第26節:剥がされた鉄仮面
総合商業施設跡、西第三エリア。
「くっ、数が多すぎる……!」
一人の特殻隊員が弱音を漏らすと、即座に別の一人が応えた。
「諦めるな! もうすぐ援軍が来る、それまで―――」
言い差した所で、重い音と共に特殻隊員の声が途切れた。
弱音を漏らした隊員がそちらを見ると、倒れた隊員に一体の襲来体がのし掛かっており、その横に。
紅黒色の外殻を持つ、マッシブなシルエットの装殻者が立っている。
突き出した拳に、血糊が付いていた。
「あ……」
声を上げ掛けた特殻隊員は、最後まで口にする前に胸板を貫かれて永遠に意識を失う。
そこからは早かった。
「参式……!?」
「何で、隊長に倒されたんじゃ……!?」
「く、来るな、誰か助け―――!」
「引け! 引くんだ、本部、こちら―――! 通信が!?」
連携を分断され、通信を妨害され、状況も把握できないまま阿鼻叫喚の渦に叩き込まれた特殻は。
退路を塞がれ、追い詰められた絶望の中で次々と襲来体の餌食となった。
その後、殺された特殻隊員達に群がっていた襲来体が、一匹、また一匹と変質していく。
灰白色の外殻に、濁った黄色い眼の装殻者達。
彼らはぎこちなく身を起こすと、その場に人相不明と化した遺体だけを残して、参式に従うように隊列を成していく。
彼らの後ろに付き従うのは、獲物からあぶれた襲来体達。
ザ、ザ、と規則正しい音を立てて、一言も、呼吸すらも発する事なく何処かへ向かう彼らは。
まるで、死者の軍勢のように見えた。
※※※
「こちら特殻1。西第三エリアからの通信が途切れました」
異常を察して少尉は本部に連絡を入れたが、本部からの応答がなかった。
「通信妨害だと……? どういう事だ」
襲来体に、そんな能力があるとは聞いていなかった。
となれば、本部の方に何かがあったのか。
少尉の居る方角から見て、本部と西エリアは同じ方向にある。
嫌な予感がした。
確認の為に東と南の他部隊と連絡を取ったが、こちらは滞りなく返答があった。
「総員、聞け。本部に異常あり。通信が遮断されている。襲来体の掃討を一時中断、全員地上に……」
と、言い掛けた所で、割り込むように通信が来た。
『こちら南第一エリア! さ、先程に倍する数の襲来体を確認!』
『こちら東第一エリア。こっちでも襲来体の増援を確認した。ねぇ、どういう事? 予想より遥かに多いよ!』
『こちら東第二エリア! 他のエリア同様の現象を確認!』
「撤退しろ! 退路は!?」
少尉は怒鳴った。
何かが起こっている。
それも、こちらの予想外の事態が。
『そ、それが、退路側からの出現です! 脱出まで時間が掛かります!』
その後、全ての場所から同じ返答があり、少尉は顔をしかめた。
「これは、ハメられたか……?」
こちらの情報が、何処かから襲来体側に漏れていたとしか思えない布陣だ。
一瞬、対立する男の怜悧な顔が浮かんだが、今はそれどころではない、と頭の中から追い出した。
『こちらスタッグ1! 東第一エリアは僕だけ先行してるから囲まれてない! 他の皆は退避させて!』
「……聞こえたな? 東第一エリアは撤退! スタッグ1、貴様はどうする?」
『最悪でも、逃げ切るだけなら大丈夫! これから単独で動くよ!』
少尉はその言葉を信じて、マサトの救助を頭から切り捨てた。
「南、東第一エリア! 此方で脱出路を開く、正確な位置を教えろ!」
そう、少尉が言った所で。
凄まじい衝撃が、バレルティガーJ2を襲った。
『警告。左機動補助機構:破損』
補助頭脳が機体状況を伝えてくる。
何処かから、攻撃を受けたのだ。
視線を向けると、スラスターに何か棒状のものが突き刺さっている。
直後、熱を発する棒状のモノの周囲が融解し、《ビーハイヴ》の弾頭が爆発した。
「ぐうっ……!」
少尉は衝撃に呻きながらも何とかバレルティガーJ2を制御した。
しかしスラスターを一機失った事で姿勢制御が不安定になり、徐々に高度が下がっているのが確認出来る。
「ッ、敵は!?」
『十時方向。回避推奨』
