7.狙われたハチ ◇3
『……。』
雪の降るトロピカーナの街の中央に立っているのは、人化した門貴と由雉。
「名づけて“オトリ作戦”ですっ」
二人の前に立ち、何やら誇らしげに言い放つ輝矢。
「まぁ大して新鮮味のない作戦だよねぇ~」
「輝矢ぁ~んっ!!ついに俺が“若くてカッコ良くて爽やかな美青年”と認めてくれたんやなぁっ!」
「鉄汰でもさらわれるくらいですから、このくらい妥協してもオトリにはなるでしょう」
「よっしゃああっ!!頑張るでぇっ!!」
「貶されたの、わかってないでしょ?」
張り切って声を出す門貴に、呆れた表情を向ける由雉。
「俺もオトリやった方がっ…」
「ハチにそんな危ないことはさせられません」
「ボクらはいいのね」
笑顔でサラッと答える輝矢に、由雉が不満げにこっそり呟く。
「じゃあボク、街の東側回るからぁ~」
「俺は西やなっ」
「消されても死んでも私たちに犯人の手がかりを残すんですよ?いいですね?」
「はいはいっ」
「まっかせといてぇっ!!」
輝矢の言葉に返事をして、門貴と由雉がそれぞれ東と西に分かれて歩き去っていく。
「アイツら、大丈夫かなぁ~?」
「まぁ消えたら消えたで次の作戦、考えます」
「鬼っ…」
門貴と由雉のことをまるで心配していない輝矢に、ハチがこっそりと呟く。
「……っ」
「……?」
振り向いたハチが、塞ぎこむように俯く芹に気づく。
「心配か?兄ちゃんのことっ」
「えっ…?」
ハチの問いかけに、ゆっくりと顔を上げる芹。ハチは芹に穏やかな笑顔を向けた。そんなハチの笑顔を見て、芹が少し目を細める。
「お兄ちゃんには…兄弟…いる?」
「えっ?」
不意な芹の質問に、少し目を丸くするハチ。
「兄弟っつーか兄弟みたいな感じでずっと一緒に育ってきたヤツらはいるぜぇ?ホントは従兄弟だけどなっ」
ハチが芹に笑顔で答える。
「ハーモニーうるせぇーし、自由奔放ってゆーか自分勝手っつーかでいっつも振り回されっけどっ」
――おぉ~うぅ~じぃぃ~っ♪♪――
――だあああっ!!うっせぇっ!!――
「まっ、一緒にいんのは楽しいかなっ」
「そうっ…」
ハチの答えを聞いて、芹が少し笑顔を見せる。
「ボクもね、お兄ちゃんといるのは、すごく楽しかったよ…」
芹が思い出すように、悲しげな笑みを浮かべる。
「だからお兄ちゃんがいないのは…すごく寂しいし、すごく辛い…」
「芹っ…」
やがて笑みを失う芹に、ハチが眉をひそめる。
「だぁーいじょうぶだってっ!!俺たちが絶対、兄ちゃん見つけてやっからっ!なぁっ?」
「ええっ」
相づちを求めたハチに、笑顔を向ける輝矢。
「大丈夫っ…」
「……?」
輝矢が芹にも笑顔を向ける。
「私は約束は守りますよ…」
「……っ」
輝矢の笑顔に、少し目を見開く芹。
「……うんっ」
そして笑顔となり、大きく頷いた。
「ぎゃっぼおおんっ!!」
『……っ!』
遠くから聞こえてくる悲鳴に、輝矢やハチが顔を上げる。
「門貴の声だっ!!」
――ボォォォォ~ンッ!
