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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
31/406

7.狙われたハチ ◇4

 その日、夜。ゴラミの家。

「吹雪が…増してきたね…」

 窓の外を見つめながら、どこか気難しい表情で呟く由雉。

「そんなぁっ!!ハチさんや鉄汰さんっ!芹までもが消えてしまったなんてぇっ!!」

「今、シリアスムードなんだから、もう少し声小さくしてくんない?」

 相変わらずの大声で騒ぐゴラミに、由雉が少し呆れた表情を向ける。

「まさか三人とも鬼人の手にっ!?」

「せやろなっ…消えた時に例の歌聞こえとったし、街中一通り探したけど見つけられんかったっ…」

「そんなぁ~っ!!」

「……。」

 珍しく深刻な表情で話す門貴に、ゴラミは悲痛な声を出し、輝矢は元気なく俯く。

「すまんっ…輝矢んっ…俺のせいでイヌコロや芹までっ…」

「別にアナタだけのせいではありません」

 辛い面持ちで頭を下げた門貴に、輝矢が声をかける。

「あの時、二人から離れた私のミスです…」

「輝矢っ…」

 自分が間違っているなどとこれっぽっちも思っていなさそうなあの輝矢が、自分を責めるようなことを言う。そんな輝矢を、目を細めて見つめる門貴。

「輝矢んっ…!そんなに辛いんなら俺の胸の中で泣っ…!」

「問題はハチたちがどこに連れて行かれたのか、ということですね」

「ううっ…」

 勢いよく立ち上がり手を広げて受け入れ態勢を整えた門貴であったが、輝矢にあっさりと無視され、悲しみに暮れる。

「そうだよねぇ~あんな短い時間でいなくなっちゃうんだから、そう遠くではないと思うけどぉ~」


――バッリィィィーンッ!


「へっ…?」

 由雉のすぐ傍の窓ガラスが急に砕け割れ、外から何かが飛び込んでくる。

「矢ぁ~?」

 部屋の中へと飛び込んできたのは、何やら紙のようなものが括り付けられた一本の矢。

「のおおおおうっ!!」

 中へ飛び込んできた矢が、見事に門貴の後頭部に突き刺さる。

「ああっ!!窓ガラスがぁぁっ!!」

「窓ガラスよりまず俺の頭ちゃう~?ゴラミちゃ~んっ」

「張り変えるの、けっこうお金かかるのにぃっ!!」

「……。」

 頭から血を流す門貴のことなどまるで気にせず、割れた窓ガラスを悔やむゴラミ。

「矢文ですかね」

「今時、古風だねぇ~」

「よっ」

「ぬっきゃあああっ!!」

 輝矢が門貴の後頭部に刺さった矢を、荒っぽく抜く。第二の痛みが門貴を襲う。

「えぇ~っと、何々?」

 矢に括り付けてあった手紙を取り、開く輝矢。

「“消えた街人を返して欲しくば、街の北はずれにやっとこさ造った『雪鏡の城』まで来るべし」

「雪鏡の城?」

「ああ、そうそう。来るのは退治屋・竹取輝矢とその一味のみの限定ねっ”だそうです」

「俺ら限定?」

「鬼人にしては情緒溢れるお手紙ですねぇ」

 手紙の内容に首をかしげる由雉と門貴。読み終えて手紙を閉じる輝矢が、目つきを鋭くする。

「街の北はずれに城なんてっ…建ってるぅぅっ!!」

 家の北側の窓を見たゴラミが驚きの声をあげる。確かに窓の景色を独占するかのように、吹雪の中に佇む大きな白一色の城。雪景色の中に紛れながらも、不気味な空気を醸し出している。

「おっかしいわねぇーっ!確かに昨日まではなかったのにっ!!」

「本当に出来たてホヤホヤのようですね…」

「……?」

 窓の外に見える城を見ながら、すっと立ち上がる輝矢。そんな輝矢をゴラミが戸惑うように見る。

「行きますよ、サル、キジ」

「おうよぉっ!!」

「はぁ~いっ」

「ええっっ!?」

 呼びかける輝矢と迷わず返事をする門貴・由雉に、大きく驚くゴラミ。

「行くんですかっ!?敵の罠ってわかりきってるのにぃっ!!」

「当然です」

 驚いて問いかけるゴラミに、輝矢が鋭い表情を向ける。

「私からハチをさらった罪…死んで償わせます…」

「すごい気迫っ…!!」

「おおっ、マジやっ」

「いつもより迫力三割増しだねぇ~」

 殺意のこもった冷たい瞳を見せる輝矢に、ゴラミは思わず圧倒され、止めようとした手を引っ込めた。そんな殺意溢れる輝矢を冷静に見ながら、輝矢の後へと続いて部屋を出て行く門貴と由雉。

