第20節:EACS-04c《バレルティガーJ2》
「ホンマにこんなトコに、お父が居るんかいな?」
井塚の息子、ミツキは首を傾げた。
Lタウンの奥も奥、大阪隕石が落ちて一番被害の多い天王寺区に、彼は居た。
ビルと呼べるほど高い建物は少なく、形を残しているかつて『阿倍野ハルカス』と呼ばれた高層ビルも半分程度の高さしか残っていない。
瓦礫で足場も悪く、ミツキは装殻状態で跳ねるように移動していく。
装殻に来たメールは父親名義で、そこには地図ファイルが添付されていた。
赤線でルートが書いてあり、その通りに来たら本当に司法局の警備を抜けて、襲来体にも会わずにここまで辿り着いたのだ。
メールには、大事な用がある、と時間帯を指定されていた。
真夜中だ。
最も、夜中に出て行くのはいつもの事だったので、母親も小言くらいはたまに言うが、咎められた事はない。
それでも、今日はなるべく音を立てないように出て来た。
つい先日、着替えに戻って来た父親とはケンカしたばかりだ。
原因は、ミツキが襲来体狩りに参加したいと言ったからだ。
『何も分かってへんガキが―――』
『いつまでもそうやって子ども扱いするから―――』
それは、よくある親子ゲンカだろう。
ミツキは自分でも分かっていた。
彼には、力が足りない。
今回の事件は、かつての総力戦のような、一般人まで参加出来るような事態には未だなっていない。
それが父親らの尽力によるもので、それは誇らしかったが、それでもミツキは我慢出来なかったのだ。
友達と呼んだ連中が殺されて、それでも何も出来ない自分が。
彼は、父親を尊敬していた。
ガザツで、平捜査官で、休みの日もほとんど合わない父親だったが、それでも愛されている事は分かっていた。
そして、一人前と認めてもらえない事も、認めてもらえない原因が自分の未熟さのせいだという事も。
それでも、彼は認めて欲しかった。
ツレを殺されて、この上に父親まで奪われるかも知れない。
それをただ黙って見ている事など、彼の中にある矜持が許さなかった。
だから、ここまで来た。
怖い気持ちがないとは言わないが、彼は怖がる自分を押さえつけた。
俺だってやれる。
その気持ちは、あるいは大人から見れば無謀な、そして無意味なプライドだろう。
それでも、ミツキがミツキである為に大事なプライドだった。
「っと、ここか?」
地図に示された終着点は、かつて天王寺駅と呼ばれた場所の近くだ。
上のビルはぼろぼろで崩れかけていたが、その土台は頑丈で、半ばで折れた歩道橋を支えている。
その歩道橋の端近くに、人が立っていた。
「おとん?」
ミツキが声を掛けると、相手はゆっくりと振り向いた。
それは、父親ではなかった。
掻き上げるように後ろに向かって撫で付けた、少し裾の長い黒髪。
銀縁の眼鏡に、怜俐な顔立ち。
均整の取れた肉体に、暗めの色のスーツをきっちりと着こんだ男。
その顔には、見覚えがあった。
父親が仲間と撮ったという写真に映っていた男だ。
確か―――花立。
花立トウガ。
しかし、彼が何故ここに?
