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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
24/406

6.シンデレラストーリー ◇2

「はぁっ…」

 雀の街を、溜め息をつきながら疲れた背中で歩いていくハチ。

「結局何だかんだで丸め込まれて、パーティーをぶっ壊すことになってしまったっ…」

 調子のいい竹人のペースにはめられて、断ることもできないまま、明日の竹人の婚約者選びのパーティーを壊すことを任されてしまったのである。

「大丈夫ですよ。私に任せておいて下さい」

「任せらんねぇーから悩んでんだろーがっ!!」

 ハチの横を歩くのは月見団子を頬張りながら、満足げな笑顔を浮かべている輝矢。竹人に月見団子を貢がれ、すっかりパーティーを壊す気でいる輝矢に、ハチは頭をさらに悩ませていた。

「はぁ~あ~どうすっかなぁ~…」

「でもさぁ~桜時ってホントに朱実のお坊ちゃんだったんだねぇ~」

「んだよっ?はじめっからそう言ってんだろっ?」

 意外そうに言うユキジに、ハチがしかめっ面を向ける。

「だってぇ~今の今まで疑ってたしぃ」

「何で疑うんだよっ!!」

「だってぇ~ねぇっ?」

 ユキジがモンキの方を見る。

「せやなぁ~っ!イヌぅ、何か貧乏くさいしっ」

「そうそうっ、ボクの方が高級感あるってゆぅ~かぁ~」

「お前らなぁっ!!」

「きゃっ!」

「へっ?うわあああああっ!!」

 モンキとユキジの方を振り返りながら道の中央へと飛び出したハチと、飛び出したハチのすぐ横から歩いてきていた人間が衝突する。


――バサバサバサァッ!


 ハチとぶつかった人間が持っていた荷物が、道に散らばる。

「痛たたたたたたっ…!」

「んっ…んん~っ…」

「……っ!!だああっ!!おっ!女ぁっ!?」

 衝突したらしきすぐ目の前に座り込んでいる人間が女性であることを悟ったハチが、勢いよく後退していく。

「痛たたたたたっ…」

 顔を深く俯かせたまま、痛そうな声だけを出し、頭を押さえているその女性。

「あっかんなぁ~っ!イヌはぁ~っ!」

「あっ?」

「こういう時はなぁ、こうせなあかんねんでっ?」


――ボォォォ~~ンッ!


 そう得意げに言ってモンキが人化する。

「痛たたたたたたっ…」

「あっ…んん~っ、あっ、ああ~」

 まだ痛がっている女性に近づいていきながら、発声を整える門貴。

「お怪我はありませんかっ?お嬢さんっ」

 妙にカッコをつけて、門貴が女性へと手を差し伸べる。

「あっ…ハイっ…大丈夫ですっ…」

 可愛らしい声で答えながら、女性が門貴の手を取り、ゆっくりと顔を上げる。

「ありがとうございますっ」

『……っ!』

 顔を上げた女性は、まるでゴリラのようなダイナミックな顔立ちをしていた。女性の姿に、門貴をはじめとする全員が一瞬、固まる。

「お優しいんですねっ。ムフっ、ステキぃ~~っ」

「……。」

 女性の言葉と笑顔に、門貴はさらに凍りついた。




「荷物まで運んでもらっちゃって、ホントにどうもありがとぉ~っ」

『いっ…いえっ…』

 先ほどのゴリラ、ではなく女性に満面の笑顔で礼を言われ、素早く女性から目を逸らす桜時と門貴。ハチとの衝突により道に散らばった女性の荷物を、桜時と門貴が拾うのを手伝い、そのついでに女性の家まで運んであげたのであった。

