第17節:トウガ
「トウガァ!」
夜勤を終えて本部に入るなり怒鳴り声を受けて、トウガは身を縮ませた。
「てめーは毎度毎度問題ばっか起こしやがって、ナメてんのかゴラァ!」
額に青筋を立てているのは、トウガに良く似た容姿を老けさせ、厳つくしたような顔の男。
【黒の兵士】部隊隊長、花立キヘイだ。
トウガは顔を引きつらせながらも、へらへらと笑った。
「ま、まぁ別に良いじゃん。皆無事だったんだしさぁ」
「そういう問題じゃねーだろうが! てめーが勝手に動いたら隊列に穴が出来んだよ! そっから崩れたら犠牲が増えるってぇ事が、その空っぽの頭じゃ何回言っても理解出来ねぇのか!? あぁん!?」
「いや、だって、あそこの連中やられそうだったじゃんか。俺が動いたら倒せそうだったし……」
「その為にハジメを待機させてたんだろうがァ! 最初に説明しただろ!? したよなぁ、この鳥頭ァ!」
「い、いやその、だって……体が勝手に、な?」
「なぁにが、な? だァ!! てめーは脊椎反射で生きてんのかじゃあ要らねーなその頭ァ! 今日という今日はお前のその羽みてぇに軽い脳ミソに鉄拳でボロカスに中身を叩き込んでやらァ! 表出ろやァ!」
「や、やめとこうよ……オヤジ、いい加減トシなんだから、あんま怒ると血管切れるよ?」
「てめーがキレさせてんだろうがあああああああァッ!!」
ヒートアップするキヘイに、苦笑とともにハジメが言った。
「その辺にしとこう、おやっさん。花立の言う通り、とりあえず全員無事だっただろう」
「ハジメェ……てめーがいつもそうやってコイツを甘やかすから、いつまで経っても成長しねーんだよ、この馬鹿息子はよぉ!」
その様子を眺めながら、食事用の大卓を井塚カズキと共に囲んだ隣の女性が、呆れたように言った。
「毎回毎回、懲りないわねぇ」
泣きぼくろの柔和な顔立ちの女性は、【黒の兵士】の副長、幹スミレ。
「また始末書ちゃいますか?」
カズキの言葉に、同じく卓を囲むカヤとシノもうなずく。
「でしょうね」
「花立さんは報告書より始末書を書いているイメージがあります」
藪蛇でキヘイがハジメに矛先を向け始めたのを横目に見て、キヘイの横に立っていた鯉幟が口を開いた。
「なぁ、花立君」
こそこそと逃げかけていたトウガが、びく、と肩を震わせて立ち止まる。
「な、なんすか、鯉幟さん」
「君の気持ちは分かるし、実力も知っちゃぁいるがね」
鯉幟は、どうしたものか、とでも言いたげに口を曲げながら、トウガを諭す。
「目の前の危機を捨て置けない気持ちは大事だが、物事にはやり方ってもんがあんだろう。徒に規律を乱すと、いずれ手痛くしっぺ返しがある。だからキヘイ隊長は怒ってるんだ。それを、蔑ろにするのは、良くない事だよ」
「別にそんなつもりは……」
「君になくとも、実際の行動がそうなってしまっているんだ。勝手な行動の結果が、いつも良いとは限らない。それが悪い結果に繋がった時、後悔するのは、君自身だ」
トウガは、困ったような笑顔で黙った後、小さく、はい、と返事をした。
「分かったら……」
と、鯉幟が言いかけた所で、警報が鳴った。
『襲来体出現! 天王寺地区ごちそうビル跡地より南西方向へ進撃! 数は二十! 二十分後に防衛エリアに到達します!』
警報を受けて全員が立ち上がると同時に、トウガは駆け出していた。
「おい待て!」
「先に行くよ! 正面は引き受けるから、後よろしく!」
「って、てめーはまた勝手に! てめーは今から非番だろうが!」
「終わったら休むよ!」
「俺も行く」
「てめーもかハジメェ! この馬鹿どもがァ!」
キヘイの怒鳴り声を聞きながら、カズキとスミレ副長は目を合わせた。
「で、俺達はいつも通りあいつらのサポート、っちゅー事ですね。たまには花形ポジションを譲って欲しい所やで、ホンマ」
「実際、キルスコアはあの二人がトップだものね。仕方がないわ。実力相応に動きましょう」
