8.かぐや姫vs白雪姫 ◇1
「白雪様に仇なす者は…俺が殺す…」
「えっ…?」
現れた桜時は、輝矢に村雨丸を向け、冷たい瞳でそう言い放った。
「ハチっ…一体、どうしっ…」
「“瞬花っ…」
「……っ!」
輝矢が桜時に問いかけようとするが、桜時は村雨丸を握る手にさらに力を込め、村雨丸が淡い桃色の光を放つ。
「終刀”っ…!」
「うっ…!」
村雨丸から放たれる、無数の桃色の花びら。輝矢が表情をしかめ、後方へと飛ぶ。
「“月器・十六夜”っ…!」
――バァァァァーーンッ!
後ろへと飛びながら三日月を十六夜へと変え、桜時の攻撃を受け止める輝矢。
「ううっ…!!」
『輝矢っ!!』
十六夜で受け止めるも、桜時の終刀に押されるようにして吹き飛ばされる輝矢に、門貴と由雉が思わず身を乗り出す。
「あんのクソイヌぅっ!如意棒っ!!」
「待ちなさいっ!門貴っ!」
「うっ…!」
如意棒を構え、桜時へと飛び出そうとした門貴であったが、輝矢の強い声に足を踏み留める。
「けど輝矢んっ…!」
「ハチに手を出したら…殺しますよ…」
「はいっ…」
立ち上がりながら睨みつけてくる輝矢に、門貴が大人しく頷いて如意棒を下ろす。
「オォーっホッホッ!!どおっ!?飼い犬に膝を蹴られた気分はぁ~っ!」
「“手を噛まれる”です。白雪様」
「わ、わかってるわよっ!わざとよっ!!わざとっ!!」
高々と笑いながら階段を降りてくる白雪であったが、芹の突っ込みにどこか慌てるように言い返した。
「ああ~おっほんっ、紹介するわぁ~」
階段を降りた白雪が、輝矢を攻撃した桜時へと歩み寄る。
「私の…桜時様よっ!」
「……っ!」
『ええっ!?』
白雪が桜時の肩へと寄りかかると、輝矢たちの表情に衝撃が走る。
「うっせやろぉ~あのイヌコロがあぁ~んな美少女に触られて騒ぎもせんなんてっ…」
「あの至近距離っ…フツーなら卒倒ものじゃあっ…」
「……。」
女性に半径一メートル以内に近づかれただけで悲鳴をあげる桜時が、今、白雪に寄りかかられているというのに、顔色一つ変えずに平然としている。その状況に眉をひそめる輝矢。
「ウフフっ…桜時っ」
「はっ」
白雪の呼びかけに、桜時がすぐさま返事をしてその場に片膝をついた。
「貴方は私のものよねぇ?」
「勿論です」
白雪がそっと自分の右手を桜時に差し伸べると、桜時は迷うことなくその白雪の手を取った。
「俺のすべては…白雪様のために…」
桜時の唇が、白雪の手の甲へと触れる。
『……っ!!』
その光景に目玉が飛び出しそうなほどに目を開く、輝矢、門貴、由雉。
「どっひゃああっ!あのオクテ犬が女の子相手に手の甲キッスをぉっ!?」
「ん~夢でも見てんのかなぁ~」
この上なく驚く門貴と、悩ましげに頭を抱える由雉。
「……っ」
輝矢が表情を引きつって、右足を振り上げる。
――バッコォォォーーンッ!
『ひいっ!!』
輝矢が右足を振り下ろすと、城の床が砕き割れ、深くヒビが入る。ヒビを避けながら、怯えるように背筋を震え上がらせる門貴と由雉。
「ハチに…何をしたんです…?」
再び白雪に殺意のこもった瞳を向ける輝矢。
「さぁ?何かしら?」
「三日月」
「……っ」
はぐらかすように笑った白雪に、輝矢が三日月の刃先を向ける。刃先を向けられた白雪が、そっと笑みを消す。
「あら恐いっ」
もう一度笑みを浮かべる白雪。
「仕方ないわねぇ。教えてあげるわっ」
白雪が桜時から手を離し、ドレスのポケットから何かを取り出す。
「これよっ」
白雪が取り出したのは、一個の真っ赤なリンゴであった。
「リンゴっ…?」
「これはねっ、“惚れリンゴ”といって、これを食べた人間は私の虜になってしまうのっ」
「メロメロロォ~ンっっ!ああっ!俺も白雪ちゃんの虜ぉ~っ!」
「貴方には食べさせてないわよっ」
目をハートにして白雪の虜を宣言する門貴に、白雪が冷たく言い放つ。
「なるほどっ、そのリンゴを使って無理やりハチを自分のものとしたわけですか」
「あっらぁ~?僻みにしか聞こえないわねぇ~」
輝矢の嫌味に、負けじと言い放つ白雪。
「愛犬を取られたことが、そんなにショックだったのかしらぁ~?」
「アナタこそ、そんなリンゴがなければ男の一人も虜にできないのですか?」
「……っ」
「……。」