少し不審に思ったミツキに対して。
振り向いた姿勢のまま、彼は。
首もとに触れてネクタイを緩める仕草をして。
ニヤ、と笑みを浮かべた。
※※※
『緊急警報発令! 参式、出現! 場所は―――」
警報が全員へ送られた直後に、地図ファイルと音声情報が流れ始める。
「少尉!」
視覚、聴覚両面で場所を認識したマサトは、指示を仰いだ。
現在の偵察ローテーションは、先進がマサト、部隊を指揮する後方を少尉が担っていたのだ。
『マサト出向員、及び特殻はその場へ急行! こちらが出るまで足止めを行え!』
「時間は!?」
既に捌式は装殻状態だ。
低空を飛行しながら、マサトが訊ねると。
『五分だ!』
予想外の返事がきた。
「五分って……」
マサトは戸惑った。
少尉は今、仮設本部だ。
どう頑張っても、三十分以上掛かる筈だった。
『こちらは準備を終えている。絶対に逃がすな! どちらの参式であろうと、だ』
暗に少尉に牽制されるが、マサトが何かを言い返す前に彼女に声を掛ける者が居た。
『通告。アイリ。そのまま向かえ。今回はほぼ間違いなく襲来体だ』
「『マサト』……? 分かった!」
それが真実なら、遠慮はいらない。マサト―――捌式は、全力で空を駆けた。
着いた先で、既に参式と交戦している人影が居たが……それは彼女にとって予想外の人物だった。
「ミツキ!?」
井塚の息子、ミツキが参式とやり合っていた。
既にキラービィ3030を身に纏い、黄色と黒で構成された装殻が拳を振るっていたが、彼の攻撃は一切当たっていない。
そのまま出来た隙を突かれて、参式の拳を受けて吹き飛ばされる。
「ぐ、ごほっ……」
瓦礫に埋もれかけながらも、起き上がろうともがくミツキに、参式がゆっくりと近づいて行く。
「参式ォ!」
スタッグバイトを引き抜いて、捌式が声を上げると、参式が彼女を見た。
「よそ見かい……ナメてんちゃうぞ……! 出力増強!」
『集中』
簡易式補助頭脳が応え、キラービィ3030の右手に向けて走る出力供給線が、軽く光を放つ。
ジャキ、と音を立てて腕の中に収納されていたピック状の武装を展開し、ミツキは地面を蹴った。
「ッ、無茶な! 出力解放!」
『承認』
捌式が準備を整える間に、ミツキが参式に仕掛けた。
参式が、ミツキに顔も向けないままに腕を上げる。
そのままナックルガードでエネルギーの込められたビー・ピックを受けて、薙ぎ払った。
勢い良く地面に叩きつけられて、ミツキは息を詰まらせる。
「ぐ、ち、くしょ……」
ミツキが呻いて気絶するのとほぼ同時に、マサトは動いていた。
「行け……《鋸顎裂翔》!》
装殻の出力制限解除時のみ使用可能な捌式の兵装が、参式に牙を剥いた。
フェザースラスターが二対、捌式から分離して四条の光刃と化し、参式を襲う。
以前と同様にそれらを真正面から受ける参式だが、今度の攻撃は装殻の表面に傷を負わせていた。
さらに。
『機動補助』
彼女の生体移植型補助頭脳は、攻撃を外したスラスターを操って、死角からさらに攻撃を行わせる。
「ッ…!」
手傷を負わされた事によろめきはしたものの驚く様子もなく、参式がマサトへと注意を移した。
二対のスラスターが戻り、再び捌式の背部に接続される。
そのタイミングで。
『五分だ』
ヒュゴゥ、と宙を裂くような低音と共に、少尉が姿を現した。
―――遥か、上空から。
「あれは……!」
少尉は伍式を身に纏った上で、さらに滅多に目にする事のない拡張兵装を身に付けていた。
頭部を覆う、拡張兵装制御用補助頭脳。
脚部の間に固定され、斜め後ろ方向に向いて固定された筒状の大型出力増強心核。
体の前後左右を覆うのは、花弁型に展開された、四基の大型機動補助機構。
肩と足から伸びるのは、両翼と接地面に当たる姿勢制御用補助機構。
両翼下には、左右一つずつの15mm重殻弾機関銃ポッドと対地迫撃8連弾頭 《シャイターン》を備えている。
両足の脇には空対空ミサイルポッド 《ビーハイヴ》。
両腕は長大な二門の砲身、20mm重殻弾機関銃と化している。
その砲身に連なるように、6連追尾弾頭型ロケットランチャー 《オロチ》が垂れ下がっていた。
捌式は直接見た事はなかったが、その名前だけは知っていた。
それは、かつて対地航空兵器の中で最強と呼ばれ。
対空兵器の進化と共に廃れた兵器、攻撃ヘリ。……その後継とも言われる、装殻者専用の航空兵器。
追加装殻とは一線を画す継戦能力と出力を持つ、その兵器は。
名を、独立型拡張装殻。
型式番号:EACS-04c《バレルティガーJ2》。
政府軍が誇る、現行最強の局地制圧兵器だった。




