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第22節:動き出した兵士達

 全てが終わった後、ようやく井塚にミツキの事を伝えると、『無茶ばっかしよってあのアホンダラ!」と井塚が走って行ってしまった。


「ねぇ、室長」


 雑務を終えて朝焼けの中で休息所に向かいながら、マサトは室長に問い掛けた。

 室長は、黙って横を歩くマサトを見る。


「何で、あの襲来体は室長の姿していたの?」

「お前も、俺を参式だと思っていたのか?」

「……うん」


 マサトは素直にうなずいた。

 室長は少し黙った後に再び口を開く。


襲来体心核(イミテイト・コア)……かつて母体(マザー)と呼ばれたそれは、襲来体が収集した情報を自身に還元し、反映する事が出来る。俺も、参式も、かつてマザーと接触し、その情報を抜き取られた」

「あれは、マザーだったの?」


 マサトは戸惑った。

 それを倒す為に、司法局はエリア0(オー)への進入許可を求めていたのではなかっただろうか。

 しかしそのマサトの問いに、室長は首を横に振る。


「あの参式に擬態した襲来体は、母体複製体(コア・コピー)と呼ばれるモノだ。通常の襲来体と違い、マザーが自身の因子を人間に埋め込む事で発生する。外見や装殻情報は、その際に因子に付与出来るらしい」


 かつてマザー自身が語った事だと、室長は言った。


「室長の姿に、参式の情報を付け加えたって事? 何でそんな事したのかな……」

「奴は、俺に恨みがあるからな」


 室長は皮肉げに笑った。


「奴が現在の人間側の情報をかなり正確に把握しているのは間違いない。方法は分からないが《黒の装殻》がどういう立場で、今、俺がどういう立ち位置にいるのかも知っているんだろう。内輪揉めでこちらを潰そうとしたのかもしれん」

