4.不幸な女の青い鳥 ◇3
その頃、ミチルの家。
「では由雉は“雉人”の……?」
「ええ。群れからハグれたのでしょう、一人彷徨っていた所をコウノトリ一族の群れに拾われたそうです」
ダイニングテーブルに向かい合って座る輝矢とミチルは、二人とも真剣な表情を見せていた。
「拾われた由雉はこの幸せの街で、コウノトリとして生き始めました……」
「……。」
伏せ目がちに話すミチルを見ながら、輝矢が少し目を細める。
「そんな時です……あの子が私の前に現れたのは……」
――ねぇっ、ボクをあなたのブルーバードにしてよっ!――
笑顔で舞い降りた青い鳥。
「はじめは私を幸せにしようと必死に頑張ってくれていたのですが……」
「キジに幸力はありませんからね……人を幸せにできるはずもない……」
「そう……あの子も思っているんです……」
「えっ……?」
ミチルの言葉に、首をかしげる輝矢。
「自分はキジだから幸せにはできない……と……。でもね、輝矢さん……」
「輝矢さんっ!ミチルさんっ!」
『……?』
そこへ慌てた様子で幸コが駆け込んでくる。
「幸コちゃん?どうかしっ……」
「大変なんですっ!ハチさんと門貴さんが街の人たちと乱闘騒ぎになっちゃっててっ……!」
「ええっ?」
「……っ」
幸コの言葉に、輝矢は眉をひそめた。
再び、噴水池前。
「おっらぁーっ!!」
『ぎゃあああああっ!!』
「たりゃあああっ!!」
『ぐおおおおううっ!!』
人だかりの真ん中で、どんどんと街人を吹き飛ばしていく桜時と門貴。
「ああっ!もうほとんど倒しちゃってるっ……!」
輝矢とミチルを連れて戻った幸コが、圧倒的な強さで街人を倒しまくっている桜時たちを見てマズイ顔をする。
「輝矢さんっ!早くお二人をお止めしてくださっ……!」
「おっりゃああああっ!!」
「うっ……!」
桜時の後方から、桜時へ向けて鍬を振り下ろす男。
「……っ」
「ぎゃああああああっ!!」
その男を、蹴りで軽々と吹き飛ばす輝矢。
「まったく、ウチのハチに何てことしてくれるんですかぁ」
「お前……鬼相手じゃねぇーんだから、ちったぁ手加減しろよ……」
冷たく言い放つ輝矢に、少し呆れた表情を向ける桜時。
「ああっ……!止めてもらうつもりがっ……!」
「事態悪化だねっ」
止めるどころか乱闘にあっさりと参戦している輝矢に、頭を抱える幸コ。そんな幸コの横で呆れきった様子で呟く由雉。
「……?」
由雉の横を通って、ミチルが街長の元へと歩いていく。
「ミチルさっ……」
「すみませんでした……」
「えっ……?」
『……?』
街長の前に立ち、深々と頭を下げるミチル。そのミチルの行動に由雉は驚いたように目を開き、乱闘をしていた輝矢や桜時たち、街人たちも動きを止めた。
「私が池に入ってしまったことで……出目鯉さんたちに何かショックを与えてしまったのかも知れません……」
ミチルがもう一度深く頭を下げる。
「本当にっ……申し訳ありませんでした……」
「……っ」
頭を下げるミチルを見て、唇を食いしばる由雉。
「ふんっ!謝ればいいというものではないわっ!」
まだ顔を上げないミチルに、街長は冷たい言葉を投げかける。
「次やったら街を追い出すからなっ!鯉は運び終わったかっ!?」
「はっはいっ」
「なら行くぞっ!鯉の手当てをせねばっ……!」
「はっはいっ!」
そう言って街長と側近や、鯉の入った水槽を持った者たちが次々と去っていく。街長たちが去ったことで、集まっていた街人たちも自然と噴水池の前から去っていった。
『……。』