「ついでだからお茶でも飲んでいってぇ~ねぇ~っ?」

『いえっ、結構ですっ』

 女性の誘いを、目を逸らしたまますぐさま断る桜時と門貴。

「遠慮せずにほらほらぁ~っ!」

「だああああっ!!触るなぁぁっ!!」

「いっやぁぁっ!どうせ飲むならもっとカワイ子ちゃんのお茶がいいぃっ!!」

 女性の物凄い力で家へと連れ込まれていく桜時と門貴。二人の悲痛な叫びが近所へと響き渡る。

「何か色々恐るべし…だね…」

「あれには私も適いません…」

 連れ込まれていく二人を見ながら、輝矢とユキジがしみじみ呟いた。






 女性の家の中は、いかにも少女趣味な何とも可愛らしい部屋であった。一人暮らしのようで、他に人は見当たらない。リビングへと通された輝矢たち四人に、女性がお茶を出す。

「私、白鳥の獣人の新出しんでレイラってゆぅ~のぉ~っ。よろしくねぇ~っ」

「ほぉ~っ、ゴリラの獣人ですかぁ~」

「輝矢っ、見た目で種族まで決めちゃダメだよっ」

「へっ?」

 レイラの自己紹介を無視して勝手な解釈をする輝矢に、ユキジが注意を入れる。

「白鳥のレイラっ…くわああっ!!俺の妄想では最高の美女ができたのにっ…!!」

「お前、それ、ただの変態だぞ…?」

 部屋の隅で苦悩している門貴に、桜時が呆れた表情で突っ込みを入れる。

「あなた、いいわねぇ~こぉ~んなイケメンに囲まれて旅してるなんてぇ~」

「ハチ以外ならあげますよ?」

「いっやぁっ!!輝矢んっ!それだけは勘弁してぇっ!!」

 輝矢の無責任な発言に、門貴が必死に声をあげる。

「ううんっ!いいのっ!私にはもうっ…心に決めた人がいるからぁ~っ!」

『へっ?』

 何やらウットリした表情で話すレイラに、皆が首をかしげる。

「ほぉ~、やはりゴリラの方ですか?」

「だからぁ~輝矢っ、見た目で人のこと決めちゃダメだってぇ~」

 ゴリラにこだわりを見せる輝矢に、ユキジが再び注意を入れる。

「その人はねっ…朱実竹人さんってゆぅ~のっ!」

「ブぅっ!!」

 桜時が思わず飲んでいたお茶を吹き出す。

「あっ…朱実っ…竹人っ!?」

「そうっ…あれは忘れもしない去年の春っ…電線の上でハーモニーを刻んでいる彼を見てキュンと来たわっ」

「どんなキュンだよっ」

 ウットリ状態のまま出会いを語るレイラに、桜時が呆れた表情で突っ込みを入れた。

「でも彼は国主子息っ…叶わぬ恋と諦めていたのだけど、なんとっ!!」

 レイラが大きな広告を取り出して、輝矢たちに見せる。

「明日、彼の婚約者を探すパーティーが開かれることになったのよぉっ!!」

「ああっ…知ってるっ…」

「そこでねっ!明日着ていくドレスを作ろうと思って、生地をたぁ~んまり買いこんできたのぉ~っ!」

「それでこの大荷物ですか…」

 リビングを隣の部屋を埋め尽くすほどの荷物を見ながら、輝矢が呆れたように呟いた。

「あまりにも美しくってすぐさま婚約者決定ってなっちゃったらどぉ~しよぉ~っ!!」

「タケちゃんて雑食?」

「いや、めちゃ面食いっ」

「はぁ~この上なく可能性ないねぇ~」

 桜時の言葉に、両手を横に上げてやれやれといった表情を見せるユキジ。

「“レイラっ…君の美しさをハーモニーにさせてくれっ…”とか何とか言われちゃったりぃ~っ!」

「ないと思います…」

 妄想を繰り広げているレイラを見ながら、輝矢がこっそりと呟く。

「ふはぁぁぁっ!!」

『……っ?』

 急に声をあげる門貴の方を、桜時たちが振り向く。

「んだよっ?サっ…」

「ちょちょちょちょいちょいっ!」

「ああっ?」

 桜時を引っ張って、レイラから離れたリビングの隅まで行く門貴。

「ええかっ?あの女を竹人に婚約者に選ばせる。あの女が相手やったらさすがに国主さんも止めるはずやっ」

 門貴が小声で桜時に話す。

