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第19節:Who are you?

日和(ヒワ)。怪我の方はどないや?」


 地下道で、二人目の参式に襲われた人物。

 昏睡状態だった日和が目覚めた事を聞いたのだろう、井塚が病室を訪れた。

 そこに居た自分の方を見て、不思議そうな顔をする。


「何や、オメーも来とったんかいな」

「事情聴取だ」


 海野少尉は、冷めた目で井塚を見た。


「わざわざすいません。井塚さん」


 日和が、ベッドに座ったまま頭を下げる。

 彼は頭に大きなガーゼを貼っている以外に、特に大きな怪我はない。

 日和室員は、現在でこそ一般課である井塚と上司部下の関係が逆転しているが、新米の時に井塚が指導した後輩だったと聞いている。

 訪れるのはおかしな事ではない、と少尉は判断していた。


「見舞いくらい普通やろ。ほれ」


 井塚が手に下げた袋を渡した。

 中身は、ビールとサキイカだ。


「病人に持ってくる見舞いじゃないですね……ありがとうございます」


 日和は苦笑しながらも少し嬉しそうで、少尉は意外に思った。

 後輩が先に出世した事に対する屈託などはないらしい。


「ああ、気にせんと続けーや。別に邪魔しに来た訳ちゃうしな」

「いえ、井塚さん。それが……」


 と、日和はちらりと少尉に目を向けた。


「丁度いい。貴方にも訊きたい事がある」


 少尉が言うと、井塚が怪訝そうな顔をした。


「なんや、突然」

「貴方は参式(ザ・サード)と面識がある。そうだな?」

「おう」


 井塚の経歴上、それ自体は別に隠す事でもないのだろう。

 少尉は単刀直入に訊いた。


「誰が参式だ?」

「あん?」


 井塚が首をかしげた。


「それを聞いてどないすんねや? 参式の名前は、風間ジロウや。知っとるやろ?」


 勿論、知っている。

 元々、【黒の兵士(シェルアシスト)】を再編した部隊に装殻が配備された時に、技術指導を行ったのが参式だ。

 その名前と共に公式記録に残されている。


「だが、その容姿に関する情報は一切ない」


 常は他の装殻者と同じように人間として過ごす《黒の装殻(シェルベイル)》。

 指名手配犯であるにも関わらず、彼らの容姿に関する情報は、本当に一切が政府には保管されていない。


 彼ら自身が最初から徹底的に秘匿していたのか。

 あるいは、《黒の装殻》の協力者が司法局や政府内部にいるのではないかと、少尉は睨んでいた。

 後者の方が可能性が高く、その場合、協力者は権力の中枢に近い場所にいる。


 そう、元【黒の兵士】のような存在は、特に疑って掛かるべきだ。

 だが少尉が懸念している事が本当であれば、事態はもっと悪い。

 自分達のしている事が、茶番に思える程に。


「さよけ。ほんで? 参式の顔写真なんか俺も持ってへんで」


 井塚は少尉の真意を図りかねているようだ。

 少尉は、単刀直入に言った。


「風間ジロウは、花立トウガではないのか?」


 少尉は言った瞬間の井塚の反応を見ていた。

 目線の動き。反応の速度。体の強張り。発汗は? そしてーーー。


「はぁ? 何言うとんねん、オメー」


 井塚の反応は、その全てが、あまりにも普通だった。

 驚いてはいる。

 一瞬、動きも止まった。

 しかしそれだけだ。


 掛けられた言葉の意外性に戸惑ったに過ぎない。

 そういう反応だった。


「今回の件で」


 それでも、少尉は続けた。


(ザ・サード)は三度、我々の前に姿を見せたが……そのいずれの場合も、花立トウガは居場所が分からない」

「どれも深夜の話やろ。普通の人間は大体居場所が分からんわ。皆寝とるやんけ」

「だが三度目は、既に司法局と我々は共同してLタウンの捜索を行っており、奴は本部に居た。だが、私が出た後に奴も出たと聞いている。しかし、どこで何をしていた? 奴は参式出現の報を受けても現場に現れず、戻ったのは明け方過ぎだという。出来過ぎているとは思わないか?」

「思わんなぁ。トウガは基本、色んな事を人に黙ってコソコソやるタイプや。大方、俺らのド派手な戦いにLタウンの連中が巻き込まれんように避難でもさせとったんやろ」


 井塚の態度は、やや気分を害しているように見えた。

 しかし、不都合な事実を突き付けられて話を逸らそうとしているようにも見える。


「そうか。では次に……花立トウガは、実年齢に比して外見年齢が若すぎる。現在、彼は52歳。装殻が実用化された時には、40近かった筈だ。しかし彼はどう高く見ても30代前半にしか見えない」

