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第31節:参式の真価④

「まさか、とは思うが」


 黒の一号は、沈黙するカヤ達に歩み寄ってぽつりと言った。


「ここで俺と戦り合う、とは言わないだろうな?」


 その言葉に、少しだけ冗談のような色が混じっているのを感じ取り、マサトは薄く笑った。

 代表して、カヤが言う。


「そのような事はさせませんよ。それに……エリア(オー)の封印を解くには、貴方の協力が必要不可欠です。今度こそ襲来体を殲滅する為ならば、一時共闘は止むを得ない、と、考えます」


 カヤが背筋を伸ばして、敬礼する。


「それに、既に政府上層部の許可は得ているのでしょう? 現在、少尉と連絡が付かない以上は、私がトップです。文句は言わせません」

「それを聞いて安心した。……参式(ザ・サード)が、東エリアの襲来体を抑えている。すぐに向かう」

「分かりました」


 部隊を再編して、今度はマサト自身と黒の一号を先頭に。

 部隊はそれまでに倍する速度で駆け始めた。


 人類トップクラスである自分と黒の一号が居て、日本屈指の装殻者部隊を補助(サポート)に、最高クラスに近い装殻による指揮能力までもを有する部隊である。

 襲来体は現れる前からその姿はカヤによって知覚され、それを受けてマサト達は片端から叩き潰した。

 やがて、辿り着いた先に。


 無傷のまま、無数の襲来体と渡り合う参式(ザ・サード)巨殻形態(フルメタルジャケット)が居た。


 足元には、一体何体を屠ったのか、砂が山となって聳え立っている。

 それでもなお、周囲を囲む襲来体は怖気を覚える程の数が残っていた。


「相変わらず、常識外れやのぉ……」


 井塚がぽつりと呟いた一言は、全員の心情を代弁していた。


「来たか」


 呟きに気付いて、参式が襲来体らを睨み据えたままで言う。


「黒の一号。時間稼ぎは終わりで良いのか?」

「ああ。北は制圧を完了したようだ。残った大規模な襲来体の群れはここに居る奴等だけだと、局長が言っている」

「はい。衛生探知が復活したので、一度アクティブレーダーで探知を行いました。既にこちらの動きを隠す意味もないですしね」


 カヤは滑らかに報告した。


「地上に出ている襲来体は、これでほぼ全てです。残りは北の者達を回して掃討に入らせます。地下までは分かりませんが、エリア0近くにあると思われる奴等の巣以外は、ほぼ始末が完了した見て間違いないかと」

「巣はどうする?」

「以前、大規模な地下空洞が確認された地点があります。その時の調査では特に何もありませんでしたが、恐らくそこが巣になっているのではないか、と推測しています。既に司法局に連絡を取り、バレルティガーJ2を二機、爆撃使用で出撃させるよう指示を出しました。間も無く潰せるかと」

「分かった」


 参式がうなずいて、大きく胸を張る。


「全員、動くな。……出力解放(アビリティオーダー) Lv4」

実行(レディ) ?』

「許可する」


 補助頭脳(サポーター)が応え、参式の両腰にある出力増幅核(ブーストコア)と出力供給線が(まばゆ)く輝き始める。


「目標、敵性体」

領域遮断遠隔展開(スフィア・インタラプト)目標捕捉(ターゲット・インサイト)


 不穏な気配を感じたのか。

 襲来体が参式に群がり始めるが、叩き付けられる一撃は不可視の障壁に阻まれている。

 同じように、マサト達もその障壁に覆われていた。


「ーーー〈紅の爆撃(ディメンジョン・バースト)〉」

出力全開(マキシマムドライブ)


 参式が決定的な言葉を口にした瞬間。

 彼から放たれた紅の閃光が、周囲を覆い尽くした。


 視界を染め、参式を中心に広がるそれを、マサト達は見た覚えがある。

 少尉と一緒に対峙した、偽の参式が放ったのと同じものだ。

 障壁に遮断されて威力は少しも届いていないが、それでも障壁に叩きつけられる轟音と振動から凄まじい威力を秘めている事が分かる。


『これ、大丈夫なの?』


 アイリが不安げに言った。

 その光を放った後、偽の参式は崩れ落ちたのだ。


「さぁな。でも、黒の一号が黙ってるんだから大丈夫なんだろ」


 マサトが彼に目を向けると、黒の一号は静かにその紅い光を見つめていた。

 やがて光が収まり、障壁が消えた後に広がっていたのは……。


 あの時とは比べものにならない、広く深いクレーターだった。


 無事な地面はマサト達が足場としている、川の中洲のように残された場所のみ。

 姿の見えない襲来体は、当然、逃げた訳ではなく。

 周囲に残っていた全ての建物や瓦礫ごと、吹き飛んだのだろう。


 そして。

 この状況を作り出した参式の姿は、クレーターの中心になかった。

 代わりにそこにあった姿は、アイリやマサトが親しんだ男の姿。


 普段は撫でつけられている髪は、元はクセがあるのか無造作に跳ねている。

 銀縁眼鏡は掛けておらず、切れ長の目が普段より鋭い光を放っていた。

 見慣れたスーツではなく野戦服に身を包む彼は、マサトが抱いていた印象よりも遥かに若く見えた。


『室……長……?』


 アイリが呆然とつぶやいた。


『え? 何で? 室長、装殻(ベイルド)を装着してたじゃん。また偽物?』

「いや、本物だよ」


 混乱するアイリに、マサトは告げた。


「参式の正体は、花立室長だ」

『マサト、知ってたの!?』

「偶然だけどね」


 最初に不審に思ったのは、装殻を所持していない筈の室長から心核(コア)反応があった事だった。

 確信に近い思いを抱いたのは、フラスコル・シティでの事件の時。


 あの事件で、ジンという男とアイリが爆発に巻き込まれた事があった。

 その時に周囲の被害を防ぐように、今の障壁に似たエネルギー反応が、彼らの居たビルの周囲を覆った。

 室長とジンのその後のやり取りを聞いて、それが室長の仕業だと分かったら、後は簡単な話だ。


 強い力を持ちながら、正体を隠す必要があり。

 黒の一号と繋がりを持つ装殻者。


 花立トウガは《黒の装殻(シェルベイル)》の一人である、と推測し、マサトはアイリが寝ている隙に室長に確認した。

 室長は、あっさり認めた。

 アイリと違って、お前に隠し事は出来ないな、と珍しく苦笑していたのを覚えている。


『もしかして……知らなかったの、僕だけ?』

「泣くなよ。お前は素直過ぎるんだ。お前の挙動不審でバレたら、マズかったんだよ。……でも、もう隠す気もないみたいだけど」


 室長は、ゆっくりこちらに歩み寄って来た。

 

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