「そしたらパーティーはパァっ!どやっ?」

「ん~でも竹兄が振りでもレイラを選ぶとは思えねぇーけどっ…」

「結婚させられへんためやぁ~言うて説得すりゃええねんてっ!」

 あまり乗り気のしていない桜時を、門貴が明るい口調で丸め込む。

「よっしゃあーっ!俺らが手伝うでぇっ!ドレス作りっ!!」

『えっ?』

 門貴の言葉に、レイラだけでなく輝矢やユキジも目を丸くした。





 その日、深夜。


――ビリビリビリィーーッ!


「きゃっ!このドレス、サイズ小さいぃ~っ!」

「……。」

 レイラが着た途端に破れ散った青々とした美しいドレス。その破れ散ったドレスを見ながら唖然とした表情を見せているのは、針と糸片手の由雉であった。

「言われたサイズ通りに作ったんだけど…?」

「ええ~っ?ちゃんとバスト八十五、ウエスト五十六、ヒップ九十で作ったぁ~っ?」

「うんっ…ってか明らかにそのサイズじゃないと思うんだけどっ…」

 レイラの自己申告のスリーサイズに、疑念を抱く由雉。

「由雉」

「……?」

 名を呼ばれて由雉が振り返ると、そこには特にドレス作りを手伝う様子もなく月見団子を食べている輝矢の姿があった。

「バスト百、ウエスト八十、ヒップ百十で作り直しなさい」

「ラジャっ…」

 輝矢の言葉に、由雉がレイラに気付かれないよう小さく頷いた。

「はぁ~っ…裁縫って結構、疲れんだなぁ~」

「頑張れ頑張れっ!イィヌっ!」

「お前が言い出したんだから手伝えよっ!!」

 地道にドレスを縫っていた桜時が、応援ばかりしている門貴に怒鳴りあげた。




 そして翌日、夕方。

『やっ…やっとできたっ…』

 疲れきった顔で力なく呟く桜時と由雉。

「きゃあ~っ!私ってばカワイすぎぃ~っ!」

『……。』

 見事にできあがった美しい青いドレスを身にまとい、満足げな笑みを浮かべているレイラを見て、呆然とする輝矢と門貴。

「まぁゴリラにも衣装ってとこですね」

「そんなことわざあったっけっ?」

 輝矢の言葉に、門貴が首をかしげる。

「さぁって、そろそろパーティーに行かないと間に合わなっ…」

「ああぁっ!!」

「へっ?」

 急に声をあげるレイラを、桜時が不思議そうに見る。

「私っ!このドレスに合う靴を持ってないわぁっ!」

「靴っ?」

「どうしよぉ~っ!」

 下駄箱から趣味の悪い靴ばかりを並べながら、困った顔を見せているレイラ。

「いくら何でも今から靴は作れねぇーしなぁ」

「もうこれでいいですよ」

「へっ?」

 困っているレイラに輝矢がとある靴を差し出す。

「ちょっ…!これっ!作業用の長靴じゃなぁ~いっ!」

「どうせドレスの裾が長くて靴なんて見えませんよ。それなら脱げない長靴の方がいいでしょう」

「ん~っ、まぁこの際、仕方ないわねぇ~」

 輝矢の説得に、納得はしきっていないがとりあえず長靴に足を通すレイラ。

「よしっ!とっとと行こうっ!パーティーに遅れちまうっ!」

 桜時を先頭に、皆が慌てて家から出る。


「うわっ!もうけっこう日暮れてんなぁ~」

 オレンジ色の夕日が沈み始めている空を見て、桜時が少し眉をひそめる。

「こりゃ全力疾走しないとっ…」

「あっらぁ~っ?レイラちゃんじゃなくってぇ~っ?」

『……っ?』

 レイラの家の前の道から聞こえてくる甲高い声に、レイラや桜時たちが振り返る。

「ああたも朱実のパーティーに参加するのかしらぁ~っ?」

「うっほぉぉ~っ!!」

「ママハッハさん」

 振り返った門貴が声をあげる。レイラの家の前にいたのは、白馬に引かれた豪勢な馬車に乗った、豪勢なドレスを身に纏い、タワーのような渦状の頭をした中年女。その両脇には若く美しい二人の女性が座っている。若い女性の方も美しいドレスを身に纏っていた。