「あっ…!」

「心配せんといてぇ~っ!ゴラミちゃ~んっ!俺はすぅ~ぐ戻ってくるからっ!ゴラミちゃんの元へっ!」

「美味しいものでも作っといてぇ~」

「……っ」

 ゴラミが止める隙もなく、輝矢たちは雪鏡の城へと旅立っていく。

「どうか…お気を付けてっ…」

 吹雪が激しさを増す外の景色を見ながら、ゴラミが祈るように呟いた。






「んっ…んんっ…」

 暗がりの中、ゆっくりと目を覚ましたのは桜時であった。

「ここ…はっ…?痛っ…!」

 倒れこんで気を失っていたらしき桜時が、辺りを見回しながら少し体を起こすと、桜時の頭に痛みが走った。歌が流れてきた時の痛みが残っているようである。

「クっ…」

「鏡よ、鏡っ…」

「……っ?」

 同じ空間から聞こえてくる女の声に、桜時が戸惑いがちに振り向く。


「この世で一番美しいのは…だあれ…?」


 そこにいたのは、蝋燭の灯りに照らし出された一人の女。灰色がかった白く長い髪に、大きな青色の瞳をしていた。青と黄色の艶やかなドレスを身にまとい、髪には真っ赤なリボンを結わえている。大人びたところはあるが、まだ十六,十七の少女に見えた。


――パアアアアアーーッ!


 少女の問いかけに答えるように光を放つのは、少女のすぐ傍の壁に掛けられた、楕円形の美しい装飾の施された一枚の鏡。

<それは貴女様です…白雪様…>

 鏡の中から響く低い声。鏡は白雪と呼んだその少女の問いかけに答える。

「フフフっ…」

 鏡の答えを聞き、白雪が笑みを浮かべる。

「知ってるわっ!オォーっホッホッホっ!!オォォーっホッホッホッ!!」

「げぇぇ~っ」

「んっ…?」

「あっ、ヤベっ」

 高々と笑う白雪に、思わず不快な声を漏らしてしまう桜時。そんな桜時の声に反応して、白雪が桜時の方を振り向くと、桜時が少し表情を引きつった。

「あらっ?お目覚めっ?」

「……っ」

 椅子から立ち上がり、白雪が怪しげな笑みを浮かべて桜時の元へと歩み寄ってくる。表情に緊張感を走らせながら、体を起き上がらせる桜時。

「桜時様っ」

「……っ!なんで俺の名前っ…!……っ」

 自分の名を呼ぶ白雪に驚きを見せる桜時であったが、白雪の後方に立っている芹を見て驚きを消す。

「そうかっ…お前がっ…」


――ごめんね…お兄ちゃんっ…――


 薄れていく意識の中でかすかに覚えている、芹の冷たい瞳。

「兄貴がさらわれたってのも全部ウソかよっ…大した役者だなっ!」

「……。」

 桜時の皮肉った言葉に、芹は顔色一つ変えることなく黙ったままであった。

「じゃあてめぇーが街に雪降らせたりっ、街の人たちをさらったんだなっ!って、ううっ…!!」

「そうよっ?」

 勇ましく白雪を問い詰める桜時であったが、白雪との距離が一メートルを切った途端に怯み始める。

「ちょっ…!近っ…!」

「見たい?私のコレクションっ」

「コレクション?」

 桜時の怯みも気にすることなく、白雪はさらに桜時へと近づいてくる。その白雪の言葉に、眉をひそめる桜時。

「コレクションてっ…」

「芹っ」

「はい、白雪様」

「……っ?」

 白雪が芹の名を呼ぶと、芹が壁にあったスイッチのようなものを押す。芹がスイッチを押すと、蝋燭の灯りだけに照らされていた部屋に、急に天井から光が降り注いだ。どうやら電灯のスイッチだったようである。天井の豪華なシャンデリアが光輝く。

