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鬼斬り かぐや  作者: はるかわちかぜ
1/406

1.鳥の国の犬王子 ◇1

 ここは、御伽界。

 人の他にもう一つ、様々な動物の姿を持つ“獣人”と呼ばれる人々の存在する世界。

 獣人は獣化・人化を自在に行い、どちらの姿でもどちらの言葉も話すことができ、人間離れした身体能力の他に自然の力を操ることもできるという。

 人間と獣人たちが共存する平和だった御伽界は、“鬼人”とされる鬼の化け物の出現により、混乱の渦へと巻き込まれていった。

 しかし、“桃タロー”と呼ばれる青年が現れ、全ての鬼人を退治し、御伽界に平和をもたらしたのである。

 そして、十年後…。

 再び現れ始めた鬼人により、御伽界はまたもや混乱の時代を迎えようとしていた。

 この“おとぎ話”はこんなところから始まるのである…。



“世界は僕に影を落とす…”



 御伽界の南に、“雀”と呼ばれる国がありました。

 雀国は、人と雀の姿を持つ“雀人”とされる獣人一族が治めており、他の鳥系獣人も多く暮らしていました。

 そんなところから、この国についた別称は“鳥の国”。




「なんっでだよっ!?」

 その鳥の国の中央道に、大きな声が響き渡った。

「なんっでっ!“骨っこ”が売ってないんだよっ!」

 大きな声を響かせているのは、触り心地の良さそうな毛並みの一匹の白いイヌ。乱雑ではあるが、イヌのわりには流暢な人語を話している。

「そんなこと言われてもねぇ~」

 イヌの言葉に困り顔を見せる、店の主人らしき一羽のニワトリ。こちらも普通に人語を話している。イヌがいるのは、雀国の中央道に立ち並ぶ店の一軒、食品店の前であった。店の前で騒いでいるイヌに、通りすがりの者や他の店の客たちも視線を集めている。

「ウチに売ってるのはパンカスにクッキーカスにチョコクッキーカスに~」

「カスばっかじゃねぇーかっ!もうちっと身になるもん売っとけよっ!」

 売り物のラインナップを紹介するニワトリに、イヌが思い切り文句を言い放つ。

「仕方ないでしょ~ここは鳥の国だよっ?身になるもんなんて、みんな喉に詰まらせちゃうよぉ~」

「そっ…それもそうかっ」

「だいたい何で鳥の国にイヌがいるのさぁ~?」

「ええっ!?それはっ…!そのっ…!あのっ…!そのだなぁっ…!」

 ニワトリの問いかけに、明らかに動揺を見せるイヌ。

「とぉにかく~ウチにはあんたの身になるもんなんて売ってないよっ!営業妨害だぁ~帰った帰ったっ!」

「ああっ!ちょい待っ…!せめてパンカスをっ…!!」


――バタンっ!


「ううっ!」

力強く締まる扉に、イヌが思わず耳を畳む。

「ううっ……」


――ぐゅるるぅ~~っ


豪快に鳴く腹の虫。

「ああ~身がっ……足りねぇ……」

 凹んだ腹を引きずるようにして店の前から歩き出していくイヌ。顔色は元々白いのでわからないが、空腹に相当参っているようである。

「あ~あ~鳥だったらいっくらでも食うもん売ってんのにっ」

「今日のペリカン便は大盛況でねぇ~っ!困ったものだよぉ~っ!」

「あったしもこぉ~んなに伝書がっ!ハト泣かせだわぁ~っ!」

「……っ」

 空を飛んでいるのは、荷物を運んでいるペリカンと手紙を届けているハト。鳥の国である雀国にとっては当たり前の光景を、イヌはどこか悲しげに見上げる。

「鳥……だったら……」

 眩しく映る、ペリカンとハトの翼。

「あぁ~っ!んな不可能なこと考えたって余計に腹が減るだけだっ!とりあえず何か食いもんをっ……!」


――ドンッ!


