第27節:コア・コピー
仮設本部の天幕から、カヤが姿を見せた。
その表情を見て事態が想定外の方向に動き出したのを見越して、井塚は日和に目を戻す。
「お前は、間違っとる」
「何がです?」
「説得力っちゅー面じゃ、そうやな、悪くないとは思うで。実際、それでトウガを疑う奴も出て来るやろな。でもな、オメー何で、トウガが参式やっちゅー前提で話とんねん?」
「え?」
「トウガが偽者なら、確かにオメーの言う通りやと思うわ。でも証拠が何もない。トウガは装殻を装着した。でも、奴が参式やっちゅー証拠は何処にもないねん。なのにオメーは確信を持っとる。何でや?」
日和は、少し狼狽えた顔をした。
「それは……状況からは、そうとしか」
「つまり根拠は何もないんやろ? 俺が問題にしとるんはそこじゃないねん。オメーが確信してる事そのものが、問題やねんや」
「意味が分かりません。僕は確かにあの人を疑っています。でもそれは、花立室長の擬態が現れたからで……」
「トウガが擬態された事を、何で俺らが疑問に思ってないんか、ホンマに分からんのか?」
井塚は、真剣な目で日和を見た。
彼は、認めたくはなかった。
認めたくないからこそ反論した。
だが、もう無理だ。
「トウガは、一回確かに、襲来体に殺されとる」
「……何ですって?」
「大昔や。奴はマザーと相打ちになった。そのお陰でマザーは休息を余儀なくされ、俺らは決定的な反撃を行う準備の時間が稼げたんや」
井塚が、認めたくなかった事は。
この段に至っては、もう目を反らすことは出来ない事実だった。
「だが、奴は一度死んで、そっから蘇った。俺はそれを知っとる」
怒りと悲しみを目に浮かべて、井塚は決定的な言葉を告げる。
「オメーもそれを知っとるやろ? なぁ、母体複製体……!」
日和が既にーーー襲来体に成り変わられているという、事実を。
日和の顔色が変わる。
その瞬間。
パン、と軽く、呆気ない音を立てて、日和の頭が吹き飛んだ。
※※※
地響きのような振動が、微かに聞こえる。
誰も居らず、襲来体もいない地点で、その音は徐々に徐々に大きくなって行き。
やがて地面を貫いて、一体の装殻者が姿を現した。
その外殻は、普段とは違い、白色ではなく白銀色に輝いている。
地面を穿孔し中空で12枚の翼を広げたその装殻者は、ヘッドギアのみを装着していて、顔をフルフェイスで覆っていない。
装殻者は、両腕に融合するようにより鋭く、長大な刃を備えたスタッグバイトを油断なく構えて周囲を睥睨していた。
普段と様子の違う彼女の表情と装殻は、正戸アイリの人格が、既に生体移植型補助頭脳『相李マサト』と入れ替わっている事を示している。
明らかに他の装殻者とは違うその姿は、彼女の切り札。
白銀の装殻者・捌式変異型。
「アイリ。何処へ向かう?」
地上を睥睨し、既に脱出した司法局員や特殻の生き残りの姿がな残っていない事を確認してから、マサトは問い掛けた。
この状態では、マサトとアイリの間で全ての情報がシームレスに共有されている。
『本部に向かおう。少尉の反応もないし、室長達が心配だし』
作戦開始から既に四時間。
空は黒く曇り掛けていて、日没よりも早く敵が地上で自由に行動を開始し始めそうな気配がしていた。
『うぅ……明日また全身筋肉痛かぁ……出来るだけやりたくなかったのに……』
「死ぬよりマシだろ。行くぞ」
アイリのぼやきにマサトが応じて、彼は全ての力を移動にて注ぎ、その場を後にした。
一路、本部を目指そうとして。
マサトは、眼下にこちらを見上げる人影を捉えて、その姿に目を見開いた。
※※※
カヤは事の顛末を見届けてから、井塚に歩み寄った。
横にはミツキも居る。
彼は青い顔をして、頭を吹き飛ばされた死体を見ないようにしていた。
「部隊との通信が遮断された。おそらく大規模な通信妨害が行われている。装置を探し出して潰すか?」
「日没までに探し出せるか? 流石に本部の人員だけじゃ厳しいで」
井塚の言葉に、カヤもうなずいた。
「なぁ、おとん……この人……」
「日和や、襲来体に擬態されとった」
「襲来体って……」
ミツキがおずおずと口を挟むのを、井塚は一言で断じた。
確かに、見た目では見分けがつかないので言われても納得するのには抵抗があるだろう。
しかし、彼が納得出来るように説明している暇はなかった。
「では、生き残っている他の部隊との合流を目指す。どこが良いと思う?」
「地上で人数も多い北が一番可能性があるやろな。次に東や。ただ、北に行くにはエリア0を回り込まなあかんし、時間が掛かる。東は優勢ゆーても最前線や」
「戦闘終了前に通信が遮断されたからな。南へ部隊を集めるという花立さんの指示も回せていない。集合に関しては望み薄だろうな……一番近い西は?」
「劣勢やってんやろ? 援軍は?」
「それも回せていないな。絶妙なタイミングだった。十中八九、こいつが原因だろう」
と、カヤは足元に転がる日和の死体を見下ろした。
「やったら、楽観出来んやろ。潰されたと見て行動するしかしゃーない」
言いながら、ふと、井塚は疑問を抱いた。
「トウガは?」
「東へ。既に向かっている」
井塚は頭を掻いた。
「あのアホ。ほんま非常事態で協調性ないんは相変わらずやな。俺らも東に行くで」
「あの人が向かったのに? 危険度は北よりかなり高いと思うが」
井塚は鼻を鳴らした。
「危険なのはどこも一緒や。なら、あいつがおるってだけで東が一番安全やろ」
「確かに。なら、東へーーー」
と、カヤが言いかけた所で。
倒れ伏した日和の死体の指が、ピクリと動いた。
井塚は一歩前に出て、カヤがミツキを庇うように太刀を引き抜く。
ぶるぶると震えながら体を起こそうとする日和に向かって、井塚は拳銃を引き抜いて二発その体に叩き込んだ。
「装殻せぇ!」
自身も腕輪に触れながら言う、鋭い井塚の声に応えて。
カヤとミツキが、それぞれに装殻具に触れた。
「「装殻展開!」」
「べ、Veild up!」
三人が装殻を身に纏うと、ぐにょぐにょと体の表面を脈動させながら、日和が起き上がった。
頭部が再形成され、一瞬日和の姿になったか思うと、次に司法局の装殻姿に変異し、最後に、本来の姿を現す。
「ゲゲェ……なんダ、上手グ変わレナい……!?」
日光に晒され、白煙を上げながらコア・コピーが軋んだ声を上げるのに、陸式になった井塚が言った。
「襲来体組織融解弾や。さっきの一発もな。三発も喰らえばコア・コピーでも流石に効くやろ?」
「ギゲェェェッ!!」
人と、装殻と、鉱物と。
それらが入り交じった姿で、コア・コピーが叫びを上げる。
途端に、天幕の中で悲鳴が上がった。
「ッ! まだおったんか!」
「ユるざンっ! 皆殺ジにじでやルルゥ!」
コア・コピーに応えるように、遠くから歓声に似た声が上がった。




