第21節:参式の正体
突如現れたバレルティガーJ2に対して、参式は静かに目を向けた。
『喰らえ』
両腕と両翼の殻弾機関銃が火を噴き、参式が跳んだ。
『一般人を確保して下がれ、マサト出向員』
「了解!」
通信越しの指示に、捌式は即座に従う。
地面に倒れ伏した生身のミツキを拾い上げると、そのまま少尉の後ろまで飛んだ。
それを確認して、少尉が宣言する。
『《シャイターン》、安全装置解除』
『3・2・1.発射』
両翼下の対地迫撃弾頭が、何の迷いもなく発射された。
音速を超える弾頭が発射と同時に着弾し、参式の姿が爆発に消える。
「無茶苦茶だ……! 捕獲任務じゃなかったの!?」
あまりの爆風に姿勢を崩し掛けて、捌式はぼやいた。
ミツキに瓦礫に破片などが当たらないよう、後ろを向きながら顔だけを爆心地に向ける。
たった一人の歩兵を相手に、軍の戦術的最高火力を持って攻撃しているのだ。
それがどれだけ異常な事か、分からない人間はいないだろう。
『奴が本物の参式なら、〈対潜迫撃殻弾杭〉を防いだ例の不可視障壁で防ぐだろう。熱源は捕捉している。逃げられる心配はーーー」
その言葉に『マサト』が割り込んだ。
『通告。アイリ、何か様子がおかしい。離れろ!』
焦った声に応えて、捌式はさらに爆発から距離を取った。
捌式は『マサト』を信頼しているし、彼の事を一番理解している。
彼が理由を述べなくとも、何かの危険を感知した、という事が分かった。
すると、捌式がその場を離れている間に、爆風を引き裂いて更なる爆光が広がり始める。
『何……!?』
少尉にも予想外だったのか、彼もその場を離れ始めた。
爆光が、先程まで捌式達が居た辺りまでを覆い、天に向かって伸び上がる。
直立する光の円柱に呆然と見入っていた捌式は、それが収まった後、円状に地面の色が見えるようになった爆心地に立つ人影を確認した。
装殻が、解除されている。
「室長……!?」
その姿に、捌式は驚きの声を上げた。
しかし、様子がおかしい。
彼は小さく震えたかと思うと、灰のようになって崩れ落ちた。
風に煽られて残った灰も流れて行き、後には何も残らない。
「今のは……?」
捌式が呆然と呟くのに、『マサト』が応える。
『通告。さっきの爆光が広がった時、心核エネルギーの全放出による装殻の機能停止が確認出来た。更に先程のエネルギー放出は、参式のスペックを超える現象だった。ーーー量子推論、エネルギー放出が、別のコアからも行われていた事が原因と思われる』
「別のコア……つまり、さっきの襲来体は、自分のエネルギーまで一気に放出したって事?」
『疑問肯定。だから、身体機能が維持出来ずに消滅したんだろう」
「何で、そんな自爆みたいな事を……?」
『量子推論。恐らく、装殻能力の特性を理解していなかった事による事故だろうね』
捌式と『マサト』のやり取りに、少尉が割り込んで来た。
『あれは襲来体だったのか?』
少尉の問いかけに、捌式は『マサト』の声は自分にしか聞こえていない事に気付いた。
「うん。補助頭脳の量子推論だけど」
『量子推論……? 捌式にそんな高度な事が出来る補助頭脳を積んでいるのか?』
訝しげな少尉に、捌式は冷や汗を流しながら言葉に詰まった。
『マサト』が溜息でも吐きそうな調子で伝えてくれる助言を、そのまま復唱する。
「ええと、事情があってね。ほら、僕一応捜査員だけど、まだちょっと経験不足だから。装殻機能を落とす代わりに電子系を強化してるんだ。街中でそんな高火力はいらないし」
勿論、嘘だ。
しかし、少尉からそれ以上の追求はなかった。
『まぁいい。帰還するぞ。……花立トウガを追い詰める、いい口実が出来た』
少尉の言葉に、マサトは我に還る。
そうだ、擬態参式が装殻を解除した姿が室長だったと言う事は。
それは参式の正体が、室長だったという事実に他ならない。
それがマズい事である事くらいは、捌式ーーーマサトにも理解出来た。
※※※
通信を含む、一切の室長との接触がマサトに禁じられてから二時間後。
仮設本部に近い広場に、襲来体対策の主要メンバーが集められていた。
マサトに少尉、カヤ局長、捜査部長に加えて、その場に居て無理矢理同行した井塚。
そして、特殻隊員に銃を突き付けられた室長だ。
バレルティガーJ2を脱殻して伍式状態のまま、室長に対峙している少尉がおもむろに口を開いた。
「花立トウガ。貴様を拘束する」
その少尉の言葉に、口を開いたのはカヤだった。
「理由は? 突然こんな真似をして、もし下らん理由だったらタダで済むと思うなよ?」
風に煽られた髪を掻き上げながら、カヤが目を細める。
その瞳に滲んだ怒りを意に介さず、少尉は淡々と答えた。
「返答次第では、貴女の立場も危うくなりますよ。……先程確認された襲来体は、参式に擬態していました。攻撃によってか他の理由か、擬態が解けた際に、その人間体の容姿が花立トウガである事を確認しています」