「襲来体には、知性があるの?」

「ある。少なくともマザーには、な」


 室長は断言した。


「奴は狡猾だ。人の表面だけを真似る兵隊級の襲来体と違い、本物の知性がある。だから厄介なんだ」

「本物と偽物を見破る方法は?」

「襲来体やコア・コピーには知性がない代わりに記憶があるが、マザーは逆だ。だから、偽物には分からないような話をしてやれば良い」

「分からない話?」

「そう。例えば、お前と『マサト』について。この場に居る司法局や特殻の人間で、お前と俺以外にそれを知る奴はいない」

「そっか……」


 マサトは顔を伏せて笑った。


「どうした?」

「ううん。僕には、もし仮に室長が偽物でも見分ける方法がちゃんとあるんだ、って分かって、安心しただけ」


 その言葉に、室長は面白くもなさそうにマサトを見下ろした。


「お前は、そんな手段がなければ俺の見分けもつかないのか。捜査員としては落第だな」

「だって室長、何考えてるか全然分かんないんだもん」


 ふてくされた後に、いつも通りの室長に安心してまた笑う。

 休息所に着き、二人は立ち止まった。


「きちんと休め。夜からは総力戦になるだろう。お前は最前線だ」

「頑張るよ。……おやすみ」


※※※


 ミツキは、救護室のベッドの上でうなだれていた。

 前には、腕を組んで椅子に座り、怖い顔をしている父親が居る。

 散々叱られ、怒鳴りつけられ、ぼっこぼこに凹まされた。


 そこまで言わんでもえーやん、と負け惜しみのように心の中でつぶやくが、勿論、口にする勇気はない。


「何で、あんなトコに行ったんや」


 ようやく事情を聞かれ、ぽつぽつとミツキが話す。

 聴き終えて、井塚は舌打ちした。


「やからオメーはドアホなんじゃ。俺がオメーをあんなトコに呼ぶ訳ないやろが。考えろや、少しは」

「ゴメン……」


 自分の浅はかさに、ミツキは自己嫌悪していた。

 一歩間違えば死ぬところだった。

 本当に運が良かっただけなのだと、ミツキは思い知っていた。


 改めて思い返すとゾッとする。

 あの装殻者……花立に擬態していた襲来体の強さは圧倒的だった。

 一矢報いるどころか、手も足も出ずに負けたのだ。


「オメーが死んだら、俺はどないしたらえーんや」

「ゴメン……」


 結局、ミツキは父親に心配や迷惑をかける事しかしていない。

 一人前と認められなくて、当たり前だった。


「それでも、俺は」


 ミツキは勇気を振り絞って言った。


「おとんだけが、危ない事してるの、嫌やねん」


 顔を上げると、父親の眼光に震えそうになる。

 足に掛かったタオルケットを握りしめて、ミツキは続けた。


「俺かて、自分が安全なトコ居って、おとんが死んだら、嫌やねんて」


 それで、きっとまた後悔する。

 ツレが死んだ事と同じくらいか、それ以上に後悔する。

 ミツキには、それは我慢出来ない事だった。


「なぁ、頼むから。俺にもなんかやらせてーや。雑用でも何でもええ。少しでも、おとんが何してるか知れるトコに居りたいねん」

「襲来体一匹殺せんオメーをか? ふざけた事を……」


 と、父親が言いかけた所で、ドアが開いた。


「中々見所のある事を言うじゃないか、ミツキ。面白いぞ」


 現れたのは、泣き黒子の美女だった。

 何度か、家に来た事がある彼女の事を、ミツキは知っていた。


「カヤさん……」

「局長と呼べ。お前は、私がバイトとして雇ってやる」

「おい、カヤ」


 父親が渋面になるのを平然と流して、カヤは薄く笑った。


「別に前線に出そうと言う訳じゃない。ミツキとカズキさんの要望を、両方叶える名案だと思うがな。ミツキはカズキさんに何かあればすぐに知れる場所に居られて、カズキさんはミツキが無鉄砲をやらかすのを阻止出来る。一石二鳥だ」

「そーゆー話とちゃうやろ」

「では、どういう話だ?」


 カヤは面白そうに笑う。


「ミツキは、気概があるじゃないか。エリア0の間近まで単身で行った上に参式に挑みかかり、本気で怒るカズキさんに真正面から自分の意見を言える。そうそういないよ、そんな奴は。良い男に成長したものだ。無謀ではあるが、それは人の事を言えた義理じゃないだろう?」


 父親は唸った。

 認めたくないという気持ちがありありと滲んでいる。


「ミツキは、昔のあなたにそっくりだ」


 自分を放り出して進む会話に、ミツキはどうしたら良いのか分からなかった。

 ただ、そっくりだ、というカヤの言葉に、俺もおとんみたいな老け顔なんかな? と思って少しだけ凹む。


「カズキさん。貴方なら、ミツキと同じ立場で同じように言われて納得するのかい? 親になると心配で目が曇るのかも知れないが。貴方の息子は、充分に気骨のある人間だよ。私が預かって育てたい位だ」

「やめーや。ミツキがお前みたいな奴になったらたまらんわ」


 憎まれ口を叩いてから、父親は舌打ちした。


「もう、好きにせーや。とりあえず、その地図ファイルかなんか、あるんやったら渡せ」


 言われて送ったデータを見て、父親が目を閉じる。


「カヤ」


 父親に声を掛けられて、そのデータをカヤも見た。

 微かに眉根を寄せて、カヤが言う。


「なるほど……そういう事か」

「昔よぉ見たやり方やで。成長のないこっちゃ」

「引きこもりだからな。精神的な成長など望むべくもないだろう」

「で、どないすんねや?」

「決まっている」


 カヤは、ミツキが今まで見たこともないような酷薄な笑みを浮かべた。


「害虫は、炙り出して叩くのが一番手っ取り早い」

「お前ならそう言うやろなと思ったわ」


 話が見えないミツキは、おずおずと訊いた。


「なぁ。どーゆー事なん?」


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