第29節:参式の真価②
襲い掛かって来た特殻襲来体と赤い三号に対して、参式・巨殻形態はその場を一歩も動かずに応じた。
彼らは、元となった者達の戦闘ノウハウに忠実に、参式に対して十字放火を浴びせる。
「出力解放 The Second」
『実行』
参式は、殻弾が自身に到達する前に、黒の弐号から預かった力を起動する。
「〈黒の天蓋〉」
『遮断』
左腰の出力増幅核が輝き、参式の周囲に自身を対象とする全方位型の不可視障壁が展開される。
放火が止むと、弾かれた跳弾が舞う中に数体の襲来体が飛び込んで来た。
障壁が消え、正面の一体が振るう装殻短剣を左手でいなして右横から来た一体の進路に飛び込ませた。
次いで背後の者を右の裏拳で払い飛ばして、瞬発機動補助機構の補助を受けて鋭くターンし、左から来た一体に体の正面を向ける。
突き込まれた刃を体を僅かに開いて回避し、その質量だけで巨大な破壊力を秘めた膝を叩き付ける。
衝突の瞬間、体ごと全身のスラスターで押し出して破壊力を増して、襲来体の胸郭と背骨を粉砕した。
「限界機動」
『実行』
超速反応領域に突入した参式は、同じく超速反応領域に入ってこちらに迫っていた赤い三号を迎え撃った。
「〈赤の乱撃〉!」
限界機動状態での出力解放による連打に対し、参式はその全てを捌き切る。
「なんだと……!?」
「所詮、真似事は真似事。俺が何度、その技を放って来たと思っている?」
初めて驚きの声を上げる赤い三号に、参式は左拳の一撃を放ちながら応えた。
「ごぶっ……!」
体の中心を射抜かれて、体をくの字に曲げて崩れ落ちる赤い三号の体を。
参式は再度蹴り上げて、今度は右を握り締める。
『限界機動終了』
『限界機動終了』
二人の補助頭脳が、それぞれに超速反応領域からの離脱を告げる。
「出力解放 Lv3!」
『実行』
参式の出力供給線と出力増幅核が輝き、エネルギーが右の拳に圧縮されて白く輝く。
「馬鹿な……これ程の……!?」
実力差に戦慄しながらも、赤い三号が空中で防御するように両腕を体に引き付けて身を固める。
「―――〈紅の進撃〉」
参式は、構わずに右の拳を引き絞り。
瞬発機動補助機構を全開状態にして地面を踏み締めると。
渾身の力を込めて、拳を撃ち放ち。
赤い三号の防御ごと、その肉体を貫いた。
「……!?」
常識外れの威力に、血液に似た液体を吹き出しながら。
信じられない、とばかりに自分の腹に生えた参式の腕を見下ろす。
「Finish」
『炸裂』
参式の宣言と共に、赤い三号は塵も残さず爆散した。
一瞬で行われた攻防の末に自らの上位体が破片を撒き散らして消滅するのに、襲来体達が動きを止める。
そこに、通信が入った。
『参式。通信妨害装置は破壊した。今から生き残りを集める。そちらは?』
「分かった。こちらは問題ない」
短いやり取りだけで通信を終え、参式は空を見上げる。
「これで良いんだろう?」
そう呟いて、参式は再び目を戻した。
どういう決断を下したのか、特殻襲来体達が再び動き始め、さらに大量の襲来体達が姿を見せる。
日は、厚い雲に隠れて姿を消していた。
「どれだけ来ようと、一匹も通さん」
参式は再び構えを取り、襲来体と対峙した。
※※※
『いつまでしけた顔してんだ、テメーは』
『親父……』
休養を言い付けられ、拠点としている廃病院の休憩室にあるベンチに座っていたトウガの元に、キヘイが訪れた。
スミレを失い、弔ってから半月。
状況は小康状態に陥っていた。
一進一退の戦局を繰り返す中で、トウガは精細を欠いていた。
『俺には、分からない』
よく眠れないまま、考え続けていた事を口にする。
『あの時、どうするのが正しかったんだ?』
あの子を見捨てれば良かったのか?
やっぱり、スミレが死ぬのが正しかったのか?
二人とも救う方法はなかったのか?
