第28節:参式の真価①
襲来体参式は、進行する方向に立っているこちらに気付いて、足を止めた。
相手は自分とよく似た姿をしているが、よく見ると色合いが少し違う。
瞳は黄緑色、外装の色はやや赤に近い赤黒色。
夜に見るとあまり分からないが、襲来体にコピーされた装殻は、元になった装殻とは細かな差異があった。
おそらく人の外観を奪うのとはまた別で、擬似的に襲来体としての外殻を変化させているのだろう。
それによって、僅かながら日光への耐性を得ているのだ。
夕暮れの中、先に口を開いたのは襲来体の方だった。
「久しぶり、と言って良いものか迷うところだ。記憶はあるが、体は生まれたばかりなのでね」
襲来体参式……赤い三号は言う。
「どうせ元は一緒だろう、マザー」
彼は言い返した。
コア・コピーは、マザーから独立した単体ではあるものの、独立する際に記憶を引き継ぐらしい。
「やり方も相変わらずだな。西に危機があると見せ掛けて、東から攻める。それで何度も奇襲を受けたが……こちらもいい加減、読めている」
「ふふふ、せっかく『私』が用意した策はどちらも上手く行かなかったな。私の動きは読まれ、別の私は逆に嵌められた、と」
赤い三号は、面白そうに肩を震わせた。
不意を打って襲ってくる気配はない。
「人間とは、まこと理解し難いものよな。私のように根本を同一とする訳でもないのに、まるでお互いを半身であるかのように動き合う。と思えば、今度は隔絶しているように争い合いもする。貴様らは前者のようだな。お陰で、私を一体無駄にしてしまった」
独特な語り口は、昔聞いたままだ。
全にして個である襲来体は、お互いの間に区別がない。
独立したものも、下位の襲来体も、全て自分自身であると認識している。
どこまで行っても一人の軍勢―――それが、襲来体という存在なのだ。
「策、か」
怒りの滲む声音で、彼が反駁する。
「茶番、の間違いだろう。自分の愉しみの為に人を殺す、度しがたい石コロが」
「ふふふ。旧知に向かって酷い言いようだな、参式? あんなにも情熱的に私を求めてきた頃の貴様は、どこに行ったのだ」
首を傾けて、赤い三号は挑発した。
しかし彼は、既にそんな挑発に乗る程、若くも、安くもない。
「どうやって復活した?」
「私が、それを貴様に教えると思うか?」
「吐けば、楽に殺してやろう」
「出来るかな? 前に使った手は通用せんぞ!」
赤い三号が構えを取り、対峙する参式も同様の構えを見せた。
無言で同時に地面を蹴り、右の拳同士が激突する。
参式が腕を引いて左足を跳ね上げると。
赤い三号は、同じように引いた右腕でガードしながら前蹴りを放ってきた。
彼がバックステップで躱すと、今度は赤い三号が、振り上げた前足をそのまま踏み込みに変えて、左の拳鎚を振り下ろす。
参式は、右のショートアッパーでその拳鎚の軌道を反らした。
さらにアッパーを放った拳を、相手の腕に滑らせるように前へと繰り出しながら。
上体の重心を前に戻し、捻り右正拳突きでカウンターを放つ。
が、赤い三号は首を僅かに傾けるだけでそれを避けた。
チッ、と僅かに参式の拳と赤い三号の左頬が擦れ、火花を散らす。
「良いぞ、そう来なくてはな! 先程殺した連中は、どいつも歯応えがなくてなぁ!」
言いながら。
赤い三号は左の肩と腕で、参式の右腕を巻き込んで体を沈めた。
参式は、極められかけた腕をそのままに、さらに後足を強く踏み込む。
参式の掌底が、前のめりになった赤い三号の頭を迎え撃ち、足元から膝、腰、腕へと伝えた浸透頸を叩き込む。
最初の有効打は、参式だった。
打たれた頸の威力により、弾け飛ぶように頭を反らした赤い三号。
関節技の力が緩み、極めから腕を引き抜いた参式は。
「喰らえ」
引き抜いた勢いで体を返すと同時に、今度は左フックで赤い三号の右頬を撃ち抜いた。
吹き飛び、しかし倒れるのは足を踏ん張って耐えた赤い三号が、参式から距離を置いたまま笑い声を上げる。
「くはは! 心地良いぞ、貴様の憎しみは! 大切なものを失い、人である事も捨て去って、守ろうとした者達に追われて! 貴様には、まだそれほどの憎しみが残っているのか!」