「んっ?」

 振り返ったイヌが、顔面から何かにぶつかる。

「ええっ……と?」

 イヌがゆっくりと顔を上げる。

『……。』

 見上げた先にあるのは、悪を絵に描いたような人相の悪いゴツ男。イヌがぶつかったのは、その男の足のようである。静かに目と目を合わせるイヌと男。

「あっ……えっと……すんませぇ~んっ」

 男に睨みつけられ、とりあえず愛想笑いを浮かべるイヌ。

「おいおいおいっ!てめぇ~イヌっ!なぁ~にウチのアニキのお足にぶつかってやがんだっ!?ああっ!?」

「アニキのお裾が汚れちまったじゃねぇーかよっ!」

 イヌがぶつかったゴツい男の両脇から、子分らしき小太り男と痩せ身の男がしゃしゃり出てきて、イヌに文句をつけてくる。

「だっから謝ってんじゃねぇーかっ!だいたい裾、大して汚れてねぇーだろっ!?」

「毛がつくんだよっ!イヌの毛がっ!」

「……っ」

 子分の言葉に表情をしかめるイヌ。

「裾なんて汚れてる方が歩きやすいだろっ!ほれっ!」

『ああぁーっ!!』

 気分を害したイヌはその勢いでゴツ男の裾に、くっきりと自分の足跡を付けた。その様子を見た子分二人が大声をあげる。

『てっ…!てっめぇーっ!アニキの裾になんてことをっ……!!』

「ワンポイントでカワイイだろっ?」

『ウチのアニキが可愛くなってどうすんだよっ!!』

「おいっ……」

『あっ…!アニキっ……!』

 ポツリと声を出し、二人の前に手を出すアニキに、イヌに食ってかかっていた子分二人があっさりと下がる。

「どうやらイヌだけあって……この国で最も恐ろしいものを知らないようだなぁ……ワン公っ……」

「この国で最も恐ろしいもの?」

 アニキの言葉に、首をかしげるイヌ。

「んん~……鳥肉大好き人間?」

「俺様だよぉっ!」


――ボォォォ~~ンッ!


 アニキと子分二人の全身を白い煙が包んでいく。

「俺様こそっ!あっ!泣く子も黙る雀国最強集団“ペンタゴン”のお頭っ!あっ!銀ペー様よぉっ!!」

「同じく団員その一っ!ペン太っ!」

「団員その二っ!ペン吉だぁっ!」

「……。」

 白い煙の中から出てきたのは愛らしい丸みの三匹のペンギン。ペンギンの姿となっても人相は悪い。ダサいポーズで古臭い自己紹介をするペンギン集団に、固まるイヌ。

「フッハッハッハっ!恐ろしくて声も出ないかぁっ!」

「何だぁ~飛べない鳥かっ、だっせぇーのっ」

「……っ!!」

 イヌの一言に、銀ペーが表情を凍りつかせる。

「ああーっっ!!それだけは言ってはいけないランキング一位のその言葉をぉっ…!」

「へっ?」

「飛べない鳥っ…飛べない鳥っ…!飛べない鳥っ……!!」

 体を震わせながら、何度もイヌの一言を連呼する銀ペー。

「あっアニキっ!!落ち着いて下さいっっ!!こんなところであの技だけはぁっ!!」

「うおおおっ!!」

『ぎゃああああっ!!』

「うえっ?」

 子分ペンギンの制止を振り切り、雄たけびをあげる銀ペーに、子分ペンギンたちが震え上がる。何となく嫌な予感がして、少しずつ後退し始めるイヌ。

「よっくも言ってくれたなぁっ!人がっ……!ってかペンギンが一番気にしてることをぉっ!!」

「いいいっ!?」

 そう叫んで、急にその場に寝転ぶ銀ペー。

「“ペンペンっ!!スライディーーグっ!ジェット気流”っ!!」


――ビュゥゥゥーーンッ!!


「んなっ!?」

 ツルツルとした頭を地面に滑らせて、物凄い勢いでイヌへと向かってくる銀ペー。

「だあああっ!!」

「待てぇぇーっ!!」

 命の危機を感じ取り、形振り構わず必死に逃げるイヌ。そのイヌを追ってスライドしていく銀ペー。銀ペーの滑った舗装道路は、そのあまりの勢いに深く抉られていく。

「わわわ悪かったっ!俺なんて鳥でもねぇーくせに飛べないとかってバカにして悪かったってっ!!」

「今更遅いわあっ!!」

「ぎゃああああっ!!」

 滑り迫ってくる銀ペーから必死に逃げるイヌ。イヌが逃げれば逃げるほどに地面は激しく抉られ、近くを歩く人々も仰天の表情で2匹の追いかけっこを見る。

「そっ…そうだっ!地面から離れりゃアイツも滑って来れねぇーだろっ!」

 イヌが思いついた様子で方向転換をする。

「いよっとっ!」

 街から外の森へと続く並木の上へと飛び上がるイヌ。


――パアアアアーーンッ!


