第25節:狙撃
天幕の外に出ると、日和は井塚を連れて少し離れた広場に向かった。
「で、どないしたんや?」
周囲に人がいないのを確認して井塚が訊くと、日和は少し言いづらそうに口ごもってから、深く息を吐いた。
「花立室長は、本当に本人だと思いますか?」
「どういう意味や?」
「僕は、どうしても引っ掛かるんです。何故花立室長に、襲来体が擬態出来たのか」
日和の言葉に、井塚が厳しく顔をしかめる。
「あの人が、井塚さんの大切な仲間だというのは理解しています。しかし襲来体は……殺した相手にしか擬態出来ないのでしょう?」
「コア・コピーに関しては、一概にそうとは言い切れんと言われたやろ? マザーは情報を蓄積するんや。前に俺らは奴と戦っとる。マザーの情報の中にトウガの情報が含まれとって何もおかしな事、ないやろが」
「いいえ。それでもおかしいですよ」
日和は引かなかった。
「マザーに蓄積された情報も、結局は襲来体がもたらしたモノなのでしょう? 装殻に関しては人を殺さずとも擬態出来る、という話だった筈です。だったら結局、花立室長は死んでいる事になる。殺さなければ、襲来体は相手に擬態出来ないのですから」
井塚は一度押し黙り、次に疑問を返す。
「ほんなら、いつトウガと襲来体は入れ替わったんや? 参式に化けとったコア・コピーはトウガの姿をしとったんやろ。んで、特殻隊長に殺られた。じゃあ、今のトウガは何やねん? 殺られた方が本物だとでも言うんか?」
「そういう意味では……」
「こっちの情報が間違っとる可能性もあんねんで? 殺らなくても、奴らは人に化けれるんかもせーへん。殺らな入れ代わられへんから、殺ってるだけなんかもせーへんやろが?」
「その情報は間違っている可能性の方が低いでしょう。井塚さん達が蓄積した襲来体のデータから導き出された結論なのですから」
井塚の態度に、日和は逆に不審そうな顔をした。
「何故、そんなにも頑ななのですか。普通に考えておかしい事なのに、何故誰も疑問に思わないのです? 局長も、井塚さんも。彼に部隊の指揮を取らせていますが、今に取り返しの付かない事になるかも知れないと、何故思わないのです?」
「だから、トウガがいつ襲来体と入れ替わったんか、言うてみろっちゅーとるやろが!」
「そんなもの……最初から、じゃないんですか?」
「あ?」
予想外の返答に、激昂していた井塚が面食らう。
「そもそも、この司法局に彼が出向して来たその時から……あるいは、もっとずっと前。それこそ以前に襲来体を封印した時から、かも知れません」
まるで自分でも認めたくない事を喋るように、苦悩、あるいは恐怖に、日和は表情を軋ませる。
「狙っていたんじゃないんですか。この状況を。エリア0の封印が解かれるタイミングを。いいえ、その封印を解かせる為に、今の今まで、コア・コピーが花立トウガとして振る舞い続けていたんじゃないんですか……?」
井塚は、言葉を失った。
ずっと偽物だったのなら、と、日和は言う。
それならば、花立が入れ替わった事に気付かないのも納得が行くと。
そもそも、入れ替わっていないのだから、と。
「んな……んなアホな事あるかいな! 襲来体がずっと潜伏しとったっちゅーんか? 何の為や? 生き延びとったんやったら、それこそ今更こそこそする必要ないやろ! 30年やぞ!? どんだけ襲来体が増えとってもおかしないやないけ!」
「コア・コピーには、その能力はないのかも知れません。他の個体よりも強い力を持っていても兵隊蟻は兵隊蟻であり、女王蟻ではないのですから。……だからこそ女王を、マザーを取り戻す為に動いているのではないのですか?」
井塚は、日和の胸ぐらを掴み上げた。
認めたくない、と。
日和の話に真実の可能性を感じてなお、抵抗するように言い募る。
「やったら、殺られた偽物の参式は!? あれが襲来体なら、今居るトウガは本物以外にあり得んやろが!」
「その可能性があり得る、としたら?」
「あ?」
強い力で掴み上げられながらも、日和は引かなかった。
「偽物が倒されたから残った方は本物。普通はそう考えます。だったら、それを逆手に取る事だって可能じゃないですか!」
日和は井塚の腕を掴み、事実を突きつけるかのように目を逸らさないまま、言葉を押し付ける。
「人体改造型装殻に出来ない事が、襲来体には出来るんです。花立室長が襲来体なら……装殻を、装着出来るんですよ」
それが疑いを持った少尉と室長が対峙した顛末のカラクリだと、日和は言った。
「そしてさっきの話と違って、花立室長の偽物が二人居るのはおかしな事じゃない……マザーは殺した相手の情報を持っているんですから。二体のコア・コピーに、花立室長の外見を与えれば、それで済む話じゃないですか」
砂混じりの風が吹き抜け、井塚は目を細めながら首を横に振った。
彼は日和から手を離し、一歩二歩、後ろに下がる。
日和は襟元を正しながら、自分が辿り着いた最後の結論を口にした。
「花立トウガは……襲来体です」
※※※
「此処まで、か」
広場に立つ井塚と日和を、一人の男が廃ビルの中から見下ろしていた。
二人の会話は、強化された聴覚で捉えている。
井塚が、ふらふらと後退った。
二人が離れたのを見届けて。
男は、右手の指を二本立てる。
右肩まで持ち上げたその指を、左腰に払い。
そのまま、左肩へと跳ね上げて。
最後に、右の腰へ向けて、宙に斜めの逆十字を描く。
そのまま両方の拳を握り込み、静かに言葉を口にした。
「ーーー纏身」
全身を、体から浸み出した黒い流動形状記憶媒体が覆う。
男は、艶消黒色の外装に赤い双眼持つ、装殻者と化した。
「ーーー第一制限解除。出力変更、狙撃特化」
『変更』
黒い装殻者の声に、補助頭脳が答えた。
外殻が少し浮き上がり、出力供給線が全身に露出する。
同時に双眼の色が柘榴色から暗褐色へ。
追加装殻である双銃が腰の左右に現れ、黒い装殻者が状況特化型へ移行する。
頭部に視覚強化兵装が追加展開。
右の半身が鎧われ、左腕の肘から先のみ外殻が追加された。
最後に、背部に大型のバックパックが形成。
『装殻状態:第一制限解放』
黒い装殻者が、自身の両腰に手を伸ばす。
そこに装着された双銃を引き抜き、縦に接続した。
バックパックから、さらに砲塔が出現し、ジャキ、と音を立てて右肩の上に突き出す。
そこに組み合わせた双銃を銃把として接続し、引き下ろすように両手で半回転。
接続された3つの銃が混ざり合うように形状を変化させ、一つの長大な砲身を持つ銃となる。
その銃の名は、対装殻狙撃銃。
凶悪なその狙撃銃を、黒い装殻者は窓枠に砲身を当てて僅かに銃口を覗かせるように構えた。
『目標捕捉』
無機質な音声が、装殻者すら貫く獣を解き放つ為の準備が整った事を告げる。
「出力解放―――」
『実行』
対装殻狙撃銃に、コアから出力されたエネルギーが凝縮していく。
「―――〈黒の狙撃〉」
黒い装殻者は、ゆっくりと引き金を絞った。
その偉容に比して、あまりにも静かに。
僅かな発射光のみを残して、甚大なエネルギーを纏った銃弾が解き放たれる。
『命中』
「解殻」
補助頭脳が告げるのとほぼ同時に、黒い装殻者は狙撃形態を解除すると、即座にその場を離れた。




