3.サイ蔵法師サマ御一行 ◇4
翌日。“実りの森”。
『ふわぁ~っ』
サイ蔵たちに切り倒された木の一帯に集まったタコ吉や畑の老婆をはじめとする多くの街人たちが皆、目と口を大きく開けたまま一斉に声を漏らした。
『……っ』
街人たちの視界一面に広がるのは、桃色鮮やかな幾本もの満開の桜の木。
「いっやぁ~はははぁ~っ」
唖然と桜の木を見上げる街人たちに、苦い笑みを向けるのはハチ。
「悪りぃなぁ、俺、木は桜しか咲かせらんなくってさぁ~」
サイ蔵たちに無残にも切り落とされた木たちを、ハチは昨日の戦いの後、“花力”を使って桜の芽を植え込み、その芽はたったの一日で立派な木を咲かせたのである。
「思いっきり季節はずれだし、この桜じゃ実、食えねぇーけどっ……」
「すんばらしぃーっ!!」
「へっ……?」
大声をあげるタコ吉に、ハチが目を丸くする。
「何と素晴らしい桜だぁーっ!!」
「ホントっ!キレイぃーっ!!」
街人からは次々と感嘆の声が漏れる。
「サイ蔵みたいな悪党の肩を持ち、あなた方を鬼人とまで言った我らにここまでしていただいてっ……!」
「申し訳ありませんでしたっ!そしてっ……本当にありがとうございましたっ!」
『ありがとうございましたぁっ!』
街人たちが一斉に輝矢とハチに頭を下ろす。
「いっ……いいってっ!誤解されたこととか特に気にしてねぇーしっ!」
「深く傷ついたので一人十チュンずつ払って下さい」
「おいっ!!」
金の請求をする輝矢に、ハチが勢いよく突っ込む。
「ボクもっ……ごめんねっ……」
『……?』
街人たちの一歩前へ出て、輝矢とハチに気まずそうに謝るイカ吉。
「そのっ……悪いヤツだって……散々言っちゃってっ…ホントごめんなさいっ!」
「イカ吉っ……」
深く頭を下げるイカ吉を見て、タコ吉が穏やかな笑みをこぼす。
「いいってっ!俺ら別に気にしてなっ……!」
「私にあのような失言の数々……決して許されることではありませんねっ」
「えっ?」
「おっおいっ!」
冷たく言い放つ輝矢に、何となく嫌な予感を感じて顔を引きつるハチとイカ吉。
「罰としてっ……」
「……っ」
輝矢を見つめ、息を呑むイカ吉。
「今後はアナタがこの街を守りなさいっ」
「えっ……?」
冷たい笑みではなく笑う輝矢に、イカ吉が戸惑いの表情を見せる。
「二度と私の手を煩わせないように。そうすれば許してあげます」
「……っ。うんっ!」
「……っ」
輝矢の言葉に笑顔で大きく頷くイカ吉。そんなイカ吉を見て、ハチもそっと笑顔をこぼした。
「じゃあ俺らはコイツらを本部まで連行してくっからっ」
『……っ』
鬼人に襲われてからはとても大人しくなったサイ蔵一行を車の後部席に乗せ、助手席の扉を開けたゴンが輝矢とハチに言う。
「それからそこでこっそり隠れてるサルっ」
『……?』
ゴンが森の木陰の方を向いて言うと、輝矢やハチ、街の人々の視線がそちらに集中した。
「あっ、門貴っ」
「……。」
木陰に隠れるようにして佇んでいたモンキに、皆が気づく。一斉に注がれる街人たちの視線にモンキはどこか悲しげに俯き、離れたその位置から歩み寄ろうとはしない。
「コイツらの証言も取って、お前がこの鬼人でっちあげ事件には無関係だったことが立証された」
「じゃあアイツは無罪ってことか?」
「ああ、まぁ後は自由に暮らせっ!じゃあなっ」
「では失礼するっス~」
そしてゴンたちはサイ蔵一行を連れ、一足先にこの街を旅立っていった。
『……。』
モンキと街人たちとも間に立ち込める沈黙。
「アイツっ……やっぱ気まじぃのかなっ……」
「……。」
そんなモンキに表情を曇らせる輝矢とハチ。
「無関係だったっつったって、街の人が信じてくれっかどうかっ……」