『いいぃっ!?』

 イヌが飛び乗った瞬間に、真っ黄色の並木が真っピンクの見るも鮮やかな満開の桜の木へと変わる。その光景に目玉が飛び出そうなほどにまで驚く、銀ペーと通りすがりの人々。

「よぉーしっ!これでっ……!」

「“花咲かワンコ”だああっ!」

「売りゃあ希少価値だぞっ!!捕まえろぉぉっ!!」

「だあああっ!何か追ってくる人、増えてるぅっ!!」

 イヌの“花咲か”っぷりに目の色を輝かせて、イヌ捕獲作戦に乗り出してくる通りすがりだった人々。イヌは頭を抱えてさらに必死に逃げる。

「アニキっ!あのイヌっ!」

「ああっ!!俺たちが最初に見つけた俺たちの獲物だっ!絶対一番に捕まえて、あれで金儲けすっぞっ!」

『ういっすっ!!』

 銀ペーの言葉に子分二匹が景気よく頷き、ペンギン三匹組もイヌ捕獲に乗り出す。

『どおりゃああーっ!!』

「ぎゃああーっ!!」

 軽く三十人にはなった追っ手から必死に逃げるイヌ。

「もお何なんだよぉ~っ!!」


――ポンっ!ポンっ!ポンっ!ポォォンっ!!


『おおぉぉっ!!』

 イヌが他の木に飛び移る度に、その飛び移った木が桜へと代わり、その度にまた追っ手が増える。

『“花咲かワンコ”で金儲けっ!目指せ、一代企業っ!!』

「お前らっ!!動物愛護の精神ってもんがねぇーのかっ!って、うわああっ!!」

 追っ手に怒鳴りつけていたイヌが、枝から足を滑らせて木の上から落下していく。

「だああああっ!!」


――どっすぅぅーんっ!


 イヌの悲鳴と激しい衝撃音。

「痛ちちっ……!」

「んんっ……痛いですねぇ~……」

「ああ、まったくだっ……って、へっ?」

 打ち付けた背中を押さえながら、ゆっくりと起き上がるイヌ。しかし聞こえてくるもう一つの痛がる声に、イヌが目を丸くして下を見る。

「急に落ちてくると危ないですよ?ワンコさん」

「……。」

 イヌがゆっくりと自分の起き上がったその場所を確認すると、そこは地面に寝転がっていた人の体の上。イヌが落下したのは、長い黒髪の艶やかな大きな黒い瞳の美しい少女の上であった。少女は自分の体の上で起き上がっているイヌに、穏やかな笑顔を向ける。

 その少女の笑顔に固まるイヌ。

「……っだあああっ!!」

「えっ?」

 イヌが狂ったように叫びながら、勢いよく少女から離れて後退していく。そんなイヌに目を丸くする少女。少女は着物を動きやすく改良したような変わった服に、その服とはあまり似つかない金色の三日月形のモチーフのピアスを右耳にだけしていた。

 年頃は十五,十六に見える。

「おっ……俺の半径一メートル以内に近づくんじゃねぇっ!!」

「……っ“獣人”……?」

 人語を話すイヌに、少し驚いた表情を見せながら起き上がる少女。

「“犬人”の方ですか?鳥の国なのに珍しいですねぇ」

「だあああっ!!近寄るなぁっ!!」 

 歩み寄る少女から、必死に後退していくイヌ。

「あっ、でもそれ以上行くとっ……」

「いいから近寄んじゃっ……!」


――パアアアアーンッ!


「痛ってぇっ!!」

「……っ」

 勢いよく後退していったイヌが、勢いよく後方の木に後頭部をぶつけ、青々とした木が満開の桜の木に変わるとともにイヌの悲痛な声が響き渡る。桜の木を驚いたように見上げる少女。

「あぁ~あ……それ以上行くと木にぶつかりますよと言おうとしたんですが……」

「ううっ…うっ……」

 後頭部を押さえ、もがき苦しむイヌ。

「それにしても面白い力ですねぇ~獣人の方特有の能力というものですかぁ?」

「ううっ…ううっ……」

 感心する少女を横目に、まだまだ苦しむイヌ。

『いたぞぉっ!!』

「……?」

「げっ!」

 そこへやって来るペンギン三匹組をはじめとする、どんと膨れ上がった追っ手の人々。少女は首を傾け、イヌは後頭部を押さえたまま表情を引きつる。

「やっべっ!うううっ!」

 逃げようとするイヌであったが、後頭部が痛み、その場に蹲ってしまう。

「大丈夫ですか?ハチ」

「見た目で名前つけんじゃねぇっ!!ってか一メートル離れろっっ!!」

 勝手に命名した少女に突っ込みつつも、どうにも一メートルに拘りを見せるイヌ。

「“花咲かワンコ”だっ!捕まえろっ!!」

「金のなるイヌだぁっ!!捕まえろおっ!!」

「げぇっ!!来たっっ!!」

 そうこうしている内に縮まってくる追っ手との距離。

「先は越させるかっ!“ペンペンっ!!スライディーグっ……!!」

 追っ手の先頭で寝転んで、発射準備を整える銀ペー。

「ジェット気流”っ!!」


――ビュゥゥゥーーンッ!