「何?」
カヤが驚きに目を見開いた。
「擬態は、本来殺された人物に成り代わると言われていましたが、それは真偽が怪しくなって来ましたね。花立トウガに擬態した襲来体が参式装殻を纏っていた……この意味が、お分かりにならないとは思いません」
「その情報自体の真偽が怪しいやん。いきなり言葉だけでそれを信用せぇってのは、ちっと横暴ちゃうか?」
井塚が反論するが、少尉は動じない。
「必要と言うのなら、証拠映像もあり、証人も居る」
「証人やと?」
「マサト出向員だ。彼女は私と一緒にそれを目撃した」
全員が、一斉にマサトを見る。
マサトは、顔を引きつらせながらも頷いた。
「見たよ」
そこで嘘をついても仕方がない。
証拠映像があるなら、どうせバレる事だ。
「では、まずその映像を提出しろ。話はそれからだ」
「残念ですが、そのご命令は聞けません」
「ほう」
「あなた方は花立トウガと懇意であり、再三に渡って彼を庇っています。証拠を提出して握り潰されてはかないません。また、証拠の吟味と言って拘束期限の48時間を潰し、花立トウガを逃がす可能性もある」
「特務隊の長である私を疑うと?」
「ご自身の行動が信用に値するものであったか、今一度振り返るべきかと具申致します」
「良い度胸だ。覚悟しておけ」
「脅しですか? 査問に掛けられた時に不利になりますよ」
虎と竜の睨み合いだ。
マサトは自分に非がないにも関わらず、だらだらと冷や汗が背筋を流れるのを感じていた。
そして、もう一方の狐や狸の類いに違いない井塚と室長は沈黙を保っている。
もう一人、捜査課長はマサトと似たような顔をしていて全く頼りにならない。
「そこまで言うのなら、せめて信頼に足るものを何かこの場で示せ。ただ拘束する、と言う為にこの場に集めた訳ではなかろう?」
「勿論です。私は確かに疑ってはいますが、擬態が参式だったからと言う事実が根拠として弱い事くらいは把握しています。体を調べれば、人体改造型装殻かどうかは即座に判明する……が、もっと簡単な方法があります」
言って、少尉は室長に向かってブレスレットを投げた。
それを受け取ったのを見て、少尉が言う。
「それは、《黒の装殻》を確認する為に特殻が用意していたもの……極限まで性能を抑えた装殻だ」
室長が、その言葉に、ピク、と眉を震わせる。
マサトは、以前聞いた事を思い出していた。
人体改造型ーーー《黒の装殻》は、別の装殻を装着出来ない。
「装着しろ、花立トウガ。貴様が、風間ジロウ……参式でないのならば」
「……花立」
ブレスレット型装殻具を手にしたまま動かない室長に、井塚が低く声を掛ける。
室長は溜息を吐いて、周囲を見回した。
特殻は、いつの間にか室長だけでなく少尉以外の全員に銃を向けていた。
カヤの表情は読めない。
泣き黒子がある事だけがシノと違う顔を、黙って室長に向けていた。
「装殻すれば良いんだな?」
「そうだ。出来るならな」
室長は目を閉じると、装殻具を腕に嵌めてぼそりと呟いた。
「……纏身」
全員が見守る中で。
ブレスレットから白い流動形状記憶媒体(ベイルドマテリアルが染み出し、ゆっくりと室長の全身を覆っていく。
腕を。肩を。首を。
胸から、逆の腕や足へ。
最後に、頭部をヘッドギアのような外殻が覆いーーー。
何事もなく、室長を覆う装殻が展開した。
「これで、満足か?」
「……馬鹿な!」
吐き捨てるように少尉が言うと、井塚が頭を掻き、捜査課長が、ほう、と息を吐く。
周囲の特殻達も、予想外の事に戸惑っているようだった。
マサトも、拍子抜けしたような、安心したような微妙な気持ちで室長を見た。
「とんだ茶番だな、少尉」
鼻を鳴らしたカヤが、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに太刀の鞘先を地面に打ち付け、仮設本部へ足を向けた。
立ち尽くす少尉の横に立ち止まると、横目で彼を見る。
「海野ケイタ特殻隊長」
「……は」
「今回の事は不問に付してやる。状況証拠は揃っているし、花立室長にも疑われる余地があった。……だが、次に馬鹿げた疑いを身内に掛けたら、次は除籍する。分かったな」
「……了承致しました」
カヤは周囲を睥睨し、声を張る。
「丁度良い、全員聞いておけ。全ての準備は整った。明日、正午よりフェイズ3に移行する!」
フェイズ3。
それは、大阪隕石周辺の襲来体掃討を開始するという事だ。
「哨戒部隊は日の出を持って一度ローテーションを終了し、6時間の休息を取れ! その後部隊を再編し、日没前の午後4時より行動を開始する、以上、解散!」
「「「ハッ!」」」
その場の全員が、マサト自身も含めて直立不動で返事をした。




