5.クマった上司 ◇2
白熊の街、すぐ外の山道。
「ねぇ~いつまで探せばいいのぉ~?」
面倒臭そうに声を出すのは、上空を飛びながら白熊の街の周囲を見下ろしているユキジ。
「鬼人っぽいものなんて全然見えないんだけどぉ~?」
「見ようとしていないから見えないのです」
「何、仙人みたいなこと言ってんのさぁ~」
ユキジのちょうど真下、山道途中の大きな岩に腰掛け、のんびりと本を読んでいる輝矢の言葉に不満げな顔を見せるユキジ。
「こっちも鬼人らしいもんは見つからんかったでぇ~」
「俺もっ」
輝矢の座っている場所へ、それぞれ逆方向から戻ってきて言うハチとモンキ。
「使えない動物さんたちですねぇ。野生の勘はどこに置いてきたんです?」
「ごめんなぁ~っ!輝矢ぁ~んっ!」
「てめぇーこそ退治屋の勘はどうしたんだよっ……」
冷たく言い放つ輝矢に、泣きそうな顔で謝るモンキと不満げに呟くハチ。
「ねぇ~どっこにもいないからさぁ~とりあえず街戻ろうよぉ~ここ、超寒いしぃ~」
上空からユキジが訴える。
「だいたいか弱いボクが何だってこんなことっ……んんっ?」
――ヒュンッ!
「えっ?ふわぁっ!!」
「由雉っ……!」
上空にいたユキジが、横から物凄い勢いで飛んできた何かとぶつかり、まっ逆さまに下へと落ちてくる。
「うわあああっ!」
「……っ危ないですねぇ」
「ふぅっ……」
ちょうど真下にいた輝矢に受け止められ、何とか一息つくユキジ。
「ああっ!ユッキーばっかりズルいぃっ!俺も輝矢んに受け止められたいぃっ!!」
「アホなこと言ってる場合かっ!今のっ……!まさか鬼人じゃっ……!」
「ふわぁーっはっはっはっはっ!!」
『……っ?』
鬼人かと警戒する一同であったが、聞こえてくる何となく聞き覚えのある笑い声に、皆、眉をひそめる。
「鳥を使って捜索かぁ~いっ?随分と原始的な捜査をするんだねぇ~っ!桃タローのお弟子さんはっ!」
「あっ、嫌味上司っ」
輝矢の手の中から飛び立ちながらユキジが言う。山道に大きな笑い声を響かせて立っていたのは、オトポリの隊長・鉄汰であった。その横には不機嫌そうなゴンと羊スケの姿がある。
「もしかしてさっき飛んできたのってっ……」
「ああっ、これのことかいっ?」
『……っ』
鉄汰が自慢げに取り出したのは、手の中に程よく納まりそうなサイズの、鈍い光を放った鉄球であった。
「危ないでしょ~っ!可愛いボクが怪我でもしたら、どうしてくれんのさぁ~っ」
「コイツが何なのか知りたいだってぇっ!?」
「うぅわっ……」
「まったく人の話、聞いていませんね」
「そうだねっ!!教えてあげなくもないよぉっ!!」
ユキジの言葉をまったく無視して、鉄球の紹介を始める鉄汰に、ユキジと輝矢が呆れきった表情を見せる。
「コイツはね“鉄汰スペシャル”と言って、半径十メートル以内の鬼人を感知できる仕組みになっているんだよ!」
「すっげぇーっスね!」
「ケっ」
目を輝かせる羊スケの横で、少し不満げな顔を見せるゴン。
「コイツでこの辺り一帯は調べたけど、反応はナッシングさっ!君たちも無駄なことは早々にやめるんだね」
勝ち誇ったように言う鉄汰に、顔を引きつる一同。
「では失礼っ!ふわぁーっはっはっはっはっ!!」
高々と笑い声をあげながら、鉄汰がゴンと羊スケを連れて去っていく。
「何ぃ~っ?あれっ!滅茶苦茶ヤな感じっ!」