「……っ!!」

 明るく照らされた部屋を見た途端に、目を大きく見開く桜時。

「鉄汰っ…!!」

 鏡の掛けられた壁沿いに、鏡を中心にして並ぶように立っている六つの氷の塊。桜時がその氷の一つの中に、深く瞳を閉じた鉄汰の姿を見つける。

「これはっ…」

「素敵でしょう?私の雪像コレクションっ。全部で六体あるわ」

「じゃあこれみんな、消えた街人かよっ…」

 信じられないものでも見ているかのように、氷の中に眠っている青年たちを見回す桜時。

「コイツらをどうするつもりだっ!?」

「そうねぇ~」

「ううっ…!!」

 考えるように天井を見上げながら、桜時のすぐ前へとしゃがみ込み、桜時の目の高さを揃える白雪。至近距離に迫る白雪に、桜時が思わず目を逸らしてしまう。

「特に考えてなかったけど…貴方でちょうど七人目だし…」

「ひいっ!」

 桜時の頬に触れる白雪の白い手。手が触れた瞬間に、桜時が背筋を震え上がらせる。

「おっ…おおお俺に触るんじゃっ…!」

「私の小人さんにでもなってみる…?」

「……っ」

 白雪の冷たい笑みに、表情を引きつる桜時。

「ううんっ…でもそれじゃあつまらない…」

「えっ…?」

 首を振る白雪に、桜時が眉をひそめる。

「竹取輝矢は随分と貴方を大切にしているらしいわねぇ…?」

「輝矢っ…?お前っ…!輝矢と何かっ…!」

「竹取輝矢をもっと苦しませなくちゃっ…」

「……っっ!!」

 桜時に伸びていく白雪の手。

「うっ…うわあああっ!!」







 トロピカーナの街、北はずれ。

「ここですか…」

“雪鏡の城”へと辿り着く輝矢、門貴、由雉の三人。

「真っ白な城やなぁ~まるで雪で作っとうみたいやっ」

「ううぅ~っ!どうでもいいからさっさと入ろうよぉ~っ!吹雪キツすぎぃ~っ!」

「そうですね。行きましょう」

 城を見上げる門貴の横で全身を震わせる由雉の言葉に頷き、輝矢が雪鏡の城の扉へと手をつく。


――バァァァァーンッ!


 輝矢が少し押しただけで、勢いよく開いていく扉。

「ようこそっ!我が雪鏡の城へっ!」

『……っ』

 城の中から聞こえてくる女の声に、輝矢たちが表情を鋭くして身構える。

「……っ」

「女の子…?」

 扉を入ってすぐにある階段を上がった先の踊り場で、輝矢たちを見下ろしながら、美しくどこか冷たい笑みを浮かべているのは白雪であった。輝矢と由雉が意外そうな顔を見せる。

「鏡よ、鏡っ…この世で一番美しいのはだあれ…?」

『……っ?』

 白雪の問いかけに、白雪の後方の壁に掛けられている鏡が光を放つ。輝く鏡を不思議そうに見つめる輝矢たち。

<それは貴女様です…白雪様…>

「オォォーホッホッホッ!!そうっ!この世で一番美しく、かつこの城の主、白雪にございますっ!」

『……。』

 鏡の答えを聞き、高々と笑う白雪を見て、呆然と固まる輝矢と由雉。

「何…?あれっ…」

「さぁ?思い上がったバカ女じゃないですか?」

「ズッキュウーンッ!!」

 輝矢と由雉が呆れ返っている横で、あっさりとハートを射抜かれる門貴。

「白雪ちゃ~んっっ!!この俺と結婚を前提にお付き合いなんかぁっ…!!」

「ストップ」

「ぐぎゃんっ!!」

 白雪に向かって走り出そうとした門貴を、輝矢が足を引っ掛けて転ばせる。

「なっにぃ~?輝矢んっ、俺が白雪ちゃんに目移りしたことへの嫉妬ぉぉ~っ?」

「違います」

「ううっ…」

 いつものように輝矢にあっさりと否定され、転んだ状態のまま悲しみに暮れる門貴。

「あの女の両脇を見てみなさい」

「えっ?」

 輝矢の言葉に、門貴が戸惑いながら顔を上げる。

「なっ…!?」

 驚き、目を見開く門貴。

「あれはっ…!鉄グマっ!!他のんもっ…!」

「ウフフっ…」

 白雪の両脇に並んでいるのは、像のような氷の塊が右と左に三体ずつ。その白雪のすぐ右横の氷の中には、深く目を閉じた鉄汰の姿があった。他の氷の中にも、同じように人間が眠っている。驚く門貴を見ながら、不敵な笑みを浮かべる白雪。