「また出たっ!!」

 地面を抉りながら滑り迫ってくる銀ペー。その距離は迫るが、蹲ってしまっているイヌに逃げ場はない。

「“花咲かワンコ”っ!覚悟ぉぉっ!!」

「ぎゃああああああっ!!」

 間近に迫るスライディング銀ペーに、頭を抱え狂ったように叫ぶイヌ。

「もうダメだぁっ!!」

 イヌが思わず目を閉じる。

「……っ」

「ぬおおおうっ!!」


――ドッスゥゥーンッ!


「へっ……?」

 何やら潰れたような銀ペーの声と大きな衝撃音に、イヌがゆっくりと目を開く。

「……っ!」

 目を見開くイヌ。

「ううっ……ペンっ……」

「まったくっ……危ないペンギンさんですねぇ~ぶつかったらどうするんですかぁ」

 銀ペーの頭を踏みつけて、銀ペーのスライディングを右足一本で止めていたのは、先ほどの少女であった。

「うううっ……」

『あっ……!アニキィーっ!!』

「すっ……すげぇ……」

 見るも無残なアニキの姿に叫び声をあげる子分二匹と、少女の見かけとはかなりギャップのあるパワーに、感心の声を漏らすイヌ。

『このヤローっっ!!!アニキから足をどけやがれぇーっ!!』

「……っ」

 今にも力尽きそうな少女の足元の銀ペーを見て、少女に向かって子分ペンギン二匹が飛び掛っていく。


――ドンっ!ガシャンっ!ピンっ!ダッポンっ!


『きゅぅ~っ……』

「ふぅっ……寝起きはやはり体が重いですねぇ」

「……。」

 一瞬にしてやられる子分ペンギン。余裕たっぷりの少女に、イヌはまたもや固まる。

「よいしょっとっ」

「ぐっ……ぐふっ……」

 少女がやっと銀ペーから足をどけると、銀ペーは力尽きた様子で地面に顔を付けた。

『うおおおーっ!』

「……っ?」

 銀ペーの後方からやって来る、追っ手となった一般市民を見て、目を丸くする少女。

「飼い主の方ですかぁ?」

「んっなわけねぇーだろっ!!飼い主的な情なんて、これっぽっちも醸し出してねぇーじゃねぇーかぁっ!」

 少女の間の抜けた問いかけに、力の限り突っ込むイヌ。

「追われてんだよっ!!」

「追われ……?」

『うおおおーっ!』

「だあああっ!!もおダメだあっ!!」

 迫り来る追っ手に、イヌが今度こそ覚悟を決める。

「よっとっ」

「へっ……?」

 覚悟を決めたイヌの体が、急に宙に浮く。目を丸くして離れていく地面を見つめるイヌ。

「って、お前っっ!!」

 イヌが浮いたのは、少女がイヌの体を持ち上げたからであった。

「おっ……!おおおまっ……!おっ!俺に触っ……!触るんじゃっ!ねねねっ……!」

 嫌がろうにも声が浮ついて何を言っているのかわからないほどにうろたえているイヌ。

「なっ……!何だぁっ!?女っ!!」

「そのイヌをこっちに渡しやがれぇっ!」

「……っ」

『ううっ……!!』

 少女がひと睨みすると、強気に怒鳴りかけてきていた追っ手たちが思わず足を止める。

「ウチのハチに……何か御用ですか……?」

『……っ!』

 少女の凍りつきそうなまでに冷たい笑顔に、少し後ずさる追っ手たち。

『いえっ、何でもありませんっ!失礼しましたっ!』

 少女の冷たさに目だけで殺され、危機を悟ったのかあっさりと退いていく追っ手たち。

「ふぅっ……」

 追っ手たちを追い払い、一息ついたように肩を落とす少女。

「大丈夫ですか?ハっ……」

「きゅううぅ~~っ……」

「あれっ?」

 腕の中にいるイヌに声をかけようとした少女であったが、イヌは少女の腕の中で気を失っていた。


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