鉄汰が去った途端に、ユキジが声を出す。
「でも鉄汰スペシャルあったら便利だよなぁ~」
「輝矢んっ!俺が輝矢んの“輝矢スペシャル”になってみせるでぇっ!」
「はいはい」
やる気満々に叫ぶモンキを、輝矢が適当にあしらう。
「まぁこの辺りに鬼人がいないのは確かなようですし、街へ戻って聞き込みでもしましょうか」
ということで戻って、白熊の街。
「最近、街にやって来た怪しいクマ?クマ二郎さんかなぁ~」
「最近になって様子の変わったクマはいないけど、怪しいのはクマ二郎さんじゃない?」
「そりゃクマ二郎さんでしょ~だって黒いしっ」
『……。』
街の白熊たちへ聞き込みを始めた輝矢たちであったが、鬼人が化けて紛れていそうな怪しい人物を尋ねると、皆、口を揃えてクマ二郎の名を出した。
「怪しいってよ、お前の知り合い」
「んん~これは複雑な心境ですねぇ~」
ハチの言葉に、あまり複雑ではなさそうに答える輝矢。
「そりゃ怪しいよぉ~三日前にいきなり越してきて、しかも一頭だけ黒熊だしっ」
「けどあのスープの旨さは、鬼人では出せへんでぇ~」
「まぁとにかく一旦、クマ二郎さんトコへっ……って、んんっ?」
――ヒュンッ!
「どわあああああっ!!」
クマ二郎の家へ戻ろうと振り返ったハチへと、正面から物凄い勢いで何かが飛んでくる。避けることもできずに、叫び声をあげるハチ。
「ハチっ」
輝矢がハチを抱き上げる。
「ぐほぉぉっ!!」
輝矢がハチを抱き上げたため、ちょうどハチの後ろに立っていたモンキの顔面に飛んできた何かが直撃する。モンキは鈍い声と音を漏らして、力なく後方に倒れこんだ。倒れたモンキの横に、モンキの顔面を直撃した鉄球らしきものが転がる。
「んんっ……かぐやっ……これぞっ……愛の試練っ……」
「何言ってんのぉ~?」
倒れこんだモンキの意味不明な呟きに、ユキジが呆れた顔を向けた。
「ふぅ~大丈夫ですか?ハっ……」
「ぐぶぐぶぐぶぐぶっ……」
「こちらも気絶しちゃいましたね」
輝矢に抱き上げられた女恐怖症のハチは、輝矢の腕の中で泡を吹いて気絶していた。
「ふわぁーっはっはっはっはっ!!」
『……っ』
もう聞きなれてきた笑い声に、輝矢とユキジが一瞬にしてうんざりした表情となる。
「一軒一軒聞き込みかぁ~いっ?これまた古臭さ極まりない捜査だねっ!桃タローのお弟子さんっ!」
案の定、輝矢たちが振り返った先に立っていたのは、ゴンと羊スケを連れた鉄汰であった。
「またアナタですか……」
「いかにもっ!いかにもっ!ほいっ!」
鉄汰が右手を挙げると、モンキの横に転がっていた鉄球が浮き上がり、鉄汰の元へと飛んでいく。
「コイツが何だか知りたいだってぇっ!?」
「知ってるよっ、“鉄汰スペシャル”でしょっ?」
「ノンノンノンっ!」
「言動がいちいちムカつくなぁ~」
またしても無理やり鉄球の紹介にいこうとする鉄汰に、ユキジが強い口調で答えたが、鉄汰は人差し指を立て左右に動かしてその答えを否定する。その動きと言動に苛立ちを感じるユキジ。
「コイツはねぇっ!“鉄汰スペシャル・バージョンツー”さぁっ!」
「バージョンつぅ~っ?」
鉄汰の解説に、ユキジが顔をしかめる。
「擬人化した鬼人は姿形では判別不能だが、その体温が十度ほど人間より低いんだよ」
「体温っ……?」
