輝矢の嫌味に、負けじと言い放つ白雪。

「愛犬を取られたことが、そんなにショックだったのかしらぁ~?」

「アナタこそ、そんなリンゴがなければ男の一人も虜にできないのですか?」

「……っ」

「……。」

 一歩も退かない言い合いを繰り広げ、互いに強く睨みあう輝矢と白雪。

「おおっ!凄い迫力やっ!」

「女は恐い生き物だからねぇ~」

 その睨み合いを、どこか暢気に見守る門貴と由雉。

「まぁ何にしろ、ハチに手を出した罪は決して許されません…」

 輝矢が三日月を構える。

「アナタは私が消します…」

「ウフフっ…さぁ~て、それができるかしら?桜時っ」

「はっ」

 白雪が呼ぶと、桜時がすぐさま立ち上がる。

「あの女が私を痛い目に遭わせようとしてるの。何とかしてくれない?」

「勿論です」

 白雪の言葉にあっさりと頷き、桜時が輝矢の方を見る。

「白雪様に仇なす者は…俺が殺す…」

「……。」

 再び輝矢に殺意と村雨丸を向ける桜時に、輝矢が少し目を細める。

「だああ~っ!まぁ~たあのアホイヌはぁっ!」

「でもマズいんじゃなぁい?輝矢は桜時に攻撃なんてできないしっ…」

「オォーホッホッホっ!!発泡スチロールねぇっ!!」

「八方塞がりです、白雪様」

「わっ…わわかってるわよっ!わざとよっ!わざとっ!!」

 言葉の訂正を入れてくる芹に、白雪が少しムキになって言い返す。

「大事な愛犬に殺されるといいわぁっ!桜時っ!!」

「……っ!」

 白雪が右手を振り上げると、桜時が村雨丸を構えて輝矢の方へと飛び出していく。

「マズいっ!」

「輝矢んっ!!」

 不安げに身を乗り出す門貴と由雉。

「“瞬花っ…」

「ちゃんと歯を食いしばって下さいねっ」

「えっ…?」

「……っ」

 飛びかかってくる桜時に少し笑顔を向け、すぐさま目つきを鋭くして輝矢が勢いよく右足を振り上げる。

「ガハぁぁっ…!」

『いいっ!?』

 村雨丸を振り上げた桜時の腹部に、輝矢の右キックが見事に炸裂する。

「へっ…?」

 輝矢に蹴り飛ばされ、壁へと激突する桜時を見て、目を丸くする白雪。

「生きとうか…?」

「死んだんじゃん…?」

「ってかイヌに手出したら殺す言うてたのに…」

「足出したね…」

 桜時のぶつかった壁が崩れ落ちるのを見て、門貴と由雉が唖然とした表情で呟く。

「ぐへええっ!がはああっ!おえらああっ!」

『あっ、生きてたっ』

 崩れた壁の瓦礫の中で、腹を抱えて苦しそうにしゃがみ込んでいる桜時。


「げっはああっ!!」

 色々と吐き出す桜時であったが、最後にリンゴの欠片らしきものを吐き出す。

「大丈夫ですか?ハチ」

 しゃがみ込んでいる桜時へと歩み寄っていく輝矢。

「大丈夫なわけっ…あるかあっ!!」

「うわっ」

 勢いよく怒鳴り上げて顔を上げる桜時。その怒声の大きさに、輝矢が思わず耳を塞ぐ。

「人のっ…!ってか犬の内臓、全部破壊する気かぁっ!!てめぇーはぁっ!」

「足加減はしたんですけど」

「全然できてねぇーよっ!っ痛てぇーっ」

「……。」

 痛がる桜時を見ながら、少し首をかしげる輝矢。

「ハチ」

「ああっ!?うううっ!!」

 桜時が再び顔を上げると、すぐ目の前に輝矢の顔。

「ぎゃっはああっ!!」

 桜時が蹴りの痛みを感じさせないほどに素早く動き、輝矢から離れていく。

「俺の半径一メートル以内に近づくなっつってんだろぉーがぁっ!!」

「……っ」

 いつも通りに叫ぶ桜時を見て、輝矢が目を見開く。

「どうやら元に戻ったようですねっ」

「へっ?」

 笑顔を見せる輝矢に、桜時が首をかしげる。

「戻ったって…」

「お前、さっきまで白雪ちゃんの“惚れリンゴ”にやられて虜にされとってんでぇ~?白雪様~言うて」

「そぉ~うそっ!“白雪様に仇なす者は殺す”とかって、輝矢に村雨丸で攻撃してさぁ~」

「マジっ!?」

 こちらへとやって来る門貴と由雉の言葉に驚きを見せる桜時。どうやら“惚れリンゴ”で虜にされていた時の記憶は残っていないようである。

「何だぁ~じゃああの手の甲キッスの記憶も残ってないのかぁ~」

「手の甲キッスっ!?」

 残念そうに言う由雉の言葉に、敏感に反応する桜時。

「そっ…それって…もしやっ…」

「うん~っ!白雪の手を取って、その甲にチュっとっ!」

「“俺のすべては白雪様のために…”とか言うてなぁ~!」

「ひいいっ!!」

 どこか悪戯っぽく言う門貴と由雉に、桜時が急に奇声をあげて頭を抱える。

「しっ…信じられんっ…!考えただけで震えがっ…!」

 震える全身を押さえつけながら、苦悩するように言う桜時。

