第32節:参式の真価⑤
クレーターの中に降りて集合した後、室長は口を開いた。
「参式のコピーは始末した。そっちは?」
「日和に化けとった奴は潰したで」
井塚が言い、黒の一号が続く。
「残りの母体複製体は1体……後は襲来体母体だな。やはり封印は解かれていると思うか?」
黒の一号が言うのに、室長は首を横に振った。
「自由に動けるなら、既に姿を見せている筈だ。封印状態なのは間違いないだろう」
「結局、エリア0に行ってみなければ分からないという事ですか。何故、再び襲来体が現れたのか……」
顎に手を当てて言うカヤに、室長が再び口を開きかけた所で。
「ッ! 八時方向!」
突然、カヤがそれだけを叫んで身を翻した。
即座に対応したのが、黒の一号と室長、そしてマサト自身。
少し遅れたのが、ミツキの首を掴んで無理矢理伏せさせた井塚と、特殻達。
「―――!」
マサトはカヤが叫んだ瞬間、反則的な行動に出ていた。
反応機動能力を使って領域型知覚加速を行い、声もなく超知覚領域に意識を突入させたのだ。
超音速で飛来する物体を、目で捉える。
それは、伍式の電磁突殻槍だった。
その数、十二本。
どうする、とマサトは自問した。
出力解放を伴わない限界機動では、二本叩き落すのが限度。
無理矢理に出力解放を行って、それでも六本を撃ち落とすのが限界だ。
しかし、それをしてしまうと―――。
/マサト! やって!
マサトの迷いに気付いたのだろう、アイリが言う。
/アイリ。でも、動けなくなる。それに、アイリの負担が……。
/そんなのどうでも良いよ! 元々、いつまで生きれるか分かんないんだから!
/……ッ!
/それより、助けられるかもしれないのにやらない方が後悔するよ!?
/……分かった。だから、そんな言い方するなよ。頼むから。
/あ……うん。ごめん、マサト。―――ありがとう。
マサトが誰よりも守りたい宿主は、何故こんなにもバカなのだろう。
本当に疑問だ。
しかし、その真っ直ぐさを、マサトは嫌いにはなれない。
/出力解放、限界機動!
宣言と同時に、知覚加速に肉体感覚が伴う。
「〈鋸顎翔〉!」
エネルギーが足りない為、二対を飛ばすのが限界だ。
左右のスタッグバイトでグレイヴを二本を切り落とし、ビットで四本を落とす。
それだけ潰せば、全員の直線上にグレイヴはない―――と、マサトが思った途端、外れ軌道に乗っていた筈の残りのグレイヴが、お互いに引き合うように軌道を変えた。
「なっ―――!」
電磁力の干渉による、変則的な軌道変更。
このままでは、何人かに当たる。
しかし頭で分かっていても、もうマサトには対処出来る方法はなく。
後ろを振り返る動作を終えた時点で―――超反応も、終わる。
キュキュキュンッ! と、ゴムが擦れるような音が辺りに響き渡り。
その一瞬で、幾つかの事が起こった。
怪我人を庇おうとした特殻隊員二名がグレイヴに体を貫かれ、その後ろに居た怪我人と通信士が一人ずつ巻き込まれた。
別の怪我人を庇った黒の一号は、双銃を犠牲にグレイヴを弾き飛ばす。
カヤは、倒れたミツキと井塚を庇うように両手を広げて立ち。
その前に、素手の室長が割り込んだ。
信じがたい事に、室長は半身で右手を軽く添えるように前に構え。
その掌の前に、音速に近いグレイヴが現れるタイミングを完璧に捉えて。
僅かに、グレイヴの軌道を逸らした。
室長の掌が摩擦熱で焼ける音が、ジュ、と小さく響いた後に。
弾かれたグレイヴが、誰もいない地面に突き刺さって地面を爆裂させる。
「……やってくれる」
小さく振り向いてカヤ達を確認した室長に、肩から大きく力を抜いたカヤが応えた。
