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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
30/406

7.狙われたハチ ◇3

『……。』

 雪の降るトロピカーナの街の中央に立っているのは、人化した門貴と由雉。

「名づけて“オトリ作戦”ですっ」

 二人の前に立ち、何やら誇らしげに言い放つ輝矢。

「まぁ大して新鮮味のない作戦だよねぇ~」

「輝矢ぁ~んっ!!ついに俺が“若くてカッコ良くて爽やかな美青年”と認めてくれたんやなぁっ!」

「鉄汰でもさらわれるくらいですから、このくらい妥協してもオトリにはなるでしょう」

「よっしゃああっ!!頑張るでぇっ!!」

「貶されたの、わかってないでしょ?」

 張り切って声を出す門貴に、呆れた表情を向ける由雉。

「俺もオトリやった方がっ…」

「ハチにそんな危ないことはさせられません」

「ボクらはいいのね」

 笑顔でサラッと答える輝矢に、由雉が不満げにこっそり呟く。

「じゃあボク、街の東側回るからぁ~」

「俺は西やなっ」

「消されても死んでも私たちに犯人の手がかりを残すんですよ?いいですね?」

「はいはいっ」

「まっかせといてぇっ!!」

 輝矢の言葉に返事をして、門貴と由雉がそれぞれ東と西に分かれて歩き去っていく。

「アイツら、大丈夫かなぁ~?」

「まぁ消えたら消えたで次の作戦、考えます」

「鬼っ…」

 門貴と由雉のことをまるで心配していない輝矢に、ハチがこっそりと呟く。

「……っ」

「……?」

 振り向いたハチが、塞ぎこむように俯く芹に気づく。

「心配か?兄ちゃんのことっ」

「えっ…?」

 ハチの問いかけに、ゆっくりと顔を上げる芹。ハチは芹に穏やかな笑顔を向けた。そんなハチの笑顔を見て、芹が少し目を細める。

「お兄ちゃんには…兄弟…いる?」

「えっ?」

 不意な芹の質問に、少し目を丸くするハチ。

「兄弟っつーか兄弟みたいな感じでずっと一緒に育ってきたヤツらはいるぜぇ?ホントは従兄弟だけどなっ」

 ハチが芹に笑顔で答える。

「ハーモニーうるせぇーし、自由奔放ってゆーか自分勝手っつーかでいっつも振り回されっけどっ」


――おぉ~うぅ~じぃぃ~っ♪♪――

――だあああっ!!うっせぇっ!!――


「まっ、一緒にいんのは楽しいかなっ」

「そうっ…」

 ハチの答えを聞いて、芹が少し笑顔を見せる。

「ボクもね、お兄ちゃんといるのは、すごく楽しかったよ…」

 芹が思い出すように、悲しげな笑みを浮かべる。

「だからお兄ちゃんがいないのは…すごく寂しいし、すごく辛い…」

「芹っ…」

 やがて笑みを失う芹に、ハチが眉をひそめる。

「だぁーいじょうぶだってっ!!俺たちが絶対、兄ちゃん見つけてやっからっ!なぁっ?」

「ええっ」

 相づちを求めたハチに、笑顔を向ける輝矢。

「大丈夫っ…」

「……?」

 輝矢が芹にも笑顔を向ける。

「私は約束は守りますよ…」

「……っ」

 輝矢の笑顔に、少し目を見開く芹。

「……うんっ」

 そして笑顔となり、大きく頷いた。


「ぎゃっぼおおんっ!!」


『……っ!』

 遠くから聞こえてくる悲鳴に、輝矢やハチが顔を上げる。

「門貴の声だっ!!」


――ボォォォォ~ンッ!


