第2節:人相不明の遺体
「第一種厳戒体制の発令を要請します」
「何や、いきなり」
部屋を訪ねた室長の物言いに対して、課長が目を瞬いた。
「これを。課長の歳なら見た記憶があるでしょう?」
課長は、渡された写真を見て青ざめる。
「おい、まさか……!」
「そう、『人相不明』です。……理由は分かりませんが『封印』が解かれた可能性があります。エリア0への立ち入り許可と、早急な対策本部の設置を」
言われて、課長は難しい顔をした。
「……それは、難しいで」
「何故です?」
「しばらく前に、エリア0近辺で黒の参号の目撃情報があってな。特殻が周辺を封鎖してんねや。厳戒令を出しても、却下される可能性があんねん」
室長は舌打ちした。
特殻とは、政府軍特殊任務装殻兵部隊の略称だ。
主な任務は、対装殻者テロ鎮圧。
他にも立て篭り事件の犯人制圧などに駆り出される事もあるが、そんな彼等に与えられた至上命令がある。
ーーー《黒の装殻》の捕縛。
彼等は、政府軍の中でも最高性能の軍事仕様装殻を与えられている。
装着者自身も、選び抜かれた対装殻者戦闘の専門家だ。
「たかが装殻者一人の為に……こっちは放置すれば、いずれ数万規模の死者が出ますよ」
「分かっとるわい。ワシかて前ん時は散々この死体を見て来たんじゃ。特殻は、どないか出来んか上と交渉する。最悪、厳戒令位は出さして見せるわ」
特殻は、対《黒の装殻》に関しては過剰な程の権力を与えられている。
通常の場合だと、司法局と政府軍の関係は五分。
だが、《黒の装殻》絡みの任務遂行中は、特殻の作戦行動が指揮系統の最優先となる。
「エリア0についてはこちらで手を回します。ツテがあるので、多少時間は掛かるでしょうがなんとか出来るでしょう」
「頼むわ。その辺はワシ程度じゃどないも出来んからなぁ……」
室長はうなずいて、その場を辞した。
「……特殻、か」
室長は歩きながら、静かにつぶやく。
以前、フラスコルシティで黒の一号が目撃された際は、あくまでも『酷似した』装殻者である、と言うことで時間を稼ぎ、その間に事件を解決してしまったのだ。
なので現在、司法局に対して特殻の印象はすこぶる悪い。
もし仮に話を付けに行ったとしても、聞く耳を持たない可能性は十分にあった。
「邪魔は排除するか。手遅れになる前に、な」