その場に輝矢たちと、ミチル、由雉、幸コの六人だけが残る。
「ふぅ……」
「何でっ……何で謝ったの……?」
「えっ……?」
やっと頭を上げたミチルに、由雉が厳しい表情で問いかける。
「だって鯉に何にもしてないんでしょっ!?」
「覚えはないけれど……昨日、私が池にはまったことが原因になってしまったのかも知れないでしょう……?」
非難するように問いかけた由雉に、ミチルが穏やかな笑顔を見せる。
「ほらっ……蟹座今日、十位だったし……私の星回りの悪さが鯉さんたちに影響してっ……」
「そうやっていつもいつもっ……自分が悪かったって平気で頭下げるよねっ……」
「由雉……?」
俯いたまま、どこか震えた声を発する由雉に、ミチルが少し首をかしげる。
「言えばいいでしょっ!?ボクがいるせいで不幸なんだってっ!!」
「由雉っ……」
顔を上げた由雉は、泣きそうな顔で強くミチルを攻め立てた。
「追い出せばいいでしょっ……!?幸せを呼ばないっ……ただのキジなんていらないってっ……!!」
『……。』
由雉の叫びを、輝矢たちは何も言えないまま、ただ見つめる。
「同情でもしてるのっ……?」
「……っ。由雉っ……!私はっ……!」
「もうそんなのっ!たくさんなんだよっ!!」
「由雉っ……!」
――ボォォォォーンッ!
由雉が雉化して、大空へと飛び立っていく。
「由雉っ……!あらっ?きゃあああっ!!」
「うわちゃっ!」
由雉を追おうと走り出したミチルが、三歩で足首を捻り、その場に転がり込む。
「大丈夫かぁっ?」
桜時と門貴が転がり込んだミチルへと駆け寄る。
「由雉っ……由雉を追って下さいっ……」
ミチルが必死に顔を上げ、まっすぐな瞳で輝矢を見る。
「お願いしますっ……!」
「……。仕方ありませんねっ……」
必死に懇願するミチルを見て、輝矢は少し肩を落とした。
「私はキジを追いますので、ミチルさんをお願いしますね」
「任しときぃっ!俺が幸コちゃんの傍にずっとおるでぇっ!」
「そっちじゃねぇーよっ」
景気よく返事する門貴に桜時が突っ込みを入れている中、輝矢は由雉を追ってその場を去った。
――申し訳ありませんでした……――
何度、あの姿を見ただろう。いつもあの人は、自分を責めるように深々と頭を下げる。
「……っ」
――ボォォォーーンッ!
「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!」
キジから人の姿へと戻って、街のはずれの森へと降り立つ由雉。
――私が悪かったのよ……ほらっ、蟹座、今日十一位だったし……――
――そうよねぇ……私が悪いわ、ごめんなさい……――
不幸な目に遭って、周りがそれをキジである由雉のせいだと言っても、ミチルはいつもそう言って自分のせいにしては謝っていた。自分が悪いのだと笑って言った。
「なんで……」
由雉が地面に膝を付き、力なく呟く。
「なんでっ……!」
「何故でしょうね……」
「……っ?」
背後から聞こえてくる声に、由雉が少し驚いたように振り返る。そこに立っていたのは輝矢であった。
「君っ……なんでっ……」
「ミチルさんにアナタを追うよう頼まれましてね」
「ボク、飛んできたのに追いつくの速すぎじゃない?」
「私に追いつけないものなんてあるはずないでしょう?」
「はぁっ……」
由雉が不思議がりながらもとりあえず頷く中、輝矢はゆっくりと由雉に歩み寄り、由雉の横へと膝をつく。
「何しにっ……来たのっ……?ボクっ……下手な励ましとかいらないんだけどっ……」
「まったく励ます気はないので、ご心配なくっ」