スミレ副長は、大太刀を片手に駆け出した。
「副長も充分実力者だかな」
「貴女や私と違ってね」
「一緒にするな。私の方がスコアは上だ」
「たった一体だけでしょ! すぐに抜き返してやるんだから!」
後を追うカヤとシノが口々に言い。
「ケンカすんなや。ほれ、行くで」
二人の頭を軽く叩いて、カズキもその後を追った。
※※※
昔話の内容に、マサトは目が点になっていた。
「ねぇ、それホント誰の話?」
「やから、トウガの話やっちゅーとるやろ」
「だってさ……」
最早キャラ崩壊のレベルじゃない。
別人としか思えない。
「元々そーゆーヤツなんやって。変わり始めたんは、あれや。……副長が、死んでもーた時、やな」
井塚が死者を悼むように、肩を落として目線を下げる。
死んだ、と聞かされて、マサトは井塚の話が、既に終わってしまっている話なのだ、と思い出す。
戦っていれば、良い結果ばかりではない。
それは、事実なのだ。
「どうして、死んだの?」
「襲来体から、トウガを庇ったんや。完全に変わったんは途中で一回、イミテイト・コアを追い詰めた時やな。その時に、おやっさんも死んでもーた」
井塚は、まるで懺悔するようにぽつぽつと言う。
「あん時に、自分がきっちり規律を守ってりゃ副長は死なんかった、と、トウガは言うとった。俺らの言葉なんか、全く耳に入ってへんかったな。でも、ありゃトウガだけのせいちゃう、と俺は思っとる。俺らにも、責任はあるんや」
日が、落ちていく。
まるで室長達の、キツくても楽しかった日々の終わりを象徴するように。
「どこかで、トウガは大丈夫やって思っとった。隊長達、上の人以外の皆がな。あいつはいつも、へらへら生きて、上手い事やって戻って来てたからや。……アイツもただの人間やのに、おやっさんに幾ら怒鳴られても、いつもアイツが一番危ないトコに居ったのにな」
そうした間違った信頼が、副長を殺したのだと、井塚は言った。
「その副長さんって、もしかしていつも、室長のデスクに飾ってある写真の人?」
外見を伝えると、井塚はうなずいた。
「せや。副長は、トウガの恋人やった。イイ女やったで。上手い事やりやがって、って嫉妬もしたけどな」
井塚は力なく笑い、ペットボトルの中身を飲み干して、握り潰した。
「思えば、あの人が一番、トウガの危なさを理解しとったんやろなぁ。周りが良く見えとる人でな。それが仇になってもーた。襲来体が生きてる事に気付いた時、あの人は武器を跳ねられて丸腰で……他に動けるヤツも居らんかったんや」
マサトは俯いた。
室長はそうした過去の過ちから、きっと色んな事を学んだのだろう。
だから、あんなに怒ったのだ。
余計な事をしたら、被害が増える事を知っていたから。
もう誰も失わないようにと。
襲来体の被害を抑えようと。
室長は、本当に動いていたのだろう。
なのに、自分は。
そんな室長に……自分が知らないだけで、Lタウンの人達も助けようと努力している室長に。
甘えて、八つ当たりをしたのだ。
「せやから、マサト」
「うん」
「アイツは、襲来体を憎んどる。大切な二人を奪われた後、二代目隊長になった自分がコアを潰せなかった事を、死ぬほど悔やんどるんや。澄ました顔しとったって、今は、ハラワタ煮えくり返ってる筈や」
井塚の声は、優しかった。
マサトも、室長も気遣っている事が分かる声音だった。
ぽん、と軽くマサトの頭に手を置いて。
「人の本質はそう変わらん。アイツは今度こそコアを叩き潰そうと先走ってもーてるだけや。やから、大目に見たってくれや」
見上げた井塚の顔は、気持ちが良い、笑顔だった。
「助けたってくれ、アイツを。放っといたら一人で頑張ってしまうヤツやから」
「……うん」
また溢れそうになった涙を、手で拭って。
マサトは立ち上がった。
深く沈んでいた気持ちは、いつの間にか晴れていた。