「この状況で……こちら特殻1、何者か攻撃を受けている為、交戦に入る! 脱出路の確保は出来ない! 各自自力で脱出しろ!」
視覚情報に攻撃警告が表示されている。
機体の姿勢を維持しながら、少尉は敵を視認した。
「……」
無言でこちらを見上げるその装殻者は、どこかで見たような姿をしている。
「あれは……!」
海洋生物か、あるいは水泳選手を連想させる、首から両肩に掛けてが滑らかな流線型のシルエット。
両肩の近くに、空間固定されて浮いている二本の長大な電磁突殻槍。
頭部に装着された視覚強化兵装。
外殻だけが、白色ではなく青みを帯びている。
海洋型装殻の特徴を備えたそれは―――伍式。
体から微かに白い煙が吹き上げているのは、日光による損傷を受けているからか。
しかしそうした事を意に介す様子もなく、相手が準備を終えたようだった。
「出力解放……」
『認証』
何処か歪んだ敵と補助頭脳の声音を、バレルティガーJ2の指向性マイクが拾う。
「―――〈対潜迫撃殻弾杭〉」
『射出』
電磁加速により超高速で打ち出された青い伍式が、直線軌道でこちらに迫る。
「ナメるなよ……! その装殻を一番熟知しているのは俺だ……!」
少尉は、腕の20mm重殻弾機関銃を迫る相手に向けた。
―――〈対潜迫撃殻弾杭〉は本来、水中魚雷と同速で潜水艦相手に使用する為の技だ。
故にその軌道は直線的。
遮るもののない空中で装殻弾を受ければ、自身の速度も相まって尋常ではないダメージとなる。
「くたばれ!」
少尉は、20mm弾を扇状にバラまいた。
先進するより他にない敵に、避ける術はない。
―――筈だった。
どろり、と。
相手が溶け崩れるようにその姿を変え、一条の圧縮水と化して装殻弾の間をすり抜ける。
「ダイヴしながらの……液化、だと……!?」
あまりにも、常識外れの合わせ技だった。
奴に死の恐怖はないのか、と考え。
そんなものが……そもそも知性などというモノが、元来存在しない相手だという事に思い至る。
社会性昆虫、あるいは鉱物。
そのどちらであろうと。
死に対して恐怖する以前に……そもそも『恐怖』という概念すら有していないのだ。
少尉は、確かに電磁流体外殻の特性を最大限に活かしていた。
だが、それはあくまでも人間として、だ。
彼は自らの、装殻者としての更なる可能性を目の当たりにして。
微かに、頬を緩めた。
「襲来体如きが、俺の上を行くなど……! 装殻液化!」
『フォルム:ゲルスタイル』
少尉は、即座に自身を液化して襲来体を迎え撃つ姿勢を取った。
「そんなモノを見せつけられて……ここで死ねるか!」
彼の頭から、最早地上や地下の状況など吹き飛んでいた。
彼が抜け出た事で、安定を失ったバレルティガーJ2が傾いて落ちていく。
肉薄した襲来体伍式が空中で自身の体を巻き付けるように少尉を拘束し、上半身だけ肉体を形成する。
「う、おぉぉ!!」
しかし、少尉もそこで終わらない。
相手が少尉の頭に突き込もうとした電磁突殻槍に電磁流体外殻で干渉して瞬時に過熱させ、液化した相手の手を蒸発させた。
伍式の取り落としたグレイヴを頭突きで逸らした後に、蹴り上げて相手の頭部を吹き飛ばす。
ばしゃん、と音を立てて頭が飛び散り、少尉は拘束から抜け出した。
「出力解放!」
『承認』
落下しながら液化を解除し、蹴ったグレイヴに追い付いて手に取ると、手が焼けるのにも構わずにコア出力を解放した。
頭部を形成し直した伍式も両腕を広げて、歪んだ声を出す。
「出力解放……」
『認証』
お互いに、一瞬だけ睨み合い。
「〈迅雷貫渦〉!」
「〈轟水落天〉……」
少尉が解放したエネルギーを全て込めた一槍をドリルのように投げ撃ち。
伍式が液化した肉体に力を漲らせて滑落しながら少尉を急襲した。
しかし、グレイヴが伍式に衝突する瞬間に溶け落ち、拡散したエネルギーを突き破って伍式勢いを緩めないまま襲い来る。
「……チッ!」
迫る地面と伍式。
低下するコア・エネルギー。
完全に打つ手のなくなった、少尉の全身を。
襲来体伍式の乱撃が穿った。