「現れましたかねっ!“月器”っ」
ハチが素早く人化し、輝矢がピアスを弾いて月器を目覚めさせる。
「ハチは芹を連れて一旦、ゴラミのところへ戻って下さいっ!」
「わかったっ!」
「……っ!」
三日月を右手に、雪道を走り出していく輝矢。
「……っ」
遠ざかっていく輝矢の背中を見つめ、厳しい表情を見せる桜時。
「よしっ、ゴラミんとこに戻ろうっ」
輝矢が見えなくなると、桜時が芹の方を振り返る。
「さぁっ!行こうっ!」
「……。」
「……?」
慌てた様子で芹に手を伸ばす桜時であったが、いつまでも掴んでくる手がなく、少し戸惑うように顔を上げる。
「芹っ…?」
桜時が芹の方を見ると、芹は黙ったまま深く俯いていた。
「どうしっ…」
『ハイホー……ハイホー……』
「……っ!この歌はっ…!」
桜時が芹に手を伸ばそうとしたその時、またしてもあの歌が聞こえてくる。どこからともなく聞こえてくる歌に、顔を上げ、辺りを見回す桜時。しかしどこにも人影はない。
「一体、どっからっ…!」
『ハイホー……ハイホー……』
頭の中に直接響くように、どんどん大きくなっていく歌声。
「んっ…!」
何か痛みのようなものを覚え、桜時がこめかみに手を当てる。
「何かヤベぇなっ…芹っ…!とりあえずこっからっ…!」
「フフフっ…」
「……っ!」
頭を押さえながら苦しい表情で振り向いた桜時の先で、どこか冷酷な笑みを浮かべている芹。そんな芹を見て、桜時が驚くように目を見開く。
「芹っ…!まさかお前っ…!ううっ…!!」
『ハイホー……ハイホー……』
さらに大きく響く歌声に、頭に走る痛みが激しさを増し、桜時がその場に膝をついてしまう。
「ううっ…うううっ…!!くっ…そっ…」
頭に走る痛みに耐え切れず、ゆっくりとその場に倒れこんでいく桜時。表情を歪ませながら、桜時が力尽きるように瞳を閉じていく。
「ごめんねっ…」
『ハイホー……ハイホー……』
歌声が小さくなっていく中、倒れた桜時を見下ろし、冷たい表情を見せる芹。
「お兄ちゃんっ…」
「……。」
雪道に倒れた桜時に、白い雪が降り注いだ。
「ぎゃっぼおおんっ!」
「サルっ…!」
門貴の悲鳴の聞こえてくる方へと急いで駆けて行く輝矢。
「輝矢っ!!」
「由雉っ」
走っていた輝矢の元へ、逆方向からユキジが飛んでくる。
「ボクを差し置いて門貴が狙われたのかなっ!?」
「わかりませんが急ぎましょうっ」
「うんっ!」
輝矢とユキジが門貴の元へと急ぐ。
「門貴っ…!」
「あっ!!輝矢ぁーんっ!!」
雪道の真ん中に立っていた門貴が、やって来た輝矢たちを見つけ、必死に手を振る。
「何があったのですっ?犯人はっ…!」
「右足が雪に埋もれてもて動かれへんねぇーんっ!助けてぇーっ!」
『はっ…?』
門貴の言葉に、大口を開けて固まる輝矢とユキジ。
「走っとったらさぁ、いきなりズッボンってはまってもてさぁっ!ズッボンていったんよぉ~?ズッボン!」
「……。」
右足が埋もれた状況を話す門貴を見ながら、表情を無くしていく輝矢。
「いっやぁ~でも輝矢んが助けに来てくれるって俺、信じてっ…!」
「紛らわしいっ」
「ふっぎゃあああっ!!」
笑顔を見せていた門貴を、輝矢が容赦なく蹴り飛ばす。景気よく舞い上がり、雪道へと落下していく門貴。
「右足抜けたっ…でも痛いっ…」
落下した門貴が、力なく呟く。
「まったくっ…」
「人騒がせなサルだよねぇ~」
輝矢とユキジが呆れたように肩を落とす。
『ハイホー……ハイホー……』
『……っ!』
そこへ聞こえてくる歌声に、輝矢とユキジが表情を一変して顔を上げる。
「歌っ…!?なんでっ…!」
『ハイホー……ハイホー……』
どこからか聞こえてくる歌声に、警戒するように辺りを見回す輝矢たち。
「また誰かがさらわれるっちゅーことかっ!?」
「……っ」
門貴の言葉に、輝矢が何かに気づいたような表情となる。
「まさかっ…ハチっ!!」
「あっ!輝矢っ!」
血相を変えて飛び出していく輝矢を、門貴とユキジが慌てて追いかける。
「ハチっ!ハチっ…!!」
慌てて先ほどハチたちといた場所まで戻る輝矢。
「ハチっ…!!……っ」
しかし輝矢が戻ったその場所に、ハチの姿はなかった。残っているのは不自然に途切れた犬の足跡のみ。輝矢が表情を凍りつかせる。
「輝矢んっ!どないしたんやっ!?」
「まさか桜時がっ…!?」
そこへ駆けつける門貴とユキジ。
「ハチっ…」
こうしてハチは、輝矢の前から姿を消した。