「ありがとうございます、花立隊長」
「懐かしい呼び名だが、今は違う」
「そうでした」
肩を竦めるカヤを尻目に、室長はアイリに向けて歩み寄って来て、倒れ掛けた彼女の襟首を掴み上げた。
「ごめん……リタイア」
既に装殻を解除し、肉体の主導権はアイリに戻っている。
「問題はない。よくやった、マサト」
「助け……られなかった……」
「お前の責任じゃない」
そう声を掛けられたのを最後にアイリは気絶し、マサトはコア・エネルギーの回復を早める為に、低位活動モードに移行した。
※※※
「ふふ。少しは減ったか?」
可笑しそうに笑いながらクレーターの縁に姿を見せたのは、グレイヴを肩に担いだ最後の母体複製体。
ーーー青い伍式。
トウガはカヤにマサトを預けると、青い伍式を睨み上げて向き直った。
横に、黒の一号が立つ。
「私を二人も潰したのは見事と言わざるを得ないが……貴様らがこの戦場に居たのなら当然か。黒の一号、そして参式」
「卑劣な手段は相変わらずだな。このタイミングを計っていたか」
敵意を滲ませる黒の一号に、青い伍式は首を傾けた。
「その通り。そちらの白い方の捌式は予想外の戦力だったがね。まさかあのタイミングで動けるとは思わなかった」
既に脅威でない事が分かっているのだろう、青い伍式は余裕を滲ませた口調で言う。
「そして参式。私は貴様がその力を使うのを、待っていたのさ。〈紅の爆撃〉……それは心核エネルギーを全放出する事で、周囲を無差別に破壊する技だろう?」
「それがどうした? そう言えば、貴様の間抜けな分身は制御し切れずに自滅していたな」
「そう、コアに余力すら残さないあの技の後だ。貴様は最低でも後、数時間は装殻出来ない。違うか?」
「……」
トウガの沈黙は、肯定だった。
それでも青い伍式に対して身構えるトウガと黒の一号に、相手は指を突き付けた。
「白い捌式、参式が潰れた。と、なれば。残すは貴様一人だ、黒の一号」
「俺が一人居れば、十分だと思うがな」
ゆらり、と前に出る黒の一号に。
「大した自信だ。だが勿論、貴様にもプレゼントは用意させて貰っている」
伍式は、握っていた電磁突殻槍を地面に突き立てた。
「さァ……やれ!」
伍式が宣告した瞬間。
生き残った二人の特殻が。
肩を貸していた怪我人の首を、それぞれに装殻短剣で掻き切った。
「え……?」
血を吹き出して絶命する怪我人を間近で見ていた通信士が、惚けたような声を上げる。
「あんたら……何を」
「離れろアホが!」
井塚がミツキから機関銃を奪いながら怒鳴るが、間に合わない。
通信士と、黒の一号が庇った怪我人が、特殻の凶刃によって貫かれる。
「どこまでもゲスな……!」
その直後、黒の一号が怒りを口にしながら特殻の首を腕で巻き込んで捻り折り、井塚の殻弾拳銃が三点射でもう一人の特殻の胸板と頭を撃ち抜いた。
それぞれに崩れ落ちた特殻達が、砂と化して消え去る。
「まだ伏兵を仕込んでいたのか……」
「貴様らには有効な手段だろう? 意思の統一が成されていない、脆弱な群れにはな」
トウガは。
拳を握り締めたまま、ゆっくりと周囲を見回した。
黒の一号、井塚、ミツキ。
倒れ伏し、絶命した仲間達。
そして、マサトを抱えたカヤ。
目を戻すと、青い伍式が愉快そうに叫ぶ。
「守るんじゃなかったのか、花立トウガ? まだ終わりじゃないぞ?」
伍式の背後から、数体の特殻が飛び出した。
これも襲来体の擬態だろう。
特殻は、ほぼ全滅していたらしい。
「……本条」
伍式から目を離さないまま、トウガは焦げ付くような憎悪を圧し殺しながら言う。