「知っていたかいっ?桃タローのお弟子さんっ!知らなかっただろうっ!ふわぁーっはっはっはっ!」
「……っ」
小ばかにしたように笑う鉄汰に、輝矢が少し表情を歪める。
「このバージョンツーはねぇっ!半径十メートル以内の人間の体温を瞬時に測定し、鬼人を見つけ出せるのさっ!」
「すっげぇースねっ!」
「ケっ」
バージョンツーにまたしても目を輝かせる羊スケと、不機嫌顔を続けるゴン。
「測定の結果、この街の住人の中に鬼人はいなかったよっ!聞き込みも無駄になってしまったようだねっ!」
勝ち誇ったように鉄汰が言う。
「いないって……じゃあ鬼人はどこにっ……」
「きっともうこの街にはいないんだよっ!」
『えっ?』
鉄汰の言葉に、ユキジやゴンたちが驚いたような顔を見せる。
「いないってっ……!」
「もう七日も現れていないんだよ?街の中にも外にもいないし、きっとどこかへ行ったんだよっ」
思わず身を乗り出したゴンに、鉄汰が冷静に答える。
「念のため周囲の街や村に警戒要請はしとくよ。明日の朝には本部へ戻るから報告書よろしくね、二人とも」
「はぁぁっ!?」
ゴンが血管を浮き出させて、声を荒げる。
「本部へ戻るだぁっ!?お前なぁっ!確信もないのにそんな簡単にっ……!!」
「抑えて抑えてっ!ゴンさんっ!隊長命令っスよっ!」
「確信ならある」
『へっ?』
鉄汰へ飛びかかろうとしていたゴンと、ゴンを必死に抑えていた羊スケが、鉄汰の言葉に目を丸くする。
「“鉄汰スペシャルの力は絶対”。これが確信だ。間違ってはないだろう?」
「……っ」
自信たっぷりに言い放つ鉄汰に、さすがのゴンも言い返す言葉を失くす。
「さて行こうか。今回は桃タローのお弟子さんが出るまでもなかったようだねっ!ふわぁーはっはっはっ!」
高らかと笑いながら、その場を去っていく鉄汰。
「そういうこった。無駄足踏ませちまって悪かったなっ!今度、何か奢るからよぉ」
「すみませんっスっ!じゃあ俺たち、報告書あるんで失礼するっス~っ!」
そう言うと、ゴンと羊スケが鉄汰の後を追うようにしてその場を去っていった。
「ふぅ~んっ、何かつまんない幕引きになっちゃったねぇ~輝っ……」
「……。」
ユキジが振り向くと、そこには厳しい表情で何やら考え込むように俯いている輝矢の姿があった。
「輝矢っ……?どうかしっ……」
「何……奢ってもらいましょうか……」
「……そんなことだろうとは思ったけどっ……」
ユキジは少し肩を落とし、呆れた表情で呟いた。
その日・夜。クマ二郎の家。
「ひぇっ!おいらぁ、そんなに街のクマさんたちに疑われとるだかぁ~?ショックで立ち直れないだぁ」
「仕方ないじゃん。黒いんだから」
捜査から戻ってきた輝矢たちから、自分が街で一番怪しい人物とされていることを聞かされ、ショックを受けるクマ二郎。そんなクマ二郎に冷たい言葉を投げかけるユキジ。と言いつつもクマ二郎の作ってくれた晩御飯を早いペースで食べている。
「おいらのどっこかいけながったんだろ~さぁ~?輝矢さぁ~ん」
「さぁ?笑い方じゃないですか?」
「笑い方っ!?ガッハッハってやつだべかっ!?」
「“ウナッギッギっ”の方がええんとちゃう~?」
「そうだべかっ!?じゃあちょっくら練習をっ…ウサッギッギッギっ!おおーっ!ウサギになっちまうだぁ」
適当なことばかりを言う輝矢とモンキの言葉を間に受け、必死に笑い方を練習し始めるクマ二郎。