「街人誘拐事件の犯人と見て間違いないようだねぇ~」

「じゃあ街の雪も白雪ちゃんがぁっ!?んっ?」

 由雉と言葉を交わしていた門貴が、何かを見つける。


「ああっ!!芹っ!!」

「……。」

 それは二階へと続く階段から、白雪のいる踊り場へとゆっくりと降りてくる芹であった。芹は無表情のまま、輝矢たちを見下ろす。

「良かったぁ~っ!お前は凍らされんと無事やったんやなっ!!今、助けっ…!」

「……っ」

「……っ?輝矢んっ?」

 芹を助けに行こうとした門貴の前に、輝矢が手を出し、それを止める。止めた輝矢に、首をかしげる門貴。

「おかしいとは思っていたんです…ハチと一緒にアナタまでいなくなった時…」

『えっ?』

 輝矢の言葉に、門貴と由雉が首をかしげる。

「自分がさらわれる事態になったとしても…ハチであれば、アナタだけは必ず逃がすはずですから…」

「……ご名答っ」

 鋭く睨むように芹を見ながら言い放つ輝矢に、芹が少し冷たい笑みを浮かべて白雪の横へと並ぶ。

「じゃあお前っ!はじめっからっ…!!」

「そうっ、ボクは白雪様の忠実なる部下…」

「何やとぉっ!?」

 笑って答える芹に、怒りを見せる門貴。

「ひっとの情に漬け込んでっ!何てヤツやぁっ!!」

「いるんだよねぇ~あ~ゆ~可愛い顔して、平気で人のこと裏切るヤツってぇ~」

「ホントいますよねぇ~この辺りにも」

 怒る門貴の横で、自分のことは棚に上げて軽い口調で話している由雉に、輝矢が白い目を向ける。

「そんなことより…」

 輝矢が目つきを鋭くし、突き上げるように白雪を睨みつける。

「ハチはどこです…?」

「ンフっ…怖い顔っ…」

 そんな輝矢を見て、楽しげに笑う白雪。

「ん~?どうしよっかなぁ~?」

「……っ」

 わざとらしく言う白雪に、輝矢が表情をしかめて素早くピアスを弾き飛ばす。

「“月器・三日月”っ」

「……っ」

 三日月を目覚めさせる輝矢。白雪が三日月を見て、少し眉をひそめる。

「二度と話せなくなる前に、とっとと答えなさいっ」

 輝矢がさらに殺意のこもった目を白雪に向ける。

「今、近づいたら殺されるなぁ~」

「うん。もうちょい離れといた方がいいよぉ」

 全身から殺気を放っている輝矢から、身の安全を守るため多少、距離をとる門貴と由雉。

「いいわっ、そんなに会いたいなら会わせてあげるっ」

「えっ?」

「私の王子様にっ」

『……っ?』

 白雪の言葉に呼応するかのように、輝矢たちのいる階の階段横の大扉がゆっくりと開いていく。開く扉の先を、息を呑んで見つめる輝矢たち。

『……っ!』

 輝矢たちが一斉に目を見開く。

「ハ…チ…」

「……。」

 開かれた扉の先に立っていたのは、桜時であった。

「良かったっ…無事だったんですねっ、ハっ…」

「村雨丸…」

「えっ?」

「……っ」

「……っ!!」

 輝矢が安心した笑みを見せた途端、桜時が鞘から村雨丸を抜き放ち、輝矢へと飛びかかってくる。


――………………っ!


 激しくぶつかり合う、三日月と村雨丸。

『なっ…!?』

 門貴と由雉にも衝撃が走る。

「桜時っ!?」

「何やっとんねんっ!!イヌころっ!!」

「……。」

 戸惑うように声をあげる門貴と由雉のその声にも、顔色一つ変えずに村雨丸を握る手に力を込める桜時。


「ハ…チ…?」

 三日月で村雨丸を受け止めながら、輝矢が戸惑いの表情を桜時へと向ける。


「何をっ…」

「白雪様に仇なす者は…俺が殺す…」

「えっ…?」

 桜時は感情の通わない、冷たい瞳を輝矢へと向けた。


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