「現れましたかねっ!“月器”っ」

 ハチが素早く人化し、輝矢がピアスを弾いて月器を目覚めさせる。

「ハチは芹を連れて一旦、ゴラミのところへ戻って下さいっ!」

「わかったっ!」

「……っ!」

 三日月を右手に、雪道を走り出していく輝矢。


「……っ」

 遠ざかっていく輝矢の背中を見つめ、厳しい表情を見せる桜時。

「よしっ、ゴラミんとこに戻ろうっ」

 輝矢が見えなくなると、桜時が芹の方を振り返る。

「さぁっ!行こうっ!」

「……。」

「……?」

 慌てた様子で芹に手を伸ばす桜時であったが、いつまでも掴んでくる手がなく、少し戸惑うように顔を上げる。

「芹っ…?」

 桜時が芹の方を見ると、芹は黙ったまま深く俯いていた。

「どうしっ…」


『ハイホー……ハイホー……』


「……っ!この歌はっ…!」

 桜時が芹に手を伸ばそうとしたその時、またしてもあの歌が聞こえてくる。どこからともなく聞こえてくる歌に、顔を上げ、辺りを見回す桜時。しかしどこにも人影はない。

「一体、どっからっ…!」


『ハイホー……ハイホー……』


 頭の中に直接響くように、どんどん大きくなっていく歌声。

「んっ…!」

 何か痛みのようなものを覚え、桜時がこめかみに手を当てる。

「何かヤベぇなっ…芹っ…!とりあえずこっからっ…!」

「フフフっ…」

「……っ!」

 頭を押さえながら苦しい表情で振り向いた桜時の先で、どこか冷酷な笑みを浮かべている芹。そんな芹を見て、桜時が驚くように目を見開く。

「芹っ…!まさかお前っ…!ううっ…!!」


『ハイホー……ハイホー……』


 さらに大きく響く歌声に、頭に走る痛みが激しさを増し、桜時がその場に膝をついてしまう。

「ううっ…うううっ…!!くっ…そっ…」

 頭に走る痛みに耐え切れず、ゆっくりとその場に倒れこんでいく桜時。表情を歪ませながら、桜時が力尽きるように瞳を閉じていく。

「ごめんねっ…」


『ハイホー……ハイホー……』


 歌声が小さくなっていく中、倒れた桜時を見下ろし、冷たい表情を見せる芹。

「お兄ちゃんっ…」

「……。」

 雪道に倒れた桜時に、白い雪が降り注いだ。






「ぎゃっぼおおんっ!」

「サルっ…!」

 門貴の悲鳴の聞こえてくる方へと急いで駆けて行く輝矢。

「輝矢っ!!」

「由雉っ」

 走っていた輝矢の元へ、逆方向からユキジが飛んでくる。

「ボクを差し置いて門貴が狙われたのかなっ!?」

「わかりませんが急ぎましょうっ」

「うんっ!」

 輝矢とユキジが門貴の元へと急ぐ。


「門貴っ…!」

「あっ!!輝矢ぁーんっ!!」

 雪道の真ん中に立っていた門貴が、やって来た輝矢たちを見つけ、必死に手を振る。

「何があったのですっ?犯人はっ…!」

「右足が雪に埋もれてもて動かれへんねぇーんっ!助けてぇーっ!」

『はっ…?』

 門貴の言葉に、大口を開けて固まる輝矢とユキジ。

「走っとったらさぁ、いきなりズッボンってはまってもてさぁっ!ズッボンていったんよぉ~?ズッボン!」

「……。」

 右足が埋もれた状況を話す門貴を見ながら、表情を無くしていく輝矢。

「いっやぁ~でも輝矢んが助けに来てくれるって俺、信じてっ…!」

「紛らわしいっ」

「ふっぎゃあああっ!!」

 笑顔を見せていた門貴を、輝矢が容赦なく蹴り飛ばす。景気よく舞い上がり、雪道へと落下していく門貴。

「右足抜けたっ…でも痛いっ…」

 落下した門貴が、力なく呟く。

「まったくっ…」

「人騒がせなサルだよねぇ~」

 輝矢とユキジが呆れたように肩を落とす。


『ハイホー……ハイホー……』


『……っ!』

 そこへ聞こえてくる歌声に、輝矢とユキジが表情を一変して顔を上げる。

「歌っ…!?なんでっ…!」


『ハイホー……ハイホー……』


 どこからか聞こえてくる歌声に、警戒するように辺りを見回す輝矢たち。

「また誰かがさらわれるっちゅーことかっ!?」

「……っ」

 門貴の言葉に、輝矢が何かに気づいたような表情となる。

「まさかっ…ハチっ!!」

「あっ!輝矢っ!」

 血相を変えて飛び出していく輝矢を、門貴とユキジが慌てて追いかける。


「ハチっ!ハチっ…!!」

 慌てて先ほどハチたちといた場所まで戻る輝矢。


「ハチっ…!!……っ」

 しかし輝矢が戻ったその場所に、ハチの姿はなかった。残っているのは不自然に途切れた犬の足跡のみ。輝矢が表情を凍りつかせる。

「輝矢んっ!どないしたんやっ!?」

「まさか桜時がっ…!?」

 そこへ駆けつける門貴とユキジ。

「ハチっ…」

 こうしてハチは、輝矢の前から姿を消した。

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