『グフフフフっ』

「……。」


――貴方は私のものよねぇ?桜時…――

――勿論です…俺のすべては白雪様のために…――


「……っ」

 苦悩する桜時を見ながら楽しそうに笑っている門貴と由雉の横で、先ほどの桜時と白雪の手の甲キッスを思い出し、面白くない顔を見せる輝矢。


「ハチっ」

「ああっ?」

 輝矢に呼ばれ、桜時が顔を上げる。


「……っ!!」


 顔を上げた途端、桜時の唇に触れる、輝矢の唇。桜時が思わず目を見開く。


『おおぉぉ~っっ』

 感心するように声を出す門貴と由雉。


「ん~満足っ」

 輝矢が満面の笑顔を見せ、桜時に背を向けて白雪の方を見る。

「お陰で全力で戦えそうですっ」

「……っ」

 鋭い笑みを浮かべる輝矢に、白雪も含んだ笑みを見せた。


「グっ…グプっ…」

「あっ、気絶した」

 しゃがんだまま白目を向く桜時を見て、由雉が冷静に一言。

「まぁイヌとしては正常な反応やな」

「王子様はお姫様のキッスで気を失ったのでしたぁ~ってね」

 気絶した桜時を特に心配する様子なく、同じように白雪の方を向き、身構える門貴と由雉。



「よっしゃあ~っ!暴れるでぇっ!」

 門貴が気合いを入れて如意棒を振り上げる。

「あの鏡よ女は私がヤります。手出しはしないで下さい」

「しないよ~こっちが殺されそうだからねぇ~」

 輝矢の言葉に、由雉が少し顔をしかめて答える。

「じゃあ俺らはぁ?」

「アナタ方はあの猫かぶり坊やと、そこで高みの見物してる方をお願いします」

「そこっ?そこって?」

「そうだねっ」

 輝矢の言葉に首をかしげ辺りを見回している門貴の横で、由雉が青い羽根を取り出し、表情を鋭くして構える。

「いつまでそうしてるつもりっ?“右翼・裂羽”っ!」

 由雉が青い羽根を放ったのは、階段の上の壁に掛けられている、白雪の問いかけに答えていたあの鏡。


――ボォォォォォ~~ンッ!


「クっ…!」

 青い羽根が掛け鏡に突き刺さろうとした瞬間、鏡を白い煙が包み、羽根に砕かれる壁の横から一人の青年が転がるようにして現れる。金色の髪に鋭い紫の瞳の、十六,十七の美青年。

「おお~あんなとこにっ」

 鏡から人となった青年を見て、門貴が感心したように声を出す。

「バレていましたかっ」

 立ち上がりながら輝矢たちに爽やかな笑みを向ける青年。

「バレバレです。部下でなければ、白雪がこの世で一番美しいなどと言うはずもないですから」

「それもそうですね…」

「どういう意味よっ!!ってか貴方も何、認めちゃってるのよっ!!鈴白っ!!」

 苦笑いを浮かべる青年・鈴白に、輝矢が鋭い指摘をする。そんな輝矢と素直に頷く鈴白に、不満げに怒鳴りあげる白雪。

「お兄ちゃんっ…!」

「へぇ~お兄ちゃんがいるのはホントだったんだっ」

「……っ!」

 踊り場で鈴白の方へと飛び出そうとした芹の前へと現れる、青い羽根を構えた由雉。

「クっ…!」

「“右翼・裂羽”っ!」

「うっ…!うわあああああっ!!」

 由雉の羽根で踊り場が崩れ去り、芹が足場を失くして落下していく。


「芹っ…!」

「おおぉ~っとぉ」

「……っ!」

 落下した芹を見て、慌てて立ち上がった鈴白の前へと立つのは、如意棒を構えた門貴。

「あんたの相手は、俺やでぇ?鏡青年っ」

「……っ」

 目の前に立った門貴を見て、鈴白はそっと眉をひそめた。


「んん~何だか楽しくなってきたわねぇ」

 交戦を始める門貴と鈴白、由雉と芹の様子を見ながら、どこか楽しそうな笑みを浮かべる白雪。

「こちらも楽しめると思いますよ」

「……っ」

 輝矢の声に、白雪が振り返る。

「アナタが余程、弱くなければ…」

「ンフフっ…なら大丈夫っ」

 輝矢の挑発を含んだ言葉に、余裕の笑みを浮かべて答える白雪。

「私は貴女より強いものっ」

「……っ」

 白雪が右手を振り上げると、城の中だというのに吹雪が吹き、白雪の右手を氷が覆っていく。白雪の右手を包み、さらに長くなっていく氷の塊は、先が鋭くなり、やがて剣のようになった。

「“氷力”…」

 その白雪の能力を見て、真剣に呟く輝矢。

「貴女の三日月とどちらが強いかしらねぇ?竹取輝矢っ」

「試してみればいいだけの話です」

「ンフっ…それもそうねっ」

 強く見つめあいながら、素早く構えを取る輝矢と白雪。

「……っ“雪剣せっけん”っ!!」

「“月器・三日月”っ…!」

 輝矢の三日月と、白雪の雪剣が激しくぶつかり合う。

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