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第34節:理由

 

 第二次襲来体殲滅戦は2000余名の内、最前線に位置していた特殊任務装殻者部隊を含む423名の戦死を持って幕を下ろした。


 結局死体の見つからなかった特殻隊長、海野少尉はMIT、事実上戦死とされた。

 最前線の戦闘収束と前後して、バレルティガーJ2二機による爆撃が行われたという公式報告もあり、装殻者一人に対してそこまでする必要があったのかと言う世論に対して、司法局及び軍の公式見解は以下のようなものだった。


 ―――Lタウンで確認された装殻者は、参式に酷似した別の装殻者であり、潜伏していた大規模テロ組織の者だった。

 司法局と特殻は調査の最中にテロ組織の抵抗に遭い、これと交戦。

 最終的に、抵抗した装殻者は止むを得ず特殻が射殺。

 同時に大規模テロ組織は、国内において活動を行う危険があると判断し、この壊滅を目的として活動拠点になっていた地下空洞を爆撃した、との事だった。


 また、内部で発生していた幾つかの行方不明事件、殺人事件についても、テロ組織の制裁やLタウン内でのいざこざが原因のものであり、改めて市民にはLタウン内に侵入する事を禁止する通達が行われた。

 調査等についても、大阪区在住の者であれば遺体の回収は行うが、特別区に指定されているLタウン内での継続的な捜査は困難であり、また国内法も適用されない為、基本的に捜査は行わないという方針が取られた。

 その事実について、後日人権団体等の抗議行動があったものの、そもそもLタウン内に侵入する事自体が違法であるという事実から大きな騒ぎにはならなかった。


 そうした種々の工作が行われる裏で、人類史上最も重要な案件の一つが解決していたが……その事実は全て水面下で行われ、完全に秘匿された。


※※※


 病室のベッドに腰掛けながら、マサトは見舞いに来た室長に言った。


「一つだけ疑問があるんだけどさ」

「何だ」


 いつも通りのスーツに銀縁眼鏡の姿に戻った室長は、自分が見舞いとして持ってきたリンゴを果物ナイフで器用に剥いている。

 普段とのギャップに笑いそうになるが、マサトは堪えた。

 笑うと、まだ体が痛いのだ。


 あれから数日、再度気絶したマサトは気付けばベッドの上で、全身を襲う痛みにのたうち回る事になった。

 捌式変異体(テータ・オーバードライブ)の代償だ。

 仕方がない事とはいえ、二度と味わいたくない。


「少尉の持って来た装殻を、室長が装着出来た理由が分からないんだけど」


 室長の正体は参式だった。

 人体改造型装殻(シェルベイル)は、既存の装殻を纏えないというのが一般常識だった筈だ。

 何故参式である室長が、あの時は装殻出来たのか。


「その事か」


 剥き終えたリンゴを綺麗に八等分して皿に盛り付け、それをマサトに差し出すと、室長は手をナプキンで拭いてからスーツの胸ポケットに手を入れた。

 出てきたのは、錠剤の入った透明なタブレットケース。

 中に、無地の錠剤が入っている。


「何それ」

D.Ex(ダウン・エクシード)だ」


 室長が事もなげに言うのに、マサトは固まった。


「だ、大丈夫なの!? それ!?」

「声がデカい。病院だぞ」


 個室だが、騒いで良い訳ではない。

 しかし。


「いや、声も大きくなるよ!」


 D.Ex(ダウン・エクシード)

