第33節:参式の真価⑥
マサトは、目を覚ました途端に全身を襲う痛みに呻いた。
「大丈夫か?」
装殻を解除しているハジメに声を掛けられ、マサトは上手く動かない口で問う。
「敵、は……?」
「花立が、まだ戦っている」
言われて目を向けると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
機関銃と太刀を手に、生身で青い伍式と渡り合う室長の姿があったのだ。
高速で振るわれたグレイヴに機関銃の三点射を当てていなし、大太刀を片手で軽々振るって相手の喉に突き込む。
その切っ先を。
弾かれたグレイヴを回転させて柄尻で弾き、液体のように溶ける伍式。
体の真下近く、普通ならあり得ない角度で振るわれるグレイヴの刃をただのバックステップで躱し、室長は足元にある相手の頭部を踏み付けた。
ばしゃん、と音を立てて潰れたように見えた伍式の頭は、液化によってダメージを受けていない。
頭をひしゃげさせたまま、倒立するように再形成した伍式の足が室長の頭部を狙った。
だが、前もって振るわれていた大太刀が、その足を斬り飛ばす。
「凄ぇ……何者や、あの人……」
呆然としたミツキのつぶやきは、正にマサトの思った事そのものだった。
常人なら、数合も保たずに殺されるだろう。
そもそも軍事仕様装殻相手に生身で渡り合っている時点で、あり得ない。
「奴の戦闘技術は、人であった頃から完成されていた。俺が対襲来体の最前線で安心して背中を預けられる程にな。あの程度の芸当は、花立にとっては普通だ」
ミツキのつぶやきに対し、ハジメが言った。
共に戦った日々を思い返すように目を細めたハジメは続ける。
「もし俺が生身で、全く対等な条件で花立と戦ったら、おそらく一度も勝てないだろうな」
「そん……なに?」
以前交戦したマサトの感触から、ハジメとて決して弱くはない。
むしろ生身であっても、並の装殻者では太刀打ち出来ないだろう。
それを凌駕する室長は、最早、人外と呼んで差し支えない。
「奴は強すぎる。強すぎる故に気付けなかった事があり、気付いた後に奴は変わった。だが持ち前の強さが変わった訳ではない。……その証拠に《黒の装殻》となってから、花立は一度も再改造をしていない。再改造しなければ戦い続けられなかった俺と違い、奴にはその必要がなかった」
「参式装殻、改造せんでも強いやん……」
ミツキの物言いに、ハジメは首を横に振る。
「参式は、俺の持つ技術を全て投じて完成した人体改造型装殻ではあるが、30年も前のものだ。装殻そのものの基本性能は、今の軍事用装殻を僅かに越える程度。出力増幅核や強装殻はあるが……それでも、花立の人としての基本性能が違い過ぎて、装殻に手を付ける必要がなかったんだ」
「マジで……?」
ハジメは、顔を引きつらせるミツキに微笑む。
「花立トウガは、《黒の装殻》の中でも〝別格〟なんだよ」
花立の勝利をまるで疑っていない口調で、彼は告げる。
「まして今は、生身でも常人を超える身体能力を持っている。信念もないただの擬態装殻ごときに、負ける筈がない」
その言葉通り。
伍式のグレイヴを室長が斬り飛ばした時点で、遂に伍式から余裕が剥がれた。
「馬鹿な……!」
「まるで、なっていないな。幾ら装殻を模倣した所で本質は襲来体……技術も何もない。装殻の性能頼りで攻めるだけのお前に比べれば、少尉率いる特殻の方がまだ手応えがあった」
「その少尉を始末したのは私だ!」
「どうせ不意討ちだろう? 貴様らはいつもその手で勝ってきた。他の勝ち方など知りもしないだろうが」
「黙れ、人間ごときが……最早容赦せんぞ! 限界機動!」
『認証』
その声に応じて、室長もつぶやく。
「……限界機動、知覚」
『応用機動、実行』
「あれは……」
マサトは驚いた。
あれは『マサト』の使う、領域型知覚加速ではないのか。
その後の一瞬の攻防は、目で追い切れるものではなかった。
だが、あくまでも常態の速度で動く室長が、僅かに太刀を動かすとそこで火花が散って攻撃を防いだ事が分かり。
背後に向けた銃を引き絞ると、伍式が自分から殻弾の軌道に飛び込んで損傷したように見えた。
室長が、首を微かに前に傾けながら銃から手を離す。
するとフルオート射撃の反動で跳ねた銃が、顔の脇に浮いた途端に砕けて飛び散った。
青い伍式の攻撃を受けたのだろう、という事だけが分かるが、その姿は飛び回る残像でしか見えない。
最後に、傾けた太刀の刃を滑るように火花が走った所で、伍式の限界機動が終わった。
『限界機動終了』
『応用機動終了』
同時に、室長のそれも終了する。
「ぐ、は……!」
無傷の室長とは対照的に、伍式はボロボロだった。
「限界機動を、無敵の能力だとでも思っていたのか? それは、ただの加速だ。伍式の出力と補助頭脳の性能では、同時に液化も使えん」
室長が蹴りを放つと、青い伍式は避ける事も出来ずに吹き飛んだ。
「速度を幾ら早めた所で、伴う慣性や空気摩擦には抗う事は出来ん。見えてさえいれば、速いなんてのは大した事じゃないんだよ」
ごく普通の事を口にしているかのような室長に。
「いや、普通見えてても無理やって……」
「全くだ」
マサトの横でそれまで黙って見ていた井塚とカヤが生ぬるい目で言う。
勿論、室長には聞こえない程度の声だ。
室長は続けた。
「限界機動状態で自分から弾丸に飛び込めば、それはより大きな損傷になる。今のようにな。使い所が分かっていないから、そんな無様を晒す」
「ふ、ざけるな、こんな、こんな事が……!」
「借り物で意気がるなら、俺程度にはやって見せろ」
室長は、大太刀を右上段に構えた。
「終わりだ」
「まだ、終わってなど……」
と、伍式が言い掛けた所で、その体に異変が起こった。
「ぐ、ギギ……何だ、変容が……!?」
「この戦闘が始まってから、襲来体組織融解弾を何発喰らった? 最早、伍式に化け続けている事すら難しいだろう」
「グ、ギュ……グガガァアアアアアッ!」
青く滑らかな外殻と、赤黒い脈動の走る鉱物の入り混じった姿で、言葉すら発する事が出来なくなった母体複製体は。
ヤケになったように正面から室長に襲いかかり……。
「……勢ッ!」
室長が掛け声と共に、袈裟斬りの一閃を放つ。
左の肩口から右腰までを綺麗に断たれ、伍式に化けていたコア・コピーが二つに分かれて地面に転がった。
「グ、ガ……」
そのまま、上半身は残った腕で這おうとして、手の先がぼろりと崩れる。
「ギュ!? イ、ィィ……ァ」
身動ぎする度に、体のどこかが崩れ落ちてゆき……やがて襲来体は、全身が砂と化してその動きを止めた。
「制圧」
室長が、いつもと変わらない怜悧な声で言い。
長いようで短かった、第二次襲来体殲滅戦が終わった。