「まぁ良かったじゃねぇーか。何とかバージョンツーのお陰で疑われなくて済んだんだしっ」
「まぁあんなのなくてもクマ二郎さんが鬼人じゃないことくらい、わかりそうなもんだけどね」
「……。」
ハチとユキジの会話を聞きながら、輝矢が晩御飯を食べる手を止め、表情を曇らせる。
――“鉄汰スペシャルの力は絶対”。これが確信だ……――
「この世に……“絶対”なものなどあるのでしょうか……」
『へっ?』
輝矢の言葉に、皆が振り向く。
「私の強さの他に……」
「よく考えたら鉄汰とタイプ似てるよな」
「うん、高慢なところがね」
「そんな輝矢んが俺は大好きやぁーっ!!」
こうして緩やかに、輝矢たちの夕食時間は過ぎていった。
そんな頃……。
「グフっ……グウウウっ……ガハっ……」
白熊の街近くの山の地面から、苦しげな声を出して顔を出す何か。光る角と、鋭い目を持った化け物。
「グワアアアーッ!!」
土の中から巨大な化け物が姿を現した。
白熊の街はずれ。オトポリ警官用テント。
「ふんふぅ~んふぅ~んっ♪」
『……。』
部屋着ですっかりリラックスムードの鉄汰が、機嫌よく鼻歌を歌いながら鉄汰スペシャルの手入れをしている。丁寧に鉄球を拭く鉄汰を見ながら、少し呆れた顔を見せているゴンと羊スケ。
「あんなもん磨いてなぁ~にが楽しいんだっ?」
「さぁ~?ってかゴンさぁ~ん、報告書書くの、手伝って下さいよぉ~」
「面どい」
「いっつもそれじゃないっスかぁ~」
報告書を羊スケ一人に押し付けてゴロゴロしてばかりいるゴンに、羊スケが不満げな顔を見せた。
「まぁあの桃タローの弟子とやらも少しはわかったんじゃないかいっ?」
『……っ?』
鉄汰スペシャルを磨きながら、不意に声をあげる鉄汰に、ゴンと羊スケが顔を上げる。
「ボクらオトポリさえいれば、退治屋なんて必要ないってことがねっ!ふわぁーっはっはっはっ!」
テントに響く、鉄汰の笑い声。
「だいたい桃タローの弟子なんてっ……」
「前から聞こうと思ってたんスけどぉ~、鉄汰隊長って何でそんなに桃タローが嫌いなんスかぁ~?」
「……っ」
「ありっ?」
急に表情をしかめる鉄汰に、羊スケが少し戸惑うように首をかしげる。
「何かマズいこと聞いたっスかね?俺っ」
「さあなっ」
小声で問いかける羊スケに、ゴンは突き放すように答えた。
――テッキュウウーンッ!
「だああああっ!!」
テント内に響きわったった甲高い機械音に、ゴンが飛び起きる。
「なっ……何だぁっ!?」
「白熊の鳴き声っスかね~?」
「どう考えても違うだろーがっ!!」
「“鉄汰スペシャル”だっ……」
『えっ?』
鉄汰の言葉に、振り向くゴンと羊スケ。
「ソイツ、そんな音出すのかっ?っつーか、鳴いたってことはもしかしてっ……」
「鬼人反応っ……。……っ!」
「あっ!おいっ!!」
鉄汰スペシャルを手に、慌ててテントの外へと出て行く鉄汰。そんな鉄汰を追いかけ、ゴンと羊スケもテントを出る。
『……っ!』
テントを出た三人が目を見開く。
「きゃあああっ!!」
「うわあああああっ!!」
「グワアアアアアッ!!」
「鬼人っ……!?」
逃げ惑う人々の中で、空へ向かって雄たけびを上げる、濁った緑色の皮膚の禍々しい鬼の化け物。数軒の家は炎に包まれ、道端に倒れているシロクマの姿も見える。