一歩も退かない言い合いを繰り広げ、互いに強く睨みあう輝矢と白雪。
「おおっ!凄い迫力やっ!」
「女は恐い生き物だからねぇ~」
その睨み合いを、どこか暢気に見守る門貴と由雉。
「まぁ何にしろ、ハチに手を出した罪は決して許されません…」
輝矢が三日月を構える。
「アナタは私が消します…」
「ウフフっ…さぁ~て、それができるかしら?桜時っ」
「はっ」
白雪が呼ぶと、桜時がすぐさま立ち上がる。
「あの女が私を痛い目に遭わせようとしてるの。何とかしてくれない?」
「勿論です」
白雪の言葉にあっさりと頷き、桜時が輝矢の方を見る。
「白雪様に仇なす者は…俺が殺す…」
「……。」
再び輝矢に殺意と村雨丸を向ける桜時に、輝矢が少し目を細める。
「だああ~っ!まぁ~たあのアホイヌはぁっ!」
「でもマズいんじゃなぁい?輝矢は桜時に攻撃なんてできないしっ…」
「オォーホッホッホっ!!発泡スチロールねぇっ!!」
「八方塞がりです、白雪様」
「わっ…わわかってるわよっ!わざとよっ!わざとっ!!」
言葉の訂正を入れてくる芹に、白雪が少しムキになって言い返す。
「大事な愛犬に殺されるといいわぁっ!桜時っ!!」
「……っ!」
白雪が右手を振り上げると、桜時が村雨丸を構えて輝矢の方へと飛び出していく。
「マズいっ!」
「輝矢んっ!!」
不安げに身を乗り出す門貴と由雉。
「“瞬花っ…」
「ちゃんと歯を食いしばって下さいねっ」
「えっ…?」
「……っ」
飛びかかってくる桜時に少し笑顔を向け、すぐさま目つきを鋭くして輝矢が勢いよく右足を振り上げる。
「ガハぁぁっ…!」
『いいっ!?』
村雨丸を振り上げた桜時の腹部に、輝矢の右キックが見事に炸裂する。
「へっ…?」
輝矢に蹴り飛ばされ、壁へと激突する桜時を見て、目を丸くする白雪。
「生きとうか…?」
「死んだんじゃん…?」
「ってかイヌに手出したら殺す言うてたのに…」
「足出したね…」
桜時のぶつかった壁が崩れ落ちるのを見て、門貴と由雉が唖然とした表情で呟く。
「ぐへええっ!がはああっ!おえらああっ!」
『あっ、生きてたっ』
崩れた壁の瓦礫の中で、腹を抱えて苦しそうにしゃがみ込んでいる桜時。
「げっはああっ!!」
色々と吐き出す桜時であったが、最後にリンゴの欠片らしきものを吐き出す。
「大丈夫ですか?ハチ」
しゃがみ込んでいる桜時へと歩み寄っていく輝矢。
「大丈夫なわけっ…あるかあっ!!」
「うわっ」
勢いよく怒鳴り上げて顔を上げる桜時。その怒声の大きさに、輝矢が思わず耳を塞ぐ。
「人のっ…!ってか犬の内臓、全部破壊する気かぁっ!!てめぇーはぁっ!」
「足加減はしたんですけど」
「全然できてねぇーよっ!っ痛てぇーっ」
「……。」
痛がる桜時を見ながら、少し首をかしげる輝矢。
「ハチ」
「ああっ!?うううっ!!」
桜時が再び顔を上げると、すぐ目の前に輝矢の顔。
「ぎゃっはああっ!!」
桜時が蹴りの痛みを感じさせないほどに素早く動き、輝矢から離れていく。
「俺の半径一メートル以内に近づくなっつってんだろぉーがぁっ!!」
「……っ」
いつも通りに叫ぶ桜時を見て、輝矢が目を見開く。
「どうやら元に戻ったようですねっ」
「へっ?」
笑顔を見せる輝矢に、桜時が首をかしげる。
「戻ったって…」
「お前、さっきまで白雪ちゃんの“惚れリンゴ”にやられて虜にされとってんでぇ~?白雪様~言うて」
「そぉ~うそっ!“白雪様に仇なす者は殺す”とかって、輝矢に村雨丸で攻撃してさぁ~」
「マジっ!?」
こちらへとやって来る門貴と由雉の言葉に驚きを見せる桜時。どうやら“惚れリンゴ”で虜にされていた時の記憶は残っていないようである。
「何だぁ~じゃああの手の甲キッスの記憶も残ってないのかぁ~」
「手の甲キッスっ!?」
残念そうに言う由雉の言葉に、敏感に反応する桜時。
「そっ…それって…もしやっ…」
「うん~っ!白雪の手を取って、その甲にチュっとっ!」
「“俺のすべては白雪様のために…”とか言うてなぁ~!」
「ひいいっ!!」
どこか悪戯っぽく言う門貴と由雉に、桜時が急に奇声をあげて頭を抱える。
「しっ…信じられんっ…!考えただけで震えがっ…!」
震える全身を押さえつけながら、苦悩するように言う桜時。
『グフフフフっ』
「……。」