輝矢とハチが不安げに見守る中、モンキと街人たちとの間に静かで気まずい空気が流れる。
「あっ……あのっ……」
ゆっくりと口を開くモンキ。
「俺っ……」
「門貴さんっ!ありがとうっ!」
「へっ?」
モンキが言葉を発しようとするその前に、モンキに笑顔で礼を言ったのはイカ吉であった。
「イカ吉っ……」
「門貴さん、あんがとぉ~ごぜぇ~ましたぁ~っ」
「えっ……?」
イカ吉に続くように礼を言う、昨日の畑の老婆。
「これは感謝の気持ちのバナナですぅ~」
「……っ」
老婆の差し出した大量のバナナを見て、モンキが唇を噛み締める。
「せっ……せやけど俺っ!サイ蔵の仲間やったしっ……!せやのにサイ蔵のしとること気づかんかったしっ!」
モンキが俯き、叫ぶ。
「お礼言ってもらう資格なんかっ……!」
「あんりますよぉ~」
「へっ……?」
老婆の言葉に、モンキがゆっくりと顔を上げる。
「門貴さんはぁ、一生懸命ウチの畑、耕し直して下さったじゃあないですかぁ~」
「ばあちゃんっ……」
「俺ん家の屋根瓦も直してくれたっ!」
「ウチの井戸水もキレイにしてくれたわぁっ!」
街人が次々に明るい声を出す。
『ありがとうございましたっ!門貴さんっ!!』
「みんなっ……」
笑顔で礼を言う街人たちに、モンキがその目を少し潤ませる。
「ありがとおっ!!」
バナナを受け取り、心から嬉しそうな笑顔を見せるモンキ。
「門貴さんっ」
「……?」
次々とお礼の品を渡す街人たちの最後に、イカ吉が門貴の前へと出る。
「色々あったけどっ……ボクっ!やっぱり門貴さんみたいな強いおサルさんになるよっ!」
「イカ吉っ……」
「だからサルにはなれませんて、イカは」
「だからアイツはタコなんだって」
変わらぬ輝く瞳を向けて、イカ吉がモンキに言う。感動しているモンキの横で、昨日と同じくだらないやりとりをしている輝矢とハチ。
「ああっ!頑張りやっ!」
「うんっ!」
『……っ』
モンキの言葉に、大きく頷くイカ吉。そんな二人を見て、輝矢とハチも笑みをこぼした。
「ああっ!でも俺っ!まだ街のオブジェの修理をっ……!」
「街も落ち着いたし、修理は街のみんなでやるよぉ~」
「そっそうかぁ?」
タコ吉の言葉に、モンキはオブジェを作りたかったのか、少し残念そうな顔を見せる。
「じゃあ私たちはそろそろ行きましょうか」
「ああっ」
「おうっ!」
「ああっ!?」
輝矢の言葉にハチと同じように返事をするモンキに、ハチが勢いよく振り返る。
「なんっでお前が返事すんだよっ!!」
「へぇっ?だって俺、今日から一緒に旅する仲間やんっ?」
「誰がっ!いつっ!どこでどうなってそうなったんだよっ!!」
自然と答えるモンキに、突っ込みを入れまくるハチ。
「だって俺ぇ~、自由にしぃ~言われたけど、特に行く当てとかないしぃ~それにっ」
「それにっ?」
「輝矢んの心意気にどぉーんと惚れたぁーっ!!」
「はぁ~っ!?」
大声で愛を叫ぶモンキに、ハチがこれ以上歪まないくらい顔を歪める。
「俺はこの世の終わりまでもお前と一緒に行くでぇっ!輝矢んっ!」
「一人でっ……あっ、間違えた。一匹で行って下さい」
目を輝かせて言うモンキを、相変わらず冷たくあしらう輝矢。
「おっおいっ!どうすんだよっ!?」
「別にいいんじゃないですかぁ~?そこそこ強いし使えるかも」
「んな適当なっ……!」
「ひぃやっほぉっ!じゃあとりあえず行こかぁっ!次はバナナの国へっ!!」
「仕切んなっ!しかも何だぁっ!?バナナの国ってっ!!」
こうして、輝矢とハチの旅に、新たにサルの門貴が加わった。
また、とある“雑種の街”に、“サル”を象った英雄のオブジェが作られるのは、もう少し後の話である……。