「そんな事かいな。装殻の実用化とか言うんは、要は一般捜査員にも配備され始めた時の話やろ? 俺らは、それより前から装殻を使っとる」

「なんだと?」


 それは、初めて聞く話だ。

 井塚は得意げに笑った。


「沖縄紛争や。あん時【黒の兵士】には先行量産の装殻が実験的に配備された。大体やな、トウガが若すぎるっちゅーんなら、カヤはどないやねんって話やで。奴らかてもう40過ぎとんねんで? トウガがおかしいなら、奴らはバケモンやんけ」

「その割に、井塚さんは老けてますね」

「一言多いで、日和。俺は元々老け顔なんじゃ!」


 日和は睨む井塚から軽く目を逸らした後に、おもむろに真剣な顔になった。


「少尉はこう仰ってますが。自分も、不審に感じてる事があります」

「オメーが?」

「ええ。自分は、室員になる時に同室の人の経歴を一通り調べました。その時に気になったんですが、参式……つまり風間ジロウの出現と前後して、花立室長の襲来体殺しの戦果(キルスコア)が極端に減っているんです。勿論、籍は存在し、作戦への従事も行っているのに、です」


 そして、その後に花立が参加した襲来体との戦場には、必ず参式も同行しているのだと言う。


「これについては?」


 井塚が深く眉根に皺を寄せ、それまでとは違う低い声でぼそりと吐き捨てた。


「……参式が仲間になる直前に、おやっさんが死んだからや」


 花立は二代目隊長である。

 初代であったキヘイが死んだ時にその地位を継ぎ、同時に前線から引いた。


「奴は全体の指揮を取る立場になった。同時に戦線に投入されたのが、最新型として装殻者(ベイルドマン)になった風間や。お前らの疑いっちゅーんは、邪推やで」

「ですが、我々は花立室長が装殻を纏った所を見た事がありません」


 日和は引かなかった。


「彼自身の経歴上でも、捜査員から室長になるまでも、こちらに出向して来てからも、彼は一度も装殻を使用していない。これはおかしな事ではないですか?」


 現代社会は、その大半が装殻を所持しており、犯罪者も同様だ。

 仮に戦闘型ではない装殻者にしても、装殻を纏うだけでその身体能力は飛躍的に向上する。

 ただの人間として彼らに対峙する理由はないのだ。


「そんなモン、トウガは必要ないからせーへんだけやろ」

「先の言との矛盾があるな。装殻せずにあの外見を保ち続けるのは不可能だ。人の肉体は、それ程に並外れて若さを保てるようには出来ていない」


 少尉は発言の揚げ足を取ったが、井塚は全く動揺しない。


「装殻ってのは、その因子に触れるだけで人体細胞に影響を与えるモンや。部分的にでも日常で装殻を使用しとりゃ、流動形状記憶媒体(ベイルドマテリアル)の恩恵は受けれる。戦闘で装殻を使わんってだけやろ」


 あんな、と井塚は頬を掻いた。


「俺らが襲来体と最初にやり合った時、装殻なんて便利なモンはまだこの世に影も形もなかったんやで。居たのは、人体改造型装殻者(シェルベイル)達だけや。俺らは生身で戦った。生身で戦って……花立は、本条さんと張る位の戦果を上げてるんや。なぁ、この意味がホンマに理解出来てるか?」


 押し黙る少尉と日和に、井塚は皮肉げに笑った。


「そら、カヤがお前らを軟弱扱いするで。花立はな、生身でも装殻者並みに強いんや。アイツが必要もないのに装殻者になったら、やり過ぎてまうねん。たかが街の、それも軍事仕様ですらない装殻相手にあいつが装殻者になる理由なんかそもそも無いんや」

「信じがたい話だ」


 大言壮語に過ぎはしないか。少尉はそう思った。

 確かに井塚の言う通り、襲来体出現時に花立はただの人間であり、戦果を挙げたのも事実だろう。


 だが前の襲来体の時は、日本総力戦とでも呼ぶべき状況だった。

 充分なバックアップがあり、その上での戦果だった筈だ。


 装殻も日々進化しており、装殻を使用した犯罪者も年々凶悪になっている。

 その上でなお生身で戦い続ける理由としては、ただ強いから、と言うのは根拠として弱い、と少尉は思った。


「まぁ、花立トウガに直接確かめれば済む話だ。話はここまでにしておこう」


 言って、少尉が立ち去ろうとすると、今度は井塚が声を掛けた。


「確かめるって、どないして確かめるんや?」


 少尉は井塚の懸念に、首を横に振った。


「別に手荒な真似などするつもりはない。人体改造型装殻者には、誤魔化せない致命的な欠陥がある。それを利用するだけだ」


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