第39節:ラストバトル
もう幾度となく繰り返された死闘。
その最後の一戦は、お互いに無傷のままに長く繰り広げられた。
【黒の兵士】二代目隊長であったトウガにとって。
知に優れた鯉幟を参謀とするならば。
武の面で右腕とも呼べる存在だったのが、井塚カズキだ。
己の潜在能力にカズキの戦闘技術を加えたマザーの力は。
人類の極限とも言える達人が、装殻を纏った存在である、参式……真の戦闘能力を解放したトウガにすら、拮抗する程の領域に達していた。
「〈犀角乱打〉」
マザーの放つ、出力解放によるスラスターブレードの遠隔乱撃を。
「限界機動」
『実行』
参式が、超加速と洗練された体捌き、そしてナイフによる迎撃によって躱し。
そのまま、接近してからの至近射撃を放てば。
「読めている」
こちらも先読みと超加速の合わせ技で射線から退いて、逆にその爪を勢いのついた参式の体に突き立てようと振るう。
その一撃を拳銃の銃身でいなして逸らし、戦況が動いた。
「出力解放 The Secondーーー〈黒の天蓋〉」
『遮断』
動きを制限される代わりに、絶対に近い不可視障壁の防御を展開する技。
それを……マザーの周囲を覆うように参式が展開した。
「ぬっ……」
動きを堰き止められた状態で、二人が超加速領域から離脱する。
「喰らえ」
障壁の展開は一瞬。
それでも、参式が、数発の銃弾をゼロ距離射撃によってマザーの体に叩き込むには十分な時間稼ぎだった。
「交換だ」
しかしマザーも同時に、飛ばしていた一対のスラスターブレードで参式の両足に追加展開されていた大型機動補助機構を破壊していた。
即座にデッドウェイトとなったスラスターを脱殻して、参式がナイフを振るう。
マザーの背にあった最後のフェザースラスターを一基破壊し。
これも同時に振るわれたマザーの爪が参式のフルフェイスの一部を破壊する。
二人は共に姿勢を崩し、踏ん張り、次撃を放つ。
マザーが、残ったフェザースラスターを手に取って居合の一閃。
参式が引き抜いたナイフで迎え撃つと、二つ共に砕け散った。
「出力解放……Lv5!」
『実行。連続励起』
参式が、壊れた拳銃とナイフを打ち捨てて自身の最強兵装を起動させる。
「出力解放」
『認証』
マザーも、右腕を角の如く変異させてそれに応じた。
あくまでも静かに。
お互いに全ての技量をぶつけ合うようだった戦闘の終焉は……。
呆気なく、唐突に訪れた。
『限界機動』
参式の出力供給線と紅い出力増幅核が輝き、周囲を紅白に染め上げる。
強纏身、限界機動状態での出力解放。
〈紅の爆撃〉で放つエネルギーを、全て拳のただ一点に込めて。
「〈衝角ーーー」
マザーが、その一撃を解き放つ前に。
「カズキ……馬鹿野郎……!」
己の想いを。
今まで得てきたもの、失ってきたもの。
その、渾身を込めて。
「〈紅の一撃〉……ッ!」
参式の拳が、マザーの心核を、貫いた。
※※※
「ぐっ……」
血液に似た液体を紅葉のように全身に咲かせ。
「私は……滅びぬ……!」
マザーが、最後の力を振り絞って、参式の両肩を掴む。
「トウガァ……! 貴様の体を乗っ取り……今度は貴様自身を人類殲滅の尖兵としてやるぞ……!」
「花立!」
「来るなッ!」
駆け寄ろうとした黒の一号を制して、参式は肩を捕まれたまま、引き摺るようにマザーを収納されたドームの側まで連れて来る。
「貴様……まさか」
「お前は、この世に残さん……たとえここで、俺が滅ぼうとも……!」
「理解不能……何故己でもない者達の為に、そこまでしてあがく。大人しく……喰われろ!」
「ぐうぅ……」
一際強く放たれたマザーの意思に呼応して、参式の侵食が早まった。
『装殻解除』
後一歩のところで参式の足が止まり、心核エネルギーが切れた参式装殻が解除される。
「終わりだ、花立トウガ。このまま……!」
『そら、許されへんわ』
マザーが会心の笑みを浮かべるのと、その声が響いたのは同時だった。
『オメーは、ここで俺と一緒にくたばるんや。往生際悪いで』
マザーから響いてくるその声に、トウガが目を見開く。
「カズキ……!?」
『おう。信じとったで、トウガ。オメーなら、マザーをきっちり追い込むやろ、ってな』
マザーの左目だけが形を変え、トウガを見た。
「井塚カズキ……何故貴様が……!?」
『ああん? 俺が何年、オメーの侵食と戦りあっとったと思ってんねん。死んだフリくらいは出来るわ』
井塚の目が、得意気に細くなる。
『マザー。オメーはここで俺と死ぬんや。ミツキが住むこの世界に、オメーみてぇなけったいな石コロを……残す訳にゃいかんのじゃ!』
どん、とマザーの腕がトウガを突き飛ばし。
『じゃーな、トウガ。また会ったら、呑もや。オメー弱ぇけどや』
「カズキッ!』
「に、人間如きがぁああ! 私が滅んでも、対人破壊知性体はまだ……ッ!」
地面を軽く蹴って、マザーの体を操る井塚が背後の収納ドームに体を預け。
『接触確認。補食』
条件行動により、黒いドーム型装殻が瞬時に口を開いてマザーを呑み込んだ。
人類を脅かした襲来体母体は。
こうして、ひどく呆気ない最後を迎えた。
そして、呆然と立ち尽くすトウガの肩を、装殻を解除したハジメが近づいて叩く。
「戻ろう。……終わったんだ、花立」
「終わった……?」
まだ実感がないのか、ぼんやりと花立が繰り返し。
「終わっただと……!」
歯を剥いて、怒りを浮かべながら、トウガが叫ぶ。
「ふざけるなよカズキッ! 一人で格好つけやがって! 何が信じてただ!? 言えよ! 何で相談しねぇんだよ! 俺はそんなに頼りねぇか!?」
「花立……」
「どいつもこいつも、俺を残して勝手に死ぬんじゃねぇよ! 何の為に戦ってると思ってんだよ! お前らに平和に暮らして欲しかったんだよ、俺はよぉ!」
何も答えない黒いドームに、花立は言葉をぶつける。
ハジメには、月光に照らされる花立が、涙を流さずに泣いているように見えた。
「英雄になれない? じゃあお前のその行動はなんなんだ!? 他人の為に自分を犠牲に出来る奴を、英雄っつーんだよ、馬鹿野郎! でもなぁ!」
荒く肩で息をしながら、もう二度と手が届かない戦友に、言葉だけでも届けようとするかのように。
「ミツキだって……お前が英雄になるよりも! 例え離れてても、お前が生きてる方が、良かったに決まってんだろうがッ! この、 大馬鹿野郎がァーーーッ!」
まるで、花立の叫びに呼応するように、残っていた大阪隕石が震え。
コアを失って力を失った為か、表面から砂となって崩れていく。
やがて、その場にあった痕跡すら残さずに隕石が消え失せ。
夜の闇は一人の男の死と共に、全ての真相を覆い隠した。