「あっそお……」
冷たい笑顔でハッキリと言い放つ輝矢に、少し呆れた表情を見せる由雉。
「本当のことだけ……言いに来ました……」
「本当のこと……?」
輝矢の言葉に、由雉は戸惑うように顔を上げた。
その頃、街はずれの森。輝矢と由雉のいる辺りから少々離れた地点。
「由雉っ!由雉っ!?あらっ?」
森の中を歩きながら、必死に由雉の名を呼んでいたミチルの前に、木陰から何かが飛び出してくる。
「ガルルルルぅっ!!」
それは獰猛そうな、野生のトラ。
「ひっええええっ!!」
「ガルルルルっ……!!」
震え上がるミチルに、トラが飛び出していく。
「助けてぇぇぇーっ!!」
「ぎゃあああっ!!近寄ってくんなぁっ!」
逃げ込んでくるミチルから、必死に逃げるハチ。
「はいはいっ!」
「きゅううぅぅ~っ」
「ちぃ~っと大人しく寝といてやっ!」
ハチを追うミチルを追っていたトラの額に蹴りを食らわせ、あっさりと気絶させるモンキ。その動きはかなり手馴れた様子。それもそのはず、こうしてミチルがトラに襲われるのは、もう早五回目なのである。
「それにしてもこの森のトラ、ちょぉ~っと気ぃ、立ち過ぎなんちゃう?」
「いつもは大人しいんですけどっ……」
モンキの問いかけに、戸惑ったような表情を見せる幸コ。
「一体、どうしちゃったんでしょうか……」
「まぁ幸コちゃんのことはがっちり俺が守ったるから安心しぃっ!オバハンもあんま勝手に動かんとっ……!」
「由雉ぃっ!!」
「って、聞けいっっ!!」
モンキの忠告を聞くことなく、由雉を探してどんどん森へと入って行ってしまうミチル。
「ったくもうっ!大人しく輝矢がキジ連れて帰ってくんの、街で待っとけばええのにっ!」
「居ても立ってもいられねぇーんだろ」
面倒臭そうに言うモンキに、ハチがどこか穏やかな顔つきで答える。
「孔雀さんもあんくらいだったらいいのにっ……」
「こんにゃくぅ?」
「別に何でもねぇっ」
思わず漏らした呟きを、ハチは適当に誤魔化した。
「きゃああああっ!!」
『……っ』
先を行くミチルが悲鳴をあげる。
「きゃあああっ!!」
「だああああああっ!!」
再び駆け込んでくるミチルから、再び必死に逃げ惑うハチ。
「またトラかぁ~?」
「トラっ……!トラトラトラトラっ……!」
「やっぱトラかぁ~」
ハチを追いかけているミチルにモンキが問いかける。ミチルは引きつった表情で前方を指差している。
「トラももう飽きっ……なっ……!?」
「これはっ……!」
ミチルの指差している前方を見たハチとモンキの表情が変わる。そこには傷ついた獰猛なトラが、何頭も倒れこんでいた。皆、何者かに襲われたような傷を負っている。
「どういうこっちゃっ……」
「まさかトラたちの気が立ってたのって……」
『グワアアアアアーーーッッッ!!!!』
『……っ!』
聞こえてくる雄たけびに、ハチとモンキが顔を上げる。
『ガアアアァァーッ……』
「鬼人っ!?」
「きゃあああああっ!!」
傷ついたトラたちの向こうから現れたのは、濁った黄色の肌を持った角二本の巨大な鬼、三匹。その禍々しい姿にミチルと幸コが震え上がる。
「黄鬼っ……!レベル二かっ」
「さっすが蟹座十位っ!黄鬼三匹とは桁が違うでぇっ!!」
――ボォォォォーーンッ!
すぐさま人化して、それぞれ村雨丸と如意棒を構える桜時と門貴。
「輝矢ん抜きで大丈夫やろかぁ?」
「やるしかねぇーだろっ!行くぞっ!」
『グワアアアアーーッ!!』
桜時・門貴と、鬼人三匹との戦いが始まった。