「貴様らを根絶してやりたい、というこの執念を鎮める事が出来るのは……貴様らの滅びだけだ!」
今度は、参式が踏み込んだ。
「出力解放……」
『実行』
参式が、それまでとは比較にならない一撃を繰り出そうとすると。
「出力解放!」
『認証』
赤い三号もまた、自らの拳に力を込める。
「〈紅の連撃〉」
「〈赤の連撃〉!」
相似の連撃が互いにぶつかり合い、空気を大きく震わせた。
攻撃は互角に見えた、が。
「並列励起!」
『再施行』
あり得ない速度で再度出力解放を起動させた赤い三号が、拳を赤熱させたまま。
「ーーー〈赤の乱打〉」
さらに、二発の拳閃を繰り出す。
「ぐッ……!」
参式の胸部と頭に一発ずつ。
どちらもかろうじて腕でのガードが間に合う。
先程の参式に似た左右の拳のコンビネーションが、参式を吹き飛ばした。
頭部と両腕にそれぞれに損傷を受け、三度、二人の装殻者は対峙する。
「貴様とのじゃれ合いは楽しいが、そろそろ決着を付けさせて貰おう。何、殺しはしない。貴様には生きて絶望を味わわせ、無様に全てを見届けて貰わねばな!」
「自分が優位なつもりで、いつも失敗していたんじゃないのか? 成長しないな」
お互いを貶し合う、言葉と殺意の応酬。
「学習しないのは貴様の方だろう? 次は何を奪って欲しい!? 人類全てを殺し尽くし、その景色を貴様に見せてやろうか? ふふふ、さぞ楽しい激情を見せてくれるのだろうな!」
「べらべらとよく喋る……引きこもるのが随分退屈だったようだな」
「退屈だったとも! それもこれも、全て貴様のせいでな!」
赤い三号は空を見上げた。
空が曇って日は隠れ、夜を前に彼らの時間と参式達の時間が入り交じる。
「来い!」
赤い三号の言葉に、装殻化した襲来体らが、参式を囲むように物陰から姿を見せた。
灰色の、最近見慣れていた、その装殻は。
「西エリアの特殻を取り込んだか……」
参式は、心の痛みに歯を鳴らした。
焼けつくような怒りを戦意に変えて、赤い三号を睨み付ける。
「地球を這うウジ虫どもめは、大人しく糧となり滅べば良いものを……こんなモノを作り出すから、自らの首を絞める事になるのだ」
「気が合うな。俺もお前に対してそう思っている。無駄に知恵を付けるから、より俺を怒らせる事になるとな」
「どこまでも不遜な輩よ。この状況をまだ覆す気でいるか」
流石に、赤い三号の声音に険が混じり始める。
だが、敵意が深まっているのは参式も同じだった。
「当たり前だ。忘れる度に思い出させてやるさ。いつも、俺を侮るその慢心が貴様を這いつくばらせて来たのだ、マザー!」
「ほざけ。今度こそ奪い尽くしてやるぞ!―――全てをな!」
「そうはさせん。貴様にそれをさせない為に、俺は学んで来たのだ! 守る方法をな!」
参式は傷ついた両腕で拳を握り、纏身時とは逆向きに逆十字を描いた。
「強纏身! 真・殻装!」
腰に備わる一対の出力増幅核が、鮮烈な紅い輝きを放った。
参式のマッシブな肉体が、さらに鎧われる。
上半身がさらに強固に肥大して、腕部や背部に、複数の瞬発機動補助機構が展開。
両足にさらに二基の大型機動補助機構が形成され。
最後に、頭部を一対のツノのような強化装殻制御装置を備えた超知覚補助頭殻が覆う。
『装殻状態:第一制限解除』
補助頭脳の宣言と共に。
紅黒色の鬼神が、顕現した。
「巨人型兵装、か」
「そうだ。お前らには写し奪る事が出来なかった、黒の一号が長年かけて作り出した『力』だ」
流石に警戒を滲ませる赤い三号に、巨殻形態化した参式が足を踏み出す。
「母体へ還れると思うな、襲来体ども」
参式は、右の拳を軽く握って腰に引いた。
「黒き修羅の力を右腕に」
そのまま半身に構え、左の掌を相手に向ける。
「黒き天女の力を左腕に」
二本の角が、雲間から覗く日差しの最後の一条に照り輝く。
「鬼神の決意を胸に、不退転の道を駆けるーーー」
不屈。
それが、彼が自身に架した唯一無二の生き様故に。
「我こそが《黒の装殻》」
彼に、引くという選択は、ない。
「名を、参式―――襲来体の、天敵だ」