 それはフラスコルシティの事件の時に確認された装殻関係の新薬で、危険薬物Ex.g(エクシード・ゲー)から派生したものだ。

 効能は、装殻者の装殻適合率を下げる、という、一見すれば何の価値もない薬物。


 だが、ある種の人々にとっては潜入や情報偽装の役に立つ、別の意味で危険な薬物だ。

 そしてD.Ex(ダウン・エクシード)には、もう一つ、開発者も意図しなかった使い方があった。


 それが、人体改造型装殻が別の装殻を纏えるようになる、というものだ。


 疑問は解決したが、しかし、その安全性は実証されていない。

 どんな副作用があるか分からない代物を服用したというのだから、マサトの反応は至極当然だった。


「開発者はこちら側に取り込んだからな。臨床実験代わりだ」

「それ絶対、本人の承諾貰ってないでしょ!?」

「事後承諾だ。問題あるか?」

「問題ありありだよ!」

「馬鹿かお前は。利用出来るものは全て利用する。当たり前の事だろう」


 疲れた上に体の痛みが増し、マサトはがっくりと後ろに背中を預けた。

 剥いて貰ったのに、リンゴに手をつける気にならない。

 室長はタブレットケースを仕舞った。


「あの時点でバレる訳にはいかなかった。……まぁ、結局何も問題なかったがな」


 苦い口調で言う室長に、マサトも溜息を吐く。

 そう、結局参式の正体を知った者は、元々の関係者を除いて全員死んだ。……マサトとミツキ以外は。

 しかしその二人も、彼が参式だと告発はしない。


 結果として、参式、風間ジロウの正体が花立トウガだという事は秘匿された。

 元々襲来体の件が解決したら司法局を去るつもりだったらしい室長は、カヤとシノの強い引き止めもあり、司法局に残る事になった。

 マサトにとっては喜ばしい事だが、死んだ者達の事を思うと気分は晴れない。


「告別式、今日なんだね」


 マサトはスーツとネクタイの色から、それが喪服である事を見て取った。

 カーテンと網戸で仕切られた窓から涼しい風と午前の柔らかい日差しが入ってくる。


 間も無く、また暑くなるだろう。

 死者を送る日が晴れなのは、良いのか悪いのか。

 きっと陰鬱なのよりは良いんじゃないか、とマサトは思った。


「ああ」


 室長が応えた所で、個室のドアがノックされた。

 返事をすると、ドアが開いて入って来たのはハジメだった。

 手には果物を持っている。


「……被ったか」


 マサトの前の剥かれたリンゴを見て、ハジメは苦笑した。


「ガキだからな。花みたいな色気よりは食い気かと思った」

「同じく」

「……何か、オブラートにも包まなくなってない? 直接馬鹿にしてるよね? ね?」

「「黙秘する」」


 二人が同時に答え、室長は立ち上がった。


「俺はそろそろ行く。後は頼んだ」

「ああ」


 マサトの病室には、常に誰かが居る。

 既に危険はないと思うが、襲来体の残りがいないとも限らない、と、室長が護衛代わりに人を手配しているのだ。


 今のマサトに、戦う力はない。

 室長が出て行くと、ハジメが椅子に座った。


「あのさ……聞いても良い?」

「何を?」


 マサトは室長の出て行ったドアを見ながら言った。


「室長は、何で参式になったの?」


 ハジメは、少し思案する素振りを見せてから告げた。


「おやっさんに頼まれたからだ」

「おやっさん……て、鯉幟さんの事じゃないよね?」

「ああ。花立キヘイ……花立の父親に、だ」


 ハジメは笑みを消した。

 サングラスを掛けているので目の色は読めないが、きっとあまり楽しい話ではないのだろう。


「おやっさんは、俺が『飛来鉱石研究所(フラグメント・ラボラトリィ)』を裏切った後に最初に手助けしてくれた人だ。ラボを壊滅させ、次に襲来体が現れた時、【黒の兵士(シェルアシスト)】を組織して政府との協力体制を築いたのもあの人だった。見返りも求めず、人を守った偉大な人だったよ。口は悪かったが」

「受け継がれてるよね、どっかの誰かに」

「ああ」


 マサト達は小さく笑った。

 そのまま、マサトは続ける。


「死んじゃったんだよね」

「……あの時は、色んな事が一斉に起こった。その中の一つが、おやっさんが死んだ事だ」


 ハジメの声が沈む。


「その時、花立も一度死にかけたんだ」


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