「ええ。椿さんと楓さんも参加されるんですか?」

「ええ、私たちなんかじゃ竹人様のお目にも止まらないでしょうけどっ…」

「そんなことないってぇ~っ!何なら俺がもらったるよぉ~っ!!」

「ちったぁ黙っとけ、サルっ」

 謙遜した感じで言う椿に、門貴が軽い言葉を飛ばす。そんな門貴に突っ込む桜時。

「まぁ~レイラちゃんが出るのでしたらウチの椿や楓には勝ち目はないざますわねぇ~っ!」

「あっらぁ~そんなことないですよぉ~ママハッハさんっ」

 ママハッハのおだてに、謙遜したことを言いながらも嬉しそうな笑みを浮かべるレイラ。

「ではお先に行っておりますわっ、失礼っ」

「ひひぃ~んっ!」

 ママハッハが手綱を引くと、馬が声をあげ、三人を乗せた馬車がレイラの家の前から駆け出していった。

「もぉ~私の美しさったら、ママハッハさんも感服するほどなのねぇ~!私ってば罪な女っ!」

「嫌味で言ってるってこと、まったくわかってないねぇ~」

「いいんじゃないですか。平和で」

 自分の美しさに罪を感じているレイラを見ながら、輝矢と由雉が冷めた反応を見せる。

「とにかくとっとと行こうっ!このままじゃ間に合わねぇーっ!全速力で走るぞっ!」

「ドレスなのに全速力で走れるわけないでしょ~?」

「えっ?あっ、ああっそっか」

 レイラに強く言われ、ハッとしたように呟く桜時。

「でもっ急がねぇーと間に合わねぇーしっ…えっと、どうしたらっ…んっ?」

 車の引くような音が聞こえ、桜時が振り返る。

「これで行きましょう」

「へっ?」

 隣の家の敷地から軽々と荷車を引いてやって来たのは輝矢である。

「輝矢、それどっからっ…」

「隣の家から奪って来ました」

「犯罪だろっ!それっ!」

 サラっと答えた輝矢に、桜時が突っ込みを入れる。

「ゴチャゴチャ言っている暇はありません。荷台に乗りなさい、ゴリラ」

「レイラよっ」

 輝矢に名前の訂正をしながらも、レイラが荷車の上へと乗りあがる。

「大丈夫なのぉ~?」

 レイラが乗った途端に軋む荷車を見て、由雉が不安げな声を出す。

「屋敷までもてばいいんです」

「でっ、馬は?あっ、牛か?」

「いえ、イヌとサルです」

『へっ?』

 荷車を引く馬を探していた桜時と門貴が、輝矢の言葉に目を丸くする。


――ボォォォォ~ンッ!


「何故っ…」

 獣化して荷車を引く体勢を取るハチとモンキ。この現状にハチが疑問を抱く。

「さっ、とっとと行きましょう」

「お前も乗るのかよっ!!」

 レイラとともに荷車の上に乗る輝矢に、ハチが振り返って怒鳴りあげる。

「よっしゃああっ!!輝矢んの頼みやぁ!とっとと行くでぇっ!!イヌぅ~っ!」

「だあああっ!!わかったよっ!!全速力で行くぞっ!サルっ!!」

「おぉぉーうっ!!」

 気合いを入れて荷車の取っ手を持ち上げるハチとモンキ。

『どりゃあああっ!!』

 物凄い勢いで荷車を引いていくハチとモンキ。

「ちょっと待ってよぉ~」

 どんどん突き進んでいく荷車を、ユキジはゆっくりと飛びながら追いかけた。

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