第23節:幹スミレ
「何を考えているか分からない、か」
割り当てられた幹部用の個室で、ベッドに腰を下ろしたトウガは、アイリの言った事を繰り返した。
語調は違うが、昔はよく、直接言われたものだ。
『何を考えとんじゃ、お前は!』
『一体、何を考えているの?』
『お前の考えとる事は、よぉ分からん』
叱りつけるように、呆れたように、諦めたように、何度そう言われただろう。
「変わってない、って事かな……」
長年掛けて作り上げた仮面を脱いだ口調でつぶやき、トウガは顔を両手で覆った。
「もうすぐだ……」
暗い目で、トウガは執念の滲んだ口調で言う。
「お前との因縁に、今度こそ決着を付けるぞ、マザー……」
※※※
所々砕けた幹線道路の上、黒の一号が襲来体の行く手を塞ぐように立っていた。
周囲には、十数名の【黒の兵士】。
その中に、トウガも居た。
『奴がマザーだ! 逃がすな!』
キヘイが叫び、周囲から一斉に弾丸の嵐が降る。
敵は既に囲まれていた。
襲来体が十数体、コア・コピーが三体。そしてマザーだ。
『くっ!』
『下がれ、副長!』
コア・コピーの一体に太刀を飛ばされ、腕を負傷して顔を歪めるスミレに怒鳴って、トウガは前に出た。
彼女は無事な腕で下げていた機関銃を掴み、コア・コピーを牽制するように連射する。
トウガは、行く手を阻む一体の襲来体の頭を散弾銃で撃ち抜き、スミレと入れ替わりで逆の手に持ったダガーでコア・コピーの喉を突き抜いた。
コア・コピーが倒れる。
と、そこで彼は気付いた。
市街から逃げ遅れたのか、一人の少女がガタガタと震えて物陰に居て、一体の襲来体がそちらに目を向けているのを。
『ちぃッ!』
トウガは駆けた。
『花立!?』
後ろから黒の一号の声が掛かるが無視して、少女に襲いかかろうとしていた襲来体を背後から撃ち抜く。
さらにトドメに、ダガーを頭頂に突き込んだ。
そこで、金属疲労からか刃が折れる。
即座にダガーの柄を放り捨て、トウガは少女を抱えた。
『大丈夫か!? すぐに避難ーーー』
と、トウガが言いかけた所で、背後の気配に気付く。
喉を貫かれたコア・コピーが。
そこに立ち、トウガに向かって腕を振り上げていた。
『ーーーッ!?』
避けられない。
トウガは、とっさに少女を抱きしめて背を向けた。
ドン、と鈍い音と共に、トウガの背中に衝撃が……襲い掛からなかった。
『……?』
目を開いて降り向いた先に。
スミレの、見慣れた背中が見えた。
舞い散るように、パッと血が宙を流れる。
広げた手に握った機関銃は、残弾が既になく。
『ーーーーッ! スミレぇええええッ!』
『出力解放!』
『実行』
トウガの叫びに、黒の一号の声が重なり。
『〈黒の打撃〉!』
コア・コピーの胸郭を背後から黒い腕が貫き、コア・コピーが崩れ落ちる。
『はははははっ! 馬鹿どもめ!』
黒の一号とトウガが持ち場を離れた事で陣形が崩れ、コア・コピー二体とマザーが包囲を抜けて逃げ出す。
他の襲来体は、全員始末されていた。
『スミレッ!』
少女を抱えたまま、倒れ伏したスミレにトウガが駆け寄り、膝をつく。
周りにも、【黒の兵士】が集まり始めていた。
井塚も居る。
遠くから、カヤとシノ走ってくるのが見えた。
『スミレ、何で!』
スミレが薄く目を開き、いつもの仕方がなさそうな笑みを浮かべる。
『持ち場を離れるな……って、言ってるでしょ、いつも……まぁ、私もなんだけど……』
トウガは目を見開き、腕の中の少女を見下ろす。
彼女は気絶していた。
『俺、俺は……』
『良いの。分かってるのよ。そういう貴方だから、私は好きに……なったんだから』
咳き込み、血を吐きながらも、スミレは微笑んだ。
『だから……これは、私の勝手な、行動だから……気に、しないで』
『……!』
『貴方を……失うより、マシ、だったから、そうしたの……ふふ、ずるいでしょ? 私』
トウガは、目を見開いた。
今まで自分のして来た事は……こういう事だったのだ。
『『副長!』』
カヤとシノの悲痛な声が聞こえる。
だが、トウガはスミレの顔から目を反らせなかった。
『スミレ、俺は…… 俺はそれでも……!』
目の前の幼い命が失われるのは、耐えられなかった。
だが、その行動の所為で。
代わりに、最愛の人が、今、消え去ろうとしている。
だが、他に、どうしようがあったと言うのだろう。
『言ってる、でしょ……分かってるわ、トウ、ガ……愛してる』
力ない手に頬を撫でられ、呆然とするトウガの代わり、黒の一号が言った。
『すまない、副長。俺がもう少し早く気付いていれば』
『気にしな、いで。貴方だって、全能じゃ、ない……だから、私達が……いる』
スミレの目から、徐々に光が失われてゆき。
『……トウガ、あな、たは……生き、て……みん、なを。守って、……』
ね、と微かな囁きを残して。
幹スミレは、この世を去った。
『ーーーーーーーーーーーーッ!』
トウガの、声にならない慟哭が辺りに響き渡り。
この日、トウガと【黒の兵士】は代え難い人を失った。