気づけばそんな事ばかり考えて、トウガは何も手につかない。
『スミレの言う通り、もっと強くなれば良いのか? それで本当に……俺は、皆を救えるのか?」
トウガの独白を、黙って聞いていたキヘイはそんなトウガの様子に溜め息を吐いてから、言った。
『馬鹿か、テメーは。皆を救うなんて、出来るわきゃねーだろ。いいトシこいてそんな事も分かってねぇのか』
『……!』
浴びせられた辛辣な言葉に、ぐ、と歯を噛み締める。
『俺らは神じゃねぇ。戦争やってる人間なんだ。人は、死んで当たり前。スミレが死んだのだって、運が悪かっただけの話なんだよ。スミレが死ななきゃテメーが死んでただけの事だ』
トウガは、組んだ指先が白くなる程に力を込めた。
彼女が死んだのは自分のせいだ、と。
痛いほどに責め苛む自分の心は、キヘイの言葉でさらに深く抉られた気がした。
『大体、死んだのはスミレだけじゃねぇ、今まで何人死んだと思ってんだ』
『分かってるよ、そんな事は!』
優しい慰めを期待していた訳ではなかった。
彼の父親は、厳しい時は容赦なく厳しい人間だ。
それでも……失ったものの重さに、トウガは反発せずには居られなかった。
『いいや、分かってねぇな』
しかしそんな反発にも、キヘイの厳しい顔は欠片も揺るがない。
『テメーにゃ、死ぬかもしれねぇと思いながらもハジメに付いて来て、戦って死んだ奴等の気持ちが、本当の意味では少しも分かっちゃいねぇ』
『死んだ奴等の、気持ち……?』
トウガは目を瞬いた。
キヘイは腕を組んで仁王立ちしたまま続ける。
『そうだ。奴等だって死にたかなかっただろう。その気持ちも当たり前だ。それでもな、戦ったんだよ。奴等だって、お前と同じように、大切なモンを守るためにな。スミレは、大切なテメーを守る為に死んだんだ』
『……ッ』
「勝手な事をすんな、と何度も言ったな。分かっただろうが。腕っぷしだけで守れるもんなんてたかが知れてんだよ。いつまでもうじうじしやがって』
『だったら、他にどうすりゃ良かったんだ!?』
トウガは腰を浮かしてキヘイの胸ぐらを掴み上げた。
『分かんのかよ、親父には! 俺がスミレを失わずに済んだ方法が、どっかにあったのかよ!?』
『そんな事、分かるわきゃねーだろ。でもな、可能性を減らす事は出来た。逃げてたのは……テメーだろうがァ!』
キヘイはいきなりトウガの腕と肩を掴むと、再び椅子に座らせるように、全力で壁に叩き付けた。
息が詰まり、込めていた力が抜ける。
目の前にあるキヘイの眼が、鋭くトウガを睨んでいた。
『俺が、何から逃げたってんだよ……』
昔から体に染み付いた恐怖に、トウガの声音が自分でも分かるほど弱々しくなる。
何度本気で怒られ、頭に拳骨を貰った事か。
『テメーが逃げてたのは、責任からだ。ちっとは頭使えや』
キヘイは、拳を握った。
『スミレがテメーに言った強さってのはな、腕っ節の事じゃねぇ。心と、頭の強さの事だ」
力を込めて、胸と額をこずかれる。
だがその痛みは、今まで感じていた苦い痛みではなく、目が覚めるような痛みだった。
「どういう、意味?」
「テメーの戦闘技術は、ピカ一だ。既に人間としちゃ極みに近ぇ』
真剣な眼差しで言われたその言葉は、意外な事にトウガを認めるものだった。
『だがな。人を助ける為に、テメーに足りねぇのは腕っぷしじゃあねぇんだよ。言っとくがな、あの場の判断じゃあ、絶対にどっちかが死んだ。お前はもっと前から、自分の行動の意味を考えるべきだった」
「行動の、意味……」
「世の中に絶対はねぇ。あるのは、策だ。どれだけ、事前に自分の目標を詰める事が出来るか。全てはそこに掛かってる』
それは、教導だった。
今、この時だからこそ意味があり。
トウガに、光を与える言葉。
『ありとあらゆる事態を想定して、常に全ての最悪を潰していくんだ。それでも起こるのが不測の事態だ。その時になってようやく、腕っ節ってのは役に立つ。考えて、考えて、考え抜いて。それで駄目だった時に、初めて落ち込め』
キヘイはトウガから手を離し。
最後に、特別痛い一撃が、脳天に降ってきた。
『~~~~~ッ!』
『いい加減、その甘ったれた性根を焼き直して、逃げてた責任と向き合いやがれ」
痛みに声も出せないトウガに一方的に告げてから。
『おい、もう良いぞ』
キヘイは後ろに向かって顎をしゃくった。
休憩室の中で行われた鉄拳制裁に怯えているのか、おずおずと入って来たのは、簡素なパジャマに身を包んだ少女。
あの時、彼が助けた子どもだった。
『君は……』
『あの、万ケイカって言います』
少女は、小さく頭を下げた。
『どうしても、お礼が言いたくて……あの、助けてくれて、ありがとうございました』
その素直な言葉に。
トウガは、小さく肩を震わせた。
『それだけ、伝えたくて……』
目を伏せる少女を前に、トウガは視界が滲むのを感じて顔を仰向ける。
その肩を、キヘイが力強く叩いた。
『救えなかったもんばっかり数えるな。反省して、前を向け。この子は、テメーが確かに救った。テメーにゃ、まだまだ救える奴等が居る。本気を出しゃ、その数は増えるんだ。それを忘れるな』
『ああ……』
トウガは、戸惑う少女の肩に手を置いて、深くうなずいた。
『俺こそ、ありがとう、ケイカ。それに親父。……俺はバカだけど、絶対、忘れないよ』
心が引き裂かれるような痛みを以て、学んだのだから。
『俺みたいな想いをする奴が、少しでも減るように……本気で、頑張るよ』
スミレを失った悲しみに泣くのは、その後でいい。
トウガはこの日、そう心に誓ったのだ。




