プロローグ
私はこの家が嫌いである。
この家、ではないか。使用人の皆さんは大好きだ。家族みたいに仲良くしている。嫌いなのは私の両親だ。金にしか目がなく、伯爵という階級を使ってわがままに暮らしている。それが私の両親の日常。見ているだけで悪寒が走る。気持ちが悪い。そんな両親の娘だと言うことを認めたくない。
そして今私は家出計画をたてている。
なぜこんなことになったのか。両親のことは嫌いだが、産んでくれた恩は少なくとも持っている。今の生活に文句はなかった。
この前までは。
私も今年で17歳。結婚するのもそろそろだという年頃になった。結婚相手は少なからず気になるもの。父親の部屋をちょっとだけ覗きに行った。
父親の机には案の定お見合い用の肖像画が積み重なって置かれていた。
父親がいないことを確認して中に入って、肖像画を見てみると、ぞっとした。
描かれていたのは、この家よりお金を持った家の遥かに年上の男だらけ。誰も女癖がひどかったり、平民の方たちや使用人の扱いがひどかったり、と良い噂は一切聞かない男性。この方たちと私が結婚したことでこの家にメリットはないはず。この家の品が失われるだけ。
いや、お金か。両親は、家の風評や品格は、どうでもいいのだ。お金さえ手に入ればいいらしい。
私は売られるような結婚はしたくない。
これは、わがままだろう。
けれど。侮辱されるような結婚は嫌だ。
「家を、出よう」
伯爵家の娘が家出をした、というのはこの家に悪い噂が流れるだろう。私を悪い噂しかない家に嫁に出す両親がそれに気づくかはわからないが。
どうせ両親は私の意見なんか聞かない。
どうせ噂が流れるなら自分にメリットのある方を。
思い立ったが吉日。
これまで大してお金を使わなかったがここが使い時かもしれない。
そう思った私は、一度こっそりと家を出て家出に必要な道具や、服、馬をそろえた。
そしてその夜、服を着替え、荷物を背負い、またこっそりと家を出ようとしたときに鏡に映る私を見た。
この長い髪は邪魔かもしれない。女とばれたら何か厄介なことに巻き込まれるかも…
そう思った私はハサミを手に取りバッサリと髪を切った。
首筋がチクチクする、涼しく感じる。
胸は…隠さなくてもばれなさそうだ。さらしを巻かなくて嬉しいような、嬉しくないような。
ぎゅっと帽子を深く被って、家を出て、近くの路地に止めてあった馬に乗った。
心の中で、今までよくしてもらった使用人の方たちにお礼と謝罪をしながら馬を出した。
とりあえずこの国から離れたい。両親が私を探す可能性は低いがゼロではない。
頭の中で地図を広げ、近くの隣国を目指した。
私の壮大な家出の始まりである。