――貴方は私のものよねぇ?桜時…――
――勿論です…俺のすべては白雪様のために…――
「……っ」
苦悩する桜時を見ながら楽しそうに笑っている門貴と由雉の横で、先ほどの桜時と白雪の手の甲キッスを思い出し、面白くない顔を見せる輝矢。
「ハチっ」
「ああっ?」
輝矢に呼ばれ、桜時が顔を上げる。
「……っ!!」
顔を上げた途端、桜時の唇に触れる、輝矢の唇。桜時が思わず目を見開く。
『おおぉぉ~っっ』
感心するように声を出す門貴と由雉。
「ん~満足っ」
輝矢が満面の笑顔を見せ、桜時に背を向けて白雪の方を見る。
「お陰で全力で戦えそうですっ」
「……っ」
鋭い笑みを浮かべる輝矢に、白雪も含んだ笑みを見せた。
「グっ…グプっ…」
「あっ、気絶した」
しゃがんだまま白目を向く桜時を見て、由雉が冷静に一言。
「まぁイヌとしては正常な反応やな」
「王子様はお姫様のキッスで気を失ったのでしたぁ~ってね」
気絶した桜時を特に心配する様子なく、同じように白雪の方を向き、身構える門貴と由雉。
「よっしゃあ~っ!暴れるでぇっ!」
門貴が気合いを入れて如意棒を振り上げる。
「あの鏡よ女は私がヤります。手出しはしないで下さい」
「しないよ~こっちが殺されそうだからねぇ~」
輝矢の言葉に、由雉が少し顔をしかめて答える。
「じゃあ俺らはぁ?」
「アナタ方はあの猫かぶり坊やと、そこで高みの見物してる方をお願いします」
「そこっ?そこって?」
「そうだねっ」
輝矢の言葉に首をかしげ辺りを見回している門貴の横で、由雉が青い羽根を取り出し、表情を鋭くして構える。
「いつまでそうしてるつもりっ?“右翼・裂羽”っ!」
由雉が青い羽根を放ったのは、階段の上の壁に掛けられている、白雪の問いかけに答えていたあの鏡。
――ボォォォォォ~~ンッ!
「クっ…!」
青い羽根が掛け鏡に突き刺さろうとした瞬間、鏡を白い煙が包み、羽根に砕かれる壁の横から一人の青年が転がるようにして現れる。金色の髪に鋭い紫の瞳の、十六,十七の美青年。
「おお~あんなとこにっ」
鏡から人となった青年を見て、門貴が感心したように声を出す。
「バレていましたかっ」
立ち上がりながら輝矢たちに爽やかな笑みを向ける青年。
「バレバレです。部下でなければ、白雪がこの世で一番美しいなどと言うはずもないですから」
「それもそうですね…」
「どういう意味よっ!!ってか貴方も何、認めちゃってるのよっ!!鈴白っ!!」
苦笑いを浮かべる青年・鈴白に、輝矢が鋭い指摘をする。そんな輝矢と素直に頷く鈴白に、不満げに怒鳴りあげる白雪。
「お兄ちゃんっ…!」
「へぇ~お兄ちゃんがいるのはホントだったんだっ」
「……っ!」
踊り場で鈴白の方へと飛び出そうとした芹の前へと現れる、青い羽根を構えた由雉。
「クっ…!」
「“右翼・裂羽”っ!」
「うっ…!うわあああああっ!!」
由雉の羽根で踊り場が崩れ去り、芹が足場を失くして落下していく。
「芹っ…!」
「おおぉ~っとぉ」
「……っ!」
落下した芹を見て、慌てて立ち上がった鈴白の前へと立つのは、如意棒を構えた門貴。
「あんたの相手は、俺やでぇ?鏡青年っ」
「……っ」
目の前に立った門貴を見て、鈴白はそっと眉をひそめた。
「んん~何だか楽しくなってきたわねぇ」
交戦を始める門貴と鈴白、由雉と芹の様子を見ながら、どこか楽しそうな笑みを浮かべる白雪。
「こちらも楽しめると思いますよ」
「……っ」
輝矢の声に、白雪が振り返る。
「アナタが余程、弱くなければ…」
「ンフフっ…なら大丈夫っ」
輝矢の挑発を含んだ言葉に、余裕の笑みを浮かべて答える白雪。
「私は貴女より強いものっ」
「……っ」
白雪が右手を振り上げると、城の中だというのに吹雪が吹き、白雪の右手を氷が覆っていく。白雪の右手を包み、さらに長くなっていく氷の塊は、先が鋭くなり、やがて剣のようになった。
「“氷力”…」
その白雪の能力を見て、真剣に呟く輝矢。
「貴女の三日月とどちらが強いかしらねぇ?竹取輝矢っ」
「試してみればいいだけの話です」
「ンフっ…それもそうねっ」
強く見つめあいながら、素早く構えを取る輝矢と白雪。
「……っ“雪剣”っ!!」
「“月器・三日月”っ…!」
輝矢の三日月と、白雪の雪剣が激しくぶつかり合う。