「あれを、頼めるか」
「……すぐに潰すか? 俺も動けなくなるが」
「構わん」
黒の一号は、それ以上何も言わなかった。
「出力変更、第二制限解除」
『制限解除』
黒の一号の全身に伸びた出力供給線が輝き、外殻が増強されて全身に広がる。
『装殻状態:第二制限解除』
左半身と右腕も鎧われ、射撃特化から強襲形態へ。
胸郭が開いてスラスターが展開した後、両肩、両手甲、両足首に三対の出力増幅核が現れる。
全追加装殻が再展開し、黒の一号は言った。
「出力解放ーーー〈黒の連撃〉」
『限界機動開始……連続励起!』
黒の一号の両目が、緋色に染まった。
全身の出力供給線から放たれた煌めく燐光が宙に尾を引き。
黒い破壊の風が、常人の目には止まらぬ速さで疾り抜けた。
『限界機動終了』
時間にして、僅か二秒。
トウガの横に戻った黒の一号が着地した音と共に、こちらに迫っていた特殻襲来体が一斉に爆散し。
黒の一号が、全身から冷却剤の気化白煙を吹き出した。
『装殻強制解除』
黒の一号の装殻が解除され、20代中盤の青年が姿を現して軽くよろめいた。
「相変わらず、体力がないな」
「旧式に……無茶を言うな。今日だけで何度、出力解放したと思ってる」
「似合わん発言だな」
「……まぁ、お前が居るからな。たまには良いだろう」
トウガは、本条の物言いに鼻を鳴らしてカヤ達を振り向いた。
「太刀と、銃を」
促され、カヤが太刀を、井塚が殻弾機関銃を放り投げる。
トウガは、左右の手でそれを受け取った。
「……装殻があれば、必要はないだろうに。よく後生大事に使っているな」
刃こぼれ一つない太刀を見て、トウガが呆れたように言うと。
「大切な物ですから。副長の形見ですよ?」
装殻で顔は見えないが、こんな状況でもカヤの声に怯えはない。
その声音に含まれているのは、紛れも無い信頼。
「それに、貴方からのプレゼントです。私は、シノのようにいつも近くに居られる訳でもないのでね」
「ロマンチストめ」
「人類全てを救おうとしている、貴方や本条さん程ではありませんよ」
「あまり期待するな。守ると何度誓っても、その度に犠牲を出してしまう……俺は、弱い」
「ご謙遜を」
トウガは頭を横に振り、改めて伍式に向き直った。
「全員、休んでおけ。これ以上の犠牲は出さん。……奴は、俺が始末する」
「頼む」
本条が、カヤ達の所まで下がった。
それまで黙っていた青い伍式が、ようやく口を開く。
「別れは終わったか? すぐにあの世で会わせてやるのに、無駄な事を」
「残念だが、別れを告げた覚えはない」
「ふふ、そのちゃちな玩具で、私を殺せるつもりか?」
「当然だ」
トウガは、それまで押さえ込んでいた激情を全身から解き放った。
空気を震わせるほどの圧を受けて、ミツキが背後で息を飲むのが聞こえる。
「何度死んでも、フィードバックがないから覚えられんようだが。お前は、何度も俺に殺されている。俺が、人であった頃からな。今度も、例外はない」
「ふふ、それよ、それ。それこそ花立トウガだ」
嬉しそうに、愉しそうに、青い伍式がグレイヴを構える。
「装殻もなく、仲間も全員倒れた。……この状況でまだ足掻くか、花立トウガ! 貴様は本当に愉快だよ!」
「俺の大事な者達を、これ以上貴様らに奪わせはしない」
後ろに守る者がいる限り、不退転。
どれ程、不利であっても。
花立トウガは、見捨てて失うよりも前を向いて盾となる事を選ぶ。
「貴様はそう言いながら……何度失って来たのかな!?」
グレイヴを手に、青い伍式がクレーターの縁を蹴って、トウガに躍